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9.悪戯な気持ち
しおりを挟む暫く抱き合って、不意に力が緩められた。途端に胸に不安が忍び寄る。
思わずブラッドを見上げると、僕を安心させるように微笑みを向けられた。その目に、その表情に、僕への愛情が溢れていて、自然と頬が緩む。
「立っていると疲れてしまいますから、座ってお話しましょう」
「えっ……ブラッド!?」
ブラッドから離れるのが嫌で、その提案に戸惑っていたら、僕の返事を待たずにブラッドが行動を起こした。――僕を姫抱きにするという行動を。
驚きのあまり固まる僕を意に介せず、ブラッドが悠々とした雰囲気でソファに歩み寄る。
成人間近の男を抱き上げているにしては、あまりに余裕に溢れた様子のブラッドに、僕は場違いな憤りを抱いた。
(――ズルい! 僕だって、もうちょっと背が高くて、体格が良ければ、ブラッドみたいに格好よく抱き上げることだってできるんだよ!)
恋する相手にこんなことをされたら、ときめくのが普通だろうと分かっている。でも、男同士なのだから、僕の感情も間違ってはいないだろう。
僕だって男だ。か弱い令嬢のようにエスコートされることを、必ずしも喜ぶことはできない。
「……ふっ、抱き上げられたのがご不満ですか?」
ブラッドが僕を膝に抱いてソファに腰を下ろす。
楽しそうなその表情を見つめ、ふといつもより距離が近いことに気づいた。見上げなくても目が合う。むしろ覗き込んでくるようなブラッドの目が新鮮で、思わず不満を忘れた。
「……当然でしょう。勝手な真似をしないで」
我ながら拗ねたような言葉は可愛げがなかった。それなのに、ブラッドは嬉しそうに顔を綻ばせ、僕の頬に手を伸ばしてくる。腰を抱かれていて逃げ場がない。……逃げるつもりもないけれど。
「でも、表情が和らぎました。少しは落ち着かれましたか?」
「っ……うん。……ありがとう」
心から僕を気遣っているのが伝わってきて、嬉しくて泣きたくなった。
それを必死でこらえて礼を告げると、ブラッドが甘やかすような眼差しで僕を見つめ、頬を撫でる。その感触がこそばゆい。
思わず我慢しきれない笑みが浮かんだ。
「それでは、そろそろ聞かせていただけますか? ――なぜ私はあなたに拒否されたのですか? 私に至らないところがあったのでしたら、絶対に改善しますから、お教えください」
驚くほど真剣な表情でブラッドが言い募る。その必死な様子が、僕の愛を乞うているように見えて、愛されている実感にふわりと心が温かくなった。同時に、少し悪戯心が湧いてくる。
ブラッドが不用意にマシューに触れられるから、僕の心は傷つき怯えたのだ。少しくらい反省してほしい。
……この思いがあまりにわがままであることは理解している。でも、僕はもう開き直ってしまった。
可哀想なブラッド。僕に惹かれ、愛を囁いてしまったがばかりに、僕みたいなやつに囚われることになった。もう逃がしてあげられない。
僕は絶望感を味わいたくないから、どんな手を使っても、ブラッドを僕の傍に留めると決めたのだ。
「至らないところ、ね――」
僕の頬を撫でるブラッドの手に指先で触れる。それから手の甲から二の腕まで指先で辿り、ぎゅっと力いっぱい握りしめた。
これまでにない僕の行動に、目を見開いて驚き、言葉を失っているブラッドの顔を見つめる。その頬に手を伸ばし、そっと顔を近づけた。
「……アリ、エル、様……?」
唇が触れそうになるほど近づくと、ブラッドが大きく喉を動かした。瞳に熱が籠っている。僕の腰を抱く腕に力が入ったのを感じた。
(可愛い……。僕の行動で振り回されちゃって……可哀想で、愛おしい……)
うっとりと目を細める。
噛みつくように近づいてくるブラッドの顔を、頬を押して遠ざけた。「……え?」と気が抜けたような声が聞こえる。
その可愛らしさに、僕は思わず忍び笑った。そのままブラッドの耳に唇を寄せ、囁きかける。
「ふふっ。……僕以外に触れられた悪い人に、キスはあげられないよ」
頬に添えていた手で、ブラッドの耳を弄る。これほどまでにブラッドに触れるのは初めてで、気分が高揚した。ブラッドが僕に振り回されているのが手に取るように分かって楽しい。
悪戯に夢中になってしまった。
――だから、ブラッドの様子が急変していたことに、僕は気づかなかったのだ。
「……アリエル様」
「っ……!?」
いつの間にか、僕は天井を見上げていた。逆光で翳るブラッドの表情がよく見えない。
腰にはブラッドが乗り、両手は頭の上でまとめて押さえつけられていた。これではまともに動けない。
それに気づいた瞬間、不安になる。思わず頼りなげな声が漏れた。
「――ブラッド……怒った……?」
ブラッドの雰囲気が少し緩んだ気がした。頬を撫でられて、不自由ながらその手にすり寄る。
「……いいえ。ですが、可愛い悪戯っ子に、少し男というものを分かってもらわなければと思いまして」
いつも通りに思える口調。
それなのに、どことなく愉悦が滲んでいるように感じられて――僕は立場が逆転したことを悟った。
「なにを……するの……?」
声に不安が滲む。僕の気持ちは分かっているだろうに、ブラッドは行動をやめる様子を見せない。
そのいつもと違って強引な態度に、何故だか僕の胸がドキッと大きく高鳴った。
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