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クーベルタン市編Ⅵ 策謀の章(クーベルタン市編完結)
4 ランベールの胸の裡
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何がもう良いのか、それを説明することもなくランベールは室内にいる全員を睥睨すると、身振りで衛兵達を壁際に下がらせた。それによりセレスも一旦は口を閉じざるを得なくなったみたいだ。
〈これは完全にしてやられたかな〉
彼が黒幕で、これがシナリオ通りの展開ならどう足掻いてもここからの逆転は不可能そうだ。
すると、ランベールの行為に一瞬気を取られていたテオドールが、我に返った様子で捲し立て始める。
「ええ、まったく閣下のおっしゃる通りです。もう充分、審議は尽くされたと見るべきでしょう。いかがでしょうか、審議員の皆さん。ここは閣下に判断を一任されてみては? その方がセレスティーナ様にとっても納得いく結論が出せるのではないかと愚考致しますが」
「待ちなさい。そんなことは承服──」
尚も反論しようとするセレスの手を俺は軽く握ることで押し留め、事態の成り行きを見守ることに決めた。
告発者であるテオドール自身が提案していることにこそ、この審議会の不当さが現れていると言えるが、どうせここまで来たらジタバタしても始まらない、そんな開き直りの精神に他ならない。それよりセレスの身に、これ以上の累が及ぶ方が心配だ。
結局、審議員六名の全員一致でランベールに評決を委ねるという案が採択されてしまった。
買収されている三人は当然として、他の者からしても責任を負いたくなかった心情がありありだったのは言うまでもない。
もう良い、とひとたび発したきり無言だったランベールだが、その決定を受けてようやく口を開いた。
「……私にどうするか決めろと言うのだな。良かろう。では言ってやる。実に下らぬ見世物だったぞ、テオドールとやら」
「はっ? な、何をおっしゃっているので……」
んー、どういうことだろう? テオドールは仲間で、これは予定通りの展開じゃなかったのか?
「大方、私がセレスを疎んじているとの噂を信じて、恩を売ろうとこのような茶番劇を仕組んだのであろう。私がそれに嬉々として応じると思ったか。このランベール・クーベルタンも見くびられたものよ。領主家の者を味方に付ければどんな無法もまかり通ると考えられていたことが嘆かわしいわ」
「ぐっ、無法とはランベール様のおっしゃりようとはいえ、容認致しかねませんぞ」
「ほう、では告発を受けた側に反論の場も設けなかったことを何とする?」
セレスも思わぬ事態の推移に呆気に取られている。まさかランベールが我々を庇い立てしてくれるとは思わなかったのだろう。
だが、テオドールも老獪な商売人らしく、その程度の追及には逃げ道を用意していたようだ。
「それは私のあずかり知らぬこと。私は単なる告発者に過ぎません。審議を進めたのは議長を始めとする審議員の皆様方ですので、お聞きになるのであればそちらにされるのが宜しいかと存じ上げます」
「テオドール殿!」
これにはモントーレ議長が思わず焦りの声を上げた。彼にしてみれば恐らくテオドールの指示通りに動いたに過ぎず、ランベールの態度にしても事前に聞かされていたものとはまったく異なっていたに違いない。しかも、勘気に触れた責任の一切を自分達に押し付けられそうとあっては、黙ってはいられなかったのだろう。
そうは言ってもまさかテオドールの指示だったと告げるわけにはいくまい。そんなことをしたら自分達が買収されていたと告白するようなものだからだ。
結果、テオドールの名を呼んだだけで議長は黙り込むしかなかった。見れば買収されていたと思われる他の二人も今にも卒倒しそうな表情をしている。
「……審議員の適正については後日詳しく調査するとしよう。身に覚えがある者は覚悟するが良い。さて、ユウキと言ったな。遅くなったが、先程のテオドールの告発について言いたいことがあるならば申すが良い。その上で私自らが評決を下そう」
ようやくこちらの主張を聞いて貰えるようだ。とはいえ、やっとまともな審議となったに過ぎず、ランベールは無罪と言っているわけではないので、安心するにはまだ早い。
俺は用心深く言葉を探りつつ、それでも下手に胡麻化すよりは正直に話して疑われた方がマシという気分で語り始めた。
「では申し上げます。確かにそこにいるテオドール殿に請われて保険の話をしたのは事実です。保険についての説明も概ね間違ってはいません。しかしながら、詐取するよう唆したというのは真っ赤な嘘です。私は冒険者を騙すような指南をしたことは一度もありません。それはここにいるセレスも知っています」
ランベールがセレスに視線を向けた。たぶん、発言を許可するという意味なのだろう。それを受けてセレスがさっきとは打って変わって落ち着いた口調で証言する。
「ユウキの言ったことは本当です。私はその場にいて、この耳ではっきりと聞いていました。どうか信じていただきたい」
ランベールは暫し黙考した末、こう言った。
「そちらの主張はわかった。だが、テオドールの話と同様、当人がそう言っているに過ぎない。到底、証拠とはなり得ぬ。それは仲間であるセレスの発言も同じである。また、聞くところによるとその場には他にも何人かいたそうだが、テオドールよ、それは確かか?」
「はい、間違いありません。宜しければ使いの者を差し向けて、この場に呼び寄せ証言させましょうか?」
テオドールがそう言うからには既に口裏合わせはできているのだろう。すかさずセレスが反論する。
「お待ちください、兄上。その者達はメルダース商会の人間。私の証言がユウキの仲間であるという理由で証拠とならないなら、彼らの言葉も同様であるはずです」
「そうとは限らんぞ、セレス。それに使いの者を出す必要はない。カリスト、例の者をここに呼べ」
ランベールの指示を受けて、カリスト・ビスタークが背後の扉の向こうから配下を呼んで何やら命じる。
自分を含めて全員が固唾を呑んで見守る中、表面上はこれまでと変わらぬ表情のランベールが、何だか愉快そうに見えたのは俺だけだろうか。
「一体、誰を……」
緊張に耐え切れなくなった様子でテオドールが思わずそう洩らす。
それが合図だったのかのように、扉の向こうから現れた人物を見て、俺はその意外さに言葉を失った。だが、似たように感じたらしきテオドールの反応は違った。
「メリッサ! 何故ここに?」
それはメルダース商会クーベルタン支店で会った幹部の中で唯一の女性だったあの人だ。
そうか、彼女メリッサって名前だったのか、へぇー、などと些か現実逃避してみたものの、それも長くは続かない。ここはしっかりと事態の先行きに注目しなければならないだろう。
「親しいようだな。ちょうど良い。そちらから紹介してはくれまいか」
ランベールにそう振られてはテオドールも拒否できなかったのは当然だ。彼女は私の部下の一人です、と言葉少なに告げた。
「ホケンとかいうものの説明現場にいたというが、双方共にそれは間違いないな?」
俺は頷く。テオドールも訝しみながら渋々という感じで認める。
「それでは聞こう。そこのユウキなる者はホケンという商売で冒険者を騙そうとしていたのか?」
「いいえ、違います。ユウキ殿は冒険者が安心して生活できる仕組みを真摯に考えておられました」
「それがホケンというわけだな?」
「その通りです。実現には難しい面も幾つかありましたが、総合的に見れば素晴らしい案だと私も感銘を受けました」
自分で考えたものではないので、そう感心されると少々お尻の辺りがむず痒い。
「だが、お前の上司であるテオドールは詐取であると告発したぞ」
「私もそのことには驚きました。しかもそればかりではありません。彼はあの場に居合わせた我々幹部を集めて、ユウキ殿を陥れるべく口裏を合わせるよう強要したのです。それが商会の利益になると言われれば、面と向かって逆らおうという者はおりませんでした」
嘘だ、と突然、テオドールが叫んだ。カリスト・ビスタークが何かを言いかけたが、ランベールが片手を挙げてそれを制し、好きに喋らせることにしたようだ。
もはや置物と化した審議員達がそれを唖然とした面持ちで眺めている。
「その女の言っていることは信用なりません。そうか、わかったぞ。あちら側に買収されたんだな。そうに決まっている。閣下、騙されてはなりませんぞ。他の幹部に聞いてください。その女が嘘を吐いていると証明してくれるでしょう」
「無駄であろう。証言が事実なら口裏を合わせているだろうし、虚偽なら今までの主張と変わらん。いずれにせよ、同じ内容なわけだからな。それにその者は買収されてそう申しているわけではないぞ」
「そんなはずは……だったら……どうして裏切って……」
「まだわからぬか。カリスト、教えてやれ」
ランベールに促され、カリスト・ビスタークが重々しく話し出す。
「テオドール殿が部下と考えておられる彼女は、何を隠そう私が送り込んだ手の者です。もっとも部下という以上に親しく接しておられたようだが。そういう意味では期待を越えた働きを彼女はしてくれました。テオドール殿には気の毒だが残念ながらメリッサというのも本名ではない」
あらら、愛人だったはずの相手が実はスパイだったのか。突然そんなことを告げられたら俺ならきっと泣いちゃうよ。
さすがにテオドールは気丈にも泣かずに耐えているけど、内心のショックは相当であるに違いない。敵ながら同情を禁じ得ない場面だ。
ちなみに俺の心境は、異世界の商売人ってこえー、のひと言に尽きる。
何故そんなことを、とテオドールは辛うじて口にするので精一杯のようだった。
「当然であろう。私がライバル商会の進出をただ指を咥えて静観しているとでも思ったのかね? 打つべき手は打っているよ。これもその一つに過ぎないがね」
「そうか……カリスト・ビスターク、確かに甘く見ていたようだ。だが何故だ? ここまでお膳立てしてやったのにどうして乗ってこない? 領主家の次兄は妹が邪魔で数々の妨害をしているのではなかったのか?」
それは俺もここに来て感じ始めていた疑問だ。本当にセレスを疎ましく思っていたなら自分の意に沿わせる絶好の機会だったに相違なかったのだから。
「どうやらこの者には閣下の御心を推し量ることはできなかったようですな」
「余計なことを言うな、カリスト」
ランベールの胸の裡? それってどういうことだ?
「ランベール兄様、今のカリスト殿のおっしゃりようはどういう意味なのでしょうか?」
同じ疑問を抱いたと思われるセレスが、そう訊ねた。
「…………」
ランベールは無言だ。どうあっても教える気はないらしい。
「カリスト殿!」
それを見たセレスがカリストに矛先を向ける。
だが、彼は首を横に振った。ランベールの許可無くして自分が話すわけにはいかないということなのだろう。
「──それなら私が代わりに答えてやろう」
突然、背後の観音扉が開いて、数人の兵士に護られた見知らぬ人物が現れた。
「兄上!」
「ギュスターヴ兄様!」
おっと、俺が誰だろうと思うより先に、二人が答えをくれたよ。
ギュスターヴ・クーベルタン──次期領主である彼の登場が果たして吉と出るのか凶と出るのか、それを知るには今しばらくかかりそうな気配に、俺は誰にも悟られず密かに溜め息を吐いた。
〈これは完全にしてやられたかな〉
彼が黒幕で、これがシナリオ通りの展開ならどう足掻いてもここからの逆転は不可能そうだ。
すると、ランベールの行為に一瞬気を取られていたテオドールが、我に返った様子で捲し立て始める。
「ええ、まったく閣下のおっしゃる通りです。もう充分、審議は尽くされたと見るべきでしょう。いかがでしょうか、審議員の皆さん。ここは閣下に判断を一任されてみては? その方がセレスティーナ様にとっても納得いく結論が出せるのではないかと愚考致しますが」
「待ちなさい。そんなことは承服──」
尚も反論しようとするセレスの手を俺は軽く握ることで押し留め、事態の成り行きを見守ることに決めた。
告発者であるテオドール自身が提案していることにこそ、この審議会の不当さが現れていると言えるが、どうせここまで来たらジタバタしても始まらない、そんな開き直りの精神に他ならない。それよりセレスの身に、これ以上の累が及ぶ方が心配だ。
結局、審議員六名の全員一致でランベールに評決を委ねるという案が採択されてしまった。
買収されている三人は当然として、他の者からしても責任を負いたくなかった心情がありありだったのは言うまでもない。
もう良い、とひとたび発したきり無言だったランベールだが、その決定を受けてようやく口を開いた。
「……私にどうするか決めろと言うのだな。良かろう。では言ってやる。実に下らぬ見世物だったぞ、テオドールとやら」
「はっ? な、何をおっしゃっているので……」
んー、どういうことだろう? テオドールは仲間で、これは予定通りの展開じゃなかったのか?
「大方、私がセレスを疎んじているとの噂を信じて、恩を売ろうとこのような茶番劇を仕組んだのであろう。私がそれに嬉々として応じると思ったか。このランベール・クーベルタンも見くびられたものよ。領主家の者を味方に付ければどんな無法もまかり通ると考えられていたことが嘆かわしいわ」
「ぐっ、無法とはランベール様のおっしゃりようとはいえ、容認致しかねませんぞ」
「ほう、では告発を受けた側に反論の場も設けなかったことを何とする?」
セレスも思わぬ事態の推移に呆気に取られている。まさかランベールが我々を庇い立てしてくれるとは思わなかったのだろう。
だが、テオドールも老獪な商売人らしく、その程度の追及には逃げ道を用意していたようだ。
「それは私のあずかり知らぬこと。私は単なる告発者に過ぎません。審議を進めたのは議長を始めとする審議員の皆様方ですので、お聞きになるのであればそちらにされるのが宜しいかと存じ上げます」
「テオドール殿!」
これにはモントーレ議長が思わず焦りの声を上げた。彼にしてみれば恐らくテオドールの指示通りに動いたに過ぎず、ランベールの態度にしても事前に聞かされていたものとはまったく異なっていたに違いない。しかも、勘気に触れた責任の一切を自分達に押し付けられそうとあっては、黙ってはいられなかったのだろう。
そうは言ってもまさかテオドールの指示だったと告げるわけにはいくまい。そんなことをしたら自分達が買収されていたと告白するようなものだからだ。
結果、テオドールの名を呼んだだけで議長は黙り込むしかなかった。見れば買収されていたと思われる他の二人も今にも卒倒しそうな表情をしている。
「……審議員の適正については後日詳しく調査するとしよう。身に覚えがある者は覚悟するが良い。さて、ユウキと言ったな。遅くなったが、先程のテオドールの告発について言いたいことがあるならば申すが良い。その上で私自らが評決を下そう」
ようやくこちらの主張を聞いて貰えるようだ。とはいえ、やっとまともな審議となったに過ぎず、ランベールは無罪と言っているわけではないので、安心するにはまだ早い。
俺は用心深く言葉を探りつつ、それでも下手に胡麻化すよりは正直に話して疑われた方がマシという気分で語り始めた。
「では申し上げます。確かにそこにいるテオドール殿に請われて保険の話をしたのは事実です。保険についての説明も概ね間違ってはいません。しかしながら、詐取するよう唆したというのは真っ赤な嘘です。私は冒険者を騙すような指南をしたことは一度もありません。それはここにいるセレスも知っています」
ランベールがセレスに視線を向けた。たぶん、発言を許可するという意味なのだろう。それを受けてセレスがさっきとは打って変わって落ち着いた口調で証言する。
「ユウキの言ったことは本当です。私はその場にいて、この耳ではっきりと聞いていました。どうか信じていただきたい」
ランベールは暫し黙考した末、こう言った。
「そちらの主張はわかった。だが、テオドールの話と同様、当人がそう言っているに過ぎない。到底、証拠とはなり得ぬ。それは仲間であるセレスの発言も同じである。また、聞くところによるとその場には他にも何人かいたそうだが、テオドールよ、それは確かか?」
「はい、間違いありません。宜しければ使いの者を差し向けて、この場に呼び寄せ証言させましょうか?」
テオドールがそう言うからには既に口裏合わせはできているのだろう。すかさずセレスが反論する。
「お待ちください、兄上。その者達はメルダース商会の人間。私の証言がユウキの仲間であるという理由で証拠とならないなら、彼らの言葉も同様であるはずです」
「そうとは限らんぞ、セレス。それに使いの者を出す必要はない。カリスト、例の者をここに呼べ」
ランベールの指示を受けて、カリスト・ビスタークが背後の扉の向こうから配下を呼んで何やら命じる。
自分を含めて全員が固唾を呑んで見守る中、表面上はこれまでと変わらぬ表情のランベールが、何だか愉快そうに見えたのは俺だけだろうか。
「一体、誰を……」
緊張に耐え切れなくなった様子でテオドールが思わずそう洩らす。
それが合図だったのかのように、扉の向こうから現れた人物を見て、俺はその意外さに言葉を失った。だが、似たように感じたらしきテオドールの反応は違った。
「メリッサ! 何故ここに?」
それはメルダース商会クーベルタン支店で会った幹部の中で唯一の女性だったあの人だ。
そうか、彼女メリッサって名前だったのか、へぇー、などと些か現実逃避してみたものの、それも長くは続かない。ここはしっかりと事態の先行きに注目しなければならないだろう。
