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三章.雪豹の青年

64.雪豹の青年と湯けむりの中

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 もわりと白い湯気が立ち込める浴室。広い洗い場の奥には大きな浴槽がある。スノウが獣姿の時はよく泳いでいたけれど、さすがに今はしていない。

「ほら、アヒル!」
「そうだな。……すごく、叩かれた感じがあるな」

 髪と身体を洗って、浴槽に身を沈める。今日はアークも一緒で、後ろから抱きしめられているから体温が近い。お湯の温度はいつもと変わらないはずなのに、頬も身体も火照るのが早い気がした。
 なんとなくいたたまれなくてお気に入りのアヒルをアークに渡したら、笑みを含んだ声で返事がきた。

「んん? 確かに、ちょっとくたびれてる気もする……?」

 あまり気にしていなかったけれど、アヒルは初めの頃より色褪せて疲労しているように見えなくもない。毎回叩いて沈めてしまうからだろうか。

「新しいのを贈ろうか?」
「……ううん、この子だけでいい」

 アヒルであればなんでもいいわけじゃない。幼い頃からスノウと共にあったから、友達みたいなものなのだ。……叩くし沈めるけど。

 アヒルを返されて、手で弄りながら、背後のアークに身を預ける。スノウとは全く違う逞しい身体つきだ。ちょっと羨ましい。
 最近あまり成長が見えない自分の細い腕を見つめて、スノウはむぅっと唇を尖らせた。お湯に沈んでいたアークの手を取り重ねてみる。大きな手だ。手首も、スノウが掴んだら指が届かないくらい太い。

「――アーク、どこもかしこも大きいねぇ……」

 アークの手に指を絡めてぎゅっぎゅっと握る。ピクッと震えた手が握り返してくれて、なんだか胸が温かくなった。

「スノウは……華奢で可愛らしいな」
「僕、もっと強くてカッコよくなりたかったのに……」

 アークに「可愛い」と言われるのは嫌じゃないけど、やっぱり「カッコいい」と言われたい。雪豹族という種族特性で、あまり体格が良くないのは周知の事実らしいけれど。

「ふっ……カッコいいぞ」
「みっ! 耳噛んじゃヤダ!」

 囁くような声とともに、柔らかく耳を食まれて身体に震えが走る。なんだか今すぐ逃げたくなる。濡れそぼった尻尾でお湯を叩いて抗議を示した。
 悪戯するアークなんて、水しぶきで攻撃してやる……!

「こら。暴れるな」
「アーク、尻尾掴むのもダメ!」

 笑みを含んだ声で窘めてくるアークを振り返り睨む。掴んだままだった片手をぎゅうっと握って怒るが、アークは蕩けるような眼差しで楽しそうに微笑むだけだった。スノウの抗議が伝わっている気がしない。
 ちゅ、とこめかみにキスをされるので、苛立ちを込めてアークの頬に噛みついた。さすがに歯形をつけるほどの強さじゃないけれど、これで少しは反省したらいい。

「――噛むなんて、悪い子だな」
「みっ!? アークほどじゃないもん……!」

 再び耳を噛まれた上に、内側に熱いものが這った感触がする。思わず耳を伏せてしまったけれど、アークが楽しそうに追いかけてきてまた食むので、逃げられる気がしない。
 掴んだままだった手を離し、身体ごと逃げようとしたら、腰を掴まれて引き戻された。アークは力が強くてズルい。

「ほら、ここ噛んでいいから、大人しくな」
「……噛まないもん! 僕、もう上がる!」

 アークが自分の肩のところを指さすので、少し歯が疼いて悩んだけれど、逃げるのを優先した。お湯を叩きながら藻掻いていると、アークの楽しそうな笑い声が響く。

「分かった分かった。もう悪戯しないから、あと少し一緒に入ろう」
「……本当に?」
「本当に」

 パッと手を挙げて証明するので、スノウは許してあげることにした。スノウもアークと一緒にお風呂に入るのが嫌なわけではなかったので。
 昔は裸で抱きついて遠ざけられたことがあるのだから、服なしでここまで近づけて、アークの体温を感じられるのは幸せでもあったのだ。

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