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続.雪豹くんと魔王さま

2-4.新たな始まり④(アーク視点)

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 人気のない廊下を歩きながら、アークは後ろに従うロウエンに声をかける。

「――それで、お前が急に里帰りやら白狼の里訪問を提案したのは何故だ?」
「フォッフォッフォ、さすがに陛下はお気づきでしたか」

 愉快げな笑い声が返ってきて、思わず眉を顰めた。ロウエンが何を考えているか読み取れない。

「あまりにも唐突すぎたからな。別に子育ての経験者に話を聞いたところで、俺が子作りをしたがることにはならんだろう。里帰りは今でなくてもいいはずだ。……まだ、スノウの心の傷は瘉えていない」

 アークはスノウの怯えるような表情を思い出して、グッと拳を握った。
 まだ、雪豹の里で惨劇が起きてから、片手で数えられる年数しか経っていない。天真爛漫な姿を見せるスノウの内側に、いまだ痛みの残る傷があるのを、アークは感じ取っていた。

 その傷を抉るような真似をしたロウエンに、アークは静かな憤りを抱いている。でも、ロウエンがアークを不快にさせるために、そのような提案をしたとは思えない。なにか理由があるはずだ。それくらいの信頼はしている。

 だから、アークは冷静さを繕って問いただすのだ。ロウエンはそのように対応されることすら理解した上で行動しているのだろうが。

「……最近、白狼の里周辺に、獣人ではないものが出没しているようです」
「獣人ではない? どの魔族だ」
「それが不明なのですよ。調査をさせても、雲を掴むような情報しか得られず……」

 アークは思い切り眉を寄せた。スノウがいたら心配した顔で眉間を撫でて、アークの心を癒やしてくれるだろうに、ここにはいない。
 だからこそ、アークはスノウに聞かせられないような声でロウエンを問い詰められるのだが。

 そんなことを考えながら、白狼の里の方面に意識を向ける。
 アークは魔族の世界の支配者で、全てを把握できる能力を持っているのだ。よほどのことがなければ、アークから逃れることはできない。

「……分からんな。異常はないと思うが」

 魔族がたくさんいすぎて把握しにくいが、特別おかしなことは起きていないだろう。だが、なぜだか胸が騒ぐような心地がする。決して無視してはいけない感覚だ。

「――早い内に白狼の里に行く」

 アークが行けば、より詳しい情報が得られるだろう。魔王城にいても魔族世界全域を把握できるとはいえ、細かいことを読み切るのは難しいのだ。
 それが分かっているから、ロウエンは白狼の里へ行くのを提案したのだろうし。

「スノウ様がいなければ、里に入れてもらえないかもしれませんよ。白狼族は排他的ですから」
「……スノウも、連れて行く」

 ロウエンの言葉は事実だ。アークもため息交じりに妥協するしかない。白狼族はそれくらい取り扱いが難しい種族なのだ。

 怪しい存在がいるという情報はあっても、アークがいればスノウは安全だという自負がある。だから、その決定をするのに恐れはなかった。

「――雪豹の里にも何か問題があるのか?」
「そうですね。どうも、ゴーストが湧いていると噂が立っているようで」
「ゴーストだと?」

 思わずロウエンを睨みつける。ロウエンは「おお、怖い……私が広げた噂ではありませんよ」と剽軽な雰囲気で肩をすくめた。

 ゴーストとは実体を持たない魔物の一種だ。魔族が住まなくなった土地に、魔物がいることは不自然ではない。
 だが、ゴーストは魔族の魂が穢れて生じる魔物だという真偽不明の話がある。雪豹の里に現れるという話が事実か否か定かではないが、そのような噂があるだけで不快だ。

「誰か倒したのか?」
「いいえ。そもそもあの地は陛下が守護する地。私の部下以外が訪れることはありませんし、ゴースト以外の魔物を倒した報告しか上がってきません」
「……つまり、誰かが雪豹の里を貶めようと、嘘の話を広げている?」

 フツフツと怒りが湧く。
 そんなアークを宥めるように、ロウエンが声を潜めて話を続ける。

「それか、魔物ではないゴーストがいるか、ですね」
「は? それはどういう意味だ」
「部下によると、魔物ではない何かを、里で目撃することがあるようです。その正体は掴めないようですが」
「なんだそれは……」

 先ほどのロウエンの言葉ではないが、雲を掴むような情報だった。
 ロウエンの部下は精鋭揃いだ。そんな彼らが正体を掴めない、魔物ではない何かとは、いったい何者か。

「私の部下もお手上げ状態でして、ぜひ陛下のお力でなんとかしていただきたく――」
「雪豹の里に不審な者がうろつくのを見過ごすつもりはないから構わないが、俺はそんな存在を感知していないんだがな……」

 アークは定期的に雪豹の里を確認している。その際に、ロウエンやその部下が言うような、不審な存在を感知したことはない。

 白狼の里といい、己の力量を超えるところで何かが蠢いているように思えて、アークは不快感を抑えきれないまま、ため息をついた。

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