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ハンマーフェロー編Ⅳ 帰還の章
5 会議は踊る その三
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水を打った、というのはまさしくこんな感じを言うのではないか、そんな風に思わせる静けさが場内を包み込んだ。
〈あれ? そんなにおかしなことを言ったかな?〉
俺は心の中で疑問に思う。
「……済まんがもう一度、言ってくれんか? 聞き間違えたかも知れぬ」
ルンダール氏が、そんなはずがない、と言いたげな様子で問い直す。
「ええっと、『死者の迷宮』を塞いでしまったらどうかと言ったんですが?」
「……やはり、そうか。聞き間違いではなかったのだな」
人の意見を聞いて、あからさまに同情の視線を送るのは止めてください。
俺はルンダール氏に向け声に出すことなく抗議する。
だが、彼はそれには取り合わず、憐れむような口調で言った。
「ふざけている場合ではないのだよ。君らの報告を事実とした以上、一刻も早く対策を練らねばならん。それは君自身が一番よくわかっていると思っていたのだがね」
俺も彼に倣い、真面目に言い返す。
「ふざけているつもりはありません。何も迷宮全部を壊せと言っているわけではないのです。表層部分を塞ぐだけで構わない。要は魔物が出て来られなくなれば良いのですから。それだったら魔石を使い人工的な崩落を引き起こすことで可能となるのでは?」
要は魔石をダイナマイトのように使い、意図的に落盤を発生させて通路を埋め立てる、こちらから潜ることができなくなる代わりに向こうも地上に出て来られなくする、それが俺の狙いだ。
個人が手持ちの魔石で行うには圧倒的に量が足りないだろうが、ハンマーフェローに備蓄されている分を使えば上層階を塞ぐくらいは充分に可能ではないだろうか。
そのように考えたが、有り得ぬ、俺が話し終えた直後、そう叫んだのはゲーリッツの父親とおぼしき人物だ。思わず立ち上がるほどに興奮している。
それを皮切りに、あちらこちらから堰を切ったように反対意見が表明された。
〈そんなに焦る必要があることなんだろうか?〉
俺が不思議がっていると、隣の席からセレスがこそっと耳打ちで話しかけてきた。
「あのね、ユウキ。さすがにそれは無茶を言い過ぎよ」
静粛に、というルンダール氏の声が響く中、彼女は呆れた感じで言った。
「どうして?」
「どうしてって、それは……」
セレスは説明しようとして口籠る。
たぶん、彼女が言いたいのは『死者の迷宮』がハンマーフェローにもたらす恩恵についてだろう。
迷宮は良質な魔石を算出するだけでなく、多くの冒険者にとって生活の糧を得る職場であり、経験を積むのに最適な訓練場でもある。
また、そうした冒険者を目当てに商売しようと集まる大勢の人達にとって、『死者の迷宮』が閉鎖されることはまさしく死活問題と言って良い。
そんなことはわかっているのだが──。
セレスも俺が理解した上で言っていると気付いたに違いない。
〈うーん、やっぱりダメか。良いアイデアだと思ったんだけどな〉
ハンマーフェローが滅ぶことを思えば遥かにマシな気がするが、そう考えるのは俺だけだったみたいだ。
「今の意見は冒険者ギルドとしても賛同しかねるな」
そう言ったブルターノ氏に続いて、ルンダール氏も反対を掲げる。
「真面目な意見であることは認めよう。だが、『死者の迷宮』はこの街にとってなくてはならない存在だ。仮に使えなくなるとしたら鍛冶職人はともかくとして、商売人や冒険者などの多くが路頭に迷う恐れがある。その影響力の大きさを考えれば簡単に閉鎖することはできん」
「そうですか。わかりました。軽はずみな発言、お許しください」
俺はあっさりと引き下がる。みんなが反対するんじゃ、しょうがないよね。
それで一応、騒がしかった議場は沈静化する。
迷宮を閉鎖するのが狙いで虚偽の報告をしたとか言われなくて良かったと思おう。
そこからは手堅い対策が次々と決まっていく。
まずは『死者の迷宮』の監視体制が強化され、異変があれば直ちにハンマーフェローに知らされる仕組みが確立された。
さらに有事に備え、市民から志願者を募り義勇兵団が結成される運びとなる。彼らには日常生活を送って貰いながら、招集が掛かれば即時対応できる状態を維持することが求められる。
また、城壁の上から外を監視する衛士の役割にもこれまでの二倍の人員が割かれることになった。
そうした議論に俺が口を挟む余地はなく、黙って見守っていただけなのは言わずもがなであろう。
各ギルドも独自の対応策を取ることが発表される。
「冒険者ギルドとしては有事が起きた際、すべての依頼の遂行を停止し、防衛戦に参加した冒険者にはギルドが報酬を支払うことを通達しよう」
ブルターノ氏がそう明言した。これにより冒険者は依頼の有無に拘わらず、直ちに参戦することができるというわけだ。
「ならば商人ギルドは各種水薬や糧食などの備蓄を増やし、必要に応じて速やかに提供できる体制を整える」
今度はサンダル氏が表明する。後方支援は任せておけということだろう。
職人ギルドからはずっと会議を静観していたドリルが真っ先に手を挙げ、今日よりすべての依頼を断った上で義勇兵向けの武具防具の生産に取り掛かる、と宣言した。
「もちろん、できた物は無償で提供するから欲しい奴は申し出てくれ」
議場から、おおー、というどよめきの声が上がる。今を時めくドリル作の装備が只で手に入るとあっては、申し出が殺到すること間違いない。
すると、ルンダール氏が先走った弟子を諫めるようにひと睨みした後で、鼻を鳴らして言った。
「若い奴ばかりに良い恰好をさせる気はないわ。それは職人ギルドとして所属するすべての鍛冶工房に要請する。無論、ワシも久々に腕を振るうとしよう」
それを聞き、議場は先程のドリル以上の喚声に沸く。
ルンダール氏自らが現場に立つのは十年ぶりだとか何だとかいう会話が囁かれる。
伝説の鍛冶職人の復活に、皆の興奮は収まらない模様だ。
しかしながら俺は却って不安を感じていた。セレスも似たような表情を浮かべている。
議場内にこれならもう安心という雰囲気が漂い出したからだ。
中には既に解決したかのように、拍手をする者までいる始末。
だが、果たして本当にそう言えるのか?
彼らは実際にあの不死の魔物が集まる光景を見ていない。目にしていればとてもそんな気楽な気分には浸れなかっただろう。
それに事は単に大群を撃退できれば良いというものではない。
如何に周辺国に付け入る隙を見せないかが重要なのだ。
そんな憂慮を抱いていたのは俺達だけかと思っていたら、そうではなかったようで僅かながらホッとする。
「皆さん、落ち着くように。肝心な点を忘れている」
そう注意を促したのは、商人ギルド長のサンダル氏だった。
「今度の戦いは敵の進攻を防げればそれで良いわけではない。それだけであるならこの街の城壁に拠ればさして難しくはないだろう。しかし、長引けば周辺三国の軍事介入を許しかねない。それを失念してはいけない」
サンダル氏の言葉に、議場は落ち着きを取り戻し始める。
「では、護ってばかりはいられないと?」
傍聴席の誰かが訊いた。
「当然、そうなる。被害を抑え、できる限り短期間での決着が望ましい。とにかく大国に口実を与えぬことだ」
「具体的にどうすれば?」
その質問には、自分よりも他の二人の方が的確な案を出せるだろうとサンダル氏は回答を譲った。
先に口を開いたのは議長席のルンダール氏だ。
「城壁からの攻撃手段を増やすことが一番だろう。大至急、大弩弓と投石機の増設を行うとしよう。無論、他の手立てについても検討する」
続いてブルターノ氏も告げる。
「弓や弩の得意な冒険者を義勇兵の指導に当たらせよう。それで遠距離攻撃の手段が増えれば、少しでも敵の数が減らせるはずだ。無論、装備の提供は職人ギルドにお願いしなければならないが」
ブルターノ氏の申し出を受け、ルンダール氏が快諾する。
「神殿にも協力を依頼する。彼らの神聖魔法なら不死の魔物への充分な対抗手段となり得るはずだ」
加えてルンダール氏がそう言った。〈死者の浄化〉みたいな魔法があるのかな?
