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三章.雪豹の青年
62.雪豹の青年とざわめき
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食事の後に再び戻ってきた広間。そこでスノウは困惑していた。
アークの傍に美女が寄り添っている。触れるほどではないから、アークも拒否しにくいようだ。
「陛下、あちらで竜族の者が集っているのです。一緒にお話いたしましょう?」
「……悪いが、今は番が傍にいるから――」
不機嫌そうに断るアーク。どうやら美女はアークと同じ竜族らしい。
竜族は獣人ほど見た目に特徴がないのだと思っていたけれど、もしかして美しさが竜族の証なのだろうか。ぼんやりとそう考えるくらいに、アークと美女が並んでいる姿は絵になる。
ツキリと胸が痛んだ気がして、スノウはそっと手を当てて首を傾げた。怪我はしてないし、病気だろうか。
「――番様、耳も尻尾も垂れておりますね? お祝いの席ですのに、お寂しいことでも? こちらで甘いものでもいかがですか?」
不意にかけられた声に振り向く。獣人の男だ。頭に茶色の丸い耳がある。尻尾は見当たらないのだけれど、なんの種族だろうか。先ほど挨拶に来てくれた気もする。でも、あまりに数が多すぎて覚えていない。
「失礼。私は熊族のリュートですよ」
「リュートさん。……僕は、アークから離れないので……、でも、お誘いありがとうございます」
改めて自己紹介してくれたリュートに向き合う。アークの袖をちょっと摘まんだままなのが格好つかないけれど、気づかない内に離れられても嫌なのだ。
「そうですか? 陛下もお忙しそうですし――」
「余計な世話だな。番に粉をかけるのは褒められたことではないぞ、熊族の者」
不意にスノウの腰が抱き寄せられる。慣れた逞しい胸に手をつき、顔がぶつかるのを堪えた。ブワッと花のような香りがスノウを包み、思わず力を抜いてうっとりと寄り添ってしまう。
猫族はまたたびに弱いと聞くけれど、もしかしたらこんな心地よさなのかもしれない。
少し胸に忍び寄っていた寂しさが瞬時に払拭され、スノウの心を幸福感が満たした。
「……失礼いたしました」
いつの間にか熊族の男がいなくなっていた。というか、周囲から人気がなくなっている。一定の距離をとった招待客たちが、微笑ましげにスノウとアークを見つめていた。
「あれ? さっきの女の人は?」
「不躾だったから追い返した。スノウもきっぱりと断る術を身につけないとな」
なんだか不機嫌そうな声音だ。そっと顔を見上げると、眉を寄せたアークが周囲を睥睨していた。
「……アーク、お顔が怖いよ」
手を伸ばしてアークの頬を引っ張る。柔らかな感触で楽しくなってきた。
にこにこと頬を弄るスノウを、アークが複雑な表情で見下ろす。仕返しのように首筋を擽られ、スノウは身を捩った。
「みゃ……くすぐったいよ!」
「ふっ、スノウが悪戯するからだろう?」
アークがとろりと蕩けるような声で囁く。両腕で抱きしめられて、こめかみに柔らかく唇が落とされた。
衆目がある場所でこんなにくっついて、いいのだろうか。
スノウはアークの背に手を伸ばしながら小さく首を傾げた。責める声は聞こえないから、これくらいのことはマナー違反ではないのかもしれない。アークが魔王だから許されている可能性もあるけれど。
「――あぁ、やはり、俺の腕の中に囲っておきたいな。他の者の目に晒すのも、変な虫がつくのも、我慢ならない……」
ほの暗い印象の声。アークはスノウを閉じ込めたいらしい。
……それもいいかもしれない。アークの腕の中に囲われたら、スノウはいつだってアークと一緒に居られるということだから。
「ふふ……アークとずっと一緒ならいいよ。でも、僕、お散歩したいし、街で遊びたいし、狩りにも行きたいし……」
「全然閉じ籠ってくれる気がないな?」
まだまだ世界を見尽くしていないスノウにとって、楽しいことはたくさんあるので。アークに閉じ込められるのは、もっと先がいいなと思って呟くと、アークが楽しそうに笑った。
不意に物語の中のお姫様のように抱き上げられて、「わぁっ!」と声が漏れる。
「――とりあえず、披露目はもう終わりだ。挨拶も済んでいるし構わないだろう?」
「……かしこまりました」
いつの間にかアークの後ろに立っていたロウエンが答える。呆れたような笑みを浮かべていた。
「みなの者、俺は下がるが、宴を楽しんでいってくれ」
