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続.雪豹くんと魔王さま
2-22.白狼の里騒動⑧
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「――おそらく、この雨は魔珠のような成分を持っているんだろう」
「魔珠って、魔力を蓄えたり、放出したりする宝石みたいなもののことだよね? 魔族世界と人間世界に、それぞれ五個ずつあるって聞いたことがあるけど……」
「そうだな」
スノウはかつて学んだことを思い出しながら、アークの説明を理解しようと努める。
そんなスノウを褒めるように、アークが微笑みながら手を伸ばしてきた。頬を撫でられて、幸せな気分になる。そんなほのぼのするような状況ではないのに。
「……雪豹の里が襲われた際に、人工の魔珠が使われたのだと、風の噂に聞きましたが」
ラトが険しい表情で口を挟む。
その言葉を聞いたメアリー母娘が、目を見張って息を呑んだ。
雪豹の里が人間によって壊滅させられたことは、多くの獣人にとって決して他人事ではないのだろう。
魔力枯渇症を引き起こす雨の背景に、人間がいる可能性が高いと知った時よりも、より緊迫した危険性を理解したようだ。
「ああ。雪豹の里では、人工魔珠によって一帯の魔力が一瞬で奪われた。その急激な変化に雪豹族は適応できず、その混乱を突くように攻撃されたことで壊滅した」
スノウはアークの語りを聞いて、そっと目を伏せた。
既に知っている事実であっても、こうして聞くことで何度でも悲しみは蘇ってくる。
「スノウ、悪い……」
「ううん。僕、大丈夫だよ。だから、話を続けて」
そっと肩を引き寄せられて、スノウはアークの胸に頬を押し当てた。アークの体温が、スノウの悲しみをゆっくりと癒やしてくれる。
沈黙が落ちるのを厭って話を促すと、アークが躊躇いがちに言葉を続けた。
「……雪豹の里を襲った連中は俺が潰したし、その際に人工魔珠もできるだけなくした。だが、どこかに残っていても不思議ではない。その製法に使われるのが魔族の血だから、新たに魔族を襲って、別の国が製造している可能性もある」
アークの話に、誰もが厳しい表情になった。
ラトが眉を顰めながら口を開く。
「どこかで、魔族と人間の争いが起きているという報告があるのですか?」
「いや。だが、辺境で、魔族同士の諍いは絶えず起きている。その際に、人間がこっそりと血を奪っていることは考えられるだろう」
「あぁ、辺境ですか……。血気盛んな種族もいますからね……」
ラトが大きくため息をついた。
スノウは習ったことを思い出す。
魔族とは一口に言っても、全ての種族が味方というわけではない。性質として合わない種族は数多くあり、それによる諍いは日常茶飯事なのだ。
魔王城周辺にある街は混合種による街である。種族の垣根をあまり気にしない者たちや、他種族との諍いを望まない者たちだけが集う街だ。
そうした街は世界に点在していて、それにより交易や交流が生まれている。
一方で、辺境に里を構える者たちの多くは、基本的に白狼族のように排他的で、他種族との協調性が低い。そして、些細なことで他種族と諍いを起こすことがある。
雪豹族も辺境に住まっていたけれど、それはその環境が雪豹族に最も適していたからだ。他の獣人との交流はほとんどなかったものの、他種族を厭うような性質だったわけではない。
「――つまり、今回の雨も、人工魔珠を使ったものだと、陛下はお考えなのですか?」
「ああ。例えば、この雨に人工魔珠の粉末が混ざっているとか――」
全員の視線が外に向かった。
雨は既に上がっているけれど、ところどころに水たまりができている。あの水を調べたら、確証が得られるのではないだろうか。
「だが、極めて微量なために、効果を発現してすぐに消失している可能性が高い」
スノウの疑問を読み取ったように、アークが説明を加える。
つまり、地面に落ちたことで、人工魔珠の粉末は効果範囲内の魔力を吸収し、壊れ、再び魔力を放出しているということだ。一帯の魔力量自体に変化が見られないのはそのせいなのだろう。
「……獣人だけに、効果が継続する理由はなんでしょうか?」
メアリーが尋ねた。その顔色は随分と良くなっている。でも、強ばった表情が哀れだった。
自分の里が人間に狙われて、既に大きな被害が出ている可能性が高いと知って、恐れる気持ちはスノウもよく理解できる。
「単純に、魔力の量が、人工魔珠の処理能力以下だということだろうな」
アークが端的に答えた。それは獣人の弱点を指摘するような言葉だ。
メアリーやその母親が僅かに不快そうに顔を顰める。でも、反論するようなことはなかった。
多くの獣人は、保持する魔力を身体の増強に使う。外に魔法として放出するほどの魔力量を持っていないのだ。
