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10.ブラッドたちの思惑
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「アリエル様。まずはよく分からない誤解についてお教えいただけますか?」
不意に真剣みを増した声。
誤解と言われて思い当たるのは、先ほど僕が悪戯に混ぜて伝えた嫉妬と独占欲に塗れた言葉だ。
でも、あれは誤解ではなく事実のはず。だって、僕はこの目でその姿を見たのだから。
「……誤解? ブラッドがマシューに触れられて、仲が良さそうに寄り添っていたのは事実でしょう?」
思わず不機嫌な声になった。今の状態へのときめきが鎮まり、押し倒されている体勢への不満が生まれる。
「いつの話ですか……?」
「なに惚けているの。今日の午後だよ。庭でマシューと会って、話していたでしょう? 寄り添っているのを、僕はこの目で見たんだよ」
ブラッドの目を睨む。あまりに心の狭い振る舞いだと分かっていたけれど、マシューと関わる者たちをどうしても許せないのだ。
「……ああ。それは、アリエル様が育てていらっしゃる花の様子を見に行った時ですね。ですが、マシュー様と寄り添うなんて、そんなことはしていませんよ?」
「だから、僕はそれを見たって言ってるでしょ!」
しらを切るブラッドに苛立ち、口調が強まる。宥めるように頬に触れられても、悲しみと嫌悪感が湧くだけだった。
眉を顰めて見据えた先で、ブラッドの顔が歪んだのが見える。
「真実、私はマシュー様に触れていません」
どこまでも真摯な声音を聞き、興奮が鎮まっていく。僕だって自分が見た光景をそのままに語ったけれど、ブラッドの態度にも誤魔化しは見つからなかった。
「……本当に? だって、僕、二階の窓から見たんだよ。マシューがブラッドの腕を掴んで寄り添っているところ――」
何を信じればいいのか分からなくなってきて、気づかないうちに声が頼りなげに震える。
「庭に面した廊下の窓ですね? ……マシュー様が私に触れようとしてきたのは事実です。ですが、私はそれを避けましたし、それ以上近づくことをお断りしました。マシュー様がなかなか素直に距離をとってくださらなかったので、不躾ながら途中で会話を打ち切って私の方から立ち去りましたが。二階の窓からですと、寄り添っているように見えたのかもしれません」
「見間違い、だったの……?」
ボカンと口を開ける。
あれほど衝撃を受け、悲しみ苦しんだ光景が、まさか僕の勘違いだったとは。改めて思い出してみると、ブラッドが言ったように見えなくもない、ような……?
「――でも、ブラッドはどうして明確に拒否をしなかったの。突き放せば良かったでしょ。大体、みんな、僕がマシューを嫌っていることが分かっているだろうに、どうしてマシューに優しくするの。それを見て、僕がどんな気持ちになるか分からないの?」
ブラッドへの疑問を口にした途端、芋ずる式に不満が溢れだす。次第に視界が歪んできた。でも、ここで涙を零してしまうのは、なんだかマシューに負けたような気になるから嫌だ。
「……不安にさせてしまいましたね。申し訳ありません」
流れていない涙を拭うように、ブラッドの指先が目尻を撫でた。その労しげな仕草に、強がっていた心がほぐれていく気がする。
「――私を含め使用人たちは、マシュー様にほだされてはいません」
「え……?」
予想外の言葉だった。思わずパチリと瞬きをしてブラッドを見つめる。その拍子に零れ落ちた涙の跡に、柔らかいものが触れて吸いつく。
頭が真っ白になった。でも、これだけは分かる。これはキスだ。
「っ、ブラッド――!?」
「私たちは、マシュー様の思惑を探っていただけです」
咎める言葉は、ブラッドの言葉に遮られ、消えていった。話の内容の方に意識が囚われたからだ。
「……思惑?」
「ええ。マシュー様がこの領地の権利を得ようとしているのは明白でした。ですが、あまりにも拙い論理を振りかざしていたでしょう? 私たちは、その馬鹿な振る舞いが演技で、その陰で何かしらの画策を行っているのではないかと疑ったのです」
思わず息を飲んだ。僕は自分の不安を抑えるのに必死で、そこまで気が回らなかったけれど、確かにブラッドが危惧したような事態はありえる。
ブラッドも使用人たちも、僕のために陰で動いてくれていたということか。
「知らなかった……」
「気づかれないようにしていましたから。マシュー様はアリエル様の様子に非常に神経を尖らせていました。ですから、アリエル様に私たちの行動の意味を教えてしまうと、マシュー様に気づかれてしまう危険性があったのです。そのせいで、悲しい思いをさせてしまったこと、心より謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
ブラッドの言葉が少しずつ心に浸透していく。
僕を嫌う人も、蔑ろにする人もいなかったのだ。僕は見放されていなかった。……愛されていた。
「……ううん。僕の方こそ、信じていられなくて、むしろ突き放そうと考えちゃって、ごめん」
「いえ、誰もアリエル様を責めるつもりはありませんよ。ようやくマシュー様を探る作業も終わりましたので、明日からマシュー様を追い出す手配をするつもりです」
「え、もう、そこまでできたんだ……」
「優しく接する私たちを侮り、マシュー様がボロを出してくれたおかげで」
ブラッドがニヤリと笑う。珍しく悪辣な雰囲気を漂わせていた。
それが僕のマシューへの思いとマッチして、なんだか僕も笑いたくなってしまった。こんなに心が晴れたと感じるのは久しぶりだ。
不意に真剣みを増した声。
誤解と言われて思い当たるのは、先ほど僕が悪戯に混ぜて伝えた嫉妬と独占欲に塗れた言葉だ。
でも、あれは誤解ではなく事実のはず。だって、僕はこの目でその姿を見たのだから。
「……誤解? ブラッドがマシューに触れられて、仲が良さそうに寄り添っていたのは事実でしょう?」
思わず不機嫌な声になった。今の状態へのときめきが鎮まり、押し倒されている体勢への不満が生まれる。
「いつの話ですか……?」
「なに惚けているの。今日の午後だよ。庭でマシューと会って、話していたでしょう? 寄り添っているのを、僕はこの目で見たんだよ」
ブラッドの目を睨む。あまりに心の狭い振る舞いだと分かっていたけれど、マシューと関わる者たちをどうしても許せないのだ。
「……ああ。それは、アリエル様が育てていらっしゃる花の様子を見に行った時ですね。ですが、マシュー様と寄り添うなんて、そんなことはしていませんよ?」
「だから、僕はそれを見たって言ってるでしょ!」
しらを切るブラッドに苛立ち、口調が強まる。宥めるように頬に触れられても、悲しみと嫌悪感が湧くだけだった。
眉を顰めて見据えた先で、ブラッドの顔が歪んだのが見える。
「真実、私はマシュー様に触れていません」
どこまでも真摯な声音を聞き、興奮が鎮まっていく。僕だって自分が見た光景をそのままに語ったけれど、ブラッドの態度にも誤魔化しは見つからなかった。
「……本当に? だって、僕、二階の窓から見たんだよ。マシューがブラッドの腕を掴んで寄り添っているところ――」
何を信じればいいのか分からなくなってきて、気づかないうちに声が頼りなげに震える。
「庭に面した廊下の窓ですね? ……マシュー様が私に触れようとしてきたのは事実です。ですが、私はそれを避けましたし、それ以上近づくことをお断りしました。マシュー様がなかなか素直に距離をとってくださらなかったので、不躾ながら途中で会話を打ち切って私の方から立ち去りましたが。二階の窓からですと、寄り添っているように見えたのかもしれません」
「見間違い、だったの……?」
ボカンと口を開ける。
あれほど衝撃を受け、悲しみ苦しんだ光景が、まさか僕の勘違いだったとは。改めて思い出してみると、ブラッドが言ったように見えなくもない、ような……?
「――でも、ブラッドはどうして明確に拒否をしなかったの。突き放せば良かったでしょ。大体、みんな、僕がマシューを嫌っていることが分かっているだろうに、どうしてマシューに優しくするの。それを見て、僕がどんな気持ちになるか分からないの?」
ブラッドへの疑問を口にした途端、芋ずる式に不満が溢れだす。次第に視界が歪んできた。でも、ここで涙を零してしまうのは、なんだかマシューに負けたような気になるから嫌だ。
「……不安にさせてしまいましたね。申し訳ありません」
流れていない涙を拭うように、ブラッドの指先が目尻を撫でた。その労しげな仕草に、強がっていた心がほぐれていく気がする。
「――私を含め使用人たちは、マシュー様にほだされてはいません」
「え……?」
予想外の言葉だった。思わずパチリと瞬きをしてブラッドを見つめる。その拍子に零れ落ちた涙の跡に、柔らかいものが触れて吸いつく。
頭が真っ白になった。でも、これだけは分かる。これはキスだ。
「っ、ブラッド――!?」
「私たちは、マシュー様の思惑を探っていただけです」
咎める言葉は、ブラッドの言葉に遮られ、消えていった。話の内容の方に意識が囚われたからだ。
「……思惑?」
「ええ。マシュー様がこの領地の権利を得ようとしているのは明白でした。ですが、あまりにも拙い論理を振りかざしていたでしょう? 私たちは、その馬鹿な振る舞いが演技で、その陰で何かしらの画策を行っているのではないかと疑ったのです」
思わず息を飲んだ。僕は自分の不安を抑えるのに必死で、そこまで気が回らなかったけれど、確かにブラッドが危惧したような事態はありえる。
ブラッドも使用人たちも、僕のために陰で動いてくれていたということか。
「知らなかった……」
「気づかれないようにしていましたから。マシュー様はアリエル様の様子に非常に神経を尖らせていました。ですから、アリエル様に私たちの行動の意味を教えてしまうと、マシュー様に気づかれてしまう危険性があったのです。そのせいで、悲しい思いをさせてしまったこと、心より謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
ブラッドの言葉が少しずつ心に浸透していく。
僕を嫌う人も、蔑ろにする人もいなかったのだ。僕は見放されていなかった。……愛されていた。
「……ううん。僕の方こそ、信じていられなくて、むしろ突き放そうと考えちゃって、ごめん」
「いえ、誰もアリエル様を責めるつもりはありませんよ。ようやくマシュー様を探る作業も終わりましたので、明日からマシュー様を追い出す手配をするつもりです」
「え、もう、そこまでできたんだ……」
「優しく接する私たちを侮り、マシュー様がボロを出してくれたおかげで」
ブラッドがニヤリと笑う。珍しく悪辣な雰囲気を漂わせていた。
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