アークが広間から出る間際、悔しそうに顔を歪めている美女が視界に入った。……なんとなく申し訳ない気がして小さく手を振ってみたけれど、あまり意味はなかった気がする。
アークの傍に美女が寄り添っている。触れるほどではないから、アークも拒否しにくいようだ。
「陛下、あちらで竜族の者が集っているのです。一緒にお話いたしましょう?」
「……悪いが、今は番が傍にいるから――」
不機嫌そうに断るアーク。どうやら美女はアークと同じ竜族らしい。
竜族は獣人ほど見た目に特徴がないのだと思っていたけれど、もしかして美しさが竜族の証なのだろうか。ぼんやりとそう考えるくらいに、アークと美女が並んでいる姿は絵になる。
ツキリと胸が痛んだ気がして、スノウはそっと手を当てて首を傾げた。怪我はしてないし、病気だろうか。
「――番様、耳も尻尾も垂れておりますね? お祝いの席ですのに、お寂しいことでも? こちらで甘いものでもいかがですか?」
不意にかけられた声に振り向く。獣人の男だ。頭に茶色の丸い耳がある。尻尾は見当たらないのだけれど、なんの種族だろうか。先ほど挨拶に来てくれた気もする。でも、あまりに数が多すぎて覚えていない。
「失礼。私は熊族のリュートですよ」
「リュートさん。……僕は、アークから離れないので……、でも、お誘いありがとうございます」
改めて自己紹介してくれたリュートに向き合う。アークの袖をちょっと摘まんだままなのが格好つかないけれど、気づかない内に離れられても嫌なのだ。
「そうですか? 陛下もお忙しそうですし――」
「余計な世話だな。番に粉をかけるのは褒められたことではないぞ、熊族の者」
不意にスノウの腰が抱き寄せられる。慣れた逞しい胸に手をつき、顔がぶつかるのを堪えた。ブワッと花のような香りがスノウを包み、思わず力を抜いてうっとりと寄り添ってしまう。
猫族はまたたびに弱いと聞くけれど、もしかしたらこんな心地よさなのかもしれない。
少し胸に忍び寄っていた寂しさが瞬時に払拭され、スノウの心を幸福感が満たした。
「……失礼いたしました」
いつの間にか熊族の男がいなくなっていた。というか、周囲から人気がなくなっている。一定の距離をとった招待客たちが、微笑ましげにスノウとアークを見つめていた。
「あれ? さっきの女の人は?」
「不躾だったから追い返した。スノウもきっぱりと断る術を身につけないとな」
なんだか不機嫌そうな声音だ。そっと顔を見上げると、眉を寄せたアークが周囲を睥睨していた。
「……アーク、お顔が怖いよ」
手を伸ばしてアークの頬を引っ張る。柔らかな感触で楽しくなってきた。
にこにこと頬を弄るスノウを、アークが複雑な表情で見下ろす。仕返しのように首筋を擽られ、スノウは身を捩った。
「みゃ……くすぐったいよ!」
「ふっ、スノウが悪戯するからだろう?」
アークがとろりと蕩けるような声で囁く。両腕で抱きしめられて、こめかみに柔らかく唇が落とされた。
衆目がある場所でこんなにくっついて、いいのだろうか。
スノウはアークの背に手を伸ばしながら小さく首を傾げた。責める声は聞こえないから、これくらいのことはマナー違反ではないのかもしれない。アークが魔王だから許されている可能性もあるけれど。
「――あぁ、やはり、俺の腕の中に囲っておきたいな。他の者の目に晒すのも、変な虫がつくのも、我慢ならない……」
ほの暗い印象の声。アークはスノウを閉じ込めたいらしい。
……それもいいかもしれない。アークの腕の中に囲われたら、スノウはいつだってアークと一緒に居られるということだから。
「ふふ……アークとずっと一緒ならいいよ。でも、僕、お散歩したいし、街で遊びたいし、狩りにも行きたいし……」
「全然閉じ籠ってくれる気がないな?」
まだまだ世界を見尽くしていないスノウにとって、楽しいことはたくさんあるので。アークに閉じ込められるのは、もっと先がいいなと思って呟くと、アークが楽しそうに笑った。
不意に物語の中のお姫様のように抱き上げられて、「わぁっ!」と声が漏れる。
「――とりあえず、披露目はもう終わりだ。挨拶も済んでいるし構わないだろう?」
「……かしこまりました」
いつの間にかアークの後ろに立っていたロウエンが答える。呆れたような笑みを浮かべていた。
「みなの者、俺は下がるが、宴を楽しんでいってくれ」
アークが広間から出る間際、悔しそうに顔を歪めている美女が視界に入った。……なんとなく申し訳ない気がして小さく手を振ってみたけれど、あまり意味はなかった気がする。
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