雪豹くんは魔王さまに溺愛される

asagi

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続.雪豹くんと魔王さま

2-16.白狼の里騒動②

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 里の中のつくりは、雪豹族とさほど変わらない。雪がないのが大きな違いだろうか。
 スノウはラトに案内されて里を歩きながら、ふむふむと頷いた。

 いつか訪ねたいと願い続けていた白狼の里にようやく来られたわけだけれど、あまり感慨がないのは、閑散とした雰囲気だからだろうか。

「いつ雨が降るか分からないから、警戒を担当する人たち以外はお外にいないの?」
「それもあるけど、大体の者が寝込んでいるからだね。今里の中には健康なのは残っていない。調査に出なかった奴らは、もう少ししたら戻って来るだろうけど」

 里の外の方に一瞬視線を投げたラトが肩をすくめる。
 あの揉めていた集団が、現在雨の影響を受けていない者たちだったということだ。

 スノウはそれが示す事実に顔を強ばらせる。
 そっとラトの袖を引くと、「どうした?」と優しい眼差しが返ってきた。

「……おじい様も、もしかして寝込んでいるの?」
「あぁ……そうだね。ちょうど雨が降った時に家の外にいたものだから。でも、寝ているだけで、死ぬような状態じゃないよ」

 スノウの予想よりもあっけらかんとした表情のラトに、少し安心した。
 この様子ならさほど心配する必要はないのだろう。ラトの態度がスノウを安心させるために取り繕ったものでないならば。

「……お見舞い、できる?」
「もちろん。顔を見てやってくれ。どうせ、これから案内する私の家で寝ている」
「分かった!」

 一応アークに視線を向けると、肩をすくめながらも頷いてくれた。

「症状がある者を直接確認したいと思っていたからちょうどいい」
「陛下は治癒の魔法も使えるのですよね?」
「そうだな。だが、魔力枯渇症ならば、治癒より魔力注入が必要かもしれないな。ラト殿は試さなかったのか?」

 アークの問いにラトが苦笑して首を振る。

「試しましたが、効果はありませんでした。すぐ抜けていってしまうんです。もしかしたら、魔力を貯める器の方が損傷しているのかもしれません」
「なるほど。器の修復を早めるのが必要な可能性があるのか」

 スノウは二人の会話が理解できなくて首を傾げる。
 体内を魔力が巡っていることは知っているけれど、魔力を貯める器とは聞いたことがない。

「魔力を貯める器というのは概念的なものだ。実際に形としてあるわけではないが、そのように体内で魔力が貯められている場所があることは分かっている。たまに大怪我を負った者が魔力枯渇性を患うことがある。それが治癒魔法により回復することがあるから、その概念が生まれたんだ」

 アークがスノウの顔を見て疑問に気づき、解説をしてくれる。
 スノウは「へぇ、そうなんだ」と頷きながら、ニコリと微笑んだ。

 もし白狼族が寝込んでいる理由が、魔力を貯める器の損傷ならば、アークが治せるということである。それをスノウが喜ばないはずがない。

「あ、私たちの家はここです」

 ラトが家を指す。他と変わらない石造りの家だけれど、窓などに花が飾られているのがお洒落で無骨さが和らいでいる。

「おじゃましまーす」
「む、狭いな……」

 ラトに招かれて家に入った途端、小声で文句を言うアークの脇腹をつねる。
 魔王城に慣れてしまったスノウも同じような感想を抱いたけれど、普通の獣人の家と広さはさほど変わらないはずだ。少なくとも雪豹族の家も同じくらいの広さだった。

「入ってすぐが居間兼台所で、他にお部屋が三つ?」
「一つが寝室、その隣が食料や薪などの保存庫、その隣は浴室だよ。スノウたちの寝泊まりには、空き家をいくつか掃除してあるから、この後案内するね」

 必要最低限の生活環境に、スノウは懐かしさを感じる。
 アークは「別棟……それなら里の外に臨時の寝床をつくった方が快適か……?」と悩ましげに呟いている。

 せっかくの厚意を無駄にするのはスノウも気が咎めるけれど、昨夜の寝床を思い出すすとアークに同意したい気もした。

「ナイトー、スノウたちが来てくれたよー」

 アークの言葉が聞こえなかったのか、それとも聞き流したのか。ラトは気にした素振りを見せず寝室の戸を開く。

「――……入っていいって。おいで」

 振り返ったラトに招かれて、スノウたちは寝室に進んだ。
 中はほのかな明かりが灯っていたけれど、雨戸が閉められていて少し暗く感じた。

「窓は開けないの?」
「急に雨が降ってきても、寝込んでいるナイトでは閉じられないからね。私が常に傍にいられるわけでもないし」
「……スノウ、久しぶりだな」

 ラトの声に続いて、ナイトの声が聞こえた。
 ベッドに臥した状態のまま、ナイトがスノウに視線を向けている。前に会ったときより弱々しい印象があるけれど、頬が痩けていることもなく、重病ではなさそうだ。

「お久しぶりです、おじい様!」

 スノウは飛びつくようにベッドの脇に駆け寄り、伸ばされた手を握る。握り返す力はほとんどないけれど、確かな温もりがあって安心した。

「相変わらず可愛い子だ。――陛下も、よく来てくれました。このような体勢で申し訳ない」
「気にするな。それより、少し体調を診せてもらうぞ」

 アークがそう言うのと同時に、ナイトに手を翳す。
 スノウはルイスの傍に下がって、息を飲んでその様子を見守った。

「――なるほど。確かに魔力が底をつくギリギリだな。産生されても、そのまま身体から流れ出てしまっている。治癒魔法を試すか」
「お願いします」

 頼んだのはラトだ。少し緊張した顔をしている。
 道中ではナイトの体調のことを軽い口調で話していたけれど、やはり心配していたようだ。

 スノウもアークが魔法を使う様子をジッと見つめた。早くナイトが元気になればいい。

「……治癒キュア

 アークが呟いた途端、手のひらから光が溢れた。その光はあっという間にナイトを包み込む。

「あぁ……だいぶ、良くなりました」

 光が消えた後には、ナイトの顔が少し血色が良くなっていた。すぐに身体を起こせる状態ではないようだけれど、治癒魔法が効果を示したのは間違いない。

「そうだな。きちんと産生された魔力が体内に留まるようになっている。これなら、少しずつ魔力を補充させたらすぐに回復できるだろう」

 改めて体調を確認したアークが断言する。
 ラトが「ありがとうございます!」と告げながらナイトに飛びついた。早速魔力を補充しているようだ。
 ナイトの魔力全てをラトが補えば、今度はラトの方が倒れかねないけれど、少しくらいならば回復できるだろう。

「僕も、魔力をあげようかな」
「ダメだ。血縁であっても、番でない者の魔力譲渡は極力避けるべきだからな」
「そうなんだ?」
「緊急時は仕方ない場合もあるが、今はそうではないな」

 そわそわとしながら提案してみたけれど、アークにあっさりと阻まれてしまった。でも、それが魔族としての常識ならば仕方ない。

 暫くラトがナイトに魔力を与えるのを見守った後、ナイトを休ませるために居間に戻ることにした。

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