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続.雪豹くんと魔王さま

2-41.旅立ちへ①

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 白狼の里に滞在して一週間。
 あいかわらず日に数回雨が降る。でも、雨量は少し減ってきたような。

 アークが毎回測定したところ、あと二日もすれば雨に触れても大丈夫になるそうだ。白狼たちは狩りができず鬱憤が溜まっているようだから、早くその日が来てほしい。

 とはいえ、狩りをして食料補給というスノウたちの役目も、そろそろ終わりだ。

 街に行った吸血鬼族は襲撃の原因である人間たちを見つけ出して、白狼族に引き渡した。
 その前に首謀者は吐かせていたようだから、今頃城に残っているロウエンの指揮の下、人間の国への対処が行われていることだろう。

 スノウはそれがどういうものなのか知らない。アークに「知らなくていい」と言われたからだ。

(僕、もう子どもじゃないんだから、教えてくれてもいいのに。ショックは受けるかもしれないけど、ちゃんと自分の中で整理できるもん……)

 胸中でポツリと呟く。
 声に出して訴えないのは、そこまでして知りたい話でもないから。

 スノウの人間に対する感情は複雑なのだ。

「――ラトとたくさん話をできたか?」

 アークに問いかけられて、にこりと笑って頷く。そして、アークの胸に頬を当てて、目を伏せた。

 白狼の里はいつも賑やかだ。でも、夜はひっそりとした静けさが満ちている。
 先程までアークに抱かれて啼いていたスノウの声が、周りに聞こえていないといいのだけれど。

「……明日、出発なんだよね」
「そうだな。少し長居しすぎた」

 アークの手がスノウの頭を撫でる。時々耳をつままれるのがくすぐったい。
 低い声に耳を澄ませ、スノウはフッと息を吐いた。

「もっと、一緒にいたいなぁ」
「俺がいるだけじゃ不満か?」
「そんなわけないよ。アークとおばあ様は違うでしょ」

 寂しがっていることを分かっているくせに、からかってくるアークの腕を、スノウはペシッと叩く。
 ククッと喉の奥で笑っているのが、震動で伝わってきた。アークは時々いじわるだ。

「あんまりにもスノウが寂しがるから、拗ねただけだ」
「……それ、自分で言う?」

 スノウはパチリと目を瞬かせ、ベッドに手をついてアークの顔を覗き込んだ。
 アークが寝転がったままスノウを見上げて微笑む。

「スノウの素直さを見習ってみた」
「ふふっ……ロウエンさんが聞いたら『どんな天変地異の前触れですか』とか言いそう」
「ひどいな。確かに言いそうだが」

 顔を見合わせて、一拍置いた後に吹き出すように笑う。
 今頃、ロウエンは城でくしゃみでもしていそうだ。

 アークの隣に寝転んで、腕枕をねだる。求めるままに与えられる体温が心地よい。

「――ねぇ、アーク」
「なんだ」

 愛しそうに見つめてくる目を見つめ返す。
 ベッドサイドの光を受けて、夕陽の色がキラリと輝いているのが綺麗だった。

「僕ね。絶対アークを置いていなくなったりしないからね」
「……唐突だな。どうした?」

 丸くなった瞳を覗き込むように、頬に手を添えて近づいた。
 スノウが鼻先にキスを落とすと、アークは蕩けるように甘い微笑みを浮かべる。

「決意表明、かな。……アークはまだ、子ども欲しくない?」
「そうだな。でも、スノウは欲しいんだろう?」

 目が細められる。そこに滲むのは僅かな痛み。微笑んでいるのに、苦しそうだ。
 アークは表情よりも瞳が感情を雄弁に語る。

「うん。僕、たくさん雪豹の子を生みたいの。もちろん、竜族でも愛すよ」
「そうだろうな。たくさんの子に囲まれて、スノウが幸せそうに笑うのは想像できる」
「アークと一緒だからこそ、幸せでいられるんだ。だからね――」

 額同士を擦りつけて、スノウは目を伏せた。
 子どもを作ることがどれほど大変なことなのか、想像することしかできない。でも、ラトと話して理解が深まった気がする。
 アークが何を恐れ、憂慮しているのか。スノウもちゃんと分かっているのだ。

「僕、アークが子どもを作ろうって言うまで、たくさんお話するね。僕はずっとアークと一緒にいるよ。子どもができても、アークのことが一番好きなんだよ。って」

 傍に寄り添ってくれるあなたを愛しているから。その意思を無視したくないから。

 スノウはたくさんアークと話す。そしてアークの心を聞きたい。
 いつかアークが怯えなくてもよくなるくらい、スノウのことを信じてくれるまで。

「…………まいったな」

 アークがポツリと呟いた。
 目を開けると、至近距離で夕陽が瞬く。そこに滲む慈しみに、スノウは言葉を失って見惚れた。

「――スノウ」

 腰に腕が回る。
 力強く抱きしめられて、スノウはアークの胸元に顔を押しつけた。

 魅力的な香りが漂う。
 アークとスノウを繋ぐ、甘くて熱を掻き立てられるような愛しい香り。包みこんでくるその香りを、うっとりとしながら味わった。
 心が安らぐ。

「ラトにたくさん教えを受けたんだろう?」
「うん……卵を産む時、魔力を使うといいんだって。僕、たくさん練習したよ……」
「そうか」
「あとね。おばあ様、助産に来てくれるんだって……」
「それはありがたいな。城にはあまり経産婦がいない。しかも、運命の番となると、募ったところでそうそう見つけられない」

 ぽつりぽつりと言葉を交わす。
 アークが前向きになってくれているようで嬉しかった。

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