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続.雪豹くんと魔王さま
2-19.白狼の里騒動⑤
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「――この辺りを見回る吸血鬼族の方から、里周辺を不審な者が彷徨いているという情報を得て、ここ数週間、私たちは周囲への警戒を強めていました」
メアリーの話に耳を澄ませる。その話は、ロウエンの部下からもたらされたという情報と相違なかった。
「それで、何か分かったのだろうか? 吸血鬼族は何も掴めなかったようだが」
「そうなのですね……。これは里長と一部の家に情報を制限している話なのですが――」
メアリーが声を潜める。その表情は少し険しい。
「どうやら、人間らしき者がこの里を探っているようなのです」
「なに? 人間だと? なぜその情報を城に知らせないのだ」
アークが眉を顰めた。スノウも胸がざわりと騒ぐような心地がして、ぎゅっと手を握り合わせる。
里と人間という言葉は、スノウの悲しい過去を想起するのに十分だった。もし白狼の里が雪豹の里のような目に遭ったらと考えると、不安でたまらなくなる。
「それが……人間らしき姿を見かけた者はいるのですが、断言できるほどではなく……。それに人間が襲ってこようと、返り討ちにできると多くの者が自負しておりますので」
メアリーが苦笑する。その声は、現状を楽観視しているように思えてならなかった。
スノウは眉を寄せ、たまらず口を挟む。
「それは、今、白狼族が臥せっている状態でも可能だということ? 魔力を奪われるような雨の中で襲撃があっても、返り討ちにできるの?」
つい敬語を忘れてしまった。そのことに後から気づいたけれど、言い直す気になれない。
警戒するべき事実を知っているのに、それへの対処が甘いことが許せなかった。
雪豹族だって、人間に対して無策だったわけではない。その策を無にした状態で、人間が襲ってきたから滅んでしまったのだ。
スノウはもう幼い頃の里の襲撃の真実を知っている。アークやロウエンが教えてくれた。
だからこそ、同じような悲しみが繰り返されてほしくないと強く思う。
「っ……それは……無理、でしょうね。……あぁ、雪豹族は、人間の卑怯な手に掛かって、滅びてしまったのでしたね」
メアリーの言葉に、スノウは少し苛立ちを感じたけれど、言葉にはしなかった。ただ心の中で文句を呟く。
(滅びてないもん。里はなくなったけど、僕が雪豹族を増やすって決めたんだもの)
無意識で唇を尖らせていた。
そんなスノウの不満に気づいたのか、アークが優しく頭を撫でてくれる。それだけで、心に刺さったトゲが溶けて消えていくような気がした。
「人間らしき存在がいて、白狼族を脅かす雨が降っているとなれば、人間が何かしている可能性が高いだろう。吸血鬼族が何か情報を得られればいいが――」
アークが窓の外に視線を向ける。それを察したように、天からポツリと雫が落ちてきた。その雫は次第に数を増やす。
ザァーザァーと音がして、雨のにおいが届いた。
「……雨が降ってきたね。偵察に出た白狼族は大丈夫かな」
「吸血鬼族が回収してくるはずだ。あいつらは昨日の雨でも問題なく行動できた。だから大丈夫」
不安をこぼすと、すかさずアークが力強い言葉をくれる。
スノウはホッと頬を緩ませながら、アークの胸に寄り添った。
「……暫く、外には出られませんね。どうぞ、当家でお寛ぎください」
「ああ。少し実験したいこともあるしな。だが、それより聞きたいことがある」
アークがメアリーを見つめて、険しい声で尋ねる。
「――今後、人間が襲撃してきたとして、お前たちはそのまま滅びる道を選ぶのか? それとも俺に助けを求めるのか?」
「っ……それは……」
スノウは目を瞬かせた。
アークならば頼まれなくとも白狼の里を守るために動くのだと思っていた。でも、わざわざこう尋ねるということは、違うのだろうか。
魔王の務めというのが少し分からなくなる。
「――族長に、尋ねてみないことには……」
「俺は、余計なお世話だと言われるなら、手は出さないぞ。魔王として魔族の領土を守ることは務めだが、同時に、それぞれの種族の意志を尊重することも大切だからな」
「それは、白狼族が自分たちだけで人間と戦うことを選んだら、アークは見て見ぬふりをするっていうこと?」
思わずスノウが口を挟むと、アークがちらりと見下ろしてくる。
余計なことを言ってしまっただろうかと少し不安になった。でも、柔らかく細められたアークの目を見て、少し自信を取り戻す。
スノウはアークの番なのだ。そしてそれは、魔王の番であることと同義である。
疑問をそのままにして、判断を間違えたくない。アークの一番の理解者で、支える者でありたいから。
「白狼族がそれを望むなら、俺は魔王としてその意志の行く末を見届ける。その後、他種族に害が及ばないよう、人間を片付けるのは当然俺の役目だが」
「そっか……。それは、僕が白狼の里を助けてって望んでも?」
スノウは硬い表情で俯くメアリーを横目で眺めながら、アークに尋ねた。その答えはもう分かりきっていたけれど。
「スノウが望むなら、俺はそれを叶えよう。俺にとって、スノウの望みより重要なものはない」
あっさりと断言された。
先ほどラトに自覚を促された、魔王の番という存在の重みを感じる。スノウが望めば、アークは魔王の務めより優先してしまうのだ。
「……分かった。僕も、よく考えておくね」
実際に白狼の里が襲われる光景を目撃することになったとして、スノウはアークに助けを求めないでいられるだろうか。
何が大切で、何を切り捨てるべきか。スノウはアークに判断を任せず、自分で考えなくてはいけない。それが魔王の番として求められる姿勢だろう。
