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続.雪豹くんと魔王さま
2-31.襲い来るもの①
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ほのぼのとしながら里を見て回った後。
今できることはほぼ済んだし、まだ落ち着かない状況ながらラトたちと子作りのことについて話を聞こうとした。
そんなスノウの思いを妨げるように、不意に張り詰めたような空気が漂う。
「なに……?」
急変した雰囲気に戸惑うスノウをよそに、アークは険しい表情で里の入口の方を見つめた。
ラトとナイトは周囲を警戒するように視線を走らせる。
「陛下、様子を見て参ります」
吸血鬼族の一人が駆けていく。他はみんな、守りを固めるようにスノウたちの周囲に集った。
「なにか、あったの?」
「……殺気がした。魔物ではないようだが、目的が分からないな」
「殺気……。誰かが、里を襲おうとしている……?」
可能性として提示されていたことであっても、スノウの胸に不安が押し寄せてきた。
白狼族たちが続々と武器を片手に家から出て、里の外周に向かう。それぞれが担当する場所や行動が予め決まっていたのか、彼らの動きに無駄がない。
スノウはこの張り詰めた空気を知っていた。
幼い頃、雪豹の里が襲撃されたときと同じだ。肌をヒリヒリと刺激するような、冷たい熱が満ちている。
(……怖い)
カタカタと指先が震えた。
幼い頃に戻ってしまったように、無力感が身を苛む。
スノウはもう戦うすべを知っている。誰かを守る力だって持っている。
でも、怯えた心はどうすることもできない。
「……スノウ」
フッと温かい空気を感じた。優しくて力強い腕がスノウを抱きしめている。
固まってしまった身体をなんとか動かして、スノウはアークを見上げた。
「大丈夫だ。ここには俺がいる。俺がここにいる者全てを守るから」
慈悲に溢れた眼差しが周囲を眺めていた。その身から噴き上がるのは他を圧倒するような濃密な魔力。
ラトやナイトが気圧されたように距離をとる。でも、スノウにとっては心から安堵して身を預けたくなるような力だ。
「……うん。アークがいるから、大丈夫だね」
強ばっていた頬が自然と緩み、ふわりと微笑む。
指先の震えは止まっていた。心からの信頼をアークに寄せる。スノウはもう、怯える必要性を感じない。
アークが全てを守ると言った。ならばそうなるのだ。それ以外の未来は存在しない。
里の外から押し寄せるように、激しい雨の音が響いた。
氷に打ち付ける雨粒。スノウとラトが張って、アークが補強してくれたそれは、今のところビクともしていない。
(……僕たちは、間に合った。雪豹の里のようには、絶対にならない……!)
スノウは里の外へと視線を転じる。
どこかから敵意が向かってくることを感じたけれど、スノウは静かな心でそれを受け止めた。
◇◇◇
「――なんだよっ、こりゃ!?」
「土塊どもが動いてやがる」
里の入口まで辿り着いたとき、そこは混乱に満ちていた。
それも当然だ。里の周囲の森をたくさんの泥人形が埋め尽くしていたのだから。
スノウはパチパチと目を瞬かせる。予想外な襲撃者だった。
「あれ、なんだろう? 人間さん、どろんこ遊びして汚れちゃったのかな」
「ブハッ……いや、さすがに、あれは人間ではないと思いますよ?」
ルイスが肩を揺らしながら答えた。声に笑いが滲んでいる。なにが面白かったのだろう。
「泥まみれの人間か。そうしてやるのもやぶさかではないが」
「泥を用意するのが大変ではありません?」
「泥なんてそこらじゅうにあるだろ」
アークに続いて、ラトやナイトまで面白そうに呟く。
スノウはよく分からないながら、少しピントの外れた感想を呟いてしまったのだなと自覚した。
「人間じゃないなら、あれはなぁに?」
「俺も初めて見たが……とりあえず吹き飛ばしてみようか」
そう言うが早いか、アークがパチリと指先を鳴らした。
先頭をのそのそと歩いていた泥人形の上半身が、かまいたちに吹き飛ばされる。
「まったく抵抗なくやられてますね」
「動けるだけの泥の塊じゃないか」
ラトとナイトが呆れたように呟く。でも、どこか納得がいっていないような表情だ。
「……なるほど。もしかしたら、これは――」
アークが何かを言おうとした。
でも、それを遮るように、雄叫びのような声が響く。
「てめぇらなんぞにやられるわけねぇだろっ!」
一人の白狼が泥人形の元へと駆け、腕を振るった。身にまとっているのは、フード付きの上着や手袋。雨に触れないように、一応気をつけているようだけれど――。
「なっ!?」
至るところから息を飲む気配がした。
白狼は容易く泥人形を倒した。でも、それで飛び散った泥が白狼の顔にかかった途端、瞬く間に地面に倒れ込んでしまう。
「馬鹿者っ!」
セイローの声がした。
誰も白狼を助けに向かわない。雨を恐れ、泥人形の脅威も感じ取ってしまったからだ。
泥は何から生じるか。――土と水だ。
では、その水に雨と同じ成分が含まれていないといえるか。――いえるわけがない。むしろ、襲撃するために、たっぷりと雨と同じ成分が含まれていると考えるべきだ。
「……ロン、行け」
「はい」
吸血鬼族が雨へと飛び出す。倒れ伏した白狼を回収するのだ。
「……あんな馬鹿息子。あそこで死んだほうが――」
誰かが小さく呟いている声が聞こえた。
それでスノウは理解する。倒れた白狼は族長の息子なのだと。そして、彼が誰もに見放されているのだと。
(いの一番に飛び出したのは、勇敢さを見せて、信頼を取り戻すため……?)
そこまで察して、スノウは眉を顰めた。
彼が望むような結果にはならなかっただろう。むしろ、その無謀さを周囲に知らしめることになった。
「そいつはすぐに死ぬような状態ではない。脇に寄せておけ」
連れ帰られた白狼が近くの家の軒先に転がされる。
アークの意識は、男の治療よりも未だ襲おうと近づいてくる泥人形に向けられていた。
今できることはほぼ済んだし、まだ落ち着かない状況ながらラトたちと子作りのことについて話を聞こうとした。
そんなスノウの思いを妨げるように、不意に張り詰めたような空気が漂う。
「なに……?」
急変した雰囲気に戸惑うスノウをよそに、アークは険しい表情で里の入口の方を見つめた。
ラトとナイトは周囲を警戒するように視線を走らせる。
「陛下、様子を見て参ります」
吸血鬼族の一人が駆けていく。他はみんな、守りを固めるようにスノウたちの周囲に集った。
「なにか、あったの?」
「……殺気がした。魔物ではないようだが、目的が分からないな」
「殺気……。誰かが、里を襲おうとしている……?」
可能性として提示されていたことであっても、スノウの胸に不安が押し寄せてきた。
白狼族たちが続々と武器を片手に家から出て、里の外周に向かう。それぞれが担当する場所や行動が予め決まっていたのか、彼らの動きに無駄がない。
スノウはこの張り詰めた空気を知っていた。
幼い頃、雪豹の里が襲撃されたときと同じだ。肌をヒリヒリと刺激するような、冷たい熱が満ちている。
(……怖い)
カタカタと指先が震えた。
幼い頃に戻ってしまったように、無力感が身を苛む。
スノウはもう戦うすべを知っている。誰かを守る力だって持っている。
でも、怯えた心はどうすることもできない。
「……スノウ」
フッと温かい空気を感じた。優しくて力強い腕がスノウを抱きしめている。
固まってしまった身体をなんとか動かして、スノウはアークを見上げた。
「大丈夫だ。ここには俺がいる。俺がここにいる者全てを守るから」
慈悲に溢れた眼差しが周囲を眺めていた。その身から噴き上がるのは他を圧倒するような濃密な魔力。
ラトやナイトが気圧されたように距離をとる。でも、スノウにとっては心から安堵して身を預けたくなるような力だ。
「……うん。アークがいるから、大丈夫だね」
強ばっていた頬が自然と緩み、ふわりと微笑む。
指先の震えは止まっていた。心からの信頼をアークに寄せる。スノウはもう、怯える必要性を感じない。
アークが全てを守ると言った。ならばそうなるのだ。それ以外の未来は存在しない。
里の外から押し寄せるように、激しい雨の音が響いた。
氷に打ち付ける雨粒。スノウとラトが張って、アークが補強してくれたそれは、今のところビクともしていない。
(……僕たちは、間に合った。雪豹の里のようには、絶対にならない……!)
