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ハンマーフェロー編Ⅴ 死者の章
2 戦闘準備
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十組ほどの冒険者パーティーを引き連れて、ハンマーフェローに帰還した俺達が目にしたのは、今まさに混乱の極みにある都市の風景だった。
城門前では衛士隊の隊長と思われるドワーフ族の男性が、部下達に盛んに指示を飛ばしている。
だが、奇妙なことに城壁はどこも破られた形跡はない。
手近な衛士の一人を無理矢理捕まえて、事情を訊く。
「何があったの?」
「おい、今は忙しい……って、あんた達は冒険者か」
俺達が冒険者だと気付くと、彼は少しだけ時間を割いて説明してくれた。
「それが俺達にもよくわからないんだ。突然、街中に不死の魔物が現れたという知らせが届いて驚いているところだ。俺達はずっと外を見張っていたけど、魔物なんて一匹も見ていないからな。今も増え続けているらしい。元々戦力は城壁付近に集中していたから急いで内部の救援に振り向けている最中さ」
それだけ早口に並べ立てて、あとは他の奴に訊いてくれ、と言い置くなり足早に去って行った。
「城壁を無視して、いきなり内側に現れたってこと? 転送の魔法でも使ったんだろうか?」
俺が『死者の迷宮』で嵌ったトラップを思い返しながらそう言うと、セレスがそんなはずはないと否定した。
「あれは送る側と送られる側の双方に大掛かりな記述術式──いわゆる魔法陣が無ければ無理だし、一度使ったら消滅するわ。ユウキも見たでしょ? その上、そこまでしても転送できるのはせいぜい数メートル四方が精一杯。とても魔物を次々に送り込むなんて不可能よ」
確かにセレスの指摘は正しくなければならない。もし一瞬で大群を送り込む方法があるのなら、それに合わせた対策が取られていて然るべきだからだ。
「だとしたら一体……?」
周囲の喧騒も忘れて一瞬、思案に耽りかけた俺に向かい、傍らにいたスヴェンが迷いのない口調で言った。
「俺達はとりあえず火の手が上がっている場所に行くぜ。戦闘はもう始まっているみたいだしな。一緒に来るか?」
俺は素早く考えを巡らせて、次に取るべき行動を決めた。
「いいえ。私達は一度、世話になっている工房に顔を出します。そこでなら詳しい情報が聞けるかも知れないので。それが済んだらすぐに合流しますから先に行っててください」
わかった、とスヴェンが頷き、その場で二手に分かれる。
急いでギリルの工房に向かうと、彼と弟のドリルが隣り合わせで居を構える一角は幸いにしてまだ何の被害も受けていないようだった。
俺は扉を開けて足を踏み入れるなり、室内に声を掛ける。
「ギリルさん、試作二号機はできてる……って、何をしているの?」
眼の前で椅子に腰掛けたギリルが、どこからか引っ張り出したと思われる年代物の鎧を身に着けようとしていた。
「二号機ならちょうど組み上がったところじゃ。ほれ、そこにあるわい。動作確認はしておらんが、それで良ければ持って行くが良い。弾も用意してある」
長机の上に置かれたグレネードランチャーもどき試作二号機を俺は手に取った。大きさは一号機と大差ないが、二本の銃身が上下に並んだように見えるのが特徴的だ。
実は下部にあるのは銃身ではなく、チューブ式マガジンで、ここに三発のグレネード弾が装填できる。動作方式はポンプアクション式散弾銃とほぼ同様でフォアエンドを引くことにより排莢と次弾装填を行う。薬室内に籠めた分と合わせれば計四発が連射可能な仕様だ。
元となったのはチャイナレイクモデルと呼ばれる幻のグレネードランチャー。チャイナと言っても中国とは関係なく、米国チャイナレイク海軍武器センターで開発されたことに由来する。
正確な製造数は不明だが、現存するのは四丁のみと言われており、すべて博物館に所蔵されるほどの貴重な武器だ。無論、俺も写真や映像でしか見たことはない。
そんな珍しい武器を参考にしただけあって、使い勝手は未知数だ。それでも──。
「この際、動けば文句を言わないわ」
俺はフォアエンドを操作して、排莢口が正しく開くのを確かめる。
各種弾薬も注文通りに弾帯に収納されていることを確認して、三本あるそれを一本は腰回りに、残る二本を左右の肩口から各々斜め掛けにした。
「それでそっちは何をする気なの?」
準備が整うと、改めてギリルに訊ねた。
「決まっておろう。ワシも戦うのよ。こう見えて若い頃は──」
「はいはい、わかったわ。でも無理はしないで」
話の途中で俺は腰を折る。たぶん、止めろと言っても聞かないだろうし、ここで押し問答をしている時間が惜しいからなのは言うまでもない。
「最後まで話を聞かんか。まったく……」
ギリルが何かブツブツ言っていたが、無視して次なる話題を口にする。
「今の状況はどうなっているの? 街中に不死の魔物が現れたそうだけど」
「ワシも詳しいことは知らん。ただ、坑道から溢れて来ているとだけ聞いたの」
「坑道……?」
そこへやはり完全武装したドリルが弟子達を引き付れて、やって来る。彼らも戦闘に加わる気のようだ。
「アニキ、準備はできたか?」
「もう少しじゃ。待っておれ」
ギリルは最後の脛当ての装着に取り掛かるところだった。
「ユウキ」
戸口に立ったセレスが俺を呼ぶ。急ごうという意味だろう。
「私達は坑道に向かうわ。みんなは決して無理をしないように。必ず複数人で一体に当たるようにするのよ。ギリルさん、他の人の言うことをちゃんと聞いて。ドリルさん、ギリルさんをお願いします」
「ああ。アニキに無茶はさせない」
何でワシだけ子供扱いなんじゃ、と言うギリルの抗議の声を背後に聞き流して、俺達は現場に向かった。
ギリルの言う坑道はハンマーフェローの背景となっている岩山を深く掘り進んだものだ。従ってその入口は街並の最奥に位置する。
そこへ近付くに連れ、混乱の度合いは大きくなり、やがて不死の魔物の姿も目にするようになった。
「とりあえず弱そうな敵は義勇兵に任せましょう。私達は前線に行くわよ」
どうやら鉱山出入口に対して、偃月状に陣を敷いて進攻を阻止する構えのようだ。ただ、完全に塞ぎ切れていないのか、どこかに間隙が生じているらしい。
幸いにも包囲陣を抜けて来ている魔物はさほど強敵ではないようで、苦戦しながらも今のところ、数で勝る市民の方が優位に戦えている状況だ。火事の方も粗方消し止められ大きな延焼には至っていない様子で、これなら手助けは必要ないだろう。
「ユウキ、あそこを見て」
セレスが指差す先では、中央の大通りを舞台に冒険者の集団と無数の不死の魔物との激しい攻防が繰り広げられていた。近くには陣頭指揮に立つルンダール氏ら三人のギルドマスターもいる。あの場所が最前線で間違いないようだ。
「市民の避難が優先だ。逃げ遅れた者がいないか、しっかり確認してから陣を閉じよ」
「冒険者で前を固めろ。義勇兵は後ろでその支援だ。幽体系の魔物は神官に任せておけ。彼らに他の不死の魔物を近寄らせるな」
「負傷した者は下がれ。神殿に救護所が設置してある。動けぬ者は周りの者で運ぶのだ。弱った敵から確実に止めを刺すようにしろ」
必死に指揮する三人の声が乱れ飛ぶ。
今しばらくは保ちそうなので、俺は隙を見つけ冒険者ギルド長のブルターノ氏に声を掛けた。
「ギルド長、私達も戦列に加わります」
「おお、君達か。助かった。魔物は坑道から次々に現れている。地下で迷宮と繋がったらしいが、何故そんなことが起きたのか、理由は不明だ。不死の魔物にしては装備も立派なものだな。君達の言ったことは正しかったよ」
ブルターノ氏が言うように、ここから見える魔物の多くが真新しい装備を身に着けていることから、『死者の迷宮』奥深くで見かけた奴らに間違いあるまい。
そいつらが坑道から直接、湧いて来ているとなればブルターノ氏の推測も信憑性がありそうだ。もっともその場合、この先、数千体の不死の魔物を相手にすることになるが、それをこの場で考えても仕方がなかった。
放って置けばハンマーフェローが蹂躙され尽くすのは明らかだった。いや、それだけでは済まない。
周辺国はこれを機に、我先にとこの街の奪還と称して侵略に動くに相違なかった。そして引き起こされる戦争という名の最悪のシナリオ。
結果、犠牲となる人の数はこの場にいる者の比ではなかろう。
──やるしかない。
例えどれほどの被害を受けようとも、如何ほどの損失を出そうとも。
ハンマーフェローを堕とすわけにはいかないのだ。
そう決意した矢先に、商人ギルド長のサンダル氏がやって来る。
「ブルターノ殿。第八倉庫に魔物の一部が向かったようだ。私はこれからそちらに行って現場で指揮を執ろうと思う。ルンダール殿には後方の取りまとめをお願いした。この場をお任せしても宜しいか?」
「うむ、引き受けた。倉庫の防衛には冒険者を何名か回すようにしよう。ランクは下位になってしまうが許されよ」
「とんでもない。戦力を割いてくれるだけで有り難い。では、失礼する」
一礼して、サンダル氏は急ぎその場を立ち去る。それを見送って俺達も戦場へ行こうとして背中越しに呼び止められた。
振り向くと、そこに見知った顔があった。
「カミラさん?」
異世界のキャバクラ『妖精の園』の女主人、カミラさんだ。彼女も戦場へ手伝いに出向いていたらしい。
「待って。今、護りの加護を授けるわ。その前に魔力の回復をさせて頂戴」
そう言うと、カミラさんは魔力回復の魔素の水薬をグイっとあおる。理由は不明だが、魔術の心得があったみたいだ。しかし、表情は浮かないままだった。
「……もうほとんど効果はないわね。これで打ち止めのようだから最後があなた達で良かったわ」
魔法薬の類いは使うたびに効果が薄れていき、本来の品質に見合った効き目を得るにはクールタイムが必要なのだ。彼女はここに至るまで魔法を掛け続けたため飲み過ぎて過剰摂取状態になっているのだろう。
それでも何とか魔力は足りたらしく、詠唱を始める。
「──物理防御付与」
ゲームなどのように派手なエフェクトは無いが、カミラさんがそう告げた途端、身体の表面がヴェール状の障壁に包まれたのを感じる。これで半日程は防御力が底上げされるそうだ。
「ありがとうございます、カミラさん」
「いいのよ。それよりスピナ達が戦いの場にいるわ。前に出るのは本職に任せるように言ってあるけど、もし危なくなったらお願いね。できる限りで構わないから」
心掛けておくと俺は約束して、現場に向かおうとした。
だが、何故かミアが立ち止まったまま何かを考え込んでいる。
防御魔法を付与されたのが不思議だったのだろうか?
「ミア、どうかしたの?」
呼びかけるも返事はない。
「…………ミア?」
再度、声を掛けると、ようやく顔を上げて俺を見た。そして、あることを俺達だけに告げた。
城門前では衛士隊の隊長と思われるドワーフ族の男性が、部下達に盛んに指示を飛ばしている。
だが、奇妙なことに城壁はどこも破られた形跡はない。
手近な衛士の一人を無理矢理捕まえて、事情を訊く。
「何があったの?」
「おい、今は忙しい……って、あんた達は冒険者か」
俺達が冒険者だと気付くと、彼は少しだけ時間を割いて説明してくれた。
「それが俺達にもよくわからないんだ。突然、街中に不死の魔物が現れたという知らせが届いて驚いているところだ。俺達はずっと外を見張っていたけど、魔物なんて一匹も見ていないからな。今も増え続けているらしい。元々戦力は城壁付近に集中していたから急いで内部の救援に振り向けている最中さ」
それだけ早口に並べ立てて、あとは他の奴に訊いてくれ、と言い置くなり足早に去って行った。
「城壁を無視して、いきなり内側に現れたってこと? 転送の魔法でも使ったんだろうか?」
俺が『死者の迷宮』で嵌ったトラップを思い返しながらそう言うと、セレスがそんなはずはないと否定した。
「あれは送る側と送られる側の双方に大掛かりな記述術式──いわゆる魔法陣が無ければ無理だし、一度使ったら消滅するわ。ユウキも見たでしょ? その上、そこまでしても転送できるのはせいぜい数メートル四方が精一杯。とても魔物を次々に送り込むなんて不可能よ」
確かにセレスの指摘は正しくなければならない。もし一瞬で大群を送り込む方法があるのなら、それに合わせた対策が取られていて然るべきだからだ。
「だとしたら一体……?」
周囲の喧騒も忘れて一瞬、思案に耽りかけた俺に向かい、傍らにいたスヴェンが迷いのない口調で言った。
「俺達はとりあえず火の手が上がっている場所に行くぜ。戦闘はもう始まっているみたいだしな。一緒に来るか?」
俺は素早く考えを巡らせて、次に取るべき行動を決めた。
「いいえ。私達は一度、世話になっている工房に顔を出します。そこでなら詳しい情報が聞けるかも知れないので。それが済んだらすぐに合流しますから先に行っててください」
わかった、とスヴェンが頷き、その場で二手に分かれる。
急いでギリルの工房に向かうと、彼と弟のドリルが隣り合わせで居を構える一角は幸いにしてまだ何の被害も受けていないようだった。
俺は扉を開けて足を踏み入れるなり、室内に声を掛ける。
「ギリルさん、試作二号機はできてる……って、何をしているの?」
眼の前で椅子に腰掛けたギリルが、どこからか引っ張り出したと思われる年代物の鎧を身に着けようとしていた。
「二号機ならちょうど組み上がったところじゃ。ほれ、そこにあるわい。動作確認はしておらんが、それで良ければ持って行くが良い。弾も用意してある」
長机の上に置かれたグレネードランチャーもどき試作二号機を俺は手に取った。大きさは一号機と大差ないが、二本の銃身が上下に並んだように見えるのが特徴的だ。
実は下部にあるのは銃身ではなく、チューブ式マガジンで、ここに三発のグレネード弾が装填できる。動作方式はポンプアクション式散弾銃とほぼ同様でフォアエンドを引くことにより排莢と次弾装填を行う。薬室内に籠めた分と合わせれば計四発が連射可能な仕様だ。
元となったのはチャイナレイクモデルと呼ばれる幻のグレネードランチャー。チャイナと言っても中国とは関係なく、米国チャイナレイク海軍武器センターで開発されたことに由来する。
正確な製造数は不明だが、現存するのは四丁のみと言われており、すべて博物館に所蔵されるほどの貴重な武器だ。無論、俺も写真や映像でしか見たことはない。
そんな珍しい武器を参考にしただけあって、使い勝手は未知数だ。それでも──。
「この際、動けば文句を言わないわ」
俺はフォアエンドを操作して、排莢口が正しく開くのを確かめる。
各種弾薬も注文通りに弾帯に収納されていることを確認して、三本あるそれを一本は腰回りに、残る二本を左右の肩口から各々斜め掛けにした。
「それでそっちは何をする気なの?」
準備が整うと、改めてギリルに訊ねた。
「決まっておろう。ワシも戦うのよ。こう見えて若い頃は──」
「はいはい、わかったわ。でも無理はしないで」
話の途中で俺は腰を折る。たぶん、止めろと言っても聞かないだろうし、ここで押し問答をしている時間が惜しいからなのは言うまでもない。
「最後まで話を聞かんか。まったく……」
ギリルが何かブツブツ言っていたが、無視して次なる話題を口にする。
「今の状況はどうなっているの? 街中に不死の魔物が現れたそうだけど」
「ワシも詳しいことは知らん。ただ、坑道から溢れて来ているとだけ聞いたの」
「坑道……?」
そこへやはり完全武装したドリルが弟子達を引き付れて、やって来る。彼らも戦闘に加わる気のようだ。
「アニキ、準備はできたか?」
「もう少しじゃ。待っておれ」
ギリルは最後の脛当ての装着に取り掛かるところだった。
「ユウキ」
戸口に立ったセレスが俺を呼ぶ。急ごうという意味だろう。
「私達は坑道に向かうわ。みんなは決して無理をしないように。必ず複数人で一体に当たるようにするのよ。ギリルさん、他の人の言うことをちゃんと聞いて。ドリルさん、ギリルさんをお願いします」
「ああ。アニキに無茶はさせない」
何でワシだけ子供扱いなんじゃ、と言うギリルの抗議の声を背後に聞き流して、俺達は現場に向かった。
ギリルの言う坑道はハンマーフェローの背景となっている岩山を深く掘り進んだものだ。従ってその入口は街並の最奥に位置する。
そこへ近付くに連れ、混乱の度合いは大きくなり、やがて不死の魔物の姿も目にするようになった。
「とりあえず弱そうな敵は義勇兵に任せましょう。私達は前線に行くわよ」
どうやら鉱山出入口に対して、偃月状に陣を敷いて進攻を阻止する構えのようだ。ただ、完全に塞ぎ切れていないのか、どこかに間隙が生じているらしい。
幸いにも包囲陣を抜けて来ている魔物はさほど強敵ではないようで、苦戦しながらも今のところ、数で勝る市民の方が優位に戦えている状況だ。火事の方も粗方消し止められ大きな延焼には至っていない様子で、これなら手助けは必要ないだろう。
「ユウキ、あそこを見て」
セレスが指差す先では、中央の大通りを舞台に冒険者の集団と無数の不死の魔物との激しい攻防が繰り広げられていた。近くには陣頭指揮に立つルンダール氏ら三人のギルドマスターもいる。あの場所が最前線で間違いないようだ。
「市民の避難が優先だ。逃げ遅れた者がいないか、しっかり確認してから陣を閉じよ」
「冒険者で前を固めろ。義勇兵は後ろでその支援だ。幽体系の魔物は神官に任せておけ。彼らに他の不死の魔物を近寄らせるな」
「負傷した者は下がれ。神殿に救護所が設置してある。動けぬ者は周りの者で運ぶのだ。弱った敵から確実に止めを刺すようにしろ」
必死に指揮する三人の声が乱れ飛ぶ。
今しばらくは保ちそうなので、俺は隙を見つけ冒険者ギルド長のブルターノ氏に声を掛けた。
「ギルド長、私達も戦列に加わります」
「おお、君達か。助かった。魔物は坑道から次々に現れている。地下で迷宮と繋がったらしいが、何故そんなことが起きたのか、理由は不明だ。不死の魔物にしては装備も立派なものだな。君達の言ったことは正しかったよ」
ブルターノ氏が言うように、ここから見える魔物の多くが真新しい装備を身に着けていることから、『死者の迷宮』奥深くで見かけた奴らに間違いあるまい。
そいつらが坑道から直接、湧いて来ているとなればブルターノ氏の推測も信憑性がありそうだ。もっともその場合、この先、数千体の不死の魔物を相手にすることになるが、それをこの場で考えても仕方がなかった。
放って置けばハンマーフェローが蹂躙され尽くすのは明らかだった。いや、それだけでは済まない。
周辺国はこれを機に、我先にとこの街の奪還と称して侵略に動くに相違なかった。そして引き起こされる戦争という名の最悪のシナリオ。
結果、犠牲となる人の数はこの場にいる者の比ではなかろう。
──やるしかない。
例えどれほどの被害を受けようとも、如何ほどの損失を出そうとも。
ハンマーフェローを堕とすわけにはいかないのだ。
そう決意した矢先に、商人ギルド長のサンダル氏がやって来る。
「ブルターノ殿。第八倉庫に魔物の一部が向かったようだ。私はこれからそちらに行って現場で指揮を執ろうと思う。ルンダール殿には後方の取りまとめをお願いした。この場をお任せしても宜しいか?」
「うむ、引き受けた。倉庫の防衛には冒険者を何名か回すようにしよう。ランクは下位になってしまうが許されよ」
「とんでもない。戦力を割いてくれるだけで有り難い。では、失礼する」
一礼して、サンダル氏は急ぎその場を立ち去る。それを見送って俺達も戦場へ行こうとして背中越しに呼び止められた。
振り向くと、そこに見知った顔があった。
「カミラさん?」
異世界のキャバクラ『妖精の園』の女主人、カミラさんだ。彼女も戦場へ手伝いに出向いていたらしい。
「待って。今、護りの加護を授けるわ。その前に魔力の回復をさせて頂戴」
そう言うと、カミラさんは魔力回復の魔素の水薬をグイっとあおる。理由は不明だが、魔術の心得があったみたいだ。しかし、表情は浮かないままだった。
「……もうほとんど効果はないわね。これで打ち止めのようだから最後があなた達で良かったわ」
魔法薬の類いは使うたびに効果が薄れていき、本来の品質に見合った効き目を得るにはクールタイムが必要なのだ。彼女はここに至るまで魔法を掛け続けたため飲み過ぎて過剰摂取状態になっているのだろう。
それでも何とか魔力は足りたらしく、詠唱を始める。
「──物理防御付与」
ゲームなどのように派手なエフェクトは無いが、カミラさんがそう告げた途端、身体の表面がヴェール状の障壁に包まれたのを感じる。これで半日程は防御力が底上げされるそうだ。
「ありがとうございます、カミラさん」
「いいのよ。それよりスピナ達が戦いの場にいるわ。前に出るのは本職に任せるように言ってあるけど、もし危なくなったらお願いね。できる限りで構わないから」
心掛けておくと俺は約束して、現場に向かおうとした。
だが、何故かミアが立ち止まったまま何かを考え込んでいる。
防御魔法を付与されたのが不思議だったのだろうか?
「ミア、どうかしたの?」
呼びかけるも返事はない。
「…………ミア?」
再度、声を掛けると、ようやく顔を上げて俺を見た。そして、あることを俺達だけに告げた。
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