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王都来訪編Ⅲ 古都の章

2 予期せぬ再会

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 俺が顔を見て思わず名前を口走ってしまった彼は、この世界に来たばかりの頃に出会った若い商人だ。
「何、ユウキ。知り合いなの?」
 セレスが振り向いて確認してくる。
「ええ、困っていた私をクーベルタン市まで送ってくれた親切な人よ」
 実際にはクーベルタン領軍のファビオ中隊長から半ば脅される形で強引に押し付けられた感がなかった気もしないではないが、細かいことは気にせずにおこう。
 というわけで俺はセレスの言葉に首肯する。
 そのコンラードは自前の馬車を持ち王都の方へ行商に行くと言っていたから、ここで遭うのはさほど不自然なことではない。
 ただし、何人かに取り囲まれて何やら穏やかならざる雰囲気だ。
 周りを囲んでいる連中は、傭兵崩れといった感じであまり柄の良さそうな相手とは思えなかった。
 元の世界なら不良学生にカツアゲされる気の弱い社会人に見えたことだろう。
 向こうは大声で言い合いするのに忙しいらしく、こちらにはまだ気付いていない様子だ。
 彼らの会話が雑踏に紛れて聞こえてくる。
「だから、どこで手に入れたかを教えてくれりゃ解放するって言ってるだろ」
「それは……申し上げられないと、何度も説明したじゃありませんか」
「そこを頼むって言ってるんだよ!」
〈何だろう? 商売上のトラブルだろうか?〉
 明らかにチンピラ風の男達がコンラードに無理難題を押し付けているように思えるが、こんな目立つ場所で堂々と言い争っているところを見ると、力づくでどうにかしようというわけではないっぽい。
 少なくとも今の段階ではという注釈は付くが。
「お待ちなさい。そんな風に言ったら、まるで脅迫しているようではないですか」
 ん? チンピラ達に紛れて気付かなかったが、一人だけ比較的身なりの良い男が交じっている。
 そいつが俺の内心の考察を聞いたわけではないだろうが、前に進み出てそんなことを言い出した。
「私達はあくまで商売の話し合いをしているのですから誤解を招くような言動は慎みなさい」
 身なりの良い男は声を荒げたチンピラの一人をそう叱りつけるが、それが茶番なのは誰の目にも見え見えだ。
「私の方にお話しすることはありません。さっさと馬車を返してください。そうすればすぐにこの街を出て行きますから」
 コンラードが訴える。彼の馬車は今、手許にないらしい。馬車がなければ街を出ることもままならないのは彼の商売からしたら当然と言えよう。
「おや、おかしなことをおっしゃる。あなたの馬車は確か整備不良が原因で衛士隊に差し押さえられているのではなかったですかな。それを私共にどうにかしろと言われましても困りますなぁ」
「何を白々しいことを。そっちが裏で糸を引いているのは明白なのに……」
 コンラードが力なく洩らした呟きが辛うじて聞き取れた。
 身なりの良い男は無視して話し続ける。
「それならばこうしましょう。私共はあなたに入手先を教えて貰う代わりに、対価をお支払いします。もちろん、我々だけになったところでですが。了承していただけるなら馬車の件については衛士隊に口添えしても良い。そうですなぁ、金貨一枚でいかがですか?」
 金貨一枚と言えばかなりの大金だ。そうまでして知りたい入手経路とは如何なるものだろうか?
「金の問題ではないのです……」
「金貨一枚ではご不満か? ならば金貨三枚までなら出しましょう」
 金貨三枚と聞き、おお、と周りの野次馬達から一斉にどよめきが上がる。どちらかと言えば相手の太っ腹な態度に感心した声だ。コンラードの方ががめつい商人という空気が漂い始める。
 わざわざ衆人環視の中で騒ぎを起こしたのは、もしかしてこの同調圧力を狙っていたのだろうか?
