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一章.雪豹の子
21.雪豹の子と呼び声
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スノウの名前。里の者が亡くなり、スノウが口を閉ざした今、もう誰も呼ぶことがなくなった名前。
それをアークは呼べると言うのか。一体どうやって?
呆然とするスノウを、アークが不思議そうに見つめ返す。何度か躊躇ったように口を開閉させ、スノウの反応を待たずに、遂にその名が零れ落ちた。
「……スノウ」
(あ……)
愛が溢れるような密やかな囁き。低く柔らかな声に、違う声が重なって聞こえた気がした。
「スノウ。俺の愛しい運命の番」
『スノウ。私の愛しい子』
スノウの目から、ぶわりと涙が溢れる。アークが驚き慌てているのが分かっていたけれど、スノウは泣くのをやめられなかった。
『――スノウ。約束をちゃんと守ったお利口さん。ほら、もう出てきていいの。隠れなくていいの。たくさんお喋りしてほしいわ』
脳裏に響く優しい母の声。スノウがあの日言ってほしかった言葉。何故この声が聞こえるかは分からない。スノウの想像の中の、望みを写した言葉でしかないのかもしれない。
それでも、スノウの心がふわっと軽くなった。母との約束をようやく果たせた気がした。
スノウは今ようやく、あの穴蔵から外に出ることができたのだ。
「……ぁ……ぁあ、母様っ、僕、ちゃんと約束守ったよっ。呼んで、もらえるまで、声を出さずにいたのっ。でも、もう、お喋りして、いいんだね、っ? アークたちと、たくさん、お喋りしても、いいっ?」
「っ! ……スノウ、そうか、母と約束していたのか。よく約束を守ったな。よく隠れていたな。スノウが無事で、俺は本当に嬉しかったんだ。皆を守れなくて、申し訳なかった」
泣きながら、つっかえつつ喋るスノウを胸に抱き、アークがその背を優しく撫でた。その目からも涙が零れ落ちていた。
「――たくさん話そう。スノウの話を聞かせてくれ。スノウの家族や仲間たちの話を聞きたい。そして、俺や俺の仲間たちとたくさん話してくれ。聞くだけじゃなくて、スノウがどう感じるか教えてほしい」
「っ、うんっ、僕、たくさん、お話しするっ! アークと皆に、たくさん、話すの。だから、どうか、皆のこと、覚えていてっ。皆のこと、忘れ、ないでっ!」
「っ、ああ、絶対忘れない。スノウと一緒に、皆のことを覚えていよう。約束だ」
スノウの記憶の中では、まるで生きているように仲間の姿が残っている。でも、もう母以外の声を忘れてしまった。この先、どんどん記憶は薄れていくのだろう。それが怖かった。皆が本当に死んでしまう気がして恐ろしかった。
だけど、アークが一緒に覚えていてくれると約束してくれた。それだけで、嬉しくて仕方なくて、安堵した。
スノウの血族は皆いなくなってしまったけど、スノウとアークたちの記憶の中で、ずっと生き続けてくれるのだ。
それをアークは呼べると言うのか。一体どうやって?
呆然とするスノウを、アークが不思議そうに見つめ返す。何度か躊躇ったように口を開閉させ、スノウの反応を待たずに、遂にその名が零れ落ちた。
「……スノウ」
(あ……)
愛が溢れるような密やかな囁き。低く柔らかな声に、違う声が重なって聞こえた気がした。
「スノウ。俺の愛しい運命の番」
『スノウ。私の愛しい子』
スノウの目から、ぶわりと涙が溢れる。アークが驚き慌てているのが分かっていたけれど、スノウは泣くのをやめられなかった。
『――スノウ。約束をちゃんと守ったお利口さん。ほら、もう出てきていいの。隠れなくていいの。たくさんお喋りしてほしいわ』
脳裏に響く優しい母の声。スノウがあの日言ってほしかった言葉。何故この声が聞こえるかは分からない。スノウの想像の中の、望みを写した言葉でしかないのかもしれない。
それでも、スノウの心がふわっと軽くなった。母との約束をようやく果たせた気がした。
スノウは今ようやく、あの穴蔵から外に出ることができたのだ。
「……ぁ……ぁあ、母様っ、僕、ちゃんと約束守ったよっ。呼んで、もらえるまで、声を出さずにいたのっ。でも、もう、お喋りして、いいんだね、っ? アークたちと、たくさん、お喋りしても、いいっ?」
「っ! ……スノウ、そうか、母と約束していたのか。よく約束を守ったな。よく隠れていたな。スノウが無事で、俺は本当に嬉しかったんだ。皆を守れなくて、申し訳なかった」
泣きながら、つっかえつつ喋るスノウを胸に抱き、アークがその背を優しく撫でた。その目からも涙が零れ落ちていた。
「――たくさん話そう。スノウの話を聞かせてくれ。スノウの家族や仲間たちの話を聞きたい。そして、俺や俺の仲間たちとたくさん話してくれ。聞くだけじゃなくて、スノウがどう感じるか教えてほしい」
「っ、うんっ、僕、たくさん、お話しするっ! アークと皆に、たくさん、話すの。だから、どうか、皆のこと、覚えていてっ。皆のこと、忘れ、ないでっ!」
「っ、ああ、絶対忘れない。スノウと一緒に、皆のことを覚えていよう。約束だ」
スノウの記憶の中では、まるで生きているように仲間の姿が残っている。でも、もう母以外の声を忘れてしまった。この先、どんどん記憶は薄れていくのだろう。それが怖かった。皆が本当に死んでしまう気がして恐ろしかった。
だけど、アークが一緒に覚えていてくれると約束してくれた。それだけで、嬉しくて仕方なくて、安堵した。
スノウの血族は皆いなくなってしまったけど、スノウとアークたちの記憶の中で、ずっと生き続けてくれるのだ。
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