60 / 81
ハンマーフェロー編Ⅵ 閉幕の章(ハンマーフェロー編完結)
1 終わりと始まりと
しおりを挟む
「この展開はさすがに想定になかったんじゃないのかな?」
俺は背後から黒いローブ姿の相手にわざと気安く声を掛けた。この後の会話の主導権争いを考えてのことだ。
ゆっくりと振り返った奴は、俺達を見ても動じることなく静かにその髑髏の口を動かす。奴もまた、余裕のあるところを見せようというのだろう。
なお、セレスやミアには予め精神魔法が通用しないように魔眼で命じてあるので、たぶんこの場にいても大丈夫なはずだ。
「確カニコレハ予想外ダ。マサカ灰色ノ魔女ガコノ場ニイヨウトハナ」
灰色の魔女とは初めて聞く名だが、恐らく噂の元となっている魔眼使いに相違あるまい。その情報も気になるが、今は他に優先すべきことがある。
「灰色の魔女とやらではないけど、お察しの通り私も魔眼の使い手よ。あのアルヴィオン王の様子を見たでしょ? 彼はもうあなたの命令には従わないわ」
正確には一時間すれば魔眼は解けて再び支配下に戻るのだが、どこまで知っているのか不明瞭な相手に、わざわざ馬鹿正直に教えてやる義理はない。
「……新タナ魔女ノ誕生トイウワケカ。シカシ、ソレデ勝ッタツモリカ?」
魔女になるつもりは毛頭ないが、誤解を解くのも面倒だ。ここはさらりと受け流して、会話を重ねる。切り札だったはずのカードを敵に奪われても尚、強気の姿勢を崩さずにいられるのはこの先まだ何千体もの不死の魔物が控えているという自信の表れか。しかし、それが通用するのもここまでだ。
「いいえ。でも、私は魔物を引かせた上で、あなたに死ねと命じることもできる」
本当に不死の大魔導士に魔眼が有効なのか、有効だとしても自らを滅する手段があるのかは試してみなければわからないが、それは奴にとっても同じであるに違いない。
果たして俺の読み通り、奴は一か八かの賭けに出ることはなく、別の手段で思い留まらせるよう試みた。
「我ガ死ネバ、アンデッド達ハ制御ヲ失イ、再ビ戻ッテ街ヲ襲ウデアロウ」
「でしょうね。だから交渉よ」
「交渉……ダト?」
初めて不死の大魔導士の表情に感情らしきものが灯った気がした。もっとも骨しかない顔では本当にそうなのか自信はなかったが。
いずれにしても、ここが正念場だ。
「魔物を率いて迷宮に戻り、これまで通り奥深くから出て来ないと誓うなら、この場は見逃してあげる。断ればあなたを滅ぼして、残った不死の魔物と最後まで戦うわ。それでも私達は負けない。交渉を持ち掛けるのは、これ以上被害を大きくしたくないだけよ」
半分は本当、半分は嘘の内容だ。本当なのは不死の魔物と最後まで戦い抜くという部分で、嘘なのは勝てるが被害を増やしたくないという点。
実際にはどう転ぶかなんて俺には予想が付かない。それでも早期決着を目指すにはこれで押し通すしかないのである。
「勝テルト……本気デ思ウノカ?」
「ええ、当然よ。それと、あなたにこの街を襲うよう唆した黒幕の正体もわかっているわ。この戦いが済めば必ず追い詰めて報いを受けさせる。あなた達の間にどんな取り決めがあったのかは知らない。けど、それが守られることはないと断言する。それでも戦いを続ける? なら私も覚悟を決めなきゃならない。さあ、どうするのか選んで」
それだけ言い終えると、俺は正面を見据え奴の出方を窺った。セレスとミアは不測の事態に備えて、いつでも斬りかかれるように臨戦態勢を維持したままだ。
待つこと体感で三分近く。
長い沈黙の末、ようやく奴が結論を口に出した。
「………………良カロウ。今回ハ引キ下ガルトシヨウ。コレ以上ノ魔物ハ呼バヌ故、今イル者共ヲ最後トスル。ダガ、黒髪ノ魔女ヨ、コレダケハ憶エテオクガ良イ。我ハ超越者。人ノ身ヲ超エタ存在。我ニトッテ貴様ノ寿命ガ尽キルマデ、百年ヤ二百年待ツコトナド造作モナイトナ」
そう話した不死の大魔導士は、こちらに向かって歩き始める。セレスとミアの警戒感が最高潮に達する中、そのまま俺の脇を通り過ぎて、坑道に入り、やがて暗がりの奥へと姿を消した。
気配まで完全に感じられなくなったのを確認して俺はようやく大きく息を吐き、全身を弛緩させた。セレスやミアも似たり寄ったりの表情でぐったりとしている。
しばらくして落ち着きを取り戻したところで、改めてセレスが俺に問う。
「これでひと先ず終わったと考えて良いのよね? あとは残った不死の魔物を始末するだけで?」
「あいつの言葉を信じるならそうなるでしょうね。あくまでハンマーフェローに対する襲撃に関してはだけど」
他にもまだ為すべきことは幾つか残っているが、まずは目下の課題からだ。
「それって信じられると思う? 魔物の言ったことよ」
確かに迷宮に引き籠って自分の安全性を確保した上で、進攻を続けるという可能性もなくはない。だが、俺はプライドの高そうだった奴が口約束とはいえ、それを違えるとは思えなかった。他にも理由がもう一つ──。
「あいつが口にした百年や二百年待つことなんて大したことじゃないっていうのは本心だと思う。だからこそ、ここで決着を付けることを嫌った。あいつにとって無限にある機会を一度の賭け事に乗せる気にはならなかったんでしょう。ああ言った以上、少なくとも百年間は大人しく力を蓄えるんじゃないかな」
きっと今やらなければ後悔するとか、このチャンスを逃せば後はないとか思うのは、限られた命しか持たない者の発想なのだろう。
奴は違う。今度が駄目なら次回で、次回が駄目ならまた別の機会を活かせば良いだけだ。
少しでもリスクが伴うなら見送ろうとするのは当然の論理と言えた。
「で、次は今回以上に準備万端で襲って来るわけね。その時はどうする気?」
セレスの質問に俺は肩を竦めたゼスチャーで応える。口に出してはこう言った。
「百年先の心配事は他の人に任せるよ」
それまで俺がこの世界に留まっていられるという保証もない。仮にそうなったとしても奴が言うように寿命の方が先に尽きているだろう。
よって考えても仕方がないことだった。
「魔物、減ってる」
そんな会話を交わす俺達を尻目に、高台から眼下の様子を眺めていたミアが、そう呟く。
新たな不死の魔物が現れなくなったことで、こちら側が優勢に戦いを進められているようだ。不死の大魔導士が約束を守った証拠に他ならない。
その中でもやはり、鋼鉄王の活躍ぶりが群を抜いていた。他の人がソウルライクな戦闘を繰り広げている中で、彼一人が別のハクスラゲーをしているかの如し。
とはいえ、このままずっと彼を放置しておくわけにはいかない。魔眼には制限時間があるためだ。
そうかといって魔眼の効果が切れた時、伝説の英雄相手にもう一度確実に掛け直せるという自信もなかった。
仮に彼が敵側に回った場合、どれほどの脅威となるか想像が付かない以上、魔眼が効いている今を置いて退場を願う外はない。
問題は周囲に魔眼のことがバレずにどうやって彼に話すかだが、悩んでいると不意に顔を上げた鋼鉄王と目が合った。
それで俺が何かを伝えたがっていると彼にはわかったみたいだ。おもむろに戦列を離れて坑道内に足を踏み入れる。こちらに来るつもりらしかった。
それを見た冒険者の一人が訝しげな声を上げる。
「どうしたんだ、彼は? 鋼鉄王はどこへ行く?」
あとを追おうとしたその冒険者をガルドが引き止めた。
「止すんじゃ。鋼鉄王には鋼鉄王のお考えがあってのことじゃろうて。ワシらがそれを邪魔立てするでないわ。それより自分の務めを果たす方が先決であろう」
おかげで彼とのやり取りは誰にも知られずに済みそうだ。
やがて、俺達の前に再び姿を見せた鋼鉄王の表情は──驚くほど穏やかだった。まるで何もかも知り尽くしているように。
俺はその表情に後押しされて、彼に語りかけた。
「……魔眼の効果は間もなく切れます。そうなればあなたはまた不死の魔物として操られることになる。それを恒久的に防ぐ手立ては残念ながら私にはありません。私にできるのは……今のうちにあなたをあの世に送り返すことだけ」