あとは城門の一部を開いて、敵を包囲陣に呼び込む作戦なども提案されたが、万一囲みを破られた場合を考えて採用は見送られた。
こうして着々と不死の魔物を迎え撃つ準備は進む。
そのことは俺やセレスが望んだ展開ではあるのだが──。
しかし、それにも拘らず俺の中の不安は一向に消え去る気配がなかった。
〈あれ? そんなにおかしなことを言ったかな?〉
俺は心の中で疑問に思う。
「……済まんがもう一度、言ってくれんか? 聞き間違えたかも知れぬ」
ルンダール氏が、そんなはずがない、と言いたげな様子で問い直す。
「ええっと、『死者の迷宮』を塞いでしまったらどうかと言ったんですが?」
「……やはり、そうか。聞き間違いではなかったのだな」
人の意見を聞いて、あからさまに同情の視線を送るのは止めてください。
俺はルンダール氏に向け声に出すことなく抗議する。
だが、彼はそれには取り合わず、憐れむような口調で言った。
「ふざけている場合ではないのだよ。君らの報告を事実とした以上、一刻も早く対策を練らねばならん。それは君自身が一番よくわかっていると思っていたのだがね」
俺も彼に倣い、真面目に言い返す。
「ふざけているつもりはありません。何も迷宮全部を壊せと言っているわけではないのです。表層部分を塞ぐだけで構わない。要は魔物が出て来られなくなれば良いのですから。それだったら魔石を使い人工的な崩落を引き起こすことで可能となるのでは?」
要は魔石をダイナマイトのように使い、意図的に落盤を発生させて通路を埋め立てる、こちらから潜ることができなくなる代わりに向こうも地上に出て来られなくする、それが俺の狙いだ。
個人が手持ちの魔石で行うには圧倒的に量が足りないだろうが、ハンマーフェローに備蓄されている分を使えば上層階を塞ぐくらいは充分に可能ではないだろうか。
そのように考えたが、有り得ぬ、俺が話し終えた直後、そう叫んだのはゲーリッツの父親とおぼしき人物だ。思わず立ち上がるほどに興奮している。
それを皮切りに、あちらこちらから堰を切ったように反対意見が表明された。
〈そんなに焦る必要があることなんだろうか?〉
俺が不思議がっていると、隣の席からセレスがこそっと耳打ちで話しかけてきた。
「あのね、ユウキ。さすがにそれは無茶を言い過ぎよ」
静粛に、というルンダール氏の声が響く中、彼女は呆れた感じで言った。
「どうして?」
「どうしてって、それは……」
セレスは説明しようとして口籠る。
たぶん、彼女が言いたいのは『死者の迷宮』がハンマーフェローにもたらす恩恵についてだろう。
迷宮は良質な魔石を算出するだけでなく、多くの冒険者にとって生活の糧を得る職場であり、経験を積むのに最適な訓練場でもある。
また、そうした冒険者を目当てに商売しようと集まる大勢の人達にとって、『死者の迷宮』が閉鎖されることはまさしく死活問題と言って良い。
そんなことはわかっているのだが──。
セレスも俺が理解した上で言っていると気付いたに違いない。
〈うーん、やっぱりダメか。良いアイデアだと思ったんだけどな〉
ハンマーフェローが滅ぶことを思えば遥かにマシな気がするが、そう考えるのは俺だけだったみたいだ。
「今の意見は冒険者ギルドとしても賛同しかねるな」
そう言ったブルターノ氏に続いて、ルンダール氏も反対を掲げる。
「真面目な意見であることは認めよう。だが、『死者の迷宮』はこの街にとってなくてはならない存在だ。仮に使えなくなるとしたら鍛冶職人はともかくとして、商売人や冒険者などの多くが路頭に迷う恐れがある。その影響力の大きさを考えれば簡単に閉鎖することはできん」
「そうですか。わかりました。軽はずみな発言、お許しください」
俺はあっさりと引き下がる。みんなが反対するんじゃ、しょうがないよね。
それで一応、騒がしかった議場は沈静化する。
迷宮を閉鎖するのが狙いで虚偽の報告をしたとか言われなくて良かったと思おう。
そこからは手堅い対策が次々と決まっていく。
まずは『死者の迷宮』の監視体制が強化され、異変があれば直ちにハンマーフェローに知らされる仕組みが確立された。
さらに有事に備え、市民から志願者を募り義勇兵団が結成される運びとなる。彼らには日常生活を送って貰いながら、招集が掛かれば即時対応できる状態を維持することが求められる。
