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14.高鳴る鼓動
しおりを挟むパーティーが終われば、暫くゆっくりできる。
私室に戻ってすぐに、僕はグッと背伸びをした。続けて、笑顔を張り付けていた顔をほぐすようにマッサージする。
長く続いた爵位継承の準備とマシュー騒動のせいで張り詰めていた精神が、一気に緩んだ気がした。
「あー、疲れた……」
「お疲れさまです、アリエル様」
「ブラッドもお疲れ」
「ありがとうございます。お酒を召し上がりますか?」
「んー……やめとく」
ブラッドが正装を脱ぐのを手伝ってくれる。今はさっさとお風呂に入って寝たい気分だ。
明日からはまた花の手入れと、後は街にも行きたい。領地の仕事は、役所の長官を継続雇用することになっているから、報告書の確認をするくらいでいいだろう。必要な時に指示を出す必要はあるけれど。
「お湯の準備はできております」
「うん。……一緒に入る?」
解放された気分だからか、普段なら絶対に言わない提案をしてしまった。
ブラッドが僕のジャケットをクリーニング籠に入れようとして固まっている。暫くして、錆びついた音がしそうなほどぎこちない仕草で、僕を振り返った。
「……今、なんとおっしゃいましたか?」
「ううん、何も言ってない」
聞き返されると恥ずかしくて、僕は身を翻して脱衣室に駆け込んだ。
「え!? アリエル様! 私もっ――!」
ブラッドが何かを叫んだ気がしたけれど、バンッと扉を閉める。さすがにブラッドの方から許可なく開けることはない。
僕はドアノブを掴んで固まった。ブラッドが暫く扉の前で佇んだ末に、トボトボとした雰囲気で去っていく気配を感じる。
「……はぁ……僕、なに言ってるの……」
顔が熱い。
かきあげ固めていた髪を崩すように、ぐしゃっと掴んで俯いた。
僕はもう成人。ブラッドが手を出すことを躊躇う必要はない。でも、なんとなくきっかけがなくて、まだ一緒に寝たことはない。……キスは何度もされているけれど。
「――今日、ちゃんと洗っておこうかな……」
成人してからずっと、洗って準備している。今日こそは役に立つかもしれない。でも、ブラッドも疲れているだろうしなぁ。むしろ、疲れている僕を気遣って、手を出してこないかもなぁ。
……それでも、万が一に備えるのは必要か。
「よし……さっさとお風呂入ろう」
洗面化粧台の鏡には、顔を真っ赤に染めた僕が映っていた。なんだか恥ずかしい気がして、そそくさと服を脱いで浴室に飛び込んだ。
◇◇◇
湯上りで火照った顔を手で扇ぎながら部屋に戻り、僕は固まってしまう。
「お帰りなさいませ。疲れは和らぎましたか? 服はクリーニングを頼んでおきますね」
軽く濡れたままの髪を耳に掛け、ブラッドが微笑む。僕が脱衣室に脱ぎっぱなしにしていた服を回収し、クリーニング籠に詰めると、さっさと部屋の外へと運んでいった。
「は……? 大人の男の色気ってやつかな……?」
ブラッドが視界から消えたところで、停止していた思考が再び回りだした。
それくらい、濡髪のブラッドの色気は衝撃的だったのだ。
家庭教師から側近的立ち位置になり、傍付きの仕事までこなしていたブラッドが、入浴後の姿を僕に見せたことはこれまでなかった。主人より先に休むことはないのだから、それは当然だろう。
では、今日は何故既に入浴を済ませているのか?
僕が長湯で待ちくたびれたという可能性はない。普段と変わらない時間だったはず。疲れていたからとにかく早く疲労感を解消したくて、という可能性はあるけれど……ブラッドがそんなことをする気はしない。
「――いや、これ、絶対……」
遠回りする思考を自ら否定する。いくら目を逸らそうとしても、ブラッドの意思は明示されたようなものだ。
カッと身体が熱くなる。湯でのぼせたわけではない。今後の展開への反射的な反応だ。
寝巻の袖を無意味に弄りながら、ソファに座る。
「ブラッド、戻って来るよね……」
洗濯物を持って行ったけれど、就寝の挨拶はなかった。確実に戻ってきて、それで――。
ぼんやり考えていたところで、扉が開いた気配に身体がビクッと跳ねる。過剰な反応だと分かっているけれど、仕方ないだろう。慣れていないんだから。
「アリエル様、お飲み物をお持ちしました」
「……ありがとう」
ブラッドはいつも通りに見える。差し出された果実水を飲みながら、僕はジトッと睨んでしまった。
さっき無意識にブラッドを弄ぶようなことを言ってしまったのは僕だけど、この先の行為をここまで匂わせていながら、核心をつくようなことを言わないブラッドは酷くないか?
「――ブラッド……その……」
「なんでしょう?」
にこりと微笑んだブラッドが、僕の横に腰かける。普段、主人と傍付きの関係の時はそんなことをしないのだから、やはり今は恋人の時間ということだろう。
「……いじわるしないで」
余裕そうな顔が憎らしくなって、思わずブラッドの胸板を叩いた。全く力が入っていなくて、戯れるようなものだったけれど。
自分からこの先をねだることなんて、はしたなくてできない。でも、ずっと今の状態なのも落ち着かない。もどかしさで唇を噛み、俯く。
「ふっ……お可愛らしいですね。愛しています、アリエル様――」
うっとりとしたブラッドの囁き声に、背中がぞわぞわとした。それは嫌なものではなくて……おそらく期待と興奮に近い。
伸ばされた手に逆らわず、僕はブラッドの逞しい胸に縋るように抱きついた。
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