上 下
68 / 251
三章.雪豹の青年

68.雪豹の青年と朝の戯れ(☆)

しおりを挟む
 温かいものが離れていく感覚。手を伸ばして追うと、ぎゅっと握りしめられた。

「う……ん……?」

 指先を撫でられ、指の間を擦られる。誰かがスノウの手に悪戯をしている。誰かと考えたら一人しかいないけれど。

「……アーク」

 まだ重たい目蓋をこじ開け、見上げた先には楽しそうに笑んだアークがいた。朝から機嫌がいい。

「おはよう、スノウ」

 額に落ちてくるキスを受け入れ、アークが離れる前に首に腕を回す。少し頭を起こしてアークの頬にキスを返した。

「……おはよう、アーク。今日は早いね?」

 ベッドに手をついて体勢を保つアークから目を逸らし、窓に掛かるカーテンを見る。その隙間から窺える外の光は、まだ弱々しい。明け方と言ってもいいくらいだ。
 アークは毎日執務で忙しいけれど、ここまで早く起きているのは珍しい。ベッドの中でスノウが起きるのを待っているのが常なのだ。

「ああ、昨日はスノウのお披露目で後回しにした執務があったからな。早い内に片付けておくつもりだ。午後からは謁見の予定が詰まっているしな」
「……大変そう」

 スノウはアークの執務に関してはあまり知らないけれど、それが重大な責任を伴うものだと分かっている。謁見も、昨日のお披露目でのことを考えると、酷く疲れるものだと予想できた。

「慣れたことだ。……だが、まあ、応援してくれる気があるなら、受け入れるぞ?」
「応援……?」

 覆い被さっているアークを、スノウはきょとんと見つめる。アークはなんだかとても楽しそうだ。昨夜見せた表情と少し似ている気がする。

「ん」

 スノウの口の端にキスされた。離れたアークが愉快げに口角を上げている。……スノウにも唇へのキスをねだっているのだと、なんとなく分かった。
 昨夜のドキドキを思い出すと躊躇ってしまうけれど、アークを応援したい気持ちはある。

「アーク……」

 おずおずと腕に力を籠めたら、ゆっくりとアークの顔が近づいてきた。唇に狙いを定めて、ちゅ、と吸い付く。

 上手くできた気がする。伏せていた目蓋を開けると、うっとりと細められた夕陽色の瞳が視界に飛び込んできた。
 間近で見るその美しさと慈しみの感情に、スノウの心が震える。なんとも甘美な感覚だった。

 思わずアークの肩に縋るように、指先に力が入る。
 唇を震わせるスノウに、アークの方が動き出した。柔らかく唇を食まれ、緊張を和らげるように優しい交接が続く。
 ただ唇を重ねるだけのキスが心地よくて、ずっとこの感覚を追っていたくなる。離れようとする唇を、スノウの方から追ってしまうくらい、状況を忘れて熱中していた。

「ん……アーク、もっと……」
「っ、あぁ、そうだな……」

 キスの合間に囁くと、アークの目がギラリと光った気がした。それでも、囁く声は優しくて甘くて、スノウを蕩けさせていくようだ。

 いっそう強く唇が重なるのと同時に、熱い舌に舐められて、スノウはおずおずと口を開けた。この後どうなるかは昨夜の経験から分かっていたけれど、怯えよりも今はもっとアークを近くで感じたいという気持ちが強かった。

「んぁ……ふ、ぁ……」

 熱く長い舌が口内を埋める。口蓋を擽られ、スノウが身体を震わせると、アークの手が宥めるようにスノウに触れた。
 二の腕から肩、胸、脇腹を優しく撫でる手は、いつもならスノウを落ち着かせるものなのに、今日はなんだかおかしい。触られたところから、じわじわと熱が身体中に広がっていく気がした。

「ゃ、あ……アーク……さわら、ないで……」
「ん? 撫でられるの、スノウは好きだろう?」

 キスの合間に制止しても、アークは楽しそうに笑って、スノウを撫でるのをやめない。
 スノウは身体が震えるのを止められなくて、アークの手首を掴んで止めようとした。アークはそんなスノウの抵抗を全く気に止めていないようだけれど。

「キス……だけがいぃ……」
「……わがままだな」

 優しいキスだけがほしいのだ。その望みを、アークは苦笑と共に受け止めて……さらりと流したような気がする。スノウはムッとして、口に入り込もうとする舌先に歯を立てた。

「いじわる、や……」
「……噛むなんてひどいな。いじわるじゃないぞ? 可愛がってるだけだ」
「今は嫌なの……」

 ちゅ、ちゅ、と唇に吸い付いてくるアークをじとりと睨む。アークに反省する様子はなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...