129 / 251
続.雪豹くんと魔王さま
2-41.旅立ちへ①
しおりを挟む
白狼の里に滞在して一週間。
あいかわらず日に数回雨が降る。でも、雨量は少し減ってきたような。
アークが毎回測定したところ、あと二日もすれば雨に触れても大丈夫になるそうだ。白狼たちは狩りができず鬱憤が溜まっているようだから、早くその日が来てほしい。
とはいえ、狩りをして食料補給というスノウたちの役目も、そろそろ終わりだ。
街に行った吸血鬼族は襲撃の原因である人間たちを見つけ出して、白狼族に引き渡した。
その前に首謀者は吐かせていたようだから、今頃城に残っているロウエンの指揮の下、人間の国への対処が行われていることだろう。
スノウはそれがどういうものなのか知らない。アークに「知らなくていい」と言われたからだ。
(僕、もう子どもじゃないんだから、教えてくれてもいいのに。ショックは受けるかもしれないけど、ちゃんと自分の中で整理できるもん……)
胸中でポツリと呟く。
声に出して訴えないのは、そこまでして知りたい話でもないから。
スノウの人間に対する感情は複雑なのだ。
「――ラトとたくさん話をできたか?」
アークに問いかけられて、にこりと笑って頷く。そして、アークの胸に頬を当てて、目を伏せた。
白狼の里はいつも賑やかだ。でも、夜はひっそりとした静けさが満ちている。
先程までアークに抱かれて啼いていたスノウの声が、周りに聞こえていないといいのだけれど。
「……明日、出発なんだよね」
「そうだな。少し長居しすぎた」
アークの手がスノウの頭を撫でる。時々耳をつままれるのがくすぐったい。
低い声に耳を澄ませ、スノウはフッと息を吐いた。
「もっと、一緒にいたいなぁ」
「俺がいるだけじゃ不満か?」
「そんなわけないよ。アークとおばあ様は違うでしょ」
寂しがっていることを分かっているくせに、からかってくるアークの腕を、スノウはペシッと叩く。
ククッと喉の奥で笑っているのが、震動で伝わってきた。アークは時々いじわるだ。
「あんまりにもスノウが寂しがるから、拗ねただけだ」
「……それ、自分で言う?」
スノウはパチリと目を瞬かせ、ベッドに手をついてアークの顔を覗き込んだ。
アークが寝転がったままスノウを見上げて微笑む。
「スノウの素直さを見習ってみた」
「ふふっ……ロウエンさんが聞いたら『どんな天変地異の前触れですか』とか言いそう」
「ひどいな。確かに言いそうだが」
顔を見合わせて、一拍置いた後に吹き出すように笑う。
今頃、ロウエンは城でくしゃみでもしていそうだ。
アークの隣に寝転んで、腕枕をねだる。求めるままに与えられる体温が心地よい。
「――ねぇ、アーク」
「なんだ」
愛しそうに見つめてくる目を見つめ返す。
ベッドサイドの光を受けて、夕陽の色がキラリと輝いているのが綺麗だった。
「僕ね。絶対アークを置いていなくなったりしないからね」
「……唐突だな。どうした?」
丸くなった瞳を覗き込むように、頬に手を添えて近づいた。
スノウが鼻先にキスを落とすと、アークは蕩けるように甘い微笑みを浮かべる。
「決意表明、かな。……アークはまだ、子ども欲しくない?」
「そうだな。でも、スノウは欲しいんだろう?」
目が細められる。そこに滲むのは僅かな痛み。微笑んでいるのに、苦しそうだ。
アークは表情よりも瞳が感情を雄弁に語る。
「うん。僕、たくさん雪豹の子を生みたいの。もちろん、竜族でも愛すよ」
「そうだろうな。たくさんの子に囲まれて、スノウが幸せそうに笑うのは想像できる」
「アークと一緒だからこそ、幸せでいられるんだ。だからね――」
額同士を擦りつけて、スノウは目を伏せた。
子どもを作ることがどれほど大変なことなのか、想像することしかできない。でも、ラトと話して理解が深まった気がする。
アークが何を恐れ、憂慮しているのか。スノウもちゃんと分かっているのだ。
「僕、アークが子どもを作ろうって言うまで、たくさんお話するね。僕はずっとアークと一緒にいるよ。子どもができても、アークのことが一番好きなんだよ。って」
傍に寄り添ってくれるあなたを愛しているから。その意思を無視したくないから。
スノウはたくさんアークと話す。そしてアークの心を聞きたい。
いつかアークが怯えなくてもよくなるくらい、スノウのことを信じてくれるまで。
「…………まいったな」
アークがポツリと呟いた。
目を開けると、至近距離で夕陽が瞬く。そこに滲む慈しみに、スノウは言葉を失って見惚れた。
「――スノウ」
腰に腕が回る。
力強く抱きしめられて、スノウはアークの胸元に顔を押しつけた。
魅力的な香りが漂う。
アークとスノウを繋ぐ、甘くて熱を掻き立てられるような愛しい香り。包みこんでくるその香りを、うっとりとしながら味わった。
心が安らぐ。
「ラトにたくさん教えを受けたんだろう?」
「うん……卵を産む時、魔力を使うといいんだって。僕、たくさん練習したよ……」
「そうか」
「あとね。おばあ様、助産に来てくれるんだって……」
「それはありがたいな。城にはあまり経産婦がいない。しかも、運命の番となると、募ったところでそうそう見つけられない」
ぽつりぽつりと言葉を交わす。
アークが前向きになってくれているようで嬉しかった。
あいかわらず日に数回雨が降る。でも、雨量は少し減ってきたような。
アークが毎回測定したところ、あと二日もすれば雨に触れても大丈夫になるそうだ。白狼たちは狩りができず鬱憤が溜まっているようだから、早くその日が来てほしい。
とはいえ、狩りをして食料補給というスノウたちの役目も、そろそろ終わりだ。
街に行った吸血鬼族は襲撃の原因である人間たちを見つけ出して、白狼族に引き渡した。
その前に首謀者は吐かせていたようだから、今頃城に残っているロウエンの指揮の下、人間の国への対処が行われていることだろう。
スノウはそれがどういうものなのか知らない。アークに「知らなくていい」と言われたからだ。
(僕、もう子どもじゃないんだから、教えてくれてもいいのに。ショックは受けるかもしれないけど、ちゃんと自分の中で整理できるもん……)
胸中でポツリと呟く。
声に出して訴えないのは、そこまでして知りたい話でもないから。
スノウの人間に対する感情は複雑なのだ。
「――ラトとたくさん話をできたか?」
アークに問いかけられて、にこりと笑って頷く。そして、アークの胸に頬を当てて、目を伏せた。
白狼の里はいつも賑やかだ。でも、夜はひっそりとした静けさが満ちている。
先程までアークに抱かれて啼いていたスノウの声が、周りに聞こえていないといいのだけれど。
「……明日、出発なんだよね」
「そうだな。少し長居しすぎた」
アークの手がスノウの頭を撫でる。時々耳をつままれるのがくすぐったい。
低い声に耳を澄ませ、スノウはフッと息を吐いた。
「もっと、一緒にいたいなぁ」
「俺がいるだけじゃ不満か?」
「そんなわけないよ。アークとおばあ様は違うでしょ」
寂しがっていることを分かっているくせに、からかってくるアークの腕を、スノウはペシッと叩く。
ククッと喉の奥で笑っているのが、震動で伝わってきた。アークは時々いじわるだ。
「あんまりにもスノウが寂しがるから、拗ねただけだ」
「……それ、自分で言う?」
スノウはパチリと目を瞬かせ、ベッドに手をついてアークの顔を覗き込んだ。
アークが寝転がったままスノウを見上げて微笑む。
「スノウの素直さを見習ってみた」
「ふふっ……ロウエンさんが聞いたら『どんな天変地異の前触れですか』とか言いそう」
「ひどいな。確かに言いそうだが」
顔を見合わせて、一拍置いた後に吹き出すように笑う。
今頃、ロウエンは城でくしゃみでもしていそうだ。
アークの隣に寝転んで、腕枕をねだる。求めるままに与えられる体温が心地よい。
「――ねぇ、アーク」
「なんだ」
愛しそうに見つめてくる目を見つめ返す。
ベッドサイドの光を受けて、夕陽の色がキラリと輝いているのが綺麗だった。
「僕ね。絶対アークを置いていなくなったりしないからね」
「……唐突だな。どうした?」
丸くなった瞳を覗き込むように、頬に手を添えて近づいた。
スノウが鼻先にキスを落とすと、アークは蕩けるように甘い微笑みを浮かべる。
「決意表明、かな。……アークはまだ、子ども欲しくない?」
「そうだな。でも、スノウは欲しいんだろう?」
目が細められる。そこに滲むのは僅かな痛み。微笑んでいるのに、苦しそうだ。
アークは表情よりも瞳が感情を雄弁に語る。
「うん。僕、たくさん雪豹の子を生みたいの。もちろん、竜族でも愛すよ」
「そうだろうな。たくさんの子に囲まれて、スノウが幸せそうに笑うのは想像できる」
「アークと一緒だからこそ、幸せでいられるんだ。だからね――」
額同士を擦りつけて、スノウは目を伏せた。
子どもを作ることがどれほど大変なことなのか、想像することしかできない。でも、ラトと話して理解が深まった気がする。
アークが何を恐れ、憂慮しているのか。スノウもちゃんと分かっているのだ。
「僕、アークが子どもを作ろうって言うまで、たくさんお話するね。僕はずっとアークと一緒にいるよ。子どもができても、アークのことが一番好きなんだよ。って」
傍に寄り添ってくれるあなたを愛しているから。その意思を無視したくないから。
スノウはたくさんアークと話す。そしてアークの心を聞きたい。
いつかアークが怯えなくてもよくなるくらい、スノウのことを信じてくれるまで。
「…………まいったな」
アークがポツリと呟いた。
目を開けると、至近距離で夕陽が瞬く。そこに滲む慈しみに、スノウは言葉を失って見惚れた。
「――スノウ」
腰に腕が回る。
力強く抱きしめられて、スノウはアークの胸元に顔を押しつけた。
魅力的な香りが漂う。
アークとスノウを繋ぐ、甘くて熱を掻き立てられるような愛しい香り。包みこんでくるその香りを、うっとりとしながら味わった。
心が安らぐ。
「ラトにたくさん教えを受けたんだろう?」
「うん……卵を産む時、魔力を使うといいんだって。僕、たくさん練習したよ……」
「そうか」
「あとね。おばあ様、助産に来てくれるんだって……」
「それはありがたいな。城にはあまり経産婦がいない。しかも、運命の番となると、募ったところでそうそう見つけられない」
ぽつりぽつりと言葉を交わす。
アークが前向きになってくれているようで嬉しかった。
41
お気に入りに追加
3,179
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?
み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました!
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
俺の伴侶はどこにいる〜ゼロから始める領地改革 家臣なしとか意味分からん〜
琴音
BL
俺はなんでも適当にこなせる器用貧乏なために、逆に何にも打ち込めず二十歳になった。成人後五年、その間に番も見つけられずとうとう父上静かにぶちギレ。ならばと城にいても楽しくないし?番はほっとくと適当にの未来しかない。そんな時に勝手に見合いをぶち込まれ、逃げた。が、間抜けな俺は騎獣から落ちたようで自分から城に帰還状態。
ならば兄弟は優秀、俺次男!未開の地と化した領地を復活させてみようじゃないか!やる気になったはいいが………
ゆるゆる〜の未来の大陸南の猫族の小国のお話です。全く別の話でエリオスが領地開発に奮闘します。世界も先に進み状況の変化も。番も探しつつ……
世界はドナシアン王国建国より百年以上過ぎ、大陸はイアサント王国がまったりと支配する世界になっている。どの国もこの大陸の気質に合った獣人らしい生き方が出来る優しい世界で北から南の行き来も楽に出来る。農民すら才覚さえあれば商人にもなれるのだ。
気候は温暖で最南以外は砂漠もなく、過ごしやすく農家には適している。そして、この百年で獣人でも魅力を持つようになる。エリオス世代は魔力があるのが当たり前に過ごしている。
そんな世界に住むエリオスはどうやって領地を自分好みに開拓出来るのか。
※この物語だけで楽しめるようになっています。よろしくお願いします。
嫌われ者の僕はひっそりと暮らしたい
りまり
BL
僕のいる世界は男性でも妊娠することのできる世界で、僕の婚約者は公爵家の嫡男です。
この世界は魔法の使えるファンタジーのようなところでもちろん魔物もいれば妖精や精霊もいるんだ。
僕の婚約者はそれはそれは見目麗しい青年、それだけじゃなくすごく頭も良いし剣術に魔法になんでもそつなくこなせる凄い人でだからと言って平民を見下すことなくわからないところは教えてあげられる優しさを持っている。
本当に僕にはもったいない人なんだ。
どんなに努力しても成果が伴わない僕に呆れてしまったのか、最近は平民の中でも特に優秀な人と一緒にいる所を見るようになって、周りからもお似合いの夫婦だと言われるようになっていった。その一方で僕の評価はかなり厳しく彼が可哀そうだと言う声が聞こえてくるようにもなった。
彼から言われたわけでもないが、あの二人を見ていれば恋愛関係にあるのぐらいわかる。彼に迷惑をかけたくないので、卒業したら結婚する予定だったけど両親に今の状況を話て婚約を白紙にしてもらえるように頼んだ。
答えは聞かなくてもわかる婚約が解消され、僕は学校を卒業したら辺境伯にいる叔父の元に旅立つことになっている。
後少しだけあなたを……あなたの姿を目に焼き付けて辺境伯領に行きたい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる