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ハンマーフェロー編Ⅴ 死者の章

3 百鬼夜行

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「くそぉ。次から次へとこれじゃあ、キリがないぜ」
 白銀級冒険者のスヴェンがそう愚痴をこぼしながらも二体の骸骨戦士スケルトン・ウォーリアを同時に相手しつつ連続して斬り伏せた。だが彼の言う通り、その背後からも続々と別の魔物が迫り来る。
「何じゃい。後から来ておいてもう泣きごとか、若いの」
 脇では黄金級冒険者のガルドが骸骨盾士スケルトン・ガードナーを自慢の戦鎚で真新しい盾ごと後方へ弾き飛ばす。間髪入れずに倒れた魔物を複数の義勇兵が取り囲んで止めを刺した。
「あんたはさっきから楽し過ぎだろ。最後は全部、後ろの奴らに任しているじゃないか」
「ふん。馬鹿正直に真っ向から打ち合うだけが能でないわ。これもお主が来るまで散々やり合って学んだ方式よ。悔しければ真似してみたら良かろう」
 スヴェンの抗議には取り合わず、ガルドはさらにもう一体を同様のやり方で義勇兵達の方へと押しやると、今度は屈強そうな死霊騎士デスナイトに向き合った。さすがにそいつとはまともに戦う必要があると感じたようだ。
 それを見ていたスヴェンが不服そうに呟く。
「俺の獲物は剣だっていうの。あんたみたいに吹き飛ばすなんて無粋な芸当は……いや、待てよ。これならどうだ?」
 何かを思いついたらしき彼は、次なる獲物には無理に止めを刺そうとはせず、肩や肘の関節を狙って砕き、両腕を使えなくしていく。そうして攻撃手段を失った骸骨系の魔物は後方に控えるスピナら義勇兵によって瞬く間に駆逐されていった。
「ほう、考えおったな。だが、調子に乗り過ぎじゃ。お主、そのままだと敵陣に取り残されるぞ」
 ガルドの指摘は間に合わず、勢いに乗って突出し過ぎたスヴェンの周りを不死の魔物アンデッド達が取り囲もうと殺到する。手助けしようにもガルドも死霊騎士デスナイトを相手にしていては身動きもままならない。
「しまった。前に出過ぎたか。退路が塞がれる前に何とか──」
「──必殺、落花流水」
 その掛け声と共に後方から現れ出た剣士が、一瞬で周囲の魔物を薙ぎ払い、退路を確保する。無論、正体は遅れてやって来たセレスだ。披露した技は彼女が修めた剣の流派の一対多数を想定した奥義らしいが、発動までの予備動作が長く、相手が隙を見せた時にしか通用しないものだそうだ。
 それにより、無事に魔物の群れから退くことができたスヴェンがセレスを見て言った。
「助かったぜ。それにしても遅かったな」
「女性には色々と準備があるのよ。詮索するものじゃないわ。そんなことより状況は?」
 セレスのあっさりした受け答えに、スヴェンが肩を竦めて答える。
「今のところ、一進一退と言った感じだな。あんた達が来てくれたおかげで、少しは好転するんじゃないか」
 スヴェンが楽観論を述べるが、事態はそう簡単には行きそうにない。
「だったら、その効果を最大限に活かすとするかの」
 いつの間にか死霊騎士デスナイトを斃して隣に並んでいたガルドが何やら思わせぶりな口調でそう告げると、周囲に聞こえる大声で叫んだ。
「皆の者、よく聞け。『クーベルタンの戦乙女』が駆け付けてくれたぞ。これで我らの負けはない!」
 その喧伝を聞いた冒険者や義勇兵、さらには避難途中の市民からも一斉に喚声が湧き上がる。士気を鼓舞する出しに使われたセレスは、ほんの僅かに顔を顰めたが、そうしたことも黄金級冒険者の役割の範疇と割り切ったのか、群衆の声に応えるように右手を高々と突き上げた。
 そんなセレスに続いて、ガルドの意図を察した他の黄金級冒険者からも名乗りが上がる。
「黄金級冒険者は他にもいるぞ。『首狩り』のゴドフリートを忘れるな」
 その声の主は獅子の顔と、燃えるような赤い鬣を持つ獣人族の男性だ。自分の背丈ほどもあろうかという大剣を軽々と担ぎ、使い込まれた金属鎧の上からでも筋骨隆々な雄姿が見て取れる。彼もまた、ハンマーフェローを拠点とする黄金級冒険者の一人と聞き及ぶ。
 さらにその近くでドワーフ族の別の男性冒険者が負けじと声を張り上げた。
「『歩く城壁』ダリオ様とは俺のことだ。不死の魔物アンデッドなんぞ、我が盾の前では無力だと知れ」
 彼の持つ大盾は薄っすらと輝いて見えるので、きっと魔法の防具に違いない。二つ名はそこから来ているのだろう。当然、彼も冒険者ランクはセレスやゴドフリートと並ぶ黄金級だ。
 そして最後にガルドが自らをアピールする。
「ここにいるは『大地の戦鎚』ガルド。不死の魔物アンデッド共、いざ参る!」
 次々と名乗りを上げた三人と一人の黄金級冒険者を中心に、勢いを増した防衛側が徐々に包囲を狭めていく。
〈俺も負けていられないな〉
 魔弾を装填したグレランもどき試作二号で、死霊騎士デスナイトの群れを立て続けに狙い撃つ。命中した瞬間、青白いスパークが周囲の敵をも巻き込んで、動きの止まったそれらから黒い煙と焼け焦げた臭いを漂わせ始める。やはり、雷撃弾は金属鎧を身に着けた相手に効果抜群のようだ。
「あれが魔弾か。すげぇ威力だな」
 何気に横に立った冒険者がそう呟く。誰かと思えば模擬戦で戦ったゲーリッツのパーティーにいた後衛の彼だ。名前は確かドランだったかドロンだったか。
「模擬戦で使われなくて良かったぜ」
 ドランかドロンが真面目腐った顔でそう言った。
〈いや、さすがにそんな真似しないよ。だって死んじゃうでしょ〉
 彼の的外れな感想は差し置いて、再装填した魔弾でさらに別の魔物を斃した。そこへ炎の塊が飛んでいき、俺が撃ち洩らした敵を業火で包み込む。どこかのパーティーの術者が放った中級の火魔法〈火球ファイヤー・ボール〉らしかった。
 攻撃魔法を操る呪文詠唱者マジックキャスターは初めて見たが、今は感心して眺めていられる状況ではないので、じっくり観察するのは控える。ぱっと見、威力は俺が撃つ魔弾と大体同じくらい。
 ただし、数発放つだけでエネルギー切れになったらしく、すぐさま魔素の水薬マナ・ポーションの世話になっていた。あの様子では連発できないみたいだ。この魔力効率の悪さ故、恐らく攻撃魔法の使い手は少ないのだろう。
 そんな分析をしていると横合いから、うおおおぉーという驚きの声が聞こえた。
 見るとミアが屍人ゾンビの上位種、狂屍人レヴナントを斃したところだったらしい。
 続けてもう一体の狂屍人レヴナントにもその剣を突き立てる。そして次の瞬間、握り手の部分を彼女が操作すると、魔物の上半身が風船のように膨らんで内側から弾け飛んだ。
「今のは何だ?」
「魔物が爆発したぞ」
「あれは……魔剣だ。伝説に聞く竜殺しの魔剣に相違ない」
 それを見た周囲の者達が口々にそんな囁きを交わす。
「魔剣、違う。わすぷないふ」
 ミアがドヤ顔で魔剣でないことを主張する。
「わすぷ……???」
 聞いた者達はひたすら困惑顔だ。それも無理からぬこと。いきなり言われても理解できようはずがない。
 そう、ミアが今、両手に装備しているのは現代においてWASPワスプナイフと呼ばれるものの一種だ。元はダイバーのサメ撃退用に開発されたという。
 オリジナルではグリップに炭酸ガスボンベが仕込まれており、標的に刺し込んでスイッチを押すと、ブレード部から高圧ガスが噴出し、身体の内部から破裂させる仕組みとなっている。
 異世界で実用化するに当たっては炭酸ガスの代わりに魔弾と同様、各種魔石を用いた専用カートリッジを用意した。これを交換することで様々な効果を発揮させ、先程ミアが狂屍人レヴナントを仕留めたのは風石が発する風圧で肉体を内部から膨張させて破壊するという最も原点に近い使い途となる。
 思った以上に凶悪な性能で戦い終わった後の凄惨さから若干引きはしたものの、見ての通り威力は抜群。ただ扱いが殊の外難しく、タイミングを外すと効果は表面を素通りするだけとなり魔石を使う意味がない。
 俺には上手く扱えなくて断念したが、ミアが器用に使いこなしたことから彼女の装備品となった。
 というわけで魔剣であることを否定したミアの意見は正しいが、あの威力を見て果てしてそれが通用したかは甚だ疑問だ。
 いずれにしても皆がさらに勢い付いたのは間違いない。
「よおし、俺達も負けていられねえぜ」
 そう気炎を揚げた中堅クラスと思われるヒト族の冒険者が、真っ先に駆け出して行く。
 やや強敵となりそうな死霊騎士デスナイトに挑もうとしたその時だ。
 彼の足許に言い知れない不安を感じて、咄嗟に魔眼を発動させる。
 そこに映ったのは魔物の存在を意味する巨大な黒い靄。
「行くな! 引き返せ!」
 俺は叫ぶが、既に手遅れだった。
 石畳を突き破り地中から現れたそれが、長く無数の体節をしならせて波打つように頭上から襲いかかった。そして、突然の出来事に理解が追いつかず棒立ちとなった冒険者の身体を一瞬で通り過ぎる。そのまま地面に穴を穿つと、再び地下へと姿を消した。ひび割れた石畳に残ったのは、誰かの忘れ物のようにポツンと置かれたブーツ──とその中身。
岩喰い蟲ロックイーターだ! しかもアンデッド化してやがる」
 誰かがそう見抜いた魔物をひと言で称するなら直径がヒト族の大人の背丈ほどもある巨大な蚯蚓型の化け物だ。一度に全身を露わにすることはなかったが、見えた部分だけでも十メートルは下らなかった。全長となれば恐らくその倍以上にはなろう。
 だが、何と言っても印象深いのはその頭部。一瞬見えただけだが、トンネル掘削に使われるシールドマシンを彷彿とさせる口腔内に幾重にも同心円状に並んだ鋭い歯と、その外側にびっしりと生えた甲殻類の脚に似た咀嚼口器らしきものを併せ持つ。
 その形状と名前からして固い岩盤を掘ることに特化した魔物であることは容易に想像が付くが、それだけに人の身体など触れただけでひとたまりもないのは道理だ。
 そいつが不死の魔物化して使役されているとしたら『死者の迷宮』と坑道が繋がった理由も自ずと判明したも同然だろう。
「義勇兵は安全圏まで下がれ。あいつはワシら冒険者だけで相手をするぞい」
 ガルドがそう指示を飛ばす。義勇兵が対峙するには荷が重いと判断したようだ。
「けど、地下に潜られたらどこから出て来るかわかんねえぞ」
 スヴェンが当然の懸念としてそう指摘するが、問題ない。
「左斜め前方から来るわ。ガルドさんの足許から約三十メートル先」
 俺が魔眼で見た情報を伝える。この際、秘密がバレるリスクは覚悟の上だ。
「そういや探知系スキル持ちだったな。地面の下までわかるのか? いや、どうでもいいな。捉えているなら教えてくれ」
 俺はスヴェンの言葉に頷き、刻々と地中を動き回る魔物の位置をみんなに知らせた。
 その甲斐あって何とか足許からの不意打ちは免れているが、こちらもなかなか反撃の隙を見出すことができない。
 焦った若い冒険者の一人が業を煮やして飛び出そうとする。
「よくもうちのリーダーを……ぶっ殺してやる!」
 彼は最初に犠牲になった冒険者の仲間だったようだ。危うく襲われそうになったその若者をガルドがベテランらしく上手く捌いて救い出した。
「落ち着け、若いの。悔しい気持ちはわかるが、冷静さを欠いては仇は取れんぞ。奴は全員で殺る。その機会は必ずやって来るから先走るでない」
「あ、ああ……わかった。すまない」
 ガルドの説得に落ち着きを取り戻した若者が素直に謝意を述べる。
 その間にも俺は続けざまに榴弾を岩喰い蟲ロックイーターにお見舞いした。
 強敵を前に全員で協力して迎え撃つ、というガルドの姿勢は概ね正しいが、近寄らせる前に始末できるならそれに越したことはないと考えたからだ。
 あわよくば斃してしまいたい。それが無理でも弱らせることくらいはできるだろうと期待したのだが、奴の体表面は喰った鉱物で構成されているのか、それ自体が岩肌のように固く、当たった箇所が若干剥がれ落ちる程度でアンデッドの耐久性と相まって、致命傷には遠く及ばない。
 ほぼ同時に放たれている攻撃魔法も同様だった。あれらが通用しないとなると、魔弾の種類を変えても同じことだろう。
 ならばと口腔内を狙ってはみるものの、すぐに地下に潜る標的に当てることがそもそも至難の業で、たまに命中しても無数に並ぶ顎脚に阻まれてしまう。
 こうなればガルドが言うように直接攻撃に賭けるしかないが、果たして上手くいくだろうか?
 俺の心配をよそに、防御には自信がありそうな『歩く城壁』ことダリオが自ら進み出た。
「奴の動きは大体把握した。所詮はアンデッドよ、単調な攻撃しかしてこぬわ。次で止めてみせる。腕に覚えがある者は俺に続け。その後のことは任せたぞ」
 セレスとゴドフリートが頷き、ガルドが代表して指示を出した。
「紅鉄級以下の冒険者は周囲の不死の魔物アンデッドを近寄らせるな。あとの者は動きが止まったところで一斉に跳び掛かるぞ。関節の隙間を狙え」
 全員がその指示に沿って待ち受ける。
 だが、俺は別の異変に気付いた。
「待って。何か変だわ……これはッ!」
 地面を蠢く黒い靄、それがいつの間にか二つに増えていた。
 直後に姿を現す二体の岩喰い蟲ロックイーター──の動く死骸。
 警告は片方だけにしか間に合わず、発せられなかった側では何人かの冒険者がその渦巻き状の歯牙に巻き込まれる羽目になった。
 四肢を失うだけで済んだ者はまだ幸運だったと言えよう。中には運悪く頭部を攫われ、一瞬で息絶えた者もいたのだから。
「何てこった。あんな化け物が二体もいたんじゃ、作戦も何もないじゃないか。坑道から出て来る不死の魔物アンデッドが途切れる気配もない。一体、どうなっちまうんだ……」
 誰かの絶望に駆られた嘆きが周囲の絶叫と悲鳴にかき消された。
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