悪役令息になる前に自由に生きることにしました

asagi

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16.新たな攻防の幕開け

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 どこかから声がする。

「ん……」

 痛む喉から吐息のような声が漏れた。身動ぎしたいけれど、身体が重い。普段意識しないところが痛む。目蓋も接着されたように開かなくて、暫く頑張った後に諦めた。

 くたりとベッドに身を預けながら、じんわりとした疲労感を味わう。

「――アリエル様が起きたようです。朝食はこちらに持ってきてください。今日は一日お休みされますので邪魔しないように」
「承知いたしました」

 ブラッドと……メイドの声だ。隣の部屋で話しているらしい。
 メイドが去っていく気配の後、寝室の扉が開いた。

「……おはようございます、アリエル様。体調はどうですか?」

 キシッとマットレスが軋む音。ブラッドがベッドに手をついて、僕の顔を覗き込んでいるのだろう。

 労わるような優しい仕草で髪を払われ、頬を撫でられる。その愛情を感じる仕草に、ゆるゆると頬が緩んだ。

 正直体調は最悪だ。その理由が何かなんて分かりきっている。ブラッドがやりすぎたのだ。

 ……最初の方は僕がねだったようなものだけれど、まさかそれから何回も……朝方近くまで続くとはさすがに想像できないだろう。ブラッドは体力ありすぎだし、普段の紳士さはどこにいった?

「おは、よう……」

 ようやく身体と頭が起きてきて、目蓋をこじ開ける。
 カーテンが掛かったままの部屋は薄暗く、ブラッドの顔がぼんやりと見えた。

「――体調は、……ケホッ」
「ああ、まずはお水を。起き上がれますか?」

 無言で小さく首を振る。喉が痛い。その理由を思い返して、散々喘いだ自分を思い出して恥ずかしさが溢れた。思わずぎゅっと目を瞑る。

 ブラッドに抱き起されて、唇にコップが当たる。僅かに開くと、少しずつ水が流れ込んできた。まるで甘露のように美味しくて、身体に染み渡るようだ。

「……零してしまわれましたね」

 コップが離れ、口の端から零れた水を追うように吸いつかれる。

 ちょっと呆れてしまって、重い手を上げてブラッドの頭を叩いた。
 油断も隙もない。体調悪い恋人にキスをしないでほしい。
 ブラッドからは労わるというより、嬉々としている感じが伝わってくる。

「失礼いたしました」

 僕に咎められても一切こたえた様子はなく、ブラッドはいつもより数段機嫌良さそうだった。僕の絶不調とは真反対だ。

 真剣に、ブラッドは体力化け物なのではないかと疑う。最後らへんで意識を失った僕よりも睡眠時間は少なかったはずなのに、どうしてこんなに元気なのか。

 ベッドのシーツも僕の寝間着も、僕が寝ている間に整えてくれたのだろう。身体もすっきりしているから、お風呂にもいれてくれたのかもしれない。それで起きなかった僕の疲労具合は尋常じゃない。

「……僕、鍛えようかな」
「急に、なぜですか」

 あまりに自分が軟弱に思えて呟くと、ブラッドが笑いを堪えるように返事をした。理由を察しているに違いないのに、ちょっと意地悪だ。

「ブラッドとする度にこんなになっていたらダメでしょ……」
「まぁ、それは、私の我慢が足らなかったからですし。アリエル様が煽ってきたせいでもありますけど」
「……そうなんだけど、なんか納得いかない」

 ブラッドに抱き締められて膝に乗せられ、赤子をあやすように揺すられる。
 眠気はまだ居座っていて、その心地よさに自然と目が閉じた。

「……二度としないと言われなくて良かったです」

 心から安堵に満ちた声が聞こえた。

 思わず無言で目を開けて、ブラッドの顔を見つめる。気まずそうに顔を背けられたので、頬に手を掛け引き寄せた。
 疲れていて無駄に動きたくないのだから、大人しくしていてほしい。

「ブラッド」
「……はい」
「ブラッドだけが望んでしたわけじゃないでしょ? 僕もしてほしいって言ったの。まぁ、こんなに疲れるとは思わなかったけど……。僕は後悔してない。ブラッドは違うの?」

 じっとブラッドの目を見つめる。ここで少しでも後悔の色が見えたら、引っ叩いて、それこそ暫く禁欲させるつもりだった。

「……いいえ。アリエル様と愛し合えたことは、この上なく幸せでした」
「それなら――」

 馬鹿なことを言うな、と続けるつもりだった口に、ふわりと温かいものが重なる。もう慣れた感触を、僕は静かに受け入れた。

 ちゅ、ちゅ、と食まれ、舐められる。行為の最中に交わした熱情が伝わってくるような荒々しさはなく、労わりと愛情が伝わってくるようだった。

 少しトゲトゲしていた気持ちが宥められていく。僕が苛立った原因はブラッドの言葉なのだから、きちんと反省を示してもらわないと納得できない部分はあるけれど。

「――ですが、箍が外れてしまったことは申し訳ないと思っています。アリエル様は初めてなのですから、ここまでするつもりはなかったのです」
「……それは、まぁ、そうだよね」

 こつんと額が合わさり、擦り付けられる。甘えるような反省の仕草が可愛らしく思えた。
 僕にやったことは結構ひどいと思うけれど……僕が本気で拒んだら、ブラッドはやめていたはずだ。

 ブラッドの首に腕を回し、頭をポンポンと叩く。年上で大人なブラッドを、こうして慰めているのが、なんだかおかしくて笑いそうになった。ブラッドが拗ねそうだから堪えたけれど。

「――でも、ブラッドから愛情が伝わってきて、僕も嬉しかったし、幸せだったよ」
「……」

 ブラッドを見つめて囁いた途端。なぜかブラッドは一気に真顔になった。

 その変化に驚いて固まる僕の身体が、ベッドに戻される。もう休んでいてほしいということかな、と思ったけれど、なんだか違うらしい。

 覆いかぶさってくるブラッドに、僕は身の危険を感じて、思い切りブラッドの頭を叩いてしまった。

「暫く禁欲!」
「……そんな……」
「絶望した顔、やめて?」

 一瞬でも可愛いなんて思ったのは間違いだった。ブラッドは野獣である。

 しょんぼりとした顔で憐れみを誘おうとするブラッドに、僕は冷たい視線を注いだ。
 そんな演技で宣言を撤回するほど、僕の疲労感は軽くない。

 ……疲れてなかったら相手をするのかと問われたら、「まぁ、その可能性もあるよね」としか返せないけれど。


◇◇◇


 その後、様々な手を使って僕を懐柔しようとするブラッドを、僕は三日ぐらい躱して揶揄った。

 それが性欲を煽ったと認定されて、結局最初よりひどい目にあうことになったけれど。




「本気で禁欲させてやろうか……!?」
「嫌です」

 にこりと笑うブラッドを、ベッドからじとりと睨むのは、僕のこれからの日常になりそうだ。
 僕への遠慮はどこにいった……? ブラッドの精神は日々図太くなっていく気がする。
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