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クーベルタン市編Ⅵ 策謀の章(クーベルタン市編完結)
2 待ち伏せ
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〈うーん、どう見てもあそこで退場の流れだったんだがな〉
物語で例えると、名無しのモブキャラが何度かストーリーに絡むうち、いつの間にか名前を与えられてレギュラー化したようなものだろうか。
再び現れた三人組を前に俺はそんな不謹慎な感想を持ってしまった。
もっとも彼らと関わるのは本気でこれを最後にしたい。
何故、こんなところにいるのかというセレスの問いかけに、三人組の一人が不敵な笑みを浮かべながら答えた。
「決まっているだろ。お前達のせいで冒険者資格を剥奪されただけじゃなく、危うく奴隷堕ちするところだったんだ。その礼をするため以外に何があると思う?」
危うく、ということはあれだけのことをしておいて奴隷堕ちは免れたのだろうか。この国の司法制度がどういうものかは知らないが、余程腕の良い弁護士でも雇えたと見える。それほど裕福そうには思えなかったが。
「特にセレス、お前には念入りにしないとな」
「私がいつあなた達に愛称呼びを──って、これはもういいか。要するに仕返しが目的ってことね。それでどうするつもり? まさか三人がかりなら私に敵うとでも思っているの?」
セレスが声に殺気を含ませる。その迫力に気圧されて、一瞬たじろぐが何とか踏み留まり、情けないことを堂々と宣言した。
「ふん。仮にも黄金級をそれほど舐めちゃいないさ。色々と用意はしている。例えばここにある麻痺蛾の毒鱗粉を吸わせるとかな」
奴は懐から何やら時代劇の中で忍者が使う煙玉のようなものを取り出す。あの中に毒鱗粉とやらが仕込まれているのだろう。
「──確かにそれを吸えば私でも身体が痺れて動けなくなる。狭い坑道内じゃ避けようがないのも事実。これだけ離れていれば自分達に影響が及ぶこともない。臆病者の考えそうな手ね。けど、効果が現れるまでに確実に一分は掛かるわ。それだけあればあなた達三人を斬り伏せるなんて造作もない。正々堂々の勝負なら私にも人を殺すことへの躊躇いがあったかも知れないけど、そんな手を使われたんじゃこちらも必死にならざるを得ないものね。嘘だと思うなら試してみなさい」
セレスは本気だ。毒鱗粉を投げつけようとした瞬間、一足飛びに相手の懐に入り込み、問答無用で三人を斬り捨てる覚悟に違いない。
それがわかったからだろう。手に毒玉を持ったまま、男は動こうとしない。代わりに苦々しげな調子で告げた。
「……チッ、しょうがねえ。本当はもっと追い詰めてからダメ押しで披露するつもりだったが、こうなったら絶対に敵わねえってとこを見せてやる。皆さん、お願いします」
すると、三人組の背後から新たな人影がぞろぞろと現れ始める。別の脇道に潜んでいたらしい。その数は次第に増えて最終的には総勢五十人程。中には飛び道具を携えた者の姿まで見える。身なりや面構えから只の住人でないことは一目瞭然だ。恐らく盗賊か身を持ち崩した元兵士のゴロツキといった辺りと見て間違いあるまい。
女二人を相手にするのに些か大袈裟過ぎる気がしなくもないが、それだけ黄金級の冒険者であるセレスが脅威に思われているということだろう。
それを確認したセレスが緊張感を漂わせつつも呆れた様子で口にした。
「冒険者をクビになったら今度は盗賊の仲間入り? 堕ちるところまで堕ちたわね」
「ぬかしやがれ。そうなったのもお前らのせいだろうが」
やれやれ、責任転嫁にも程がある。元はと言えば自分達が蒔いた種なのに、奴らの頭の中からそのことはすっぽり消え失せているようだ。
そんな会話をしていると、盗賊達の親玉らしき男が前に進み出て来て、言った。
「何だ、もう出番か。最初は自分達に任せてくれと言った割に、随分と弱腰じゃねえか。まあ、俺達にはどっちでもいいけどな」
「念には念を入れてですよ。それより忘れちゃいないでしょうね?」
「ああ。金髪の方は殺すなだろ。黒髪の方は好きにして良いんだよな?」
おや、どういうことだろう? セレスには手を出さない気だろうか?
