雪豹くんは魔王さまに溺愛される

asagi

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続.雪豹くんと魔王さま

2-21.白狼の里騒動⑦

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 まず真っ先に外に出ることになったのはメアリーだった。発案者なのだからと、順番を譲らなかったのだ。
 白狼族の面子にこだわるところはどうかと思うけれど、こうして一族のためにと命をかけようとする献身さは、正直すごいと思う。

「三、二、一……」

 開け放たれた玄関から一歩出るだけで、雨に触れることになる。
 硬い表情で歩を進めたメアリーは、雨に打たれながらスノウたちを振り返った。

「……ふーん、なるほど……確かにこの雨が原因のようだな。これは魔力を保持する器を形成する魔力を真っ先に奪い取っている……?」

 メアリーを眺めながら、アークが呟く。
 スノウの目には、メアリーの顔色が悪くなっていることしか映らないけれど、アークにとっては有用な結果を読み取れたようだ。

「――よし、そろそろ中に戻ってこい」
「はい……。あの、もうすぐ、雨がやみそうです。治療は、検証の後で、かまいません……」

 息切れした様子のメアリーが、床に倒れ込むように座りながら告げる。
 その身体についた雨をタオルで拭っていたラトが、アークの判断を伺うように視線を上げた。

「確かに、命に関わる状態ではなさそうだな。――では、次にルイス」

 スノウはグッと唇を噛んで、言葉を呑み込んだ。
 つらそうにしている姿を見たら、まず助けてあげてほしいと思う。でも、本人の意思も、アークの判断も、その望みとは反しているのだ。

 それに、スノウ自身も、今の機会に検証を終えた方がいいことは分かっていた。
 いつまでも、雨を恐れて家に閉じこもることになれば、白狼族はいずれ絶えることになる。原因を究明し解決させることが、何よりも白狼族のためになるのだろう。

「はいはーい。では、行きますよ」

 軽い口調で宣言し、ルイスが外に飛び出す。
 その気軽な行動は、何があってもアークに治してもらえるという信頼があるからこそなのだろう。

 それにしても態度が軽すぎる気がして、スノウはパチパチと目を瞬かせた。
 沈んでいた気分まで少し回復したように思えるので、もしかしたらそれがルイスの狙いだったのかもしれない。

「あー……冷たい雨ですねぇ……。確かに、魔力が抜けていく気がしますけど、そんなに問題があるようにも思えないのですが……?」

 ルイスが雨に打たれながら首を傾げる。
 その顔色はメアリーのように一気に変わっていくということはなく、傍目にも雨の効果に差があるように思えた。

「……なるほど。魔力密度の差だろうな。ルイス、もう戻ってきて良い。お前には治癒魔法は必要なさそうだ」
「あ、やっぱりそうですか? いやー、無駄に体力削ることにならなくて良かったと思うべきなのか、それとも陛下に治してもらうという貴重な経験を得られないことを残念がるべきなのか、どちらでしょうねぇ」

 軽口を叩きながら戻ってきたルイスに、スノウはタオルを掛けた。
 でも、スノウが拭いてあげるまでもなく、ルイスが自分でさっさと拭き上げたので、アークの傍に下がる。

「お前はうるさいな。――ラト。実験する際は、自分の周囲に魔力を張り巡らせるようにしてみてくれ」
「魔力を? それは構いませんが……」

 アークの依頼に困惑しながらも、ラトが玄関の手間で立ち止まり、一呼吸置く。
 すると、ラトの周囲の空気が僅かに揺らいだように見えた。

「あ、氷……?」
「魔力だけで良かったんだが……。いや、普通の魔族は魔力だけを周囲に巡らせるのは難しいのか」

 スノウの疑問に答えるように頷いたアークが、納得したように呟く。
 ラトはそのまま外に出ていった。周囲に張り巡らされた薄い氷が、雨が身体に触れることを拒む。

「……陛下。雨に触れた端から、氷が溶けていきます。――いや、これは、分解されている……?」
「魔力を注ぐことで維持は可能か?」
「……はい。溶ける度に、新たに氷を生成するようなものですが、魔力がなくならなければ維持可能です」

 ラトの報告にアークが頷く。

「おそらく、直接身体に雨が触れたら、ラトも白狼族同様の状態に陥るだろう。戻ってきていいぞ」
「はい」

 もう検証は終わりにするらしい。
 スノウはいまいち理解できていないのだけれど、アークにとっては十分だったようだ。

「アーク、どういうこと?」

 ラトのために持っていたタオルは必要性を失い、スノウは手で弄りながらアークを見上げる。

「その説明は、メアリーを治療してからだな」

 メアリーの傍には母親が付き添っていた。ベッドで寝込んでいた夫への魔力譲渡が終わったらしい。
 母親は既にメアリーから実験についての説明を受けていたようで、文句を言うことなくアークに頭を下げた。

「――よし、これでいいだろう」

 アークがメアリーに治癒魔法を施す。
 その後、母親が魔力譲渡を始めるのを横目に、スノウたちは検証結果の報告会を始めた。

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