「親しいようだな。ちょうど良い。そちらから紹介してはくれまいか」
ランベールにそう振られてはテオドールも拒否できなかったのは当然だ。彼女は私の部下の一人です、と言葉少なに告げた。
「ホケンとかいうものの説明現場にいたというが、双方共にそれは間違いないな?」
俺は頷く。テオドールも訝しみながら渋々という感じで認める。
「それでは聞こう。そこのユウキなる者はホケンという商売で冒険者を騙そうとしていたのか?」
「いいえ、違います。ユウキ殿は冒険者が安心して生活できる仕組みを真摯に考えておられました」
「それがホケンというわけだな?」
「その通りです。実現には難しい面も幾つかありましたが、総合的に見れば素晴らしい案だと私も感銘を受けました」
自分で考えたものではないので、そう感心されると少々お尻の辺りがむず痒い。
「だが、お前の上司であるテオドールは詐取であると告発したぞ」
「私もそのことには驚きました。しかもそればかりではありません。彼はあの場に居合わせた我々幹部を集めて、ユウキ殿を陥れるべく口裏を合わせるよう強要したのです。それが商会の利益になると言われれば、面と向かって逆らおうという者はおりませんでした」
嘘だ、と突然、テオドールが叫んだ。カリスト・ビスタークが何かを言いかけたが、ランベールが片手を挙げてそれを制し、好きに喋らせることにしたようだ。
もはや置物と化した審議員達がそれを唖然とした面持ちで眺めている。
「その女の言っていることは信用なりません。そうか、わかったぞ。あちら側に買収されたんだな。そうに決まっている。閣下、騙されてはなりませんぞ。他の幹部に聞いてください。その女が嘘を吐いていると証明してくれるでしょう」
「無駄であろう。証言が事実なら口裏を合わせているだろうし、虚偽なら今までの主張と変わらん。いずれにせよ、同じ内容なわけだからな。それにその者は買収されてそう申しているわけではないぞ」
「そんなはずは……だったら……どうして裏切って……」
「まだわからぬか。カリスト、教えてやれ」
ランベールに促され、カリスト・ビスタークが重々しく話し出す。
「テオドール殿が部下と考えておられる彼女は、何を隠そう私が送り込んだ手の者です。もっとも部下という以上に親しく接しておられたようだが。そういう意味では期待を越えた働きを彼女はしてくれました。テオドール殿には気の毒だが残念ながらメリッサというのも本名ではない」
あらら、愛人だったはずの相手が実はスパイだったのか。突然そんなことを告げられたら俺ならきっと泣いちゃうよ。
さすがにテオドールは気丈にも泣かずに耐えているけど、内心のショックは相当であるに違いない。敵ながら同情を禁じ得ない場面だ。
ちなみに俺の心境は、異世界の商売人ってこえー、のひと言に尽きる。
何故そんなことを、とテオドールは辛うじて口にするので精一杯のようだった。
「当然であろう。私がライバル商会の進出をただ指を咥えて静観しているとでも思ったのかね? 打つべき手は打っているよ。これもその一つに過ぎないがね」
「そうか……カリスト・ビスターク、確かに甘く見ていたようだ。だが何故だ? ここまでお膳立てしてやったのにどうして乗ってこない? 領主家の次兄は妹が邪魔で数々の妨害をしているのではなかったのか?」
それは俺もここに来て感じ始めていた疑問だ。本当にセレスを疎ましく思っていたなら自分の意に沿わせる絶好の機会だったに相違なかったのだから。
「どうやらこの者には閣下の御心を推し量ることはできなかったようですな」
「余計なことを言うな、カリスト」
ランベールの胸の裡? それってどういうことだ?
「ランベール兄様、今のカリスト殿のおっしゃりようはどういう意味なのでしょうか?」
同じ疑問を抱いたと思われるセレスが、そう訊ねた。
「…………」
ランベールは無言だ。どうあっても教える気はないらしい。
「カリスト殿!」
それを見たセレスがカリストに矛先を向ける。
だが、彼は首を横に振った。ランベールの許可無くして自分が話すわけにはいかないということなのだろう。
「──それなら私が代わりに答えてやろう」
突然、背後の観音扉が開いて、数人の兵士に護られた見知らぬ人物が現れた。
「兄上!」
「ギュスターヴ兄様!」
おっと、俺が誰だろうと思うより先に、二人が答えをくれたよ。
ギュスターヴ・クーベルタン──次期領主である彼の登場が果たして吉と出るのか凶と出るのか、それを知るには今しばらくかかりそうな気配に、俺は誰にも悟られず密かに溜め息を吐いた。
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