雪豹くんは魔王さまに溺愛される

asagi

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三章.雪豹の青年

51.雪豹の青年と不思議な感覚

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 商業区域は、アークが手を離さないよう事前に注意するのに納得するくらい、人が溢れていた。客を呼び込む威勢のいい声も、そこかしこから聞こえる。

「ここは広場になっていて、普段は市が開かれてるんだ。様々なものが売られてるぞ」
「凄いねぇ。お城に来てくれる仕立て屋さんの店もあるのかな?」
「そういう店は、この道の奥だな」

 アークが指したのは、広場の脇にある道だった。そこはあまり人通りがなくて静まっている。
 広場の店は、テーブルと敷物、屋根がある程度の簡易的な造りのものが多い。広場脇に延びる道沿いにあるのは、しっかりと建物になっている店だ。

「どっちに行こうか?」
「うーん……」

 アークの服を選ぶという目的のためなら、きっと閑静な道を行くのがいいのだろう。でも、初めて街に来たスノウにとっては、賑やかな市の方が魅力的に感じた。
 悩んで足を止めたスノウのお腹がくるっと鳴る。

「……お腹空いた」

 市の方から美味しそうな匂いがするのだ。街で昼ご飯を食べようと考えていたのだから、お腹が鳴るのは当たり前。
 アークが楽しそうに目を細めて笑った。

「ははっ、じゃあまずは市の方で食べ歩きをするか。そこで他にも気に入るものがあれば買えばいい。その後、仕立て屋の方の道を行こう」
「うん、そうする!」

 スノウの考えていたことなんてアークにはお見通しだったのだろう。折衷案を提示してくれたので元気に頷く。
 どんなものがあるのかワクワクしながら、スノウはアークの手を引いて、人混みに挑みに行った。


「あら、陛下」
「ほんとだ。陛下だ。――陛下、マモン肉の串焼きはいかがですかー!」
「そんな下賤なもの勧めるんじゃないわよ! ――陛下、美味しい桃ジュースはどうですか!」

 四方八方からアークに声が飛んだ。スノウは目を丸くしてから、納得して頷く。これは予想すべきことだった。
 アークは魔王なのだ。魔王城の近くで生活している者たちが、アークのことを知っているのは当然。
 ただ、こうも気軽に声をかけてくるとは思わなかったけれど。

 笑みを浮かべてアークを見上げる。

「アーク、人気者だね」
「魔王という立場だからだと思うが」

 肩をすくめたアークが、スノウの手を引く。人混みは相変わらずだけれど、アークに気づいた人が少し避けてくれるから、想像していたよりも歩きやすい。

「――もしかして、陛下の横にいるのは番様か?」
「お、雪豹じゃねぇか! よし、拝んどこう」
「なんでだよ!」
「生き残れたって運が強いだろ? あやかりたいからだよ!」
「あぁ、あんた冒険者だったな。そりゃ生き残るってのは重要か」

 どこかから聞こえてきた声に首を傾げる。

「冒険者?」
「ん? 強い魔物が彷徨く場所に、お宝を探し求めに行く者たちだな。そのような魔物がいるところは、たいてい魔力濃度が高くて、貴重な鉱石や宝石、遺物があることが多いから、それを得るのを仕事にしているんだ」
「宝石! 僕も冒険者になれる?」
「させない」

 食い気味で拒否された。予想していたとはいえ、残念に感じるのは仕方ない。
 頬を膨らませてアークを見上げると、ツンツンとつつかれて空気が抜けた。

「――スノウに危ないことはさせたくないんだ。分かってくれ」

 真摯に見つめられる。アークが危惧していることは分かっていた。
 運命の番は一生を共にする。片方を失えば、遺された方は狂いかねない。アークはスノウを失うことを恐れているのだ。
 スノウも、アークを失うことになったらと考えると恐ろしい。だから、ここでわがままを通す気はなかった。

「……うん、僕はずっとアークの傍にいるからね!」
「ああ。嬉しいよ」

 夕陽色の目が細められる。その愛情深い眼差しが心を擽って、温かい感情で満たされて幸せだ。
 でも、最近はそう感じる度に何故か身体がムズムズしてきて、スノウは戸惑ってもいた。

「――スノウ? 何を食べるか決めたか?」
「え、……あ、あのお肉食べる!」

 自分の感覚の理由を追っていたスノウは、尋ねられて咄嗟に近くの屋台を指した。一番いい匂いが漂ってきていたから。
 よく分からない感覚は、ひとまず頭の隅に追いやっておいた。

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