上 下
51 / 251
三章.雪豹の青年

51.雪豹の青年と不思議な感覚

しおりを挟む
 商業区域は、アークが手を離さないよう事前に注意するのに納得するくらい、人が溢れていた。客を呼び込む威勢のいい声も、そこかしこから聞こえる。

「ここは広場になっていて、普段は市が開かれてるんだ。様々なものが売られてるぞ」
「凄いねぇ。お城に来てくれる仕立て屋さんの店もあるのかな?」
「そういう店は、この道の奥だな」

 アークが指したのは、広場の脇にある道だった。そこはあまり人通りがなくて静まっている。
 広場の店は、テーブルと敷物、屋根がある程度の簡易的な造りのものが多い。広場脇に延びる道沿いにあるのは、しっかりと建物になっている店だ。

「どっちに行こうか?」
「うーん……」

 アークの服を選ぶという目的のためなら、きっと閑静な道を行くのがいいのだろう。でも、初めて街に来たスノウにとっては、賑やかな市の方が魅力的に感じた。
 悩んで足を止めたスノウのお腹がくるっと鳴る。

「……お腹空いた」

 市の方から美味しそうな匂いがするのだ。街で昼ご飯を食べようと考えていたのだから、お腹が鳴るのは当たり前。
 アークが楽しそうに目を細めて笑った。

「ははっ、じゃあまずは市の方で食べ歩きをするか。そこで他にも気に入るものがあれば買えばいい。その後、仕立て屋の方の道を行こう」
「うん、そうする!」

 スノウの考えていたことなんてアークにはお見通しだったのだろう。折衷案を提示してくれたので元気に頷く。
 どんなものがあるのかワクワクしながら、スノウはアークの手を引いて、人混みに挑みに行った。


「あら、陛下」
「ほんとだ。陛下だ。――陛下、マモン肉の串焼きはいかがですかー!」
「そんな下賤なもの勧めるんじゃないわよ! ――陛下、美味しい桃ジュースはどうですか!」

 四方八方からアークに声が飛んだ。スノウは目を丸くしてから、納得して頷く。これは予想すべきことだった。
 アークは魔王なのだ。魔王城の近くで生活している者たちが、アークのことを知っているのは当然。
 ただ、こうも気軽に声をかけてくるとは思わなかったけれど。

 笑みを浮かべてアークを見上げる。

「アーク、人気者だね」
「魔王という立場だからだと思うが」

 肩をすくめたアークが、スノウの手を引く。人混みは相変わらずだけれど、アークに気づいた人が少し避けてくれるから、想像していたよりも歩きやすい。

「――もしかして、陛下の横にいるのは番様か?」
「お、雪豹じゃねぇか! よし、拝んどこう」
「なんでだよ!」
「生き残れたって運が強いだろ? あやかりたいからだよ!」
「あぁ、あんた冒険者だったな。そりゃ生き残るってのは重要か」

 どこかから聞こえてきた声に首を傾げる。

「冒険者?」
「ん? 強い魔物が彷徨く場所に、お宝を探し求めに行く者たちだな。そのような魔物がいるところは、たいてい魔力濃度が高くて、貴重な鉱石や宝石、遺物があることが多いから、それを得るのを仕事にしているんだ」
「宝石! 僕も冒険者になれる?」
「させない」

 食い気味で拒否された。予想していたとはいえ、残念に感じるのは仕方ない。
 頬を膨らませてアークを見上げると、ツンツンとつつかれて空気が抜けた。

「――スノウに危ないことはさせたくないんだ。分かってくれ」

 真摯に見つめられる。アークが危惧していることは分かっていた。
 運命の番は一生を共にする。片方を失えば、遺された方は狂いかねない。アークはスノウを失うことを恐れているのだ。
 スノウも、アークを失うことになったらと考えると恐ろしい。だから、ここでわがままを通す気はなかった。

「……うん、僕はずっとアークの傍にいるからね!」
「ああ。嬉しいよ」

 夕陽色の目が細められる。その愛情深い眼差しが心を擽って、温かい感情で満たされて幸せだ。
 でも、最近はそう感じる度に何故か身体がムズムズしてきて、スノウは戸惑ってもいた。

「――スノウ? 何を食べるか決めたか?」
「え、……あ、あのお肉食べる!」

 自分の感覚の理由を追っていたスノウは、尋ねられて咄嗟に近くの屋台を指した。一番いい匂いが漂ってきていたから。
 よく分からない感覚は、ひとまず頭の隅に追いやっておいた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

俺の伴侶はどこにいる〜ゼロから始める領地改革 家臣なしとか意味分からん〜

琴音
BL
俺はなんでも適当にこなせる器用貧乏なために、逆に何にも打ち込めず二十歳になった。成人後五年、その間に番も見つけられずとうとう父上静かにぶちギレ。ならばと城にいても楽しくないし?番はほっとくと適当にの未来しかない。そんな時に勝手に見合いをぶち込まれ、逃げた。が、間抜けな俺は騎獣から落ちたようで自分から城に帰還状態。 ならば兄弟は優秀、俺次男!未開の地と化した領地を復活させてみようじゃないか!やる気になったはいいが……… ゆるゆる〜の未来の大陸南の猫族の小国のお話です。全く別の話でエリオスが領地開発に奮闘します。世界も先に進み状況の変化も。番も探しつつ…… 世界はドナシアン王国建国より百年以上過ぎ、大陸はイアサント王国がまったりと支配する世界になっている。どの国もこの大陸の気質に合った獣人らしい生き方が出来る優しい世界で北から南の行き来も楽に出来る。農民すら才覚さえあれば商人にもなれるのだ。 気候は温暖で最南以外は砂漠もなく、過ごしやすく農家には適している。そして、この百年で獣人でも魅力を持つようになる。エリオス世代は魔力があるのが当たり前に過ごしている。 そんな世界に住むエリオスはどうやって領地を自分好みに開拓出来るのか。 ※この物語だけで楽しめるようになっています。よろしくお願いします。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

処理中です...