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一章.雪豹の子

2.雪豹の子と声(アーク視点)

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 大きなベッドの中央で、雪のように白い毛並みに黒の斑模様がある小さな獣が、静かに眠り込んでいた。雪豹の子どもだ。
 小さな手にはピンク色の肉球。それだけがモノクロの中に温かみのある色彩を添えている。

 何かを求めるように動く手をそっと握る。頼りない手が縋るように縮まった。雪豹の子の瞑られた目から、透明な雫が毛並みを伝って落ちていく。

「――悪い夢でも見ているのか?」

 目を伏せる。雪豹の子の悲しみを癒せない、不甲斐ない自分を責めた。

 アークは魔族の王だ。あらゆる魔の者たちを統べ守っている。獣人もその一つだ。
 守りたかった、守るべきだった、たくさんの命。失われたその命の中で、唯一残ってくれた希望の光。雪豹の子は、アークにとって特別な存在だった。


 アークが雪豹の里の惨状に気づいたとき、里は既に人間に制圧されていた。

 それは、本来ならあり得ないことだった。魔族が住む領土は、その全てがアークの支配下にあり、どんなに離れていようと全てを把握できるはずなのだから。
 それなのに、何故か人間による強襲の情報が伝わってこなかった。傲慢不遜な人間が何かおかしな技術でも生み出して、アークの能力を阻害したのだろう。そして、雪豹の里を無惨に破壊し尽くしたのもまた、人間の技術によるもののはずだ。それらの詳細については、側近のロウエンが部下の尻を叩いて大急ぎで調べさせているところである。

 今のところ、雪豹の里以外の被害は確認されていない。新たな被害が出る前に、技術を調べ尽くして報復をしたいものだが、果たしてどうなるか。各地には既に人間の襲撃に関する警戒令を出している。


「――お前の名は、なんと言うのだろうな……」

 壊滅した雪豹の里の唯一の生き残りは、小さな子どもだった。隠れていたのは床下の穴蔵。
 入り口となる床には、雌の雪豹が横たわっていた。たくさん戦ったのだろう。ボロボロの毛皮は夥しい血で汚れていた。だが、その姿は気高く美しく見えた。己の子を守るために、己の身体で入り口を隠し抜いたのだろう。母の命懸けの愛が、その姿に残されていた。

「愛されて生まれたというのに……なんと早い別れであることか……。俺は不甲斐ない。こんな小さな子に、母親の喪失を味わわせてしまった」

 まだ人型にもなれない様子の雪豹の子。アークの腕の中で、ポロポロと涙を零していた姿を思い出す。その記憶には泣き声が存在しない。
 アークはこれまで一度も、雪豹の子の声を聞いたことがなかった。
 生まれつきなのか、それとも精神的なものなのか。声を失った雪豹の子の名さえ知る術もなく、母や同族を失った悲しみをどう慰めるべきかも分からず、アークは途方に暮れていた。

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