上 下
54 / 251
三章.雪豹の青年

54.雪豹の青年と纏う色

しおりを挟む
 市を満喫し終えて、静かな道を進んだ先に、たくさんの服や布が置かれた店があった。
 扉を押し開けると、カランと軽やかな音がする。

「いらっしゃいませ――おや、これは、陛下とスノウ様。まさか店の方に足を運んでいただけるとは」
「こんにちは、仕立て屋さん」

 城に来てくれる、顔馴染みの仕立て屋だ。スノウの挨拶に、穏やかに微笑みながら礼を返してくれる。

「本日の御用はなんでしょうか?」
「アークの服を選ぶんだよ!」
「陛下の、でございますか」

 仕立て屋の目がアークを捉える。その不思議そうな感じを見るに、よほど普段のアークは自分の身なりに関心がないらしい。スノウの服については、アークはこれでもかと要望を出すのに。

「アークの黒一色の服を変えさせるの」
「それは新鮮でいいですね。仕立てますか? 既製服もいくらかはこちらにありますが」

 楽しそうに笑った仕立て屋に、アークが憮然としたように顔を顰める。二人が何故そんな顔をするか分からない。
 スノウは首を傾げながらも、仕立て屋が示す既製服に目を向ける。あまり数は多くないけれど、これを参考にして布から仕立ててもらうのもありかもしれない。

「既製服から見ておくね。布のカタログも欲しい」
「もちろん御用意いたしますよ」

 スノウは飾られている服に目を向ける。様々な形があるけれど、アークに似合うのはどんなものだろうか。
 アークはハイネックのものを着ていることが多い。でも、Vネックの服も似合うと思う。

「……アーク、こんな感じはどう?」

 淡いオレンジのVネック。ハンガーに掛けられたそれをアークにあててみる。
 瞳の色と似た色合いだけれど、普段の黒服とのギャップのせいか、少し違和感がある。でも、慣れれば大丈夫なはず。

「派手だな……」
「そう? 元気な色だよ? ……あ、僕の色もあるよ!」

 淡い黄色の服。スノウの目の色は金だけれど、黄色は同系色として好んでいる。オレンジの代わりにあててみると、胸が温かくなった。

 アークがスノウの色を身に纏うと考えると、なんだか嬉しくなる。それに、こうしてアークの服を選ぶのは、思っていた以上に楽しい。

「……スノウの色か。それはいいが……やはり派手じゃないか?」
「えー?」

 あまり乗り気ではない様子のアークに頬を膨らます。似合っているのに。

「スノウ様のお色を取り入れたいのでしたら、こういった布もございますよ」

 仕立て屋が示したのは濃灰色の布だ。アークが少しホッとした顔をする。
 でも、スノウは納得できなかった。これまでとは違う風にアークの服をコーディネートしたいのに、これでは黒との違いがあまりない。確かにスノウの髪色と似ているけれど。

「これにこういった刺繍や装飾品を合わせるのはいかがでしょう」
「刺繍!」

 仕立て屋が一枚のシャツを示す。その首元から胸元に掛けて、金の刺繍がしてあった。美しくて、うっとりする。

「――刺繍にする! でも形はこっちのVネックがいいな。この縁に刺繍をしてもらえる?」
「もちろん可能ですよ。刺繍の柄はどういたしますか?」

 今度は刺繍の見本を見せてくれる。花や鳥、草、幾何学模様など、様々な刺繍があった。

「うーん、アークに似合うのはどれだろう……?」
「俺はどれでもいいが」
「ダメダメ。ちゃんとこだわりたいの!」

 アークがスノウの服選びにかける情熱の意味が、スノウにも分かってきた。
 番に服を贈るとは、なんと楽しくて幸せに満ちているのだろうか。特に自分の色を纏わせるとなると、気合いが入る。

「――この花と葉っぱが絡んだ刺繍がいいかな」
「薔薇とアイビーの葉。どちらも愛を意味する花言葉を持ちますし、よろしいですね」

 スノウはきょとんと目を瞬く。

「愛……」
「ええ、愛。もうすぐ正式に番になられると伺っておりますよ。愛の刺繍は最適でしょう」

 愛か。よくアークに「愛してる」と言われるけれど、そういえばスノウは「大好き」としか返したことがなかったかもしれない。

「……うふふ、愛かぁ。そうだね、僕、アークを愛してるもの!」
「っ……」

 アークが息を飲んだ気配がしたので見上げる。顔を手で隠していたから、どんな表情かは分からない。でも――。

「アーク、耳が赤いよ」
「……言うな」

 何故か恥ずかしがっている。大好きと愛してるはそんなに違うのだろうか。……違うかもしれない。なんというか、熱量が? 喜んでくれるなら、これからもっと言おう。

「アーク、愛してる!」
「……俺も、愛してるぞ」

 心がふわふわと温かい。
 仕立て屋が目を逸らして遠い目をしてるのは気づいたけれど、笑みが零れるのを抑えられなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

処理中です...