アラフォーおっさんの美少女異世界転生ライフ

るさんちまん

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ハンマーフェロー編Ⅰ 開幕の章

2 ギリル

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 表通りにあると聞かされた異世界のキャバクラ『妖精の園』はすぐに見つかった。
 営業時間前だったが、店のオーナーらしきママにわけを話して、少しだけギリルと話をさせて貰う。ちなみに彼女は背中に羽根の生えた珍しい有翼人だったりする。
「ほう、銃か。もちろん、造ったことはあるぞ。もっとも使うのに手間が掛かり過ぎる割に威力が乏しくて実戦では役に立たんと酷評されたがな。改良しようにもそもそも発射薬が高くて、とても手が出せん。あんなものを欲しがるのは、骨董品マニアの他国の貴族くらいだぞ」
 ドリルの兄、ギリルは弟そっくりな外見をした──といってもドワーフ族の男性は例外なく顔の半分が髭に覆われているので大体は皆同じに見える──人物で、ゴツイ体格とは裏腹にその手に握られていたのはハンマーならぬモップだった。どうやら床掃除の只中だったらしい。
「どの途、見ての通り今は鍛冶屋はやっておらんがな。実入りは前より良くなったから、この暮らしも悪くないと思い始めているところじゃ」
〈借金のかたに働かされている方が生活が豊かになったって、どんだけ鍛冶師として儲からなかったんだよ〉
「ちなみに借金って幾らくらい?」
 失礼かとも思ったが、一応訊いてみる。
「さあね。カミラに訊いてみるんじゃな。ここでのことはあいつに全部任せている。ワシは言われた通りに働いて返すだけよ」
 カミラとは最初に会ったこの店のママのことのようだ。それにしても自分の借金が幾らあるか把握していないなんて、大雑把にも程がある。
「じゃあ、いつ返済し終えるかわからないじゃないですか?」
「何、そのうち無くなるだろ。それまでは気長にやるさ。ガハハ」
〈笑い事じゃない!〉
 思わず心の中でツッコミを入れていると、ママであるカミラさんが近寄って来て告げた。
「そろそろいいかしら? この人には死に物狂いで働いて少しでも店に貢献して貰わないと闇市場に売り飛ばすしかなくなるんだけど」
〈今、何だかさらっと恐ろしいことを言わなかったか?〉
「あの、ギリルさんの借金っていつ頃返せそうなんでしょう?」
 気を取り直して俺はカミラさんにそう訊ねた。部外者には教えられないと突っぱねられるかと思ったが、あっさりと彼女は打ち明けた。
「うーん、そうねぇ。ツケの金額自体は大したことないのよ。ただ、男では稼げる額が知れている上にここで飲み食いした分は稼ぎから差し引くって約束でね。それなのにこの人、平気で店の料理やらお酒やらに手を付けているから、ほとんど返せていないっていうか、むしろ増えてる?」
〈……おい!〉
「注意しないんですか?」
「その分は身体で返して貰うから大丈夫よ。ドワーフの寿命ならあと二百年くらいは余裕で働けるでしょう」
〈騙されてる、絶対騙されてるよ〉
 二百年が一年だとしても冗談ではない。俺としては今すぐにでも彼に鍛冶師に戻って欲しいのだ。
 それにこのまま放って置いたら、このダメ男はずっと怠惰な暮らしに浸っていそうな気がする。
「何とかもっと効率良く借金を減らせないでしょうか?」
「あなた達、この人を鍛冶師に戻したいわけ? それは変わってるわね。いいわ、だったらあなた達がこの店で働くっていうのはどう? もちろん、接客係としてよ。そっちの彼女は『クーベルタンの戦乙女』でしょ? 噂は聞いているわ。黄金級の冒険者がお酒の相手をしてくれたら店として大評判になるのは間違いないもの。あなたも黒髪のヒト族は珍しいからきっと人気になるわよ。私としては変り者の鍛冶師をボーイとして雇うより、その方が遥かにメリットが大きいですからね。大歓迎するわよ。二人でなら上手くいけば二小月で返せるんじゃないかしら。当然、この人が余分に使わなければの話だけど」
 二小月、つまり約二十日間か。男性従業員との賃金格差がえぐいが、こういう店なら当たり前かも知れない。
 夜の相手は無いから心配しなくていい、とカミラさんが付け加える。この世界では酒場が娼館を兼ねている場合も珍しくないため、わざわざ断ったのだろう。
「いやぁ、ワシとしては今のままでも──」
 そう言いかけたギリルを三人がそれぞれの言葉と視線で遮る。
「黙ってて」
「お黙りなさい」
「あなたがこれに口出す権利はないのよ」
 ギリルが絶望した表情を浮かべて口を閉じる。
 結局、セレスと相談の上、この提案を呑むことにした。そうする以外に手はなさそうだった。
 俺としては働くことよりも女性として振る舞う不安の方が大きい。
 これまでもそういう場面は何度か会ったが、遠国の出や冒険者であることを理由に何とか誤魔化してきた。
 だが、今度ばかりはそれで済みそうにない。何せ、ここに来るまでスカートを履いたことすら一度もないのだから。
 俺からすれば同性である男にベタベタされて、生理的に耐え切れるという自信もなかった。
 しかしながら、幾らハンマーフェローが階級制度のない国とはいえ、ルタ王国に戻ればれっきとした伯爵令嬢であるセレスまでも協力してくれようというのだ。俺が尻込みするわけにはいかないだろう。
 無論、その日からギリルには店での飲食は一切禁止とした。
 彼には借金を返し終えるまで、この辺りで一番安い堅パンで我慢して貰おう。破ればドワーフ男子にとって最大の辱めらしい髭を剃ると脅しておいた。
 その上で俺とセレスは宿代節約のため、ギリルの工房の二階を間借りすることにして(当然、彼は部屋から追い出し一階の作業場で寝起きする約束をさせている)、翌日から早速『妖精の園』で働くことになった。

「まったく、余計なことをしてくれよって。ワシはあのままで充分満足していたんじゃ」
 今日から寝泊まりすることになるギリルの工房に帰り着くと、開口一番に彼はそう言った。
「満足ねぇ。そうは思えないけど」
 セレスが工房内を見回し、手近にあった道具の一つを掴むと、思わせぶりに掲げて見せた。俺は意味がよくわからず、首を傾げる。
「ほら、よく見て。どれもきちんと手入れされているわ。埃一つ付いてない。毎日管理されていた証拠よ。いつでも工房を再開できるようにでしょうね。本当にあの店での下働きに満足していたら、そんなことはしないんじゃなくて?」
 なるほど、そういうことか。俺にもセレスの言った意味が漸く理解できた。
「そ、それはじゃな、日頃の習慣というか習い性というか、とにかく例え借金を返し終えたとしてもお前達が勝手に決めたことに感謝などせんからな」
 ギリルはそう言って横を向いてしまう。俺達がしたことは彼にしたら只の傍迷惑に過ぎなかったのだろうか?
 その時、開け放したままの戸口から別の男性の声がした。
「もういい加減、正直になったらどうだ? アニキ」
 見るとギリルの弟、ドリルが入口に立っている。彼の工房とは隣り合わせなので、声でも聞こえて心配になり様子を覗きに来たのだろう。
「ドリルか。ふん、ワシはいつでも正直じゃ。喰いたいものを喰い、飲みたい時に飲み、作りたい物しか作らん。知っているじゃろ」
「……ああ、よく知っているよ。そのおかげで喰い詰めていることもな。けど、どんなに貧乏したって道具をケチったことはないだろ。売り払えばそれなりの金にはなるくせに、一切手を付けようともしない。毎日手入れを欠かさないのは必要となる時が来るのを待っていたからじゃないのか? それを習慣だって? 他の奴には通用しても俺には通用しない言い逃れさ。あんたの弟で、同じ鍛冶職人の俺にはな」
 それだけ言うと、ここと違ってうちは暇じゃないから帰る、と一方的に告げてドリルは去って行った。あとに残された俺達には気まずい沈黙の時間が流れる。
 それに耐え切れなくなったのか、ついにギリルが折れた。
「感謝はせん。感謝はせんが、依頼なら聞いてやる。銃が欲しいんだったな。ちょっと待っておれ」
 そう言って工房の片隅の何やらゴチャゴチャと山積みになった空間に引っ込んで行った。その様子がウキウキと愉しそうだったので、俺はホッとする。
 彼が本当に望んでいなかったのなら悪いことをしたと思っていたからだ。
 単に素直になれなかっただけらしい。
 野郎のツンデレなど俺としては願い下げである。
「ほれ、これじゃ。どうよ、昔手に入れた骨董品を参考にワシなりに改良を施した自慢の一品だぞ」
 そんな言葉と共にギリルが奥から引っ張り出して来たのは、日本の戦国時代やフランス革命などでお馴染みのマスケット銃だ。ライフリングもされておらず、装填も銃口から炸薬と球形の弾を詰める先込め式と、近代銃を見慣れた身としては何から何まで古めかしい。
 一応、点火方式は雷管を使ったパーカッションロック式にはなっているようだ。
「やっぱり、マスケットか。古臭いな……」
 思わず洩れた俺の呟きを、耳聡く聞き付けたギリルが猛然と反論する。
「何じゃと。馬鹿を言うな。これは最新のやり方を取り入れとるんじゃぞ。古いというのはな、こういうやつのことよ」
 そう言うと、再び店の片隅から別のマスケット銃を探し出して来て、先程の物の隣に並べた。
 そちらは火打石に似せた魔石を使ったフリントロック式だったので、これがこの世界での銃の標準なら確かにパーカッションロック式は最新と言えるかも知れない。
 そうは言っても大差はなさそうである。
「フリントロックに比べれば新しいと言えるかも知れないけど……」
「フ、フリン? そ、そうよ。フリンは時代遅れなんじゃ」
〈いや、そんなどこかのモラリストのようなことを言われても〉
「ユウキは銃に詳しいのね。どこでそんな知識を身に付けたの?」
 脇で話を聞いていたセレスが、そう口を挟む。
 元にいた世界で、とは当然言えず、故郷の村に住んでいた風変わりな鍛冶職人から聞いたことにしておいた。
 ギリルはその幻の職人のことが気になるようだったが、それよりも彼が最新式と自慢するパーカッションロックの機構について訊ねた。
「これってプライマー……えっと、銃用雷管と言えばいいかな、それには何を使っているの?」
 あちら側でなら初期の雷管に使われていた雷汞らいこう(硝酸水銀溶液とエチルアルコールの反応で得られる雷酸水銀のこと。非常に爆発しやすい性質で知られる)代わりになるもののことだ。
「点火核のことじゃな。本来なら秘密なんじゃが、そこまでわかっているならまあ言っても良いじゃろう。通常の魔石に雷石と闇石の粉末を少々混ぜた物よ。配合は教えんぞ」
「闇石っていうのを加える意味は?」
 聞き慣れない種類の魔石に俺は質問を重ねる。
「何だ、知らんのか。闇石には魔力を吸収する性質があるからの。それを足すことで不用意に魔力を流しても暴発せんようにするためじゃ。古いやり方だと不発が多いのが難点だったんじゃが、今度は逆に安定しなくて苦労したわい。嘘だと思うなら、ここにあるから試してみるが良い」
 ギリルがどこからか取り出した小指の先ほどの金属製の物体を机の上に置く。見た目はボタン電池を小型化した感じだ。
「…………」
「…………」
「…………セレス」
 俺がポツリと呟いて、彼女の方を見る。俺では魔力の流し方にムラがあってまだ安定しないからだ。
 すると、相方はフルフルと首を振って半歩後ずさった。
「イヤよ、絶対イヤ」
「ええい、何も起きんと言っとるじゃろうが。ワシを信用してさっさとやらんか」
「だからヤなのよ」
 ギリルが渋るセレスの腕を掴んで、無理矢理に人差し指を点火核に触れさせる。まあ、万一暴発しても魔石の量的には指先の皮膚が剥がれて少々火傷をする程度らしいので、その時は魔法薬で治療すれば良いだろう。
 漸く意を決したセレスが指先から魔力を流すと──何も起こらなかった。
「それ見ろ。だから言ったじゃないか。まったく、大騒ぎしよって」
「元々何も起きないんじゃないの? これ」
 安心したのか、セレスがそんな失礼なことを口にする。
「そんなわけがなかろう。こうして強い衝撃が加わるとじゃ……」
 言いつつギリルがハンマーを振り下ろすと、パンッと運動会のスターターピストルのような小気味良い破裂音がして机の上の点火核が弾けた。
「見ての通り──うぉー、しまったあああ! 今のが最後の一個じゃったああああ!」
〈うん、コントはもういいから〉
 いずれにしても今のままでは前時代的であることに変わりない。ただ、雷管が作れるのなら弾薬のカートリッジ化も可能ではないだろうか。
 カートリッジ──つまり、弾丸と発射薬と雷管を一体化した実包の登場は、現代の銃火器の仕組みそのものと言って良い。何故なら実包さえあれば、鉄パイプに詰めて釘を打ち付けても発射はできてしまうからだ。あちらの世界にあるほぼ全ての実用銃はこれを複雑化したに過ぎない。
〈ダメ元で提案してみるか〉
 俺は知っている限りの知識を総動員して、ギリルに話してみた。
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