前置きも無しに要点だけをそう告げて、あとは鋼鉄王の判断を待つ。彼は躊躇うことなく、自分の右手に嵌めていた飾り気のない指輪を外すと、俺に差し出した。受け取れということらしい。
「えっ? くれるの? えっと、ありがとう……ごさいます。それで今の話なんですが──」
言いかけた言葉を制するように、鋼鉄王は俺達に背を向けた。そのまま高台の端へ歩み寄る。
そこでなら足許で戦う人々にも見えるであろう位置に陣取ると、槍斧を頭上高くに掲げた。
俺達からは沸き立つ声でしか確認できないが、地上が歓喜で包まれる様子が手に取るようにわかる。少し早いが勝利の凱歌といった辺りだろう。
それを見届けると彼はおもむろに何やら地面に印らしきものを描き始め、それが完成した途端、手にした槍斧を中心に突き立てた。すると、そこから淡い光が立ち昇り、やがて周囲を包み込むように明るさを増していく。
彼ほどの英雄であれば本分が戦士でも魔法の心得があって不自然ではないのだろうが、どうやらそれは神聖魔法に属するもの、いわゆる〈死者の浄化〉に近い種類の術のようだ。
不死の魔物である彼が自らに死者を滅する魔法を掛ければどうなるか、言わずとも知れよう。即ち、彼の身体はたちまち乾いて土色を帯び、表面はひび割れて、砂像のように脆くも崩れ始める。
その姿は某世紀末救世主漫画に出てくる敵役を彷彿とさせ、まるで「天へ還るに人の手は借りぬ」とか言ってそうだったよ。
いつの間にか地上の歓声も鳴り止んでいた。彼らにも鋼鉄王がこの世を去ったのは確認できたはずだ。
それから暫し墓標のように直立する槍斧の前で佇んだのち、俺はセレスとミアに顔を向け二人に告げる言葉を探した。
ここで止めようと思えばそうすることもできた。どうせ自分達はもうしばらくしたらこの街を出て行く身だ。不死の大魔導士にはああ言ったものの、黒幕の正体にも確たる証拠があるわけではない。そのことを知っているのもこの場にいる自分達三人のみだ。
その上、正体が予想通りだとしても計画に失敗した今となってはそいつも当分大人しくしていることだろう。
何もすぐに事を荒立てる必要はないのである。
誰かそれなりの立場の者に話して、あとを任せてしまえば良い。そうした選択肢も充分有り得た。それでも俺は──。
「……さあ、行こうか。やりかけたことは最後まで責任を持たないとね」
二人にそう言った。
それは自分自身に向けた言葉でもあった。
俺は背後から黒いローブ姿の相手にわざと気安く声を掛けた。この後の会話の主導権争いを考えてのことだ。
ゆっくりと振り返った奴は、俺達を見ても動じることなく静かにその髑髏の口を動かす。奴もまた、余裕のあるところを見せようというのだろう。
なお、セレスやミアには予め精神魔法が通用しないように魔眼で命じてあるので、たぶんこの場にいても大丈夫なはずだ。
「確カニコレハ予想外ダ。マサカ灰色ノ魔女ガコノ場ニイヨウトハナ」
灰色の魔女とは初めて聞く名だが、恐らく噂の元となっている魔眼使いに相違あるまい。その情報も気になるが、今は他に優先すべきことがある。
「灰色の魔女とやらではないけど、お察しの通り私も魔眼の使い手よ。あのアルヴィオン王の様子を見たでしょ? 彼はもうあなたの命令には従わないわ」
正確には一時間すれば魔眼は解けて再び支配下に戻るのだが、どこまで知っているのか不明瞭な相手に、わざわざ馬鹿正直に教えてやる義理はない。
「……新タナ魔女ノ誕生トイウワケカ。シカシ、ソレデ勝ッタツモリカ?」
魔女になるつもりは毛頭ないが、誤解を解くのも面倒だ。ここはさらりと受け流して、会話を重ねる。切り札だったはずのカードを敵に奪われても尚、強気の姿勢を崩さずにいられるのはこの先まだ何千体もの不死の魔物が控えているという自信の表れか。しかし、それが通用するのもここまでだ。
「いいえ。でも、私は魔物を引かせた上で、あなたに死ねと命じることもできる」
本当に不死の大魔導士に魔眼が有効なのか、有効だとしても自らを滅する手段があるのかは試してみなければわからないが、それは奴にとっても同じであるに違いない。
果たして俺の読み通り、奴は一か八かの賭けに出ることはなく、別の手段で思い留まらせるよう試みた。
「我ガ死ネバ、アンデッド達ハ制御ヲ失イ、再ビ戻ッテ街ヲ襲ウデアロウ」
「でしょうね。だから交渉よ」
「交渉……ダト?」
初めて不死の大魔導士の表情に感情らしきものが灯った気がした。もっとも骨しかない顔では本当にそうなのか自信はなかったが。
いずれにしても、ここが正念場だ。
「魔物を率いて迷宮に戻り、これまで通り奥深くから出て来ないと誓うなら、この場は見逃してあげる。断ればあなたを滅ぼして、残った不死の魔物と最後まで戦うわ。それでも私達は負けない。交渉を持ち掛けるのは、これ以上被害を大きくしたくないだけよ」
半分は本当、半分は嘘の内容だ。本当なのは不死の魔物と最後まで戦い抜くという部分で、嘘なのは勝てるが被害を増やしたくないという点。
実際にはどう転ぶかなんて俺には予想が付かない。それでも早期決着を目指すにはこれで押し通すしかないのである。
「勝テルト……本気デ思ウノカ?」
「ええ、当然よ。それと、あなたにこの街を襲うよう唆した黒幕の正体もわかっているわ。この戦いが済めば必ず追い詰めて報いを受けさせる。あなた達の間にどんな取り決めがあったのかは知らない。けど、それが守られることはないと断言する。それでも戦いを続ける? なら私も覚悟を決めなきゃならない。さあ、どうするのか選んで」
それだけ言い終えると、俺は正面を見据え奴の出方を窺った。セレスとミアは不測の事態に備えて、いつでも斬りかかれるように臨戦態勢を維持したままだ。
待つこと体感で三分近く。
長い沈黙の末、ようやく奴が結論を口に出した。
「………………良カロウ。今回ハ引キ下ガルトシヨウ。コレ以上ノ魔物ハ呼バヌ故、今イル者共ヲ最後トスル。ダガ、黒髪ノ魔女ヨ、コレダケハ憶エテオクガ良イ。我ハ超越者。人ノ身ヲ超エタ存在。我ニトッテ貴様ノ寿命ガ尽キルマデ、百年ヤ二百年待ツコトナド造作モナイトナ」
そう話した不死の大魔導士は、こちらに向かって歩き始める。セレスとミアの警戒感が最高潮に達する中、そのまま俺の脇を通り過ぎて、坑道に入り、やがて暗がりの奥へと姿を消した。
気配まで完全に感じられなくなったのを確認して俺はようやく大きく息を吐き、全身を弛緩させた。セレスやミアも似たり寄ったりの表情でぐったりとしている。
しばらくして落ち着きを取り戻したところで、改めてセレスが俺に問う。
「これでひと先ず終わったと考えて良いのよね? あとは残った不死の魔物を始末するだけで?」
「あいつの言葉を信じるならそうなるでしょうね。あくまでハンマーフェローに対する襲撃に関してはだけど」
他にもまだ為すべきことは幾つか残っているが、まずは目下の課題からだ。
「それって信じられると思う? 魔物の言ったことよ」
確かに迷宮に引き籠って自分の安全性を確保した上で、進攻を続けるという可能性もなくはない。だが、俺はプライドの高そうだった奴が口約束とはいえ、それを違えるとは思えなかった。他にも理由がもう一つ──。
「あいつが口にした百年や二百年待つことなんて大したことじゃないっていうのは本心だと思う。だからこそ、ここで決着を付けることを嫌った。あいつにとって無限にある機会を一度の賭け事に乗せる気にはならなかったんでしょう。ああ言った以上、少なくとも百年間は大人しく力を蓄えるんじゃないかな」
きっと今やらなければ後悔するとか、このチャンスを逃せば後はないとか思うのは、限られた命しか持たない者の発想なのだろう。
奴は違う。今度が駄目なら次回で、次回が駄目ならまた別の機会を活かせば良いだけだ。
少しでもリスクが伴うなら見送ろうとするのは当然の論理と言えた。
「で、次は今回以上に準備万端で襲って来るわけね。その時はどうする気?」
セレスの質問に俺は肩を竦めたゼスチャーで応える。口に出してはこう言った。