また、城壁の上から外を監視する衛士の役割にもこれまでの二倍の人員が割かれることになった。
そうした議論に俺が口を挟む余地はなく、黙って見守っていただけなのは言わずもがなであろう。
各ギルドも独自の対応策を取ることが発表される。
「冒険者ギルドとしては有事が起きた際、すべての依頼の遂行を停止し、防衛戦に参加した冒険者にはギルドが報酬を支払うことを通達しよう」
ブルターノ氏がそう明言した。これにより冒険者は依頼の有無に拘わらず、直ちに参戦することができるというわけだ。
「ならば商人ギルドは各種水薬や糧食などの備蓄を増やし、必要に応じて速やかに提供できる体制を整える」
今度はサンダル氏が表明する。後方支援は任せておけということだろう。
職人ギルドからはずっと会議を静観していたドリルが真っ先に手を挙げ、今日よりすべての依頼を断った上で義勇兵向けの武具防具の生産に取り掛かる、と宣言した。
「もちろん、できた物は無償で提供するから欲しい奴は申し出てくれ」
議場から、おおー、というどよめきの声が上がる。今を時めくドリル作の装備が只で手に入るとあっては、申し出が殺到すること間違いない。
すると、ルンダール氏が先走った弟子を諫めるようにひと睨みした後で、鼻を鳴らして言った。
「若い奴ばかりに良い恰好をさせる気はないわ。それは職人ギルドとして所属するすべての鍛冶工房に要請する。無論、ワシも久々に腕を振るうとしよう」
それを聞き、議場は先程のドリル以上の喚声に沸く。
ルンダール氏自らが現場に立つのは十年ぶりだとか何だとかいう会話が囁かれる。
伝説の鍛冶職人の復活に、皆の興奮は収まらない模様だ。
しかしながら俺は却って不安を感じていた。セレスも似たような表情を浮かべている。
議場内にこれならもう安心という雰囲気が漂い出したからだ。
中には既に解決したかのように、拍手をする者までいる始末。
だが、果たして本当にそう言えるのか?
彼らは実際にあの不死の魔物が集まる光景を見ていない。目にしていればとてもそんな気楽な気分には浸れなかっただろう。
それに事は単に大群を撃退できれば良いというものではない。
如何に周辺国に付け入る隙を見せないかが重要なのだ。
そんな憂慮を抱いていたのは俺達だけかと思っていたら、そうではなかったようで僅かながらホッとする。
「皆さん、落ち着くように。肝心な点を忘れている」
そう注意を促したのは、商人ギルド長のサンダル氏だった。
「今度の戦いは敵の進攻を防げればそれで良いわけではない。それだけであるならこの街の城壁に拠ればさして難しくはないだろう。しかし、長引けば周辺三国の軍事介入を許しかねない。それを失念してはいけない」
サンダル氏の言葉に、議場は落ち着きを取り戻し始める。
「では、護ってばかりはいられないと?」
傍聴席の誰かが訊いた。
「当然、そうなる。被害を抑え、できる限り短期間での決着が望ましい。とにかく大国に口実を与えぬことだ」
「具体的にどうすれば?」
その質問には、自分よりも他の二人の方が的確な案を出せるだろうとサンダル氏は回答を譲った。
先に口を開いたのは議長席のルンダール氏だ。
「城壁からの攻撃手段を増やすことが一番だろう。大至急、大弩弓と投石機の増設を行うとしよう。無論、他の手立てについても検討する」
続いてブルターノ氏も告げる。
「弓や弩の得意な冒険者を義勇兵の指導に当たらせよう。それで遠距離攻撃の手段が増えれば、少しでも敵の数が減らせるはずだ。無論、装備の提供は職人ギルドにお願いしなければならないが」
ブルターノ氏の申し出を受け、ルンダール氏が快諾する。
「神殿にも協力を依頼する。彼らの神聖魔法なら不死の魔物への充分な対抗手段となり得るはずだ」
加えてルンダール氏がそう言った。〈死者の浄化〉みたいな魔法があるのかな?
あとは城門の一部を開いて、敵を包囲陣に呼び込む作戦なども提案されたが、万一囲みを破られた場合を考えて採用は見送られた。
こうして着々と不死の魔物を迎え撃つ準備は進む。
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