雪豹くんは魔王さまに溺愛される

asagi

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続.雪豹くんと魔王さま

2-36.襲い来るもの⑥

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 白狼族が難しい表情でこそこそと言葉を交わす。小さくないざわめきが広間に満ちた。

 その様子を横目に、吸血鬼族の一人が手を挙げる。

「陛下。人間はすでに街を出て、こちらを目指しているかもしれません。周囲に偵察を出すべきではないでしょうか」
「っ、それがいい! なんなら、俺が――!」

 白狼族が次々に身を乗り出して主張し始めた。目が爛々としている。そこに滲むのは人間への強い敵意だ。殺意と言い換えてもいい。

 スノウは恐ろしげな雰囲気に身をすくめた。
 人間に対して怒る気持ちは分かるけれど、こうも強い負の感情を受けるのは怖い。

「白狼族は駄目だな」
「なぜっ」
「再び雨が降れば、倒れるだけだ。泥人形の仕掛けはもう役目を終えてなくなっただろうが、雨は再び降る可能性がある」

 白狼族がグッと言葉を飲み込み、消沈した様子で肩を落とす。アークの言葉を否定できる者はいないのだ。

 スノウは少しホッとして、アークに寄り添った。肩を抱き寄せられて、さらに安心感が強まる。

「俺の感知する範囲に人間はいない。だが、雨に関する仕掛けは排除しておくべきだろうな……。いくつか感知を逃れている場所がある。吸血鬼族はそこに向かい、仕掛けを壊してこい」
「はっ」

 吸血鬼族はアークから場所の指示を受け、外に向かった。
 スノウはそれを見届けてから、アークを見上げて首を傾げる。

「……感知を逃れている場所?」
「そうだ。俺は魔族世界の全ての場所を把握できるが、それは魔力が満ちている場所という条件の下だ。泥人形しかり、雨しかり、魔力が奪われているところは感知が難しい。逆に言うと、そういう特殊な場所を検出することは可能なんだ」

 スノウはパチパチと目を瞬かせた後、大きく頷いた。

「なるほど! アークが把握できない場所が、つまり人間によって魔力が奪われ、隠されている場所っていうことだね」
「そうだ。スノウは理解が早いな」

 甘々な笑みを浮かべて、アークがスノウの頭を撫でる。
 そう褒められるほどのことではない気がするけれど、撫でられるのは嬉しい。

 ニコニコと微笑み受け入れるスノウを眺め、アークの笑みが深まった。僅かに怪しい気配を漂わせ始める。

「あっ……それで、これからどうするの?」

 慌てて話題を逸らしてみる。
 アークは隙あらばじゃれ合おうとしてくるけれど、時と場合を考えるべきだ。少なくとも、スノウはこんなたくさんの人に見られている中、二人きりのように甘えられない。

「私たちは待機ですか? 白狼族は雨の心配がないと分かるまで、里から出られませんし」

 ルイスが問いかける。再び白狼族たちの視線がアークに集まった。
 そのやる気に満ちた眼差しに、アークが苦笑を浮かべる。

「戦闘の後なのだから、休んだほうがいいとは思うが。……里の中でなら自由に行動すればいいんじゃないか。外を警戒するもよし。中で宴会するもよし――」

 アークの宣言に、白狼族がわいわいと話し始める。どうやら手分けして里の外を見張る計画を立てているようだ。誰一人、休もうという気がないのが、白狼族らしい。

 スノウは思わずアークと顔を見合わせて苦笑してしまった。
 疲労感を覚えているのはスノウだけなのか。……だけなのかもしれない。そうだとすると、少し悔しい気がする。

「――スノウ。よかったら、これから私の家でお茶にしないかな。せっかく来てくれたというのに、落ち着いて話もできなかっただろう。……陛下、よろしいですよね?」

 近寄ってきたラトに提案され、スノウは目を輝かせる。アークにねだるような目を向けると、微笑みとともに頷きが返ってきた。

 まだ問題の全てが片付いたとはいえないけれど、肩の荷が下りた気分だ。ラトとたくさん話をしたい。

「僕、おばあ様に聞きたいことがあったんだ! いろいろとお話してくれる?」
「もちろん、構わないけど。話ってなんだろう?」

 不思議そうに首を傾げるラトの腕に抱きつき、早く家に戻ろうと促す。アークは族長と少し話をしてから戻るようだ。

 広間を出たところで、スノウはラトの耳元に手を添えて、こそこそと話しかける。

「……あのね、僕、そろそろアークとの赤ちゃんがほしいの。でも、アークはまだって言うんだ。たぶん、僕がまだ大人になりきれてないからなのかも」
「あぁ……そういう……」

 ラトが苦笑する。スノウはムスッと唇を尖らせて、広間を振り返った。アークを軽く睨むと、すぐに視線に気づかれる。思わずプイッと視線を逸らしてしまった。

「……だからね、アークをどうやったらその気にできるか、教えて?」
「そっち!? 運命の番の子作りの方法じゃなくて?」
「それも知りたいけど、その気にさせないと無理だもの」

 スノウが真剣な表情で告げると、ラトは呆れたように肩をすくめた。ついてきていたナイトは気まずそうに聞こえないふりをしている。

 そんなにおかしなことを言ったつもりはないのだけれど。
 スノウは予想していなかった反応に、小さく首を傾げた。

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