上 下
137 / 251
続.雪豹くんと魔王さま

2-49.雪豹の里⑤

しおりを挟む
「雪豹族は死ぬ前に祈りの魔法をかけた。もうすぐ失われる命なんだ。代償の大きな魔法を使うのに躊躇はなかっただろう」
「……うん、みんな、思い切りが良かったから」

 繊細な見かけに反する意志の強さは雪豹の特徴だ。
 大切なものを守るためなら、我が身を挺する。母がスノウをそうやって守ったように。

「そうらしいな。――祈りの魔法は確かに発動した。だが、残念なことに、周囲から魔力が消失していた状態の雪豹の里では、ただちに効果を発現することができなかった」

 少し微笑んでからアークが説明を続ける。
 その言葉はスノウにたくさんの光景を想像させた。

 倒れた雪豹たち。
 彼らは最期の力を振り絞り、祈りの魔法を使う。

『同族が幸せに生きられるように。愛しい者たちが無惨に命を奪われることがないように』

 その想いは彼らの命が対価として取られても、効果を発揮できなかった。人間の卑しい企みのせいで。

 祈る想いはこの地に眠った。
 そして、十分な魔力がこの地に満ちてからは、時折魔法の対象になる者を探すように具現化していた。

「遺された同族を探すため、祈りの籠められた魔力は雪豹の形をとって彷徨っていた。吸血鬼族たちは、その姿をしっかりと認めることはできなかったようだが。そのせいで、不審なものとして報告された。攻撃を加えることもできず、攻撃されることもなかったからな。純粋なる想いは、雪豹族を探していただけだった」
「……それは、幽霊とは違うの? みんなが、苦しんで彷徨っていたわけじゃない?」

 もし彼らの魂が彷徨っていたのなら、そんな悲しいことはない。
 スノウは彼らに安らかな眠りがあることを願っていた。悲しいことも、苦しいこともない、安らぎを得てほしかった。

「雪豹自身が彷徨っていたわけではないだろう。彼らの遺した想いが、祈りが、魔力を纏って現れただけだ」
「……そっか。それなら、良かった」

 つまり、スノウが今夜出会った母たちも、実際にはいなくて、想いを載せた魔力だったということか。

 そのことに安堵するべきなのに、どうしてか、少しだけ寂しかった。

「……スノウは、いい子だな」
「子どもじゃないもん。……それに、いい子はこんなこと考えない」

 母の温もりに包まれたかった。たくさん話をしたかった。
 安らかに眠っていてほしいと思うのに、傍にいてほしいとも願ってしまう。
 そんな自分が嫌だ。

 スノウは頭を撫でてくる手を避けるように、アークにぎゅっと抱きついた。

「……雪豹たちも、スノウに会いたかっただろう。傍にいたかっただろう」
「そうかな……」
「ああ。――だから、スノウを連れて行った」

 その言葉の意味が分からなくて、スノウはパチリと目を瞬かせる。
 アークが苦い表情をしていた。

「僕を連れて行ったのは、幸せになってね、って言葉を伝えるためじゃないの?」
「そう言うためだけだったら、俺の腕から連れ去る必要はないだろう」
「そうかな……?」

 どういうことだろう。
 頭を悩ませたところで、答えは見つからない。
 潔く降参してアークに首を傾げる。

「――雪豹たちは死の間際、確かに同族の幸せを望んでいた。だが同時に、一人で死ぬ寂しさも感じていた。祈りの魔法は、そんな想いも汲み取ったんだろう」
「……だから、僕を、連れて行った? 守りたいけど、一緒にいたいと思って?」

 予想もしない言葉だった。でも、どこか腑に落ちた気がする。
 純粋な正しさだけで生きられる者がどれほどいるだろう。どれほど強かったとしても、死の直前に少し弱くなっても仕方ない。

「――みんな、僕と一緒にいたかったんだ」
「ああ。だが、スノウを――遺された唯一の同族を守りたいという想いのほうが強かった。だから、俺はスノウを見つけられた」
「アークは、僕を守る人だって、みんなが認めてくれたんだね」

 微笑んでアークに抱きつく。
 雪豹たちの想いを知ったところで、それに怯えることはない。だって、スノウは彼らの優しさを知っている。

 彼らが一時的にスノウとアークを引き離したところで、永遠の別離をもたらすはずがないのだ。
 スノウにとって、アークと共に生きられる未来が、幸せなのだから。

「……祈りの魔法はもう消えたの?」

 スノウに一時ひとときの優しい夢をもたらした魔法。
 慕わしい母やみんなに会えて、スノウは幸せだった。みんながずっとスノウを慈しんでいてくれたことが分かったから。

「いや。……祈りの魔法は、守護の魔法だと言っただろう?」

 アークの手がスノウの背を優しく叩く。
 途端に胸にフワッと温もりが満ちるような心地がした。

「――祈りの魔法は、雪豹たちの想いを乗せて、スノウに辿り着いた。これからも、スノウを守るためにその身と共にあり続ける」

 この温もりはみんなの想いなのか。
 スノウは頬を濡らして、震える唇に笑みをのせた。

「……僕、世界で一番の幸せ者になれるね」
「俺もいるんだから、当然だろう」

 アークは雪豹たちに少しだけ対抗意識を燃やしているみたい。
 そんな姿がなんだか可愛く思えて、スノウはふふっと笑った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

俺の伴侶はどこにいる〜ゼロから始める領地改革 家臣なしとか意味分からん〜

琴音
BL
俺はなんでも適当にこなせる器用貧乏なために、逆に何にも打ち込めず二十歳になった。成人後五年、その間に番も見つけられずとうとう父上静かにぶちギレ。ならばと城にいても楽しくないし?番はほっとくと適当にの未来しかない。そんな時に勝手に見合いをぶち込まれ、逃げた。が、間抜けな俺は騎獣から落ちたようで自分から城に帰還状態。 ならば兄弟は優秀、俺次男!未開の地と化した領地を復活させてみようじゃないか!やる気になったはいいが……… ゆるゆる〜の未来の大陸南の猫族の小国のお話です。全く別の話でエリオスが領地開発に奮闘します。世界も先に進み状況の変化も。番も探しつつ…… 世界はドナシアン王国建国より百年以上過ぎ、大陸はイアサント王国がまったりと支配する世界になっている。どの国もこの大陸の気質に合った獣人らしい生き方が出来る優しい世界で北から南の行き来も楽に出来る。農民すら才覚さえあれば商人にもなれるのだ。 気候は温暖で最南以外は砂漠もなく、過ごしやすく農家には適している。そして、この百年で獣人でも魅力を持つようになる。エリオス世代は魔力があるのが当たり前に過ごしている。 そんな世界に住むエリオスはどうやって領地を自分好みに開拓出来るのか。 ※この物語だけで楽しめるようになっています。よろしくお願いします。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

処理中です...