それを聞いたセレスが皮肉を込めた口調で反論する。
「舐められたものね。それで私が手加減するとでも思っているのかしら?」
「安心しろよ。殺しはしないというだけだ。腕の一本を切り落とすくらいなら文句は言わねえ。そのためにわざわざ上級の治癒薬まで用意したんだからな」
「へっ、それにしても妙な依頼だぜ。黒髪が殺されるのを金髪に見せつけたいなんてよ。もっとも殺す前には俺達も愉しませて貰うがな」
うん、そういう反応にはもう慣れたよ。
きっと以前の俺なら奴らの下卑た笑いに吐き気の一つも催していただろうが、今は哀れみしか感じない。これも魔眼のなせる業だろうか。
「セレス、そっちの壁際に」
俺は全員が一度に見渡せる位置へとセレスを誘導する。
「えっ、でもそんなことをしたら逃げ道が……」
話をしながらも何とか脱出の隙を窺っていたのであろうセレスが困惑した表情を浮かべる。
「大丈夫。お……私を信じて」
その言葉に何かを決意したように彼女は頷いた。
俺達は壁を背後にして連中と対峙する。完全に取り囲まれた状態だ。
「そんな場所に引っ込んで何のつもりだ? 言っておくが、魔物が現れるのを期待しているんならお門違いだぜ。抗夫が行方不明っていうのはガセだ。ここには雑魚の魔物しかいねえよ」
奴らが現れた時点で、たぶんそんなことだろうとは予想が付いていた。それが何を意味するのかを詮索するのは後回しだ。
「一度だけ警告するわ。ここで手を引くなら死なずに済む」
俺は最後の機会を彼らに与える。恐らく無駄だと知りながら。
案の定、奴らに耳を貸す気配はない。
「この状況で何ができんだよ。これだけいりゃ、あの狂乱猛虎にだって勝てるっていうのによ」
それはどうだろう? 数のゴリ押しで勝てる相手じゃなかったと思うが、どちらにしろ普通なら俺達に勝ち目がないと考えるのは当然だ。
──そう、普通なら。
「だったら今すぐその場で自害なさい」
俺はその結果がどうなるかをはっきりと自覚しながら命じた。
以前に魔眼で人を殺した時は、その効果の程を知らずに無自覚だった。
だが、今回は違う。
俺は初めて自らの意思を以て人を殺めたのだ。それも五十人近くを一斉に。大量虐殺と呼んで差し支えあるまい。そのことに後悔はないが、この苦い気持ちを忘れることがあれば俺は魔道へとまっしぐらだろう。
その時は是非ともセレスに止めて貰いたいものだ。そう願うのは俺のわがままだろうか。無論、そうならないに越したことがないのは言うまでもない。
眼の前の凄惨な光景──五十体もの死体が転がり、俺達以外に生きている者は皆無という、まさしく惨劇と呼ぶに相応しい場面に遭遇して暫し言葉を失っていたセレスが、ようやく絞り出すように声を発した。
「……ユウキ、これは一体?」
「黙っていてゴメン。知ったら迷惑が掛かると思って秘密にしていたけど、これが私の本当の力。今見た通り、命じたことに無条件で従わせる能力よ。いろいろと制約はあるけどね」
「それってもしかして、魔眼……?」
どうやらセレスは魔眼を知っていたようだ。
「別の相手にもそう言われたわ。伝えられる魔眼がどういうものかは知らないから、これが本当にそうなのか私には判断が付かないのだけど」
「たぶん、間違いないわよ。でも本当に実在したなんて驚いたわ。てっきり、伝説の中だけの話かと思っていたからね」
とりあえず魔眼の件は置いておき、先にこれからのことを決めようとなった。
「死体は不死の亡者化すると困るから、このままにしておけないわね。恐らく大したものは無いでしょうけど、目ぼしい装備品を回収したら燃やしましょう」
元の世界の感覚では死体を漁るのは不謹慎な印象を受けるが、こっちではむしろ当然のことなのだ。それは何も金目の物が目当てというばかりではない。
