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12.対処完了
しおりを挟むマシューを追い出す準備が整うと、その後はあっという間にことが済んだ。
どうやら、マシューは僕を孤立させ、問題行動を誘発させることで、爵位に相応しくないと王に訴えるつもりだったらしい。
僕が爵位を継がなかったところで、本来ならばマシューに利益はないはずだ。
でも、母上の従兄にあたるトンプソン伯爵家の血筋の者に粉をかけ、篭絡しようとしていたことが、ブラッドや使用人の調査で分かった。僕の次に爵位に近い母上の従兄の寵愛を受け、権力を得ようとしていたのだ。
親子ほどに年の離れた男に、よくそんなことができる。そう思ったのは僕だけではない。
従兄の方はマシューに篭絡されかけていたようだけれど、僕たちからの情報提供と従兄の奥方による愛の叱責で、無事に冷静な判断力を取り戻した。
彼の方には元々祖父の財産が分与されていて、資産運用も上手くいっていることから、トンプソン伯爵領での権利に興味がないらしい。それを明文化した文書が送られてきた。
マシューに篭絡され、僕の権利を侵害しかねなかった事態の尻拭いだろう。
僕は素直に受け入れて、今後も良好な関係を保ちたいと返事を送った。
◇◇◇
「――どうして……!? アリエルは馬鹿で、癇癪もちで、みんなに嫌われているはずなのに! みんなも、僕の方が可愛いと思っているでしょ!? アリエルのことが嫌いだから、僕に優しかったんでしょ!?」
衛兵に腕を掴まれ、馬車に押し込められようとしながら、マシューが髪を振り乱して叫んだ。
愛らしい笑みも、庇護欲をそそるような儚さも、今は全く見当たらない。これがマシューの本性だったのか。
マシューの言葉は本来ならば僕を傷つけるようなものだったけれど、それが気にならないくらいマシューの変貌に驚いた。
「何を馬鹿なことを。アリエル様は寛大で、我々を労わることもしてくださる、素晴らしい主人だ!」
「男娼まがいの振る舞いをするあんたと、比べないでくれ!」
「あなた、女には凄く冷たかったわよね。その時点で本性は分かりきっていたわ。馬鹿なのはあなたの方じゃない」
見送りに出ることにした僕を心配してか、マシューの末路を見届けにきた使用人たちが、冷めた目を向けている。
使用人たちはこれまで、マシューの油断を誘い思惑を探るために、あたかもほだされたように対応していたのだと、ブラッドから聞いていた。実際にこうして使用人たちがマシューに冷たい様子を見て、それが事実なのだと実感する。
嬉しい。僕はちゃんとみんなに愛されていたのだ。
僕のことを傷つけようとする人物であっても、その不幸を喜ぶことが良い性格ではないことは分かっている。
それでも、これが僕なのだ。他の誰かに蔑まれ嫌われたとしても、僕はブラッドや身近にいる人たちから愛されていると分かっているから、全く傷つかない。
「っ……ブラッド! 僕はずっとあなたのことが好きだった! あなたがアリエルの家庭教師として領地に送られると知って、僕がどれだけ悲しんだと思う? アリエルなんかよりも、僕の方が可愛いでしょ? 優しいでしょ? もう、この領地のことは諦める。でも、あなたは僕と一緒に来て!」
使用人たちを睨みつけた後、マシューがブラッドに媚びるような目を向けた。
マシューのブラッドへの想いは知らなかった。でも、ブラッドに動揺した様子が見えないことを考えると、報告されていなかっただけらしい。
少し心に不満が湧く。想いを伝え合ったから、不安にはならないけれど、隠されているというのはなんとも落ち着かない心地がした。
ブラッドは僕を気遣って報告しなかっただけかもしれない。でも、想い合う関係である以上、そういうことは漏らさず話してもらいたい。
「私はここに来る以前も、あなたと話したことはほとんどなかったでしょう? アリエル様に誤解を与えるような言動はおやめください。私はあなたに向ける情は持ち合わせていません。お一人でお帰りください。二度と会わないことを願っております」
「っ……」
ブラッドにしては冷めたい言葉だった。マシューが憎々しげに睨んでいる。恋する相手に向ける表情とは思えない。それとも愛ゆえに憎さひとしお、ということだろうか。
「……ブラッドの意思を尊重しよう。僕はもうすぐトンプソン伯爵になる。その権限により、マシューのブラッドへの接近禁止令を出す。これに反した場合、父上に与える権限の全てを取り上げることにする。……分かったね?」
「っ……最低っ。悪役令息のくせに!」
今度は僕が睨まれた。そんなのを見たところで、僕の心にはかすり傷さえつかない。
それにしても、捨て台詞のような【悪役令息】という呼称。ブラッドも使用人も、馴染みのない言葉に戸惑っている。
僕はトモヤの記録で知っていたけれど、マシューはどこでそれを知ったのか。疑問に思うし、これかなという答えもあったけれど、今さら分かったところでどうでもいいことだ。
「連れて行け」
「はっ」
馬車の扉が閉ざされ、外から鍵が掛けられる。監視の衛兵と共に、馬車は王都へと去って行った。
「――ようやく嵐が去った」
ホッと緊張が緩む。
「もうすぐ爵位継承の儀がありますから、落ち着く暇もありませんけどね」
「そうだね。……もう成人か。あっという間だったな」
これまでを思って、少し感慨に耽る。
長いようで短かった数年。眠りから覚めた僕を待つのは、自由であっても孤独な日々だろうと思っていたのに、こんなにたくさんの愛情に囲まれることになるとは。
――特に、ブラッドとの関係は想定外だ。
「私にとっては長い三年でしたよ。……アリエル様の成人が待ち遠しくて仕方ないです」
「ふふ、そこはちゃんとルールを守ってくれないと」
未成人との触れ合いはご法度。触れ合いを制限されてきたブラッドの我慢は、そろそろ限界なようだ。
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