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王都来訪編Ⅲ 古都の章

1 風に立つライオン

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「次はいよいよエリングマルク公爵領ね。ここを過ぎれば王都は目と鼻の先よ」
 巻狩の翌日、俺達は再び王都を目指してローラン市を旅立った。
 当然、報酬は受け取った上でだ。
 今回は滞在日数が短く、知り合った人も限られていたため、俺達を見送る者は誰もいない。
 幾らセレスに気があるからって次期領主がわざわざ出向くわけがないからね。
「じゃあ、今度寄るのはエリングマルク市?」
「いいえ。エリングマルク公爵領は王国でも一、二を争うほど広大なの。公都があるのはかなり東寄りだから訪れようと思ったら相当回り道をしなければならないわ」
「公都?」
 聞き慣れない言葉に、俺は首を傾げた。
「公爵領にある領都は特別にそう呼ばれるのよ」
 なるほど。都道府県で言うと、王都が都とすれば公都は府のようなものだろう。
 セレスの言によれば公爵の地位はルタ王国において王族に次ぐ最上位の貴族階級に属するのだそうだ。
 エリングマルク家も三公と呼ばれる公爵家の一つで、いわゆる門閥貴族という派閥のトップに君臨する家柄らしい。
 王家とは古くからの親戚筋に当たり、王都防衛の最後の砦として隣接する土地に古来より広大な領地を有している。
 直前に通ったローラン子爵領も元はと言えば公爵領だったという。エリングマルク家にとって母方の外縁となるローラン家が叙爵された折、自ら領土の一部を譲ったそうである。
「だから国境の砦に掲げられていた軍旗は子爵領軍のものではなくて、公爵領軍のだったでしょ。そこだけは伝統的に公爵家が警備を受け持つことになっているのよ」
 ……いえ、全然気付きませんでした。
「だったら、寄り道はしないってこと?」
 気を取り直して俺はそう訊ねた。
「公都にはね。今回は無理でもそのうち訪ねることもあるでしょう。代わりにルタ王国で最も歴史ある都市、ヴァンデリオン市に立ち寄ることになるわ」
「最も歴史がある都市? それって王都よりも古いって意味で?」
 俺が訊くと、当然そうなるわね、とセレスは答えた。
「街としてはルタ王国建国以前から存在していたそうよ。勇者物語の英雄譚にも出てくるくらいだもの。と言っても歴史は私もあまり得意じゃないんだけど」
 だろうね、と言いかけて俺は慌てて口を噤む。別にセレスが勉強より剣術とかに熱中していだろうなと思ったわけじゃない。
 それはさておき、この世界で比較的大きな都市はどこもヨーロッパの古い街並を彷彿とさせて愉しませてくれるが、その中でも最古と言われると今から期待に胸が膨らむ。
 果たしてどんな景色が待ち受けているのだろうか。
 俺は弾む足取り(騎乗しているので、もちろん比喩だが)で、先へと急いだ。