体表に触れた人工魔珠の粉末により魔力が奪われるのと同時に、その急激な変動に耐えきれず、魔力を貯める器に損傷が生じている、というのがアークが立てた仮説だった。
「魔珠って、魔力を蓄えたり、放出したりする宝石みたいなもののことだよね? 魔族世界と人間世界に、それぞれ五個ずつあるって聞いたことがあるけど……」
「そうだな」
スノウはかつて学んだことを思い出しながら、アークの説明を理解しようと努める。
そんなスノウを褒めるように、アークが微笑みながら手を伸ばしてきた。頬を撫でられて、幸せな気分になる。そんなほのぼのするような状況ではないのに。
「……雪豹の里が襲われた際に、人工の魔珠が使われたのだと、風の噂に聞きましたが」
ラトが険しい表情で口を挟む。
その言葉を聞いたメアリー母娘が、目を見張って息を呑んだ。
雪豹の里が人間によって壊滅させられたことは、多くの獣人にとって決して他人事ではないのだろう。
魔力枯渇症を引き起こす雨の背景に、人間がいる可能性が高いと知った時よりも、より緊迫した危険性を理解したようだ。
「ああ。雪豹の里では、人工魔珠によって一帯の魔力が一瞬で奪われた。その急激な変化に雪豹族は適応できず、その混乱を突くように攻撃されたことで壊滅した」
スノウはアークの語りを聞いて、そっと目を伏せた。
既に知っている事実であっても、こうして聞くことで何度でも悲しみは蘇ってくる。
「スノウ、悪い……」
「ううん。僕、大丈夫だよ。だから、話を続けて」
そっと肩を引き寄せられて、スノウはアークの胸に頬を押し当てた。アークの体温が、スノウの悲しみをゆっくりと癒やしてくれる。
沈黙が落ちるのを厭って話を促すと、アークが躊躇いがちに言葉を続けた。
「……雪豹の里を襲った連中は俺が潰したし、その際に人工魔珠もできるだけなくした。だが、どこかに残っていても不思議ではない。その製法に使われるのが魔族の血だから、新たに魔族を襲って、別の国が製造している可能性もある」
アークの話に、誰もが厳しい表情になった。
ラトが眉を顰めながら口を開く。
「どこかで、魔族と人間の争いが起きているという報告があるのですか?」
「いや。だが、辺境で、魔族同士の諍いは絶えず起きている。その際に、人間がこっそりと血を奪っていることは考えられるだろう」
「あぁ、辺境ですか……。血気盛んな種族もいますからね……」
ラトが大きくため息をついた。
スノウは習ったことを思い出す。
魔族とは一口に言っても、全ての種族が味方というわけではない。性質として合わない種族は数多くあり、それによる諍いは日常茶飯事なのだ。
魔王城周辺にある街は混合種による街である。種族の垣根をあまり気にしない者たちや、他種族との諍いを望まない者たちだけが集う街だ。
そうした街は世界に点在していて、それにより交易や交流が生まれている。
一方で、辺境に里を構える者たちの多くは、基本的に白狼族のように排他的で、他種族との協調性が低い。そして、些細なことで他種族と諍いを起こすことがある。
雪豹族も辺境に住まっていたけれど、それはその環境が雪豹族に最も適していたからだ。他の獣人との交流はほとんどなかったものの、他種族を厭うような性質だったわけではない。
「――つまり、今回の雨も、人工魔珠を使ったものだと、陛下はお考えなのですか?」
「ああ。例えば、この雨に人工魔珠の粉末が混ざっているとか――」
全員の視線が外に向かった。
雨は既に上がっているけれど、ところどころに水たまりができている。あの水を調べたら、確証が得られるのではないだろうか。
「だが、極めて微量なために、効果を発現してすぐに消失している可能性が高い」
スノウの疑問を読み取ったように、アークが説明を加える。
つまり、地面に落ちたことで、人工魔珠の粉末は効果範囲内の魔力を吸収し、壊れ、再び魔力を放出しているということだ。一帯の魔力量自体に変化が見られないのはそのせいなのだろう。
「……獣人だけに、効果が継続する理由はなんでしょうか?」
メアリーが尋ねた。その顔色は随分と良くなっている。でも、強ばった表情が哀れだった。
自分の里が人間に狙われて、既に大きな被害が出ている可能性が高いと知って、恐れる気持ちはスノウもよく理解できる。
「単純に、魔力の量が、人工魔珠の処理能力以下だということだろうな」
アークが端的に答えた。それは獣人の弱点を指摘するような言葉だ。
メアリーやその母親が僅かに不快そうに顔を顰める。でも、反論するようなことはなかった。
多くの獣人は、保持する魔力を身体の増強に使う。外に魔法として放出するほどの魔力量を持っていないのだ。
体表に触れた人工魔珠の粉末により魔力が奪われるのと同時に、その急激な変動に耐えきれず、魔力を貯める器に損傷が生じている、というのがアークが立てた仮説だった。
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