 よく見ると、群衆の中にサクラっぽい感じの奴が何人かチラホラと見受けられる。
「ですから! 幾ら積まれてもお教えできないものはできないのです」
「そこまであの服の秘密を独占されたいか? 言っておくが、入手方法を知りたがっているのは私共だけではない。いずれ強引な手段に訴える輩が現れないとも限りませんぞ」
 おやぁ、今やっているこれは彼の中では強引な手段のうちには入らないみたいだ。
 それにしても服? それってもしかして──。
「そうじゃない! それが……約束だから……」
「一体、誰と約束したのです? その者があの精緻の限りを尽くした服の譲り主なのですか?」
 どうやら話題になっている服というのは、俺がコンラードに売り付けた学校の制服で間違いなさそうだ。
 当座の生活費のために着ていた物を手放したんだよね。
 だけど何か約束なんかしたっけ? もう憶えていないや。
 それを律義に守り通すとは、見た目に反して彼はなかなか骨のある奴らしい。
 自分にも関係していると知った以上、黙って見過ごすわけにはいかないだろう。
 俺は野次馬達の間を擦り抜けて前に進み出る。
 そして周りの状況など目に入っていないふりをして話しかけた。
「あれ、コンラードさんじゃないですか? こんなところで遭うなんて奇遇ですね」
 急に横合いから声を掛けられて驚いた彼がこちらを見詰める。
「あなたは確か……ユウキさん」
 名前はちゃんと憶えてくれていたようだ。忘れられていたから出てこなかったのかとちょっぴり心配してしまったよ。
「どうしてこんなところに……?」
 ほとんど反射的にそう訊ねてくる。そりゃ、いきなり現れたらそう来るよね。
「あれから色々ありまして。話せば長くなるんですが、今は王都に向かっている途中なんです。コンラードさんも王都へ?」
「いえ、私は王都から戻って来たところで……」
 そう言いつつ、周りの連中に目をやる。別の土地へ向かう道中に立ち寄ったところを絡まれたと言いたいのだろう。
 その言葉をきっかけに、突然の割り込みで唖然としていた連中が息を吹き返す。
「何だ、お前?」
 小娘と思って侮っているのか、こらちは一応短剣とはいえ佩剣している上に、革鎧まで身に着けているにも拘らず、徒手空拳で凄んでくる。はっきり言って頭が悪過ぎだ。
 それに気付いた別の一人が、慌てて止めに入る。
「おい、待て。あの格好、冒険者みたいだぞ」
「冒険者? そういや生意気にもそんな感じだな。けどよ、どうせ青磁か黒曜の成り立てだろ。それか薬草採取専門の腰抜けか」
 冒険者のランクに関しては正解だが、薬草採取を専門にしていても魔物に遭遇することはあるので戦闘と無縁ではいられないとは知らないらしい。
 黙っていると、声も出せないほど怖がっていると勘違いした相手がさらに詰め寄ってくる。
「運が良かったな、お嬢ちゃん。今は忙しいんだ。見逃してやるからとっととどこかに失せな」
 そう言われたが、はてさてどうしたものだろうか。
 普通に喧嘩になってもセレスの特訓の成果とアルのサポートがある今の俺なら片手でも簡単に勝てそうだが、騒ぎをあまり大きくしたくない。先程の会話から衛士は奴らに買収されていそうだし、事情聴取だの何だのと留め置かれても面倒だ。
 魔眼を使うのは論外。衆人の目があるし、こいつらには勿体無さ過ぎる。
 太ももに装着した〈ドラグーン〉を抜くのも同じ。効果を知らなければ脅しにはならないが、かといって撃てば弾の無駄遣いだ。
 それだけではなかった。恨みを買って後日コンラードが襲われる羽目になってもまずい。
 チラリとセレスの方に目をやると、彼女はこちらを見て小さく手を振る。明らかにこの状況を愉しんでいる。助ける気は微塵もなさそうだ。
〈ああ、そうですか。仲間が窮地に陥っていても心配じゃないんですか。よぉーく、わかりましたよ。それだったら──〉
 俺はチンピラ風の男達を無視してコンラードに向き直ると、こう言った。
「立ち話も何ですし、どこかで落ち着いて話しませんか? 仲間も紹介します」
「仲間? 知り合いの方がいらっしゃるんですか?」
「てめぇ、舐めてんじゃねぇ」
 シカトされて激高した男が俺に掴みかかろうと伸ばした手をするりと抜けて、言葉を続ける。
「ええ。『クーベルタンの戦乙女』って御存知ですか? ほら、そこにいますよ」
 俺は野次馬の間を縫うようにしてセレスを指差した。
「『クーベルタンの戦乙女』ってまさか、あの?」
 驚いてコンラードが訊き返す。
 野次馬の中には薄々勘付いていた者もいたようだが、はっきりとそう指摘したことで一斉にざわつき始める。
 それにより、これまでこちらを見向きもしなかった通行人まで何事かと足を止めるようになった。
「ちょ、ちょっとユウキ。……よくもやってくれたわね」
 唐突に注目を集めることになったセレスが抗議の声を上げるが、予想通りに効果は抜群だった。
「『クーベルタンの戦乙女』って黄金級冒険者の? 山のような魔物を素手で捻り殺すゴーレムばりの女って聞いたぞ」
「馬鹿、そうじゃねえよ。俺が知っているのは百人の盗賊を問答無用で切り捨てたことだ。それも全員、縦に真っ二つになっていたらしいぜ」
「『ハンマーフェロー事変』じゃ相棒の黒髪の女と暴れまくって街の被害の半分はそいつらの仕業だとか話してた行商人が……って、黒髪の女ってまさか!」
〈いや、一体どこで仕入れたネタだよ、それ〉
「お前達は少し黙っていなさい。そんな出鱈目な噂話はどうでも良い。『クーベルタンの戦乙女』と言えばれっきとした伯爵家の令嬢。そんな方が知り合いとなると、こちらも出方を考えなければなりませんね」
 身なりの良い男は、そう言い残すと配下のチンピラ共を従えてあっさりと引き上げて行った。
 セレスの威光にビビってこのまま諦めてくれれば良いが、どうもそんな雰囲気ではなさそうだ。
 ともあれ、この場はこれで治まった。
 無難に切り抜けられたんだし、セレスもこれ以上の文句は言うまい。
 関わったからにはこれでお終いというわけにもいかないだろう。
 俺は改めてコンラードの方を見やると、さも当然のような口調で言った。
「それじゃあ、何があったのか詳しく話して聞かせて貰いましょうか」
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