「百年先の心配事は他の人に任せるよ」
それまで俺がこの世界に留まっていられるという保証もない。仮にそうなったとしても奴が言うように寿命の方が先に尽きているだろう。
よって考えても仕方がないことだった。
「魔物、減ってる」
そんな会話を交わす俺達を尻目に、高台から眼下の様子を眺めていたミアが、そう呟く。
新たな不死の魔物が現れなくなったことで、こちら側が優勢に戦いを進められているようだ。不死の大魔導士が約束を守った証拠に他ならない。
その中でもやはり、鋼鉄王の活躍ぶりが群を抜いていた。他の人がソウルライクな戦闘を繰り広げている中で、彼一人が別のハクスラゲーをしているかの如し。
とはいえ、このままずっと彼を放置しておくわけにはいかない。魔眼には制限時間があるためだ。
そうかといって魔眼の効果が切れた時、伝説の英雄相手にもう一度確実に掛け直せるという自信もなかった。
仮に彼が敵側に回った場合、どれほどの脅威となるか想像が付かない以上、魔眼が効いている今を置いて退場を願う外はない。
問題は周囲に魔眼のことがバレずにどうやって彼に話すかだが、悩んでいると不意に顔を上げた鋼鉄王と目が合った。
それで俺が何かを伝えたがっていると彼にはわかったみたいだ。おもむろに戦列を離れて坑道内に足を踏み入れる。こちらに来るつもりらしかった。
それを見た冒険者の一人が訝しげな声を上げる。
「どうしたんだ、彼は? 鋼鉄王はどこへ行く?」
あとを追おうとしたその冒険者をガルドが引き止めた。
「止すんじゃ。鋼鉄王には鋼鉄王のお考えがあってのことじゃろうて。ワシらがそれを邪魔立てするでないわ。それより自分の務めを果たす方が先決であろう」
おかげで彼とのやり取りは誰にも知られずに済みそうだ。
やがて、俺達の前に再び姿を見せた鋼鉄王の表情は──驚くほど穏やかだった。まるで何もかも知り尽くしているように。
俺はその表情に後押しされて、彼に語りかけた。
「……魔眼の効果は間もなく切れます。そうなればあなたはまた不死の魔物として操られることになる。それを恒久的に防ぐ手立ては残念ながら私にはありません。私にできるのは……今のうちにあなたをあの世に送り返すことだけ」
前置きも無しに要点だけをそう告げて、あとは鋼鉄王の判断を待つ。彼は躊躇うことなく、自分の右手に嵌めていた飾り気のない指輪を外すと、俺に差し出した。受け取れということらしい。
「えっ? くれるの? えっと、ありがとう……ごさいます。それで今の話なんですが──」
言いかけた言葉を制するように、鋼鉄王は俺達に背を向けた。そのまま高台の端へ歩み寄る。
そこでなら足許で戦う人々にも見えるであろう位置に陣取ると、槍斧を頭上高くに掲げた。
俺達からは沸き立つ声でしか確認できないが、地上が歓喜で包まれる様子が手に取るようにわかる。少し早いが勝利の凱歌といった辺りだろう。
それを見届けると彼はおもむろに何やら地面に印らしきものを描き始め、それが完成した途端、手にした槍斧を中心に突き立てた。すると、そこから淡い光が立ち昇り、やがて周囲を包み込むように明るさを増していく。
彼ほどの英雄であれば本分が戦士でも魔法の心得があって不自然ではないのだろうが、どうやらそれは神聖魔法に属するもの、いわゆる〈死者の浄化〉に近い種類の術のようだ。
不死の魔物である彼が自らに死者を滅する魔法を掛ければどうなるか、言わずとも知れよう。即ち、彼の身体はたちまち乾いて土色を帯び、表面はひび割れて、砂像のように脆くも崩れ始める。
その姿は某世紀末救世主漫画に出てくる敵役を彷彿とさせ、まるで「天へ還るに人の手は借りぬ」とか言ってそうだったよ。
いつの間にか地上の歓声も鳴り止んでいた。彼らにも鋼鉄王がこの世を去ったのは確認できたはずだ。
それから暫し墓標のように直立する槍斧の前で佇んだのち、俺はセレスとミアに顔を向け二人に告げる言葉を探した。