アイテムの中には失われることが万人にとって損失となり得る品もあるし、遺体から得た武具防具で命を救われることだって少なくはない。
それに身元がわかれば遺族に遺品を返還することもできる。
ただ残念ながら遺族を騙ってネコババしようとする不届き者がいるのも事実なので、回収した品に対して価値と同程度の謝礼が発生するのはやむを得ないことだろう。
今回の場合は相手が相手だけに、貴重なアイテムや使える消耗品、貨幣を回収するに留めておいた。
ちなみに死者の財布に手を着けるか否かは冒険者によって考え方がまちまちのようだ。
死んだ者に金は必要無いだろうと正当な行為とみなす者もいれば、それをしては盗賊に成り下がると決して手を着けない者もいる。
俺はセレスに倣って前者の方だ。といっても自分の懐に入れているわけではない。
遺族がいれば全額を渡し、見つからなければ中身を見ることなく財布ごと神殿に寄付している。
セレスに言わせると、それで助かる人がいるならどこかで朽ちていくより有意義な使われ方でしょ、とのことだ。
その後、死体は残らず火にかけた。
周辺には岩場しかないから延焼する心配はないが、坑道内で火を使うとなると酸欠の恐れがある。
俺達は死体が炎に包まれたのを確認すると、急いでその場を離れた。
あとは勝手に燃やし尽くしてくれるだろう。
坑道を半分ほど戻ったところで、改めて腰を落ち着け、今後の対応について話し合う。
「まず魔眼については当面の間、二人だけの秘密にしておきましょう。噂が拡がりでもしたら厄介なことになるのは目に見えている」
それについては全面的に賛成だ。他に選択の余地はあるまい。
「問題は今回の件の背景ね」
「セレスはあの三人組の仕業とは考えてないってこと?」
「ええ。彼らが自分達だけで仕掛けたにしては大掛かり過ぎる。あれだけの仲間を集めるための資金なんてあの人達は持ち合わせていなかったはず」
つまりは別に黒幕がいるということだ。三人組は俺達への復讐心を利用されたに過ぎないのだろう。
「もしかしてセレスはお兄さんを疑っているの?」
「……考えたくはないわ。けど、私に冒険者を止めさせるなら、これほど効果的な手段はない。もしもユウキに万一のことがあれば、きっとこの仕事は続けられなくなっていたでしょうから」
しかし、見せしめの対象が自分だったことは置くとしてもセレスに冒険者を断念させるためだけに、そこまでのことをするだろうか? 俺には貴族の権力闘争などまったくの門外漢だが、何となく違和感を覚える。
「テオドールは──依頼主であるメルダース商会は関わっていると思う?」
「地図のこともあるし、偶然、と捉えるには出来過ぎでしょうね。兄やビスターク商会との関係はわからないけど、何も知らないということはないと思う」
こうなってくると全員を殺したのは早計だったかも知れない。連中の装備品を漁った限りでは、手掛かりとなるものは何も見つからなかった。
たぶん、他のゴロツキ共は金で雇われただけだろうが、少なくとも三人組は生かしておいて背後関係を吐かせるべきだったか。
もっとも三人が直接黒幕と関わった可能性は低く、間に人を介してだろうから、大した成果は得られなかった公算が大きい。
その場合でも魔眼は命じるのと同時なら掛けたことを忘れさせられるが、過去の記憶を改竄することはできないので、使用を見られている以上、最終的には始末する外なかっただろうが。
「本人に直接、訊くしかなさそうだね」
「そうね。魔眼の乱用は避けたいところだけど、他に手はなさそうだわ」
俺達は人知れずテオドールに接触する方法を検討し始めた。
だが、それは結局、徒骨となってしまった。
物語で例えると、名無しのモブキャラが何度かストーリーに絡むうち、いつの間にか名前を与えられてレギュラー化したようなものだろうか。