 ルタ王国内で最古の歴史を持つ都市、と言っても入市の手続きは他と変わらないものだった。
 俺達の場合、首から下げた一枚の認識票を見せるだけで、あっさりと通過できるところも同じだ。
 ちなみに元の世界の軍隊では認識票は二枚一組という場合がほとんどだが、これは戦場で兵士が倒れた際に遺体の回収を容易に行うため、と何かで読んだ記憶がある。
 一枚を持ち帰り、一枚を死体のどこかに挟む(歯に噛ませることが一般的らしい)ことで、後に見分けやすくする。
 ということは認識票が一枚しか存在しない異世界の冒険者は、裏を返せば遺体は回収されない前提であることを意味している。
 まあ、大抵は魔物に喰われるか、不死の魔物アンデッドとなって襲う側になるので、これは考え方としてやむを得まい。
 認識票が持ち帰られるだけその冒険者は幸運と言えるのだ。
 いずれにせよ、これまでの街との違いがあるとすれば外壁の門を潜った途端、丘の上へと続く長い坂道と、その先にそびえるこれぞまさしくファンタジーの王道とも言うべき古城が目の前に飛び込んできたことだろう。
 門前街からはかなり離れているにも拘らず、その圧倒的な迫力は佇むというより、立ち塞がるという形容が相応しい。
 ヨーロッパの古い城など観光ガイドの中でしか知らないが、こうして見ると確かに軍事拠点であることが窺い知れる。
 城の中央に屹立する尖塔以上に高い建造物がない周囲の景観も影響しているのかも知れない。
 想像していたよりずっと大きく感じられるのは、比較するのがテーマパークにある造り物だからか。
〈そういえば何気に城のある都市は初めてだな〉
 これまで訪れた場所は城ではなく、領主館や議会堂が街の中心だった。それはそれで威厳あるものに違いなかったが、やはり城とは根本的に趣が異なる。
 具体的に言うと、威圧感が半端ない。
 恐らくあれだけの規模の建物を維持していこうとすれば使用人だけでとんでもない人数に上るはずだ。下手をすると、ちょっとした街くらいの人が常時、必要になるのではないか。
 それはすなわち、相応の経済力を有するということでもある。間近で見て、他領でなかなか城を見かけなかった理由がよくわかった。
 城を持つとは軍事、経済両面で力を誇示するのと同義だ。幾ら都市が堅牢になろうと、そのせいで領内が疲弊していては話にならない。
 それを歴史があるとはいえ、中央でもない地方都市でやれているのだから、エリングマルク公爵領の財政や推して知るべしである。
「あれがウァンデリオン城よ。その見た目から通称、『風に立つライオン』と呼ばれているわ」
 ライオン……? 
 あっちの世界ではライオンの建造物と言えばエジプトのスフィンクスを想像してしまいがちだが、似ても似つかないただの城である。
 うーん、言われてみればそう見えなくもない気がするようなしないような、といった程度の微妙な感じだ。
 みんながそれで納得しているなら、まっ、いいか。
 あの塔が鬣でしょ、あっちがたぶん尻尾じゃないか、などとミアに説明してやっているセレスを横目に、俺は目抜き通りをゆっくりと進む。
「一応、途中までは市民の見学も許されているから後で行ってみましょうか? さすがに奥は太守の住まいで立ち入りは禁止されているけど」
〈おお、城に住むとか如何にもファンタジーだ〉
 実際に経験したら恐らく不便に違いないんだろうけどさ。
 今回も評判の良い宿を訊いて、そこを宿泊先に定めると、馬を預けてまずは補給品の買い出しに向かう。
「古いと言っても街の雰囲気は他とあまり変わらないんだね」
 俺は周囲を眺めた正直な感想を呟く。
「そう? 異国出身のユウキからしたらそうやって感じるのね。私には結構、違って見えるんだけど」
 セレスは意外そうな口ぶりでそのように答えた。
「ミアはどう? 今まで行った街と比べて違ったりする?」
 俺は逆サイドを歩くミアにも訊ねる。
「アレ」
 ミアは俺の質問に、古城を指差した。
「ミア、お城、初めて見た」
〈ああ、そうか。彼女が知る大きな都市はハンマーフェローとローラン市くらいだから、俺より街を目にした機会は少ないのか〉
 もっとも俺の場合はベルサイユ宮殿とバッキンガム宮殿の違いがわからないみたいなものだろうけど。
 またしても王都に到着するのが遅れるが、明日出発と言わずに二、三日滞在して古都観光を愉しむのも有りかも知れない。
 宿に帰ったらセレスに相談してみよう。
 彼女の苦虫を噛み潰したような顔が目に浮かぶが、頭から強引に追い払う。
 そんなことを考えて歩いていると、辿り着いた広場の先で何やら人だかりができているのを見つけた。
「あれは何かしら?」
 セレスが何気なく近付いていく。俺とミアも後に続いた。
 背後に立ったセレスを見てその美貌か立ち振舞いか、たぶんその両方だと思うが驚いた野次馬達が、海を割るモーゼ宜しく左右に拡がって僅かな隙間が開く。
 その間隙から覗いた当事者の一人を目撃して、俺は思わず叫んでいた。
「コンラード!…………さん」
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