73 / 251
三章.雪豹の青年
73.雪豹の青年とそれぞれの主張
しおりを挟む
出会った廊下のすぐ近くにあった応接室。戸惑うスノウたちを先導して部屋に入ると、リリアンはまるで女主人のような我が物顔で、場を支配していた。
「お茶はまだなの?」
「……スノウ様と竜族の方を、二人きりにするわけにはまいりませんので」
ルイスがじとりとした目で、リリアンの要求を素気無く拒否する。
ルイスにとって、スノウの安全が何よりも優先されるべきことなので、その態度は当然だった。
本当はすぐさま使用人や警備を呼びたいのだ。でも、いくら魔道具を使って要請しても、人が来る気配が一切ない。リリアンが何かをして、妨害しているとしか考えられなかった。
「あら、不出来な下男ね」
「私はスノウ様のお世話係なのでぇ」
「スライムごときが……偉そうな口を」
ルイスが茶化した口調で答えると、リリアンの柳眉がつり上がった。あからさまに苛立たしそうな様子を、スノウはまんじりと見つめる。
会ったばかりの頃の恐怖感はあまりない。スノウには、アークがくれた守護の腕輪があるから。
一度も使用されたことがないから、その効果は定かではないけれど、アーク曰く万難を排すための守護魔法がかかっているらしい。
スノウはアークのことを心から信頼している。だから、リリアンに何かをされる心配はないのだと確信していた。
それはそれとして、リリアンがアークの婚約者だと名乗ったことは気になっている。
もちろん、それが嘘か、あるいはそれに類するものだとは分かっていた。聞いた瞬間は混乱したけれど、よく考えればすぐに気づくことだ。
アークはスノウに会うまでは、一生を一人で生きるつもりだったと、以前話していた。
スノウに出会ってから、他の誰かと睦まじく過ごす時間なんてなかっただろう。
それ以前に決まっていた婚約だったとしても、運命の番を見つけた時点で、その関係に終止符を打っていたはずだ。アークは無責任で不誠実な人ではない。
「お話とは、なんですか?」
睨み合うルイスとリリアンを仲裁するように、スノウは首を傾げながら口を開いた。
ルイスがスノウを守ろうとしてくれているのは分かっているけれど、リリアンは目的を達成しなければ帰らないだろう。それならば、さっさと話を聞いて、帰ってもらう方が、気が楽だ。
「……あなた、アーク様の番だと紹介されていたけれど、身をわきまえたらいかがかしら? 所詮、里が壊滅したからと保護されただけの獣でしょう」
「それは――」
「失礼な口を縫い合わせてもいいですか?」
獣人を蔑むような言葉に、スノウは耳を垂らしてしまいながらも、アークの番として堂々と言い返そうと意気込んだ。それより先に、ルイスの怒りが沸点に達してしまい、口を噤むことになったけれど。
ルイスがにこりと笑みを浮かべながらも、こめかみをヒクヒクと震わせていた。手には、いつの間にかどこかから取り出した裁縫用の針と糸がある。
スノウは、それを横目で窺って、本気で縫い合わせるつもりかと、思わず怯え震えた。
「……ルイス、めっ、だよ……」
ルイスの上着の袖をちょんちょんと引っ張りながら制止する。さすがにそんな怖いルイスの姿を見たくなかった。
「めっ、て……、スノウ様が、めっ、て……!」
笑みで固まっていたルイスの表情が、一気にほぐれた。至福の表情で悶えている。
何がそれほどルイスの感情を揺さぶったのかは分からないけれど、いつも通りの様子に戻ったならばそれでいい。
ルイスのおかげで、気落ちしていたスノウの心も少し和んだ。スノウは、ルイスをポカンと見ているリリアンに視線を向ける。
「僕がアークの番だということは、僕たちの間で決まったことです。アークは、僕に運命の番として傍にいることを望んでいますし、僕もアークの傍にいたい」
一度言葉を区切り、眉を顰めているリリアンを見据える。
スノウはただ状況に流されてアークの傍にいるのではない。運命の番という縁に導かれたのだとしても、惹かれ合ったから、共に一生を過ごす約束を交わしたのだ。
リリアンに、自分の思いが少しでも伝われば良いと、目に力を籠めた。
「――雪豹の里が壊滅して、アークに保護してもらったのは事実です。でも、そのことを誰かに咎められる理由はありませんし、僕自身、負い目に思ってもいません」
伝えるべきことをちゃんと言えた。
でも、リリアンは納得できなかったようで、強く眉を寄せて睨みつけてくる。
(せっかく美人なのに、怖い顔だなぁ。もったいない……)
スノウはぼんやりとリリアンを眺めつつ、アークがこの事態に気づいて、助けに来てくれることを願った。この美女は、スノウの手に余る気がする。
「お茶はまだなの?」
「……スノウ様と竜族の方を、二人きりにするわけにはまいりませんので」
ルイスがじとりとした目で、リリアンの要求を素気無く拒否する。
ルイスにとって、スノウの安全が何よりも優先されるべきことなので、その態度は当然だった。
本当はすぐさま使用人や警備を呼びたいのだ。でも、いくら魔道具を使って要請しても、人が来る気配が一切ない。リリアンが何かをして、妨害しているとしか考えられなかった。
「あら、不出来な下男ね」
「私はスノウ様のお世話係なのでぇ」
「スライムごときが……偉そうな口を」
ルイスが茶化した口調で答えると、リリアンの柳眉がつり上がった。あからさまに苛立たしそうな様子を、スノウはまんじりと見つめる。
会ったばかりの頃の恐怖感はあまりない。スノウには、アークがくれた守護の腕輪があるから。
