雪豹くんは魔王さまに溺愛される

asagi

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続.雪豹くんと魔王さま

2-45.雪豹の里①

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 遠い場所だと思っていた生まれ故郷。
 でも、アークの翼があればひとっとびで辿り着く。あの夜も、こうして駆けつけてくれたのだろう。

(変わらない……)

 スノウは雪を踏みしめて、目を細めた。
 幼い頃に見た里の景色が眼前に広がっている。あの夜の惨劇なんてなかったように、雪で覆われた静かな里だ。
 白を塗りつぶすような赤が存在しないことに、スノウはホッと胸を撫で下ろした。

(どこかから、夕食を作る匂いがしてきそうなくらい……)

 当たり前だった日常が思い出される。
 たくさんの家は雪に押しつぶされることもなく、静かに佇んでいた。あの夜に壊されたものは、誰かが修復してくれたのか、昔の姿を取り戻している。

「しまったな。夜に到着してしまった」

 人型に戻ったアークがぼそりと呟いた。
 視線を感じる。スノウが惨劇の夜を思い出して苦しまないか心配しているのだ。

「……吸血鬼族のみなさん、ヘトヘトですもんね。竜族のあなたにとっては苦にならない速度だったのでしょうが」

 ラトが呆れ気味に呟いた。
 その言葉通り、背後に降り立った吸血鬼族たちは、今にも地面に膝をついてしまいそうなほど疲れ切った様子だ。

「アーク、そんなに急いだの?」
「これでも限界まで遅く飛んだ。だが、竜型だとどうやっても速くなる。あいつらが疲れるのも仕方ない」

 アークが肩をすくめる。
 白狼の里に向かう際、人型で飛んだのにはそんな理由もあったらしい。大部分がスノウとできる限り近くにいるためだろうけれど。

「……どこに行く?」
「大丈夫そうなら、スノウの家に行こうか。墓参りは明日、明るいときの方がいい」

 様子を窺うような視線に頷く。
 この里の様子を考えるに、スノウの生まれた家も綺麗に整えられているのだろう。それを指示したのはきっとアークだ。

「……おばあ様に、僕のおうちを紹介するね!」
「……ああ、楽しみだよ」

 どこかぎこちない会話。スノウもラトも、この里に辿り着く前から緊張感が漂っている。

 仕方ないのだ。ここは愛する里であり、そして同族が殺された地なのだから。

「陛下。我々は周囲の警戒に――」
「ああ、くれぐれも不審なものを見逃さないように」

 歩き始めたアークの背に掛けられた言葉。振り返らずに向けられた指示に、スノウは違和感を覚えた。

(不審なもの……もしかして、この里にも、何か不安があるの?)

 そのような話は聞いていない。でも、その可能性はあってもおかしくない。
 ただ、もう人間が手を出すような場所ではないと思うし、アークたちが何を危惧しているのかは分からない。

「むー……」
「スノウ、体調が悪いか? 里から離れて休んでもいいんだぞ?」

 思わず声をこぼしたら、アークがすぐさま心配そうに顔を覗き込んできた。
 首を振って否定しながら、スノウは夕陽の瞳を見つめ返す。

「僕に隠していることあるんじゃなーい?」
「……俺はスノウに嘘をつきたくないんだが」
「それ、もう答えだよ。……分かった。アークが言いたくないならいいよ」

 顔に苦悩と躊躇を滲ませるアークに、スノウは微笑みかけた。アークが拍子抜けしたように目を丸くするのが可愛くておかしい。
 思わずクスクスと笑ってしまう。

「いいのか?」
「うん。だって、アークは僕が知るべきことは教えてくれるでしょ?」
「……ああ、もちろん」

 アークが目を細めて頷く。
 スノウは里へ視線を転じて、微笑みを消した。

「僕、アークのこと信頼してるよ。……あの夜、駆けつけて助けてくれたんだから」
「っ……そうか」

 スノウのアークに対する信頼は、運命の番だからだけではない。
 最も悲しみ苦しんでいた時に助け出してくれたからだ。ずっと寄り添ってくれたからだ。

「……あ、おばあ様、あれが僕の家だよ! ちゃんと綺麗になってる!」

 視線の先に見えた懐かしい姿に、スノウは目を潤ませた。
 すぐさまラトが「へぇ……可愛い家だね」と返す。しんみりとした雰囲気だ。

 スノウは空気を変えるように、みんなに微笑みかける。
 大切な里のことを、たくさん知ってもらいたい。そして、明日はみんなで眠る雪豹に会いに行こう。

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