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3.突然すぎる告白
しおりを挟む「――というのが、この一か月で起きたことだよ」
僕は屋敷を訪れた男に、これまでの流れを説明していた。人格が変わっていて、数年の記憶がないことや、【BLゲーム】の説明は省いたけれど。
「……さようでございますか」
戸惑ったように答えた男の名はブラッド・キャンベル。父上の指示により、僕の家庭教師として派遣されてきたのだ。
ブラッドは銀髪碧眼で、物語の中の王子様のようにカッコいい。まだ二十歳ほどに見えるけれど、家庭教師に選ばれたのだから優秀さも折り紙付きなのだろう。
父上曰く『愚かでわがまま』の僕に実際に会ったことで、印象の違いにブラッドが不審感を抱いているのが、手に取るように分かった。
「父上に冷遇されている僕が元気いっぱいで驚いた?」
わざとらしく茶化すように言えば、ブラッドの口元に苦笑が浮かんだ。
「……元気なのは素晴らしいことだと思います。急に行動を起こした理由が分かりませんが……」
つまり、ブラッドも僕が冷遇されていたことを元々知っていたわけか。まあ、それもそうか。王都の屋敷には後妻と異母弟がいて、嫡男一人が領地にいることを考えたら、誰だって察するだろう。
「大人しくしているのが馬鹿らしいと思ったからだよ。父上は好きに生きているんだ。僕が自由に生きることの何がいけない?」
「……咎める人は誰もいないでしょうね。領地に害を与えない限りは、全ての法がアリエル様の味方になります」
さすが家庭教師。事実をしっかり認識しているようだ。
満足さを込めて頷いておく。
「――アリエル様は私から何かを学ぶ気がございますか? 学園に入学する意思は……?」
父上の指示に意味がないことにすぐに気づいたブラッド。父上は部下を選ぶ目はなかったけれど、家庭教師は上手く選べたらしい。
「学びは得たいよ。僕の知識はほとんどが独学だから。でも、王都に戻るつもりはない。学園入学は貴族の義務ではないからね。体裁は悪いのかもしれないけれど、気にするつもりはないよ」
「そうですか……。でしたら、病弱のため、ということにされるとよろしいかと。爵位を継ぐのに問題はないでしょうし、学園に入学しない理由としては十分です。これまで領地におられたのも、そのためだと貴族の皆様も納得するでしょう」
「……うん、そうしよう」
僕が懐柔しなくても、ブラッドは自分の役目が分かっていたみたいだ。僕のためになるようにと知恵を絞ってくれる姿勢に嬉しくなる。
思わずはにかむように微笑むと、ブラッドが僅かに目を見開いた。
◇◇◇
それからの日々はおおむね穏やかに続いた。
ブラッドは予想以上に優秀な人で、彼から学びを得るのは楽しかったし、使用人たちとも良好な関係を築けている。
時々街に遊びに行くと、さすがに僕が次期領主だと知られるようになったけれど、皆温かく接してくれる。
役所の人も僕に慣れたみたいで、時々領地管理の意見を尋ねられることもあった。領地から急速に父上の権力が消えていくのを感じる。
最近の僕は、屋敷の庭の隅で植物を育てることにはまっていた。手を掛ければ掛けた分だけこたえてくれる植物は可愛い。
「――またここにおいででしたか、アリエル様」
「いいところに来たね。この花可愛いでしょう? 今日咲いたばかりだよ」
花壇で咲いた小さな花を僕が誇ると、ブラッドが苦笑する。でも、眼差しは愛しげだった。
「ええ。アリエル様の愛情をたくさん注がれたから、これほどまでに美しいのでしょうね」
「ふふっ、僕の愛情なんかで変わらないよ」
僕は所詮、親にも愛されなかった人間だ。
ブラッドが眉を寄せていることに気づいたけれど、僕の意見は変わらない。【BLゲーム】の内容を考えると、生まれながらにして僕は憎まれ役だったということなのだから。
「……お父上からのお手紙が届いております」
「っ……そう」
僕が領地での環境を変えさせたことに、父上から度々怒りの手紙が届いていた。自分の立場が危ういことに気づいたんだろう。
そこで僕を懐柔するのではなく、あくまで拒否し続けるところが、父上の愚かさを表していると思う。
一緒に受け取ったペーパーナイフで開封し、手紙の内容に目を落とす。
見慣れた怒りの言葉と共に、学園への入学を要請する文言が書かれていた。入学しないことはもう伝えたというのに、諦めるつもりがないらしい。
「――僕の言葉なんて聞くつもりないんだな……」
毎回のことながら、心が冷えていく感覚がする。
父上への情なんて既に捨て去ったと思っていたけれど、まだ僕はこだわっているだろうか。それとも、心のどこかにトモヤの思いが残っているのか……?
「アリエル様……あまり気を落とされないでください。血が繋がっていようとも、もはやほとんど関わりのない方でしょう。この領地で、アリエル様を嫌う方なんて一人もいません。どうか私たちの好意に目を向けてくださいませんか?」
「好意……」
意外な言葉に目を見張る。ブラッドは切実な眼差しだった。父上の対応に気落ちしてしまう僕を慰めたいのだろう。
でも、僕はブラッドが言うほど周りに好かれているとは思えなかった。客商売をしてる人たちは好意的に接してくれるけれど、それは僕個人だけに向けられたものではない。
「――僕のどこを好きになると言うの?」
純粋な疑問だった。憎まれ役の僕が、ただ生きているだけで誰かに愛されるわけがないのだから。
ブラッドは大きく目を見開いてから、逡巡したように口ごもる。
ほら、やっぱり即答できない。口先で慰めようなんて、そんなので僕は騙されないよ。
「全て、です」
「……え?」
適当な誤魔化しだろう。でも、ブラッドは頬を赤く染めて恥ずかしそうに目を逸らしていた。
思わず僕はぽかんと口を開けてしまう。だって、ブラッドの表情はまるで――。
「……ただの家庭教師でしかない私が言ってはならないことなのかもしれませんが――」
不意に真剣な眼差しが向けられた。何か覚悟を決めたような強い意思を感じる。
「私はアリエル様にお会いして、心が大きく動きました。その藍の御髪の美しさと煌めく灰色の瞳に惹かれたのです。そして、お話させていただけばいただくほどに、想いは深まっていきました。お父上から冷遇されようと、気高くあられるお姿に。賢明で好奇心旺盛で、街の人々との交流を生き生きと楽しむ可愛らしさに。私は愛を抱いてしまいました」
滔々と語られる言葉に面食らってしまう。ブラッドの言葉はまるで、恋慕う相手に告白しているような……?
「――突然のことで戸惑われているのは分かっています。……私の愛を受け入れなくとも構いません。ですが、私のような恋情でなくとも、アリエル様を愛する者がいることを、否定しないでくださいませんか? あなたが魅力的で愛される人であることは間違いありません」
思わず息を飲む。頭が真っ白になった。ブラッドの碧の瞳がやけに煌めいて見える。
「……」
返す言葉が浮かばないことが、少し情けなかった。
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