(――でも、できればそんな判断はしたくないな。白狼族には、アークの助けを望んでほしいよ……)
そんなスノウの思いに反して、メアリーの返事は曖昧なままだった。
「……雨がやんだら、族長に里の方針を確認して参ります」
メアリーの話に耳を澄ませる。その話は、ロウエンの部下からもたらされたという情報と相違なかった。
「それで、何か分かったのだろうか? 吸血鬼族は何も掴めなかったようだが」
「そうなのですね……。これは里長と一部の家に情報を制限している話なのですが――」
メアリーが声を潜める。その表情は少し険しい。
「どうやら、人間らしき者がこの里を探っているようなのです」
「なに? 人間だと? なぜその情報を城に知らせないのだ」
アークが眉を顰めた。スノウも胸がざわりと騒ぐような心地がして、ぎゅっと手を握り合わせる。
里と人間という言葉は、スノウの悲しい過去を想起するのに十分だった。もし白狼の里が雪豹の里のような目に遭ったらと考えると、不安でたまらなくなる。
「それが……人間らしき姿を見かけた者はいるのですが、断言できるほどではなく……。それに人間が襲ってこようと、返り討ちにできると多くの者が自負しておりますので」
メアリーが苦笑する。その声は、現状を楽観視しているように思えてならなかった。
スノウは眉を寄せ、たまらず口を挟む。
「それは、今、白狼族が臥せっている状態でも可能だということ? 魔力を奪われるような雨の中で襲撃があっても、返り討ちにできるの?」
つい敬語を忘れてしまった。そのことに後から気づいたけれど、言い直す気になれない。
警戒するべき事実を知っているのに、それへの対処が甘いことが許せなかった。
雪豹族だって、人間に対して無策だったわけではない。その策を無にした状態で、人間が襲ってきたから滅んでしまったのだ。
スノウはもう幼い頃の里の襲撃の真実を知っている。アークやロウエンが教えてくれた。
だからこそ、同じような悲しみが繰り返されてほしくないと強く思う。
「っ……それは……無理、でしょうね。……あぁ、雪豹族は、人間の卑怯な手に掛かって、滅びてしまったのでしたね」
メアリーの言葉に、スノウは少し苛立ちを感じたけれど、言葉にはしなかった。ただ心の中で文句を呟く。
(滅びてないもん。里はなくなったけど、僕が雪豹族を増やすって決めたんだもの)
無意識で唇を尖らせていた。
そんなスノウの不満に気づいたのか、アークが優しく頭を撫でてくれる。それだけで、心に刺さったトゲが溶けて消えていくような気がした。
「人間らしき存在がいて、白狼族を脅かす雨が降っているとなれば、人間が何かしている可能性が高いだろう。吸血鬼族が何か情報を得られればいいが――」
アークが窓の外に視線を向ける。それを察したように、天からポツリと雫が落ちてきた。その雫は次第に数を増やす。
ザァーザァーと音がして、雨のにおいが届いた。
「……雨が降ってきたね。偵察に出た白狼族は大丈夫かな」
「吸血鬼族が回収してくるはずだ。あいつらは昨日の雨でも問題なく行動できた。だから大丈夫」
不安をこぼすと、すかさずアークが力強い言葉をくれる。
スノウはホッと頬を緩ませながら、アークの胸に寄り添った。
「……暫く、外には出られませんね。どうぞ、当家でお寛ぎください」
「ああ。少し実験したいこともあるしな。だが、それより聞きたいことがある」
アークがメアリーを見つめて、険しい声で尋ねる。
「――今後、人間が襲撃してきたとして、お前たちはそのまま滅びる道を選ぶのか? それとも俺に助けを求めるのか?」
「っ……それは……」
スノウは目を瞬かせた。
アークならば頼まれなくとも白狼の里を守るために動くのだと思っていた。でも、わざわざこう尋ねるということは、違うのだろうか。
魔王の務めというのが少し分からなくなる。
「――族長に、尋ねてみないことには……」
「俺は、余計なお世話だと言われるなら、手は出さないぞ。魔王として魔族の領土を守ることは務めだが、同時に、それぞれの種族の意志を尊重することも大切だからな」
「それは、白狼族が自分たちだけで人間と戦うことを選んだら、アークは見て見ぬふりをするっていうこと?」
思わずスノウが口を挟むと、アークがちらりと見下ろしてくる。
余計なことを言ってしまっただろうかと少し不安になった。でも、柔らかく細められたアークの目を見て、少し自信を取り戻す。
スノウはアークの番なのだ。そしてそれは、魔王の番であることと同義である。
疑問をそのままにして、判断を間違えたくない。アークの一番の理解者で、支える者でありたいから。
「白狼族がそれを望むなら、俺は魔王としてその意志の行く末を見届ける。その後、他種族に害が及ばないよう、人間を片付けるのは当然俺の役目だが」
「そっか……。それは、僕が白狼の里を助けてって望んでも?」
スノウは硬い表情で俯くメアリーを横目で眺めながら、アークに尋ねた。その答えはもう分かりきっていたけれど。
「スノウが望むなら、俺はそれを叶えよう。俺にとって、スノウの望みより重要なものはない」
あっさりと断言された。
先ほどラトに自覚を促された、魔王の番という存在の重みを感じる。スノウが望めば、アークは魔王の務めより優先してしまうのだ。
「……分かった。僕も、よく考えておくね」
実際に白狼の里が襲われる光景を目撃することになったとして、スノウはアークに助けを求めないでいられるだろうか。
何が大切で、何を切り捨てるべきか。スノウはアークに判断を任せず、自分で考えなくてはいけない。それが魔王の番として求められる姿勢だろう。
(――でも、できればそんな判断はしたくないな。白狼族には、アークの助けを望んでほしいよ……)
そんなスノウの思いに反して、メアリーの返事は曖昧なままだった。
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