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6.嵐の来訪と揺らぐ心
しおりを挟む嵐がやって来た。といっても、天候の嵐ではない。
「お兄様、はじめまして!」
金髪碧眼の少年マシュー。宗教画に描かれる神のお使いのように繊細で美しい相貌に、愛らしく明るい笑みを浮かべている。
(あぁ……これは、みんなに愛されるのも分かるなぁ……)
憧憬ではない。ただの感想だ。
トモヤが残した日記の内容、【BLゲーム】についてのあれこれが脳内を駆け抜けていく。
僕が【悪役令息】なんて呼ばれることは、学園に入学しないことで回避したと思っていたのに、まさか【BLゲーム】の舞台がこの領地に移ってしまったのだろうか。
でも、マシューの味方になるという、王子やら宰相子息などはここにいない。それが唯一の救いだ。
心にじわりと不快感が滲む。何故だか分からないけれど、マシューに好感を抱くことができなかった。
僕が得られなかった父からの愛を受けた存在だからだろうか。
それとも、僕を破滅へと追いやりかねない存在だからだろうか。
――父からの愛を求めることはやめ、自由に生きることを決めたはずなのに、僕はまだ囚われているというの?
もしかしたら、僕の心のどこかに沈んでいるかもしれないトモヤの思いが、マシューへの感情に影響しているのかもしれない。
「……はじめまして、マシュー。僕は君にお兄様と呼ぶことを許してはいないけど?」
挨拶に答えた自分の声は、やけに冷えて硬く聞こえた。
驚く周囲の視線に気づき、心がさらに重く感じる。
(もしかして、まずいことになるかな……?)
――成人までもうすぐというこの日。異母弟という名の、僕の平穏を乱す嵐がやって来た。
◇◇◇
マシューの年は僕の一つ下。つまり、父上は母上が存命の時から、愛人との間に子を作り、愛情を注いでいたわけだ。
僕が七歳で領地に追われてから、後妻と結婚すると同時にマシューを家に引き取ったのだろう。
「いくら貴族の大半が政略結婚とはいえ、あまりに不誠実だよ……」
自室の窓から庭を眺めながら呟く。僕が外に出ているとマシューがすかさず近づいてくるから、ろくに散歩することもできない。
すぐに父上の元に追い返したいけれど、それもあまりに情がない行いかと思い躊躇っている。
なにせ、マシューは愛される人間だ。瞬く間に僕の家の使用人たちに温かく受け入れられ、可愛がられている。
そんな状況で、僕が冷たい対応をしたら、一気に僕の人望は地に落ちそうだ。
……いや、僕の人望は元々あまりなかったのかもしれない。
だって、普通、使用人が主人を慕っていたなら、主人に邪険にされる親族を、温かく迎え入れることはしないだろう。僕の人望がなかったがゆえに、マシューの愛され体質に、あっさりとみんなが毒されているように思えてならない。
(結局、僕は悪役令息と呼ばれるような人間だったということか……)
虚しい。悲しい。
これまで使用人たちとはいい関係を築いてきたと思っていたけれど、それは僕の独りよがりにすぎなかったのだ。
こうも容易く崩れるような関係性だったのだと思うと、やるせなくて虚脱感が襲ってきた。
(僕の人生って、なんなんだろう……。僕はどうすれば良かったの?)
窓の外の空は青く澄んでいる。僕の曇った心とは正反対。まるで世界からも拒絶されているような気分になった。
そこでふと気づく。
(――もしかしたら、今の僕みたいな気持ちを、トモヤは感じたのかもしれないな……。努力しても誰も自分を見てくれなくて。冷たい現実に絶望したのかな……)
トモヤの存在を知ったとき以上に、トモヤがかつて抱いただろう絶望感を、身に沁みるように実感した。
でも、僕という人格は、トモヤと違って絶望を感じても眠りについていない。
それは、トモヤが僕に代わるほど回復していないからか。それとも、代わりうる他の人格が存在していないからか。
理由は定かではないものの、僕は僕のままで生き続けなければならないようだ。
(現実から逃げた方が楽だと思うけど――)
ぎゅっと目を瞑る。望まない未来に怯える自分の心を感じながら、それを叱咤した。
いつまでも逃げていたら、僕はなんのために生きているのか、本当に分からなくなるから。
七歳の時、父から冷遇された悲しみから逃げた。眠りについてその心は癒されたように思えたけれど、トモヤが眠りにつくことで再び現実に向き合うことになった。
僕としての人生は、トモヤが代わっていた数年を除いて十年を迎えようとしている。十年という歳月は、決して無にしていいような長さではないはずだ。
(僕は、自由に生きると決めたんだ。僕は僕として、この先も生きる。悪役令息なんて役割をこなすつもりなんてない)
目を開いた。窓越しに見える青空。庭に降り注ぐ温かな日差しが、明るい未来を示唆している気がして、少し気分が上向いた。
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