ここで止めようと思えばそうすることもできた。どうせ自分達はもうしばらくしたらこの街を出て行く身だ。不死の大魔導士にはああ言ったものの、黒幕の正体にも確たる証拠があるわけではない。そのことを知っているのもこの場にいる自分達三人のみだ。
その上、正体が予想通りだとしても計画に失敗した今となってはそいつも当分大人しくしていることだろう。
何もすぐに事を荒立てる必要はないのである。
誰かそれなりの立場の者に話して、あとを任せてしまえば良い。そうした選択肢も充分有り得た。それでも俺は──。
「……さあ、行こうか。やりかけたことは最後まで責任を持たないとね」
二人にそう言った。
それは自分自身に向けた言葉でもあった。
0
お気に入りに追加
361
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜
ワキヤク
ファンタジー
その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。
そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。
創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。
普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。
魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。
まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。
制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。
これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
フェンリル娘と異世界無双!!~ダメ神の誤算で生まれたデミゴッド~
華音 楓
ファンタジー
主人公、間宮陸人(42歳)は、世界に絶望していた。
そこそこ順風満帆な人生を送っていたが、あるミスが原因で仕事に追い込まれ、そのミスが連鎖反応を引き起こし、最終的にはビルの屋上に立つことになった。
そして一歩を踏み出して身を投げる。
しかし、陸人に訪れたのは死ではなかった。
眩しい光が目の前に現れ、周囲には白い神殿のような建物があり、他にも多くの人々が突如としてその場に現れる。
しばらくすると、神を名乗る人物が現れ、彼に言い渡したのは、異世界への転移。
陸人はこれから始まる異世界ライフに不安を抱えつつも、ある意味での人生の再スタートと捉え、新たな一歩を踏み出す決意を固めた……はずだった……
この物語は、間宮陸人が幸か不幸か、異世界での新たな人生を満喫する物語である……はずです。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
引きこもりが乙女ゲームに転生したら
おもち
ファンタジー
小中学校で信頼していた人々に裏切られ
すっかり引きこもりになってしまった
女子高生マナ
ある日目が覚めると大好きだった乙女ゲームの世界に転生していて⁉︎
心機一転「こんどこそ明るい人生を!」と意気込むものの‥
転生したキャラが思いもよらぬ人物で--
「前世であったことに比べればなんとかなる!」前世で培った強すぎるメンタルで
男装して乙女ゲームの物語無視して突き進む
これは人を信じることを諦めた少女
の突飛な行動でまわりを巻き込み愛されていく物語
一人息子の勇者が可愛すぎるのだが
碧海慧
ファンタジー
魔王であるデイノルトは一人息子である勇者を育てることになった。
デイノルトは息子を可愛がりたいが、なかなか素直になれない。
そんな魔王と勇者の日常開幕!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる