92 / 224
続.雪豹くんと魔王さま
2-31.襲い来るもの①
しおりを挟む
ほのぼのとしながら里を見て回った後。
今できることはほぼ済んだし、まだ落ち着かない状況ながらラトたちと子作りのことについて話を聞こうとした。
そんなスノウの思いを妨げるように、不意に張り詰めたような空気が漂う。
「なに……?」
急変した雰囲気に戸惑うスノウをよそに、アークは険しい表情で里の入口の方を見つめた。
ラトとナイトは周囲を警戒するように視線を走らせる。
「陛下、様子を見て参ります」
吸血鬼族の一人が駆けていく。他はみんな、守りを固めるようにスノウたちの周囲に集った。
「なにか、あったの?」
「……殺気がした。魔物ではないようだが、目的が分からないな」
「殺気……。誰かが、里を襲おうとしている……?」
可能性として提示されていたことであっても、スノウの胸に不安が押し寄せてきた。
白狼族たちが続々と武器を片手に家から出て、里の外周に向かう。それぞれが担当する場所や行動が予め決まっていたのか、彼らの動きに無駄がない。
スノウはこの張り詰めた空気を知っていた。
幼い頃、雪豹の里が襲撃されたときと同じだ。肌をヒリヒリと刺激するような、冷たい熱が満ちている。
(……怖い)
カタカタと指先が震えた。
幼い頃に戻ってしまったように、無力感が身を苛む。
スノウはもう戦うすべを知っている。誰かを守る力だって持っている。
でも、怯えた心はどうすることもできない。
「……スノウ」
フッと温かい空気を感じた。優しくて力強い腕がスノウを抱きしめている。
固まってしまった身体をなんとか動かして、スノウはアークを見上げた。
「大丈夫だ。ここには俺がいる。俺がここにいる者全てを守るから」
慈悲に溢れた眼差しが周囲を眺めていた。その身から噴き上がるのは他を圧倒するような濃密な魔力。
ラトやナイトが気圧されたように距離をとる。でも、スノウにとっては心から安堵して身を預けたくなるような力だ。
「……うん。アークがいるから、大丈夫だね」
強ばっていた頬が自然と緩み、ふわりと微笑む。
指先の震えは止まっていた。心からの信頼をアークに寄せる。スノウはもう、怯える必要性を感じない。
アークが全てを守ると言った。ならばそうなるのだ。それ以外の未来は存在しない。
里の外から押し寄せるように、激しい雨の音が響いた。
氷に打ち付ける雨粒。スノウとラトが張って、アークが補強してくれたそれは、今のところビクともしていない。
(……僕たちは、間に合った。雪豹の里のようには、絶対にならない……!)
スノウは里の外へと視線を転じる。
どこかから敵意が向かってくることを感じたけれど、スノウは静かな心でそれを受け止めた。
◇◇◇
「――なんだよっ、こりゃ!?」
「土塊どもが動いてやがる」
里の入口まで辿り着いたとき、そこは混乱に満ちていた。
それも当然だ。里の周囲の森をたくさんの泥人形が埋め尽くしていたのだから。
スノウはパチパチと目を瞬かせる。予想外な襲撃者だった。
「あれ、なんだろう? 人間さん、どろんこ遊びして汚れちゃったのかな」
「ブハッ……いや、さすがに、あれは人間ではないと思いますよ?」
ルイスが肩を揺らしながら答えた。声に笑いが滲んでいる。なにが面白かったのだろう。
「泥まみれの人間か。そうしてやるのもやぶさかではないが」
「泥を用意するのが大変ではありません?」
「泥なんてそこらじゅうにあるだろ」
アークに続いて、ラトやナイトまで面白そうに呟く。
スノウはよく分からないながら、少しピントの外れた感想を呟いてしまったのだなと自覚した。
「人間じゃないなら、あれはなぁに?」
「俺も初めて見たが……とりあえず吹き飛ばしてみようか」
そう言うが早いか、アークがパチリと指先を鳴らした。
先頭をのそのそと歩いていた泥人形の上半身が、かまいたちに吹き飛ばされる。
「まったく抵抗なくやられてますね」
「動けるだけの泥の塊じゃないか」
ラトとナイトが呆れたように呟く。でも、どこか納得がいっていないような表情だ。
「……なるほど。もしかしたら、これは――」
アークが何かを言おうとした。
でも、それを遮るように、雄叫びのような声が響く。
「てめぇらなんぞにやられるわけねぇだろっ!」
一人の白狼が泥人形の元へと駆け、腕を振るった。身にまとっているのは、フード付きの上着や手袋。雨に触れないように、一応気をつけているようだけれど――。
「なっ!?」
至るところから息を飲む気配がした。
白狼は容易く泥人形を倒した。でも、それで飛び散った泥が白狼の顔にかかった途端、瞬く間に地面に倒れ込んでしまう。
「馬鹿者っ!」
セイローの声がした。
誰も白狼を助けに向かわない。雨を恐れ、泥人形の脅威も感じ取ってしまったからだ。
泥は何から生じるか。――土と水だ。
では、その水に雨と同じ成分が含まれていないといえるか。――いえるわけがない。むしろ、襲撃するために、たっぷりと雨と同じ成分が含まれていると考えるべきだ。
「……ロン、行け」
「はい」
吸血鬼族が雨へと飛び出す。倒れ伏した白狼を回収するのだ。
「……あんな馬鹿息子。あそこで死んだほうが――」
誰かが小さく呟いている声が聞こえた。
それでスノウは理解する。倒れた白狼は族長の息子なのだと。そして、彼が誰もに見放されているのだと。
(いの一番に飛び出したのは、勇敢さを見せて、信頼を取り戻すため……?)
そこまで察して、スノウは眉を顰めた。
彼が望むような結果にはならなかっただろう。むしろ、その無謀さを周囲に知らしめることになった。
「そいつはすぐに死ぬような状態ではない。脇に寄せておけ」
連れ帰られた白狼が近くの家の軒先に転がされる。
アークの意識は、男の治療よりも未だ襲おうと近づいてくる泥人形に向けられていた。
今できることはほぼ済んだし、まだ落ち着かない状況ながらラトたちと子作りのことについて話を聞こうとした。
そんなスノウの思いを妨げるように、不意に張り詰めたような空気が漂う。
「なに……?」
急変した雰囲気に戸惑うスノウをよそに、アークは険しい表情で里の入口の方を見つめた。
ラトとナイトは周囲を警戒するように視線を走らせる。
「陛下、様子を見て参ります」
吸血鬼族の一人が駆けていく。他はみんな、守りを固めるようにスノウたちの周囲に集った。
「なにか、あったの?」
「……殺気がした。魔物ではないようだが、目的が分からないな」
「殺気……。誰かが、里を襲おうとしている……?」
可能性として提示されていたことであっても、スノウの胸に不安が押し寄せてきた。
白狼族たちが続々と武器を片手に家から出て、里の外周に向かう。それぞれが担当する場所や行動が予め決まっていたのか、彼らの動きに無駄がない。
スノウはこの張り詰めた空気を知っていた。
幼い頃、雪豹の里が襲撃されたときと同じだ。肌をヒリヒリと刺激するような、冷たい熱が満ちている。
(……怖い)
カタカタと指先が震えた。
幼い頃に戻ってしまったように、無力感が身を苛む。
スノウはもう戦うすべを知っている。誰かを守る力だって持っている。
でも、怯えた心はどうすることもできない。
「……スノウ」
フッと温かい空気を感じた。優しくて力強い腕がスノウを抱きしめている。
固まってしまった身体をなんとか動かして、スノウはアークを見上げた。
「大丈夫だ。ここには俺がいる。俺がここにいる者全てを守るから」
慈悲に溢れた眼差しが周囲を眺めていた。その身から噴き上がるのは他を圧倒するような濃密な魔力。
ラトやナイトが気圧されたように距離をとる。でも、スノウにとっては心から安堵して身を預けたくなるような力だ。
「……うん。アークがいるから、大丈夫だね」
強ばっていた頬が自然と緩み、ふわりと微笑む。
指先の震えは止まっていた。心からの信頼をアークに寄せる。スノウはもう、怯える必要性を感じない。
アークが全てを守ると言った。ならばそうなるのだ。それ以外の未来は存在しない。
里の外から押し寄せるように、激しい雨の音が響いた。
氷に打ち付ける雨粒。スノウとラトが張って、アークが補強してくれたそれは、今のところビクともしていない。
(……僕たちは、間に合った。雪豹の里のようには、絶対にならない……!)