スノウは里の外へと視線を転じる。
どこかから敵意が向かってくることを感じたけれど、スノウは静かな心でそれを受け止めた。
◇◇◇
「――なんだよっ、こりゃ!?」
「土塊どもが動いてやがる」
里の入口まで辿り着いたとき、そこは混乱に満ちていた。
それも当然だ。里の周囲の森をたくさんの泥人形が埋め尽くしていたのだから。
スノウはパチパチと目を瞬かせる。予想外な襲撃者だった。
「あれ、なんだろう? 人間さん、どろんこ遊びして汚れちゃったのかな」
「ブハッ……いや、さすがに、あれは人間ではないと思いますよ?」
ルイスが肩を揺らしながら答えた。声に笑いが滲んでいる。なにが面白かったのだろう。
「泥まみれの人間か。そうしてやるのもやぶさかではないが」
「泥を用意するのが大変ではありません?」
「泥なんてそこらじゅうにあるだろ」
アークに続いて、ラトやナイトまで面白そうに呟く。
スノウはよく分からないながら、少しピントの外れた感想を呟いてしまったのだなと自覚した。
「人間じゃないなら、あれはなぁに?」
「俺も初めて見たが……とりあえず吹き飛ばしてみようか」
そう言うが早いか、アークがパチリと指先を鳴らした。
先頭をのそのそと歩いていた泥人形の上半身が、かまいたちに吹き飛ばされる。
「まったく抵抗なくやられてますね」
「動けるだけの泥の塊じゃないか」
ラトとナイトが呆れたように呟く。でも、どこか納得がいっていないような表情だ。
「……なるほど。もしかしたら、これは――」
アークが何かを言おうとした。
でも、それを遮るように、雄叫びのような声が響く。
「てめぇらなんぞにやられるわけねぇだろっ!」
一人の白狼が泥人形の元へと駆け、腕を振るった。身にまとっているのは、フード付きの上着や手袋。雨に触れないように、一応気をつけているようだけれど――。
「なっ!?」
至るところから息を飲む気配がした。
白狼は容易く泥人形を倒した。でも、それで飛び散った泥が白狼の顔にかかった途端、瞬く間に地面に倒れ込んでしまう。
「馬鹿者っ!」
セイローの声がした。
誰も白狼を助けに向かわない。雨を恐れ、泥人形の脅威も感じ取ってしまったからだ。
泥は何から生じるか。――土と水だ。
では、その水に雨と同じ成分が含まれていないといえるか。――いえるわけがない。むしろ、襲撃するために、たっぷりと雨と同じ成分が含まれていると考えるべきだ。
「……ロン、行け」
「はい」
吸血鬼族が雨へと飛び出す。倒れ伏した白狼を回収するのだ。
「……あんな馬鹿息子。あそこで死んだほうが――」
誰かが小さく呟いている声が聞こえた。
それでスノウは理解する。倒れた白狼は族長の息子なのだと。そして、彼が誰もに見放されているのだと。
(いの一番に飛び出したのは、勇敢さを見せて、信頼を取り戻すため……?)
そこまで察して、スノウは眉を顰めた。
彼が望むような結果にはならなかっただろう。むしろ、その無謀さを周囲に知らしめることになった。
「そいつはすぐに死ぬような状態ではない。脇に寄せておけ」
連れ帰られた白狼が近くの家の軒先に転がされる。
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