上 下
106 / 251
続.雪豹くんと魔王さま

2-18.白狼の里騒動④

しおりを挟む
 話が一段落つき、早速寝込んでいる白狼たちを訪ねることにする。どの順番で巡るかはラトが決めてくれた。

 最初は、族長の補佐をする立場の者の家だ。家長が寝込んでいるらしい。魔力枯渇症のような症状を引き起こす雨は、外で狩りを行う男たちに深刻な状況をもたらしていた。

「――陛下が、父を治してくださると……?」

 戸を叩いたスノウたちを出迎えたのは、白狼族の女性だった。怪訝そうな顔をしながらも、その目に安堵を浮かべている。

「そうなんだ。中に入れてくれるだろう、メアリー」
「……父に聞いてみないと、なんとも」

 躊躇うメアリーに対し、ラトは少し呆れを声に滲ませる。

「答えられる状態なら、聞いたらいいんじゃないかな? もし断るようなら、私たちは次の家に向かうだけだよ」
「……少し待っていて」

 メアリーの姿が戸の向こうに消える。
 スノウはそんな消極的な態度に少し困惑していた。家族を苦しみから解放してくれるというなら、なりふり構わず提案に飛びつくものではないのだろうか。

「……白狼は排他的なんだ。悪いね」
「こんな状況でも、助けてくれるのが同族かどうかが重要なの? アークは魔王なのに?」

 ラトの言葉は理解できるけれど、納得できない。
 スノウが小声で尋ねると、ラトは苦笑しながら肩を落とした。

「白狼はそういう一族なんだよ。群れ意識が強いんだ。私も、馴染むまで相当苦労したよ」
「……そうなんだ。色んな性質の種族があるんだね」

 ラトの過去の苦労が、その沈んだ声音から窺える。スノウはこれ以上ラトを落ち込ませたくなくて、納得したふりをした。

 幼い時に家族をなくしたスノウは、命より大切なものはないと思う。でも、それはスノウの個人的な意見にすぎない。

 暫くして、メアリーが再び顔を出す。ホッとした表情をしていた。

「……あの、父が、治療をお願いしたい、と」
「そう。では、陛下、お願いします」

 ラトと共に家の中に入る。
 そこはラトの家より幾分広く、立派な雰囲気だった。族長を補佐する立場として、他よりも裕福な暮らしをしているのが窺える。

「お父さん、陛下がいらっしゃいました」
「……ああ……よろしく、頼みます……」

 ベッドで臥せった男が僅かに唇を震わせた。小さな声を聞き逃さず、アークが頷きを返す。

 スノウは一歩下がって治療を見守りながら、そっとメアリーの表情を窺った。
 メアリーの安堵した表情に嘘はない。家族を思う気持ちはスノウと変わらないはずだ。

(それなのに、治してってすぐにお願いできないのは、大変そうだなぁ)

 体面とか、面子とか、そのような誇りをスノウはあまり理解できない。でも、世の中にはたくさんの種族がいて、それぞれがスノウの常識とは違う考え方をしているのだろう。
 スノウの世界が少し広がった気がした。

(僕に子どもができたとして、その子たちは、どういう考え方を持つんだろう。雪豹族の感性かな。それとも竜族の感性かな)

 雪豹族と竜族はまったく違う考え方をしているらしい。
 アークはスノウに合わせてくれるから、そうした違いを普段感じることはない。

 でも、子どもを作りたいと考えるなら、もっとちゃんと考え方の違いを気にするべきだろう。子どもたちがスノウと同じ考え方をするとは限らないし、そうした考え方を否定したくもないから。

「……何を考えているんだ?」

 気づいたら、アークが傍で立っていた。小声で話しかけられて、スノウはパチリと目を瞬かせる。

 家長の男の傍では、妻らしき女性が魔力の譲渡を行っていた。メアリーの姿はなく、居間の方でラトと話している声が聞こえる。

「もう治癒が終わったんだね。次の家に向かう?」
「それより、今スノウが何を考えていたかが重要だ。――真剣な顔をして考え込んでいただろう?」

 アークの手がスノウの頬に触れる。
 その温もりに頬を擦り寄せ、スノウは口元を綻ばせた。

 悩み事ができたのは事実だけれど、アークの優しさを感じ取ると、どうにでもなるような気がしてくる。

 スノウとアークの間に子が生まれたとして、その教育方法を考えるのは二人で取り組むべきことだ。真剣に向き合えば、自ずと良いように進むだろう。

「白狼族と雪豹族は考え方に違いがあるけれど、竜族との違いも大きいんだろうなぁって思って。子どもが竜族だったら、僕は真剣にその違いに向き合わないといけないね」

 スノウが微笑みながら言うと、アークは目を細めて頷いた。

「……あぁ、なるほど。確かに他種族の間に生まれた子に対して生じる問題として、考え方の違いは大きいな。今の段階でそれに気づけるなんて、スノウは凄い」
「それくらい、僕だって気づいて当然だよ。……でも、子どもができる前に気づけて良かった」

 将来竜族の子が生まれたとして、雪豹族の考え方を押し付けることになっていたらと思うと、少しゾッとする。
 その点で、今回の旅で別の種族の里を訪れることができたのは、大きな意味があると思った。

 できれば竜族の里にも行ってみたいけれど、それはアークが許さない気がする。アークは竜族の里をあまり好んでいないようだから。

「――あ、そうだ。メアリーさんに、不審な者の話を聞いておく?」
「ここの家長たちは、まだ話をできる状態ではないようだから、その方がいいだろうな」

 アークがベッドの方にちらりと視線を送った後、スノウの背を押す。
 それに従って居間に戻ると、メアリーがすぐにスノウたちに気づき、頭を下げた。

「陛下。父を治療してくださり、本当にありがとうございます」
「ああ。魔王としての務めだから気にするな。それより、最近里の周辺を彷徨いているという不審な者について情報がないか聞きたい」

 頭を上げたメアリーがラトと視線を合わせる。その後、スノウに視線を移した。

「――陛下といえども、里の外の者に話すべきことではないのですが。父を治療していただきましたし、それに陛下の番は白狼族の一員であるラトの孫。完全なるよそ者とは言えないでしょう。私が知る限りのことをお話します」

 メアリーに微笑みかけられ、スノウはホッと息をついた。
 スノウがここにいる意味はあまりないと思っていた。でも、ラトの孫であり白狼族の血をひいているという事実は、メアリーにとって大きな意味を持っていたようだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

俺の伴侶はどこにいる〜ゼロから始める領地改革 家臣なしとか意味分からん〜

琴音
BL
俺はなんでも適当にこなせる器用貧乏なために、逆に何にも打ち込めず二十歳になった。成人後五年、その間に番も見つけられずとうとう父上静かにぶちギレ。ならばと城にいても楽しくないし?番はほっとくと適当にの未来しかない。そんな時に勝手に見合いをぶち込まれ、逃げた。が、間抜けな俺は騎獣から落ちたようで自分から城に帰還状態。 ならば兄弟は優秀、俺次男!未開の地と化した領地を復活させてみようじゃないか!やる気になったはいいが……… ゆるゆる〜の未来の大陸南の猫族の小国のお話です。全く別の話でエリオスが領地開発に奮闘します。世界も先に進み状況の変化も。番も探しつつ…… 世界はドナシアン王国建国より百年以上過ぎ、大陸はイアサント王国がまったりと支配する世界になっている。どの国もこの大陸の気質に合った獣人らしい生き方が出来る優しい世界で北から南の行き来も楽に出来る。農民すら才覚さえあれば商人にもなれるのだ。 気候は温暖で最南以外は砂漠もなく、過ごしやすく農家には適している。そして、この百年で獣人でも魅力を持つようになる。エリオス世代は魔力があるのが当たり前に過ごしている。 そんな世界に住むエリオスはどうやって領地を自分好みに開拓出来るのか。 ※この物語だけで楽しめるようになっています。よろしくお願いします。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい

白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。 村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。 攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

処理中です...