スノウは里の外へと視線を転じる。
どこかから敵意が向かってくることを感じたけれど、スノウは静かな心でそれを受け止めた。
◇◇◇
「――なんだよっ、こりゃ!?」
「土塊どもが動いてやがる」
里の入口まで辿り着いたとき、そこは混乱に満ちていた。
それも当然だ。里の周囲の森をたくさんの泥人形が埋め尽くしていたのだから。
スノウはパチパチと目を瞬かせる。予想外な襲撃者だった。
「あれ、なんだろう? 人間さん、どろんこ遊びして汚れちゃったのかな」
「ブハッ……いや、さすがに、あれは人間ではないと思いますよ?」
ルイスが肩を揺らしながら答えた。声に笑いが滲んでいる。なにが面白かったのだろう。
「泥まみれの人間か。そうしてやるのもやぶさかではないが」
「泥を用意するのが大変ではありません?」
「泥なんてそこらじゅうにあるだろ」
アークに続いて、ラトやナイトまで面白そうに呟く。
スノウはよく分からないながら、少しピントの外れた感想を呟いてしまったのだなと自覚した。
「人間じゃないなら、あれはなぁに?」
「俺も初めて見たが……とりあえず吹き飛ばしてみようか」
そう言うが早いか、アークがパチリと指先を鳴らした。
先頭をのそのそと歩いていた泥人形の上半身が、かまいたちに吹き飛ばされる。
「まったく抵抗なくやられてますね」
「動けるだけの泥の塊じゃないか」
ラトとナイトが呆れたように呟く。でも、どこか納得がいっていないような表情だ。
「……なるほど。もしかしたら、これは――」
アークが何かを言おうとした。
でも、それを遮るように、雄叫びのような声が響く。
「てめぇらなんぞにやられるわけねぇだろっ!」
一人の白狼が泥人形の元へと駆け、腕を振るった。身にまとっているのは、フード付きの上着や手袋。雨に触れないように、一応気をつけているようだけれど――。
「なっ!?」
至るところから息を飲む気配がした。
白狼は容易く泥人形を倒した。でも、それで飛び散った泥が白狼の顔にかかった途端、瞬く間に地面に倒れ込んでしまう。
「馬鹿者っ!」
セイローの声がした。
誰も白狼を助けに向かわない。雨を恐れ、泥人形の脅威も感じ取ってしまったからだ。
泥は何から生じるか。――土と水だ。
では、その水に雨と同じ成分が含まれていないといえるか。――いえるわけがない。むしろ、襲撃するために、たっぷりと雨と同じ成分が含まれていると考えるべきだ。
「……ロン、行け」
「はい」
吸血鬼族が雨へと飛び出す。倒れ伏した白狼を回収するのだ。
「……あんな馬鹿息子。あそこで死んだほうが――」
誰かが小さく呟いている声が聞こえた。
それでスノウは理解する。倒れた白狼は族長の息子なのだと。そして、彼が誰もに見放されているのだと。
(いの一番に飛び出したのは、勇敢さを見せて、信頼を取り戻すため……?)
そこまで察して、スノウは眉を顰めた。
彼が望むような結果にはならなかっただろう。むしろ、その無謀さを周囲に知らしめることになった。
「そいつはすぐに死ぬような状態ではない。脇に寄せておけ」
連れ帰られた白狼が近くの家の軒先に転がされる。
アークの意識は、男の治療よりも未だ襲おうと近づいてくる泥人形に向けられていた。
93
お気に入りに追加
3,342
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
愛しい番の囲い方。 半端者の僕は最強の竜に愛されているようです
飛鷹
BL
獣人の国にあって、神から見放された存在とされている『後天性獣人』のティア。
獣人の特徴を全く持たずに生まれた故に獣人とは認められず、獣人と認められないから獣神を奉る神殿には入れない。神殿に入れないから婚姻も結べない『半端者』のティアだが、孤児院で共に過ごした幼馴染のアデルに大切に守られて成長していった。
しかし長く共にあったアデルは、『半端者』のティアではなく、別の人を伴侶に選んでしまう。
傷付きながらも「当然の結果」と全てを受け入れ、アデルと別れて獣人の国から出ていく事にしたティア。
蔑まれ冷遇される環境で生きるしかなかったティアが、番いと出会い獣人の姿を取り戻し幸せになるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。