再び現れた三人組を前に俺はそんな不謹慎な感想を持ってしまった。
もっとも彼らと関わるのは本気でこれを最後にしたい。
何故、こんなところにいるのかというセレスの問いかけに、三人組の一人が不敵な笑みを浮かべながら答えた。
「決まっているだろ。お前達のせいで冒険者資格を剥奪されただけじゃなく、危うく奴隷堕ちするところだったんだ。その礼をするため以外に何があると思う?」
危うく、ということはあれだけのことをしておいて奴隷堕ちは免れたのだろうか。この国の司法制度がどういうものかは知らないが、余程腕の良い弁護士でも雇えたと見える。それほど裕福そうには思えなかったが。
「特にセレス、お前には念入りにしないとな」
「私がいつあなた達に愛称呼びを──って、これはもういいか。要するに仕返しが目的ってことね。それでどうするつもり? まさか三人がかりなら私に敵うとでも思っているの?」
セレスが声に殺気を含ませる。その迫力に気圧されて、一瞬たじろぐが何とか踏み留まり、情けないことを堂々と宣言した。
「ふん。仮にも黄金級をそれほど舐めちゃいないさ。色々と用意はしている。例えばここにある麻痺蛾の毒鱗粉を吸わせるとかな」
奴は懐から何やら時代劇の中で忍者が使う煙玉のようなものを取り出す。あの中に毒鱗粉とやらが仕込まれているのだろう。
「──確かにそれを吸えば私でも身体が痺れて動けなくなる。狭い坑道内じゃ避けようがないのも事実。これだけ離れていれば自分達に影響が及ぶこともない。臆病者の考えそうな手ね。けど、効果が現れるまでに確実に一分は掛かるわ。それだけあればあなた達三人を斬り伏せるなんて造作もない。正々堂々の勝負なら私にも人を殺すことへの躊躇いがあったかも知れないけど、そんな手を使われたんじゃこちらも必死にならざるを得ないものね。嘘だと思うなら試してみなさい」
セレスは本気だ。毒鱗粉を投げつけようとした瞬間、一足飛びに相手の懐に入り込み、問答無用で三人を斬り捨てる覚悟に違いない。
それがわかったからだろう。手に毒玉を持ったまま、男は動こうとしない。代わりに苦々しげな調子で告げた。
「……チッ、しょうがねえ。本当はもっと追い詰めてからダメ押しで披露するつもりだったが、こうなったら絶対に敵わねえってとこを見せてやる。皆さん、お願いします」
すると、三人組の背後から新たな人影がぞろぞろと現れ始める。別の脇道に潜んでいたらしい。その数は次第に増えて最終的には総勢五十人程。中には飛び道具を携えた者の姿まで見える。身なりや面構えから只の住人でないことは一目瞭然だ。恐らく盗賊か身を持ち崩した元兵士のゴロツキといった辺りと見て間違いあるまい。
女二人を相手にするのに些か大袈裟過ぎる気がしなくもないが、それだけ黄金級の冒険者であるセレスが脅威に思われているということだろう。
それを確認したセレスが緊張感を漂わせつつも呆れた様子で口にした。
「冒険者をクビになったら今度は盗賊の仲間入り? 堕ちるところまで堕ちたわね」
「ぬかしやがれ。そうなったのもお前らのせいだろうが」
やれやれ、責任転嫁にも程がある。元はと言えば自分達が蒔いた種なのに、奴らの頭の中からそのことはすっぽり消え失せているようだ。
そんな会話をしていると、盗賊達の親玉らしき男が前に進み出て来て、言った。
「何だ、もう出番か。最初は自分達に任せてくれと言った割に、随分と弱腰じゃねえか。まあ、俺達にはどっちでもいいけどな」
「念には念を入れてですよ。それより忘れちゃいないでしょうね?」
「ああ。金髪の方は殺すなだろ。黒髪の方は好きにして良いんだよな?」
おや、どういうことだろう? セレスには手を出さない気だろうか?
それを聞いたセレスが皮肉を込めた口調で反論する。
「舐められたものね。それで私が手加減するとでも思っているのかしら?」
「安心しろよ。殺しはしないというだけだ。腕の一本を切り落とすくらいなら文句は言わねえ。そのためにわざわざ上級の治癒薬まで用意したんだからな」
「へっ、それにしても妙な依頼だぜ。黒髪が殺されるのを金髪に見せつけたいなんてよ。もっとも殺す前には俺達も愉しませて貰うがな」
うん、そういう反応にはもう慣れたよ。
きっと以前の俺なら奴らの下卑た笑いに吐き気の一つも催していただろうが、今は哀れみしか感じない。これも魔眼のなせる業だろうか。
「セレス、そっちの壁際に」
俺は全員が一度に見渡せる位置へとセレスを誘導する。
「えっ、でもそんなことをしたら逃げ道が……」
話をしながらも何とか脱出の隙を窺っていたのであろうセレスが困惑した表情を浮かべる。
「大丈夫。お……私を信じて」
その言葉に何かを決意したように彼女は頷いた。
俺達は壁を背後にして連中と対峙する。完全に取り囲まれた状態だ。
「そんな場所に引っ込んで何のつもりだ? 言っておくが、魔物が現れるのを期待しているんならお門違いだぜ。抗夫が行方不明っていうのはガセだ。ここには雑魚の魔物しかいねえよ」
奴らが現れた時点で、たぶんそんなことだろうとは予想が付いていた。それが何を意味するのかを詮索するのは後回しだ。
「一度だけ警告するわ。ここで手を引くなら死なずに済む」
俺は最後の機会を彼らに与える。恐らく無駄だと知りながら。
案の定、奴らに耳を貸す気配はない。
「この状況で何ができんだよ。これだけいりゃ、あの狂乱猛虎にだって勝てるっていうのによ」
それはどうだろう? 数のゴリ押しで勝てる相手じゃなかったと思うが、どちらにしろ普通なら俺達に勝ち目がないと考えるのは当然だ。
──そう、普通なら。
「だったら今すぐその場で自害なさい」
俺はその結果がどうなるかをはっきりと自覚しながら命じた。
以前に魔眼で人を殺した時は、その効果の程を知らずに無自覚だった。
だが、今回は違う。
俺は初めて自らの意思を以て人を殺めたのだ。それも五十人近くを一斉に。大量虐殺と呼んで差し支えあるまい。そのことに後悔はないが、この苦い気持ちを忘れることがあれば俺は魔道へとまっしぐらだろう。
その時は是非ともセレスに止めて貰いたいものだ。そう願うのは俺のわがままだろうか。無論、そうならないに越したことがないのは言うまでもない。
眼の前の凄惨な光景──五十体もの死体が転がり、俺達以外に生きている者は皆無という、まさしく惨劇と呼ぶに相応しい場面に遭遇して暫し言葉を失っていたセレスが、ようやく絞り出すように声を発した。
「……ユウキ、これは一体?」
「黙っていてゴメン。知ったら迷惑が掛かると思って秘密にしていたけど、これが私の本当の力。今見た通り、命じたことに無条件で従わせる能力よ。いろいろと制約はあるけどね」
「それってもしかして、魔眼……?」
どうやらセレスは魔眼を知っていたようだ。
「別の相手にもそう言われたわ。伝えられる魔眼がどういうものかは知らないから、これが本当にそうなのか私には判断が付かないのだけど」
「たぶん、間違いないわよ。でも本当に実在したなんて驚いたわ。てっきり、伝説の中だけの話かと思っていたからね」
とりあえず魔眼の件は置いておき、先にこれからのことを決めようとなった。
「死体は不死の亡者化すると困るから、このままにしておけないわね。恐らく大したものは無いでしょうけど、目ぼしい装備品を回収したら燃やしましょう」
元の世界の感覚では死体を漁るのは不謹慎な印象を受けるが、こっちではむしろ当然のことなのだ。それは何も金目の物が目当てというばかりではない。
アイテムの中には失われることが万人にとって損失となり得る品もあるし、遺体から得た武具防具で命を救われることだって少なくはない。
それに身元がわかれば遺族に遺品を返還することもできる。
ただ残念ながら遺族を騙ってネコババしようとする不届き者がいるのも事実なので、回収した品に対して価値と同程度の謝礼が発生するのはやむを得ないことだろう。
今回の場合は相手が相手だけに、貴重なアイテムや使える消耗品、貨幣を回収するに留めておいた。
ちなみに死者の財布に手を着けるか否かは冒険者によって考え方がまちまちのようだ。
死んだ者に金は必要無いだろうと正当な行為とみなす者もいれば、それをしては盗賊に成り下がると決して手を着けない者もいる。
俺はセレスに倣って前者の方だ。といっても自分の懐に入れているわけではない。
遺族がいれば全額を渡し、見つからなければ中身を見ることなく財布ごと神殿に寄付している。
セレスに言わせると、それで助かる人がいるならどこかで朽ちていくより有意義な使われ方でしょ、とのことだ。
その後、死体は残らず火にかけた。
周辺には岩場しかないから延焼する心配はないが、坑道内で火を使うとなると酸欠の恐れがある。
俺達は死体が炎に包まれたのを確認すると、急いでその場を離れた。
あとは勝手に燃やし尽くしてくれるだろう。
坑道を半分ほど戻ったところで、改めて腰を落ち着け、今後の対応について話し合う。
「まず魔眼については当面の間、二人だけの秘密にしておきましょう。噂が拡がりでもしたら厄介なことになるのは目に見えている」
それについては全面的に賛成だ。他に選択の余地はあるまい。
「問題は今回の件の背景ね」
「セレスはあの三人組の仕業とは考えてないってこと?」
「ええ。彼らが自分達だけで仕掛けたにしては大掛かり過ぎる。あれだけの仲間を集めるための資金なんてあの人達は持ち合わせていなかったはず」
つまりは別に黒幕がいるということだ。三人組は俺達への復讐心を利用されたに過ぎないのだろう。
「もしかしてセレスはお兄さんを疑っているの?」
「……考えたくはないわ。けど、私に冒険者を止めさせるなら、これほど効果的な手段はない。もしもユウキに万一のことがあれば、きっとこの仕事は続けられなくなっていたでしょうから」
しかし、見せしめの対象が自分だったことは置くとしてもセレスに冒険者を断念させるためだけに、そこまでのことをするだろうか? 俺には貴族の権力闘争などまったくの門外漢だが、何となく違和感を覚える。
「テオドールは──依頼主であるメルダース商会は関わっていると思う?」
「地図のこともあるし、偶然、と捉えるには出来過ぎでしょうね。兄やビスターク商会との関係はわからないけど、何も知らないということはないと思う」
こうなってくると全員を殺したのは早計だったかも知れない。連中の装備品を漁った限りでは、手掛かりとなるものは何も見つからなかった。
たぶん、他のゴロツキ共は金で雇われただけだろうが、少なくとも三人組は生かしておいて背後関係を吐かせるべきだったか。
もっとも三人が直接黒幕と関わった可能性は低く、間に人を介してだろうから、大した成果は得られなかった公算が大きい。
その場合でも魔眼は命じるのと同時なら掛けたことを忘れさせられるが、過去の記憶を改竄することはできないので、使用を見られている以上、最終的には始末する外なかっただろうが。
「本人に直接、訊くしかなさそうだね」
「そうね。魔眼の乱用は避けたいところだけど、他に手はなさそうだわ」
俺達は人知れずテオドールに接触する方法を検討し始めた。
だが、それは結局、徒骨となってしまった。
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