一度も使用されたことがないから、その効果は定かではないけれど、アーク曰く万難を排すための守護魔法がかかっているらしい。
スノウはアークのことを心から信頼している。だから、リリアンに何かをされる心配はないのだと確信していた。
それはそれとして、リリアンがアークの婚約者だと名乗ったことは気になっている。
もちろん、それが嘘か、あるいはそれに類するものだとは分かっていた。聞いた瞬間は混乱したけれど、よく考えればすぐに気づくことだ。
アークはスノウに会うまでは、一生を一人で生きるつもりだったと、以前話していた。
スノウに出会ってから、他の誰かと睦まじく過ごす時間なんてなかっただろう。
それ以前に決まっていた婚約だったとしても、運命の番を見つけた時点で、その関係に終止符を打っていたはずだ。アークは無責任で不誠実な人ではない。
「お話とは、なんですか?」
睨み合うルイスとリリアンを仲裁するように、スノウは首を傾げながら口を開いた。
ルイスがスノウを守ろうとしてくれているのは分かっているけれど、リリアンは目的を達成しなければ帰らないだろう。それならば、さっさと話を聞いて、帰ってもらう方が、気が楽だ。
「……あなた、アーク様の番だと紹介されていたけれど、身をわきまえたらいかがかしら? 所詮、里が壊滅したからと保護されただけの獣でしょう」
「それは――」
「失礼な口を縫い合わせてもいいですか?」
獣人を蔑むような言葉に、スノウは耳を垂らしてしまいながらも、アークの番として堂々と言い返そうと意気込んだ。それより先に、ルイスの怒りが沸点に達してしまい、口を噤むことになったけれど。
ルイスがにこりと笑みを浮かべながらも、こめかみをヒクヒクと震わせていた。手には、いつの間にかどこかから取り出した裁縫用の針と糸がある。
スノウは、それを横目で窺って、本気で縫い合わせるつもりかと、思わず怯え震えた。
「……ルイス、めっ、だよ……」
ルイスの上着の袖をちょんちょんと引っ張りながら制止する。さすがにそんな怖いルイスの姿を見たくなかった。
「めっ、て……、スノウ様が、めっ、て……!」
笑みで固まっていたルイスの表情が、一気にほぐれた。至福の表情で悶えている。
何がそれほどルイスの感情を揺さぶったのかは分からないけれど、いつも通りの様子に戻ったならばそれでいい。
ルイスのおかげで、気落ちしていたスノウの心も少し和んだ。スノウは、ルイスをポカンと見ているリリアンに視線を向ける。
「僕がアークの番だということは、僕たちの間で決まったことです。アークは、僕に運命の番として傍にいることを望んでいますし、僕もアークの傍にいたい」
一度言葉を区切り、眉を顰めているリリアンを見据える。
スノウはただ状況に流されてアークの傍にいるのではない。運命の番という縁に導かれたのだとしても、惹かれ合ったから、共に一生を過ごす約束を交わしたのだ。
リリアンに、自分の思いが少しでも伝われば良いと、目に力を籠めた。
「――雪豹の里が壊滅して、アークに保護してもらったのは事実です。でも、そのことを誰かに咎められる理由はありませんし、僕自身、負い目に思ってもいません」
伝えるべきことをちゃんと言えた。
でも、リリアンは納得できなかったようで、強く眉を寄せて睨みつけてくる。
(せっかく美人なのに、怖い顔だなぁ。もったいない……)
スノウはぼんやりとリリアンを眺めつつ、アークがこの事態に気づいて、助けに来てくれることを願った。この美女は、スノウの手に余る気がする。
64
お気に入りに追加
3,179
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?
み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました!
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
俺の伴侶はどこにいる〜ゼロから始める領地改革 家臣なしとか意味分からん〜
琴音
BL
俺はなんでも適当にこなせる器用貧乏なために、逆に何にも打ち込めず二十歳になった。成人後五年、その間に番も見つけられずとうとう父上静かにぶちギレ。ならばと城にいても楽しくないし?番はほっとくと適当にの未来しかない。そんな時に勝手に見合いをぶち込まれ、逃げた。が、間抜けな俺は騎獣から落ちたようで自分から城に帰還状態。
ならば兄弟は優秀、俺次男!未開の地と化した領地を復活させてみようじゃないか!やる気になったはいいが………
ゆるゆる〜の未来の大陸南の猫族の小国のお話です。全く別の話でエリオスが領地開発に奮闘します。世界も先に進み状況の変化も。番も探しつつ……
世界はドナシアン王国建国より百年以上過ぎ、大陸はイアサント王国がまったりと支配する世界になっている。どの国もこの大陸の気質に合った獣人らしい生き方が出来る優しい世界で北から南の行き来も楽に出来る。農民すら才覚さえあれば商人にもなれるのだ。
気候は温暖で最南以外は砂漠もなく、過ごしやすく農家には適している。そして、この百年で獣人でも魅力を持つようになる。エリオス世代は魔力があるのが当たり前に過ごしている。
そんな世界に住むエリオスはどうやって領地を自分好みに開拓出来るのか。
※この物語だけで楽しめるようになっています。よろしくお願いします。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる