悪役令息になる前に自由に生きることにしました

asagi

文字の大きさ
上 下
10 / 17

10.ブラッドたちの思惑

しおりを挟む
「アリエル様。まずはよく分からない誤解についてお教えいただけますか?」

 不意に真剣みを増した声。
 誤解と言われて思い当たるのは、先ほど僕が悪戯に混ぜて伝えた嫉妬と独占欲に塗れた言葉だ。
 でも、あれは誤解ではなく事実のはず。だって、僕はこの目でその姿を見たのだから。

「……誤解? ブラッドがマシューに触れられて、仲が良さそうに寄り添っていたのは事実でしょう?」

 思わず不機嫌な声になった。今の状態へのときめきが鎮まり、押し倒されている体勢への不満が生まれる。

「いつの話ですか……?」
「なに惚けているの。今日の午後だよ。庭でマシューと会って、話していたでしょう? 寄り添っているのを、僕はこの目で見たんだよ」

 ブラッドの目を睨む。あまりに心の狭い振る舞いだと分かっていたけれど、マシューと関わる者たちをどうしても許せないのだ。

「……ああ。それは、アリエル様が育てていらっしゃる花の様子を見に行った時ですね。ですが、マシュー様と寄り添うなんて、そんなことはしていませんよ?」
「だから、僕はそれを見たって言ってるでしょ!」

 しらを切るブラッドに苛立ち、口調が強まる。宥めるように頬に触れられても、悲しみと嫌悪感が湧くだけだった。
 眉を顰めて見据えた先で、ブラッドの顔が歪んだのが見える。

「真実、私はマシュー様に触れていません」

 どこまでも真摯な声音を聞き、興奮が鎮まっていく。僕だって自分が見た光景をそのままに語ったけれど、ブラッドの態度にも誤魔化しは見つからなかった。

「……本当に? だって、僕、二階の窓から見たんだよ。マシューがブラッドの腕を掴んで寄り添っているところ――」

 何を信じればいいのか分からなくなってきて、気づかないうちに声が頼りなげに震える。

「庭に面した廊下の窓ですね? ……マシュー様が私に触れようとしてきたのは事実です。ですが、私はそれを避けましたし、それ以上近づくことをお断りしました。マシュー様がなかなか素直に距離をとってくださらなかったので、不躾ながら途中で会話を打ち切って私の方から立ち去りましたが。二階の窓からですと、寄り添っているように見えたのかもしれません」
「見間違い、だったの……?」

 ボカンと口を開ける。
 あれほど衝撃を受け、悲しみ苦しんだ光景が、まさか僕の勘違いだったとは。改めて思い出してみると、ブラッドが言ったように見えなくもない、ような……?

「――でも、ブラッドはどうして明確に拒否をしなかったの。突き放せば良かったでしょ。大体、みんな、僕がマシューを嫌っていることが分かっているだろうに、どうしてマシューに優しくするの。それを見て、僕がどんな気持ちになるか分からないの?」

 ブラッドへの疑問を口にした途端、芋ずる式に不満が溢れだす。次第に視界が歪んできた。でも、ここで涙を零してしまうのは、なんだかマシューに負けたような気になるから嫌だ。

「……不安にさせてしまいましたね。申し訳ありません」

 流れていない涙を拭うように、ブラッドの指先が目尻を撫でた。その労しげな仕草に、強がっていた心がほぐれていく気がする。

「――私を含め使用人たちは、マシュー様にほだされてはいません」
「え……?」

 予想外の言葉だった。思わずパチリと瞬きをしてブラッドを見つめる。その拍子に零れ落ちた涙の跡に、柔らかいものが触れて吸いつく。
 頭が真っ白になった。でも、これだけは分かる。これはキスだ。

「っ、ブラッド――!?」
「私たちは、マシュー様の思惑を探っていただけです」

 咎める言葉は、ブラッドの言葉に遮られ、消えていった。話の内容の方に意識が囚われたからだ。

「……思惑?」
「ええ。マシュー様がこの領地の権利を得ようとしているのは明白でした。ですが、あまりにも拙い論理を振りかざしていたでしょう? 私たちは、その馬鹿な振る舞いが演技で、その陰で何かしらの画策を行っているのではないかと疑ったのです」

 思わず息を飲んだ。僕は自分の不安を抑えるのに必死で、そこまで気が回らなかったけれど、確かにブラッドが危惧したような事態はありえる。
 ブラッドも使用人たちも、僕のために陰で動いてくれていたということか。

「知らなかった……」
「気づかれないようにしていましたから。マシュー様はアリエル様の様子に非常に神経を尖らせていました。ですから、アリエル様に私たちの行動の意味を教えてしまうと、マシュー様に気づかれてしまう危険性があったのです。そのせいで、悲しい思いをさせてしまったこと、心より謝罪いたします。申し訳ありませんでした」

 ブラッドの言葉が少しずつ心に浸透していく。
 僕を嫌う人も、蔑ろにする人もいなかったのだ。僕は見放されていなかった。……愛されていた。

「……ううん。僕の方こそ、信じていられなくて、むしろ突き放そうと考えちゃって、ごめん」
「いえ、誰もアリエル様を責めるつもりはありませんよ。ようやくマシュー様を探る作業も終わりましたので、明日からマシュー様を追い出す手配をするつもりです」
「え、もう、そこまでできたんだ……」
「優しく接する私たちを侮り、マシュー様がボロを出してくれたおかげで」

 ブラッドがニヤリと笑う。珍しく悪辣な雰囲気を漂わせていた。
 それが僕のマシューへの思いとマッチして、なんだか僕も笑いたくなってしまった。こんなに心が晴れたと感じるのは久しぶりだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ
BL
 国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。  フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。  生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!

番を持ちたがらないはずのアルファは、何故かいつも距離が近い【オメガバース】

さか【傘路さか】
BL
全10話。距離感のおかしい貴族の次男アルファ×家族を支えるため屋敷で働く魔術師オメガ。 オメガであるロシュは、ジール家の屋敷で魔術師として働いている。母は病気のため入院中、自宅は貸しに出し、住み込みでの仕事である。 屋敷の次男でアルファでもあるリカルドは、普段から誰に対しても物怖じせず、人との距離の近い男だ。 リカルドは特殊な石や宝石の収集を仕事の一つとしており、ある日、そんな彼から仕事で収集した雷管石が魔力の干渉を受けない、と相談を受けた。 自国の神殿へ神が生み出した雷管石に魔力を込めて預ければ、神殿所属の鑑定士が魔力相性の良いアルファを探してくれる。 貴族達の間では大振りの雷管石は番との縁を繋ぐ品として高額で取引されており、折角の石も、魔力を込められないことにより、価値を著しく落としてしまっていた。 ロシュは調査の協力を承諾し、リカルドの私室に出入りするようになる。 ※小説の文章をコピーして無断で使用したり、登場人物名を版権キャラクターに置き換えた二次創作小説への転用は一部分であってもお断りします。 無断使用を発見した場合には、警告をおこなった上で、悪質な場合は法的措置をとる場合があります。 自サイト: https://sakkkkkkkkk.lsv.jp/ 誤字脱字報告フォーム: https://form1ssl.fc2.com/form/?id=fcdb8998a698847f

既成事実さえあれば大丈夫

ふじの
BL
名家出身のオメガであるサミュエルは、第三王子に婚約を一方的に破棄された。名家とはいえ貧乏な家のためにも新しく誰かと番う必要がある。だがサミュエルは行き遅れなので、もはや選んでいる立場ではない。そうだ、既成事実さえあればどこかに嫁げるだろう。そう考えたサミュエルは、ヒート誘発薬を持って夜会に乗り込んだ。そこで出会った美丈夫のアルファ、ハリムと意気投合したが───。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

なぜか知りませんが婚約者様はどうやら俺にデレデレのようです

ぷりん
BL
 俺、シノ・アイゼンベルクは貧乏貴族の一人息子である。そんな彼の所に一通の手紙が届く。そこには、『我、ノアール・スベリアはシノ・アイゼンベルクに婚約を申し込む。もし拒否するのであればスベリア家を敵に回すと思え』と書かれたものが届く。婚約を拒否する訳にはいかず、ノアールの婚約者となったが、、、  聞いていた噂と彼は違いすぎる?!噂ではノアール・スベリアは氷のように冷たい雰囲気をもち、誰にも興味を示さず笑顔を見せない男。しかし、めちゃくちゃイケメンで夜会では貴族のご令嬢をメロメロにしているという噂である。しかし、ノアールはシノにデレデレのようで、、?!  デレデレイケメン宰相×自己肯定感皆無不憫所長 作者はメンタル弱々人間です<(_ _)> 面白いと思われた方はお気に入り登録して頂けると大変作者の励みになります。感想貰えると泣いて喜びます。また、番外編で何か書いて欲しいストーリーなどあれば感想によろしくお願いします!

僕の策略は婚約者に通じるか

BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。 フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン ※他サイト投稿済です ※攻視点があります

処理中です...