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三章.雪豹の青年

73.雪豹の青年とそれぞれの主張

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 出会った廊下のすぐ近くにあった応接室。戸惑うスノウたちを先導して部屋に入ると、リリアンはまるで女主人のような我が物顔で、場を支配していた。

「お茶はまだなの?」
「……スノウ様と竜族の方を、二人きりにするわけにはまいりませんので」

 ルイスがじとりとした目で、リリアンの要求を素気無く拒否する。
 ルイスにとって、スノウの安全が何よりも優先されるべきことなので、その態度は当然だった。

 本当はすぐさま使用人や警備を呼びたいのだ。でも、いくら魔道具を使って要請しても、人が来る気配が一切ない。リリアンが何かをして、妨害しているとしか考えられなかった。

「あら、不出来な下男ね」
「私はスノウ様のお世話係なのでぇ」
「スライムごときが……偉そうな口を」

 ルイスが茶化した口調で答えると、リリアンの柳眉がつり上がった。あからさまに苛立たしそうな様子を、スノウはまんじりと見つめる。

 会ったばかりの頃の恐怖感はあまりない。スノウには、アークがくれた守護の腕輪があるから。
 一度も使用されたことがないから、その効果は定かではないけれど、アーク曰く万難を排すための守護魔法がかかっているらしい。

 スノウはアークのことを心から信頼している。だから、リリアンに何かをされる心配はないのだと確信していた。

 それはそれとして、リリアンがアークの婚約者だと名乗ったことは気になっている。

 もちろん、それが嘘か、あるいはそれに類するものだとは分かっていた。聞いた瞬間は混乱したけれど、よく考えればすぐに気づくことだ。

 アークはスノウに会うまでは、一生を一人で生きるつもりだったと、以前話していた。

 スノウに出会ってから、他の誰かと睦まじく過ごす時間なんてなかっただろう。
 それ以前に決まっていた婚約だったとしても、運命の番を見つけた時点で、その関係に終止符を打っていたはずだ。アークは無責任で不誠実な人ではない。

「お話とは、なんですか?」

 睨み合うルイスとリリアンを仲裁するように、スノウは首を傾げながら口を開いた。

 ルイスがスノウを守ろうとしてくれているのは分かっているけれど、リリアンは目的を達成しなければ帰らないだろう。それならば、さっさと話を聞いて、帰ってもらう方が、気が楽だ。

「……あなた、アーク様の番だと紹介されていたけれど、身をわきまえたらいかがかしら? 所詮、里が壊滅したからと保護されただけの獣でしょう」
「それは――」
「失礼な口を縫い合わせてもいいですか?」

 獣人を蔑むような言葉に、スノウは耳を垂らしてしまいながらも、アークの番として堂々と言い返そうと意気込んだ。それより先に、ルイスの怒りが沸点に達してしまい、口を噤むことになったけれど。

 ルイスがにこりと笑みを浮かべながらも、こめかみをヒクヒクと震わせていた。手には、いつの間にかどこかから取り出した裁縫用の針と糸がある。

 スノウは、それを横目で窺って、本気で縫い合わせるつもりかと、思わず怯え震えた。

「……ルイス、めっ、だよ……」

 ルイスの上着の袖をちょんちょんと引っ張りながら制止する。さすがにそんな怖いルイスの姿を見たくなかった。

「めっ、て……、スノウ様が、めっ、て……!」

 笑みで固まっていたルイスの表情が、一気にほぐれた。至福の表情で悶えている。

 何がそれほどルイスの感情を揺さぶったのかは分からないけれど、いつも通りの様子に戻ったならばそれでいい。

 ルイスのおかげで、気落ちしていたスノウの心も少し和んだ。スノウは、ルイスをポカンと見ているリリアンに視線を向ける。

「僕がアークの番だということは、僕たちの間で決まったことです。アークは、僕に運命の番として傍にいることを望んでいますし、僕もアークの傍にいたい」

 一度言葉を区切り、眉を顰めているリリアンを見据える。
 スノウはただ状況に流されてアークの傍にいるのではない。運命の番という縁に導かれたのだとしても、惹かれ合ったから、共に一生を過ごす約束を交わしたのだ。

 リリアンに、自分の思いが少しでも伝われば良いと、目に力を籠めた。

「――雪豹の里が壊滅して、アークに保護してもらったのは事実です。でも、そのことを誰かに咎められる理由はありませんし、僕自身、負い目に思ってもいません」

 伝えるべきことをちゃんと言えた。
 でも、リリアンは納得できなかったようで、強く眉を寄せて睨みつけてくる。

(せっかく美人なのに、怖い顔だなぁ。もったいない……)

 スノウはぼんやりとリリアンを眺めつつ、アークがこの事態に気づいて、助けに来てくれることを願った。この美女は、スノウの手に余る気がする。

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