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11.想い合う
しおりを挟む気持ちが上向きになったところで、ふと自分の行動を思い出した。
僕は勘違いでブラッドを責めた。しかも、僕は自分の想いを一切告げずに、ブラッドの想いを弄ぶような方法で。
その時はそれがブラッドの心を捕まえるのに最適だと思っていたが、冷静になって考えると、あまりにはしたない振る舞いだった。
気まずさと恥ずかしさで頬が熱くなるのを感じながら、思わず目を閉じる。本当は顔を手で隠したいくらいだけれど、まだブラッドに頭上で押さえられている。
「――ブラッド……ごめん……勘違いで、ブラッドを責めてしまった……」
ブラッドの劣情を煽るようなはしたない行動を言葉にするのは恥ずかしくて、曖昧にして謝る。
先ほどの謝罪とは対象が違っていることを、ブラッドは正確に把握したようだ。吐息のような笑い声が聞こえる。
「責めたと言っても、可愛らしくて、とても色っぽくて……むしろご褒美でしたね」
「え……ブラッド、それ、特殊性癖――」
「違います」
「あ、うん」
一瞬で笑みが消して食い気味に否定してくるブラッドに気圧されてしまった。はしたなく責められるのが好みなのかと思ったけれど、どうやら違うらしい。
もしそれが好みだと言うのなら、僕は恥ずかしくても頑張ったはずだ。正直否定されてホッと安堵するくらいには、あまり歓迎できない性癖だけれど。
それにしても、誤解がなくなり不安が解消されたところで、今の体勢が気になってくる。先ほどのキスも咎めたいけれど、タイミングを逃してしまった。
「――ねぇ、ブラッド、そろそろ手を離してくれない?」
当然の主張のはずなのに、ブラッドは不思議そうに首を傾げる。
「まだ、お話は済んでいませんよ?」
「……それは、この体勢で話さなければならないこと?」
目を細めて見据え、ブラッドの思惑を探る。
ブラッドは愉快げな笑みを浮かべていた。少し嫌な予感がする。嫌というか、落ち着かないと言った方が正しいけれど――。
「この方が、私にとって都合がいいので」
「都合って……」
「アリエル様」
僕の意思を無視されているように感じて咎めようとした言葉は、ブラッドから名前を呼ばれることで途切れた。言葉を失ったともいえる。
ブラッドの囁き声には愛情が溢れ、それだけでなく歓喜と確かな熱が感じられた。主従関係であることを慮った控えめな様子はもうない。僕を組み敷いている時点で、従者としての立場から離れたようなものだけれど、今更ながらにブラッドがただの男として僕に向き合っていることに気づいた。
トクリ、と心臓が音を立てる。ブラッドの熱が移ったように、身体の奥から熱くなっていく気がした。
「――私とマシュー様が寄り添っていると思って、傷つき悲しんだのは、私に想いを寄せてくださっているからですね? あのようにお可愛らしい振る舞いで、私を誘惑なさろうとしたのも、私の心を引き留めるためだと思ってもいいのでしょう?」
「っ……ブラッド……」
僕が想いを告げなくとも、ブラッドはあっさりと見抜いていた。うっとりと微笑むブラッドを見るのが恥ずかしくて、そっと視線を逸らす。
「私はアリエル様を愛しています。マシュー様に心移りするなんてとんでもない。ですが、嫉妬してくださったのは嬉しいですよ」
「……嫉妬、か。確かに、そうだったんだろうな。……でも、こんな僕が相手でブラッドは後悔しない?」
「こんな、とは?」
マシューへの醜い思い。嫉妬心や不安から、【悪役令息】と言われても仕方ないような振る舞いをしようとした自分を思い出すと、愛されてはいけない気がしてくる。
「……僕は、ブラッドたちを信用しきれず、突き放そうとした。マシューを手ひどく追い出してやろうと思っていた。……醜いでしょう? マシューみたいに、僕は可愛くもないし、冷たい対応しかできない」
ぽつりぽつりと零した僕の言葉に、ブラッドの眉が顰められる。
「マシュー様が可愛いという評価には異議を唱えたいですが、それは本題ではありませんから置いておきます」
「マシュー、可愛いでしょう?」
「大変利己的で、権利欲の強い方を、私は可愛いと言えません。それよりも――」
思わぬところを否定されて、呆然とブラッドを見上げる。頬を優しく撫でられ、鼻先にキスを落された。
「嫉妬してくださったのは嬉しいと言いましたよね? アリエル様に醜いところなんてありませんよ。冷たいなんて、とんでもない。ただ少し繊細で傷つくことを恐れているだけでしょう。そんなところも可愛らしくて、愛おしいです。アリエル様を愛して後悔する可能性なんて、万に一つもありません」
きっぱりと断言されて、愛おしげに慈しまれて、不安と疑いが溶けて消えていく気がした。失ってしまっていた自信も回復してくる。
「……そっか。そうなんだね。……ふふっ、嬉しいよ」
思わず微笑んだ。思い悩んで空回りしていた自分が可笑しくて仕方ない。そして、僕に自信を取り戻させてくれたブラッドに、より深く愛情を抱いた。
「――ブラッド。僕も……愛してる」
ようやく告げられた。言葉にすれば、さらに愛が強まり、確固としたものになっていく。
ブラッドが心底幸せそうに微笑んだ。
「アリエル様、愛しています」
ふわりと落ちてきた口づけを、今度は目を伏せて受け入れた。
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