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クーベルタン市編Ⅲ 交流の章
2 冒険者談義 その一
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「先に注文を済ませてしまいましょうか」
この店の常連らしくイングリッド嬢が給仕の娘を呼んで、次々に注文を行う。飲み物にはイングリッド嬢がミードを、他の三人はエールを頼んだ。
〈こんなことなら俺も飲めば良かったかな?〉
アルコールはそれほど強い方じゃないけど、付き合いで飲みに行くのは嫌いじゃない。異世界の酒というのも興味はあったが、他人の身体で勝手なことをするのはやはり慎むべきだろう。
ひと通りの注文が終わって、給仕の娘がオーダーを厨房に届けに行くと、お決まりの自己紹介が始まった。
俺は以前に領軍のファビオ隊長にもしたカヴァー・ストーリーを話す。遠国の出で商隊に同行してこの国にやって来たというやつだ。
何をしに来たとか、どうして国を出たのかとか、普通なら問われそうだけど、冒険者なんて職業に就く者は過去に色々とある人間が多いのだろう。相手が口にしないことは詮索しないという不文律でもあるのか、特に不信がられることはなかった。
彼らについては大体が想像した通りだった。
大剣使いでリーダーのヴァレリー青年を筆頭に、斥候役で弩使いのフィオナ嬢、大盾持ちで壁役であるナゼル氏、後方から魔法で支援を行うイングリッド嬢というのが現在のパーティーの構成だそうだ。
イングリッド嬢は魔法使いの中でも回復専門の治癒術師というカテゴリーに属するらしい。
魔法使いってどんな魔法でも使えるわけではないのだろうか? 気になるので訊いてみよう。
「失礼ですけど、魔法って決まった系統のものしか使えないんですか?」
「んー、そんなことはないけど、魔法の修練には膨大な時間が掛かるものなのよ。あれこれ手を出しても中途半端な能力が増えるだけでしょ? 魔法研究者ならそれでも良いかも知れないけど、私達冒険者はねぇ、実戦で役に立たなければ意味がないもの。だから普通は何か一つの系統をある程度極めてから他に手を拡げるの。私もそうするつもりよ。もっともその頃にはおばさんになっているだろうけどね」
今だっておばさんだろ、という余計なひと言を洩らしたフィオナ嬢がテーブルの下で足を踏まれて、盛大な悲鳴を上げる。だが、元より騒々しい店内では気にする者は誰もいない。
「でも、興味を持ってくれて嬉しいわ。うちの連中はセレスを含めて脳筋ばかりだから、治癒術師なんて歩く水薬くらいにしか思われていないもの」
水薬の方が手を出さないだけマシだ、とまたしてもフィオナ嬢が口にして、今度は脇腹に肘鉄砲を喰らっていた。どうやらこの二人のやり取りは毎度のことらしく、ヴァレリー青年もナゼル氏も特に何の反応も示さない。
〈それはそうとしてセレスを含めてということはやはり彼女はこのパーティーのメンバーだったみたいだな〉
何か事情があってパーティーを抜けたらしいが、訊ねても良いことなのだろうか? 躊躇しているうちに、脇腹のダメージから回復したフィオナ嬢が別の話題を振ってきた。
「ユウキって言ったわよね? 異国風だけど素敵な響きね。ねえ、そう呼んでいい? あたしのこともフィオナで構わないからさ」
「ええ、もちろん。皆さんもそう呼んでください」
別に呼ばれ方に拘りはない。幸いにも自分もこの身体の持ち主も同じ名で、男女どちらでも通じるものだから混乱が少なくて助かる。
「御免なさいね、ユウキ。厚かましくて驚いたでしょ?」
早速、イングリッド嬢が今言ったことを実践する。なかなかに反応が素早い。
「何でよ、自分だってもう呼んでるじゃんか」
「フィオナは遠慮が無さ過ぎなのよ。そんなんだから冒険者はがさつと言われるんでしょ」
「へいへい、どうせあたしはがさつな翡翠級ですよ。お上品な白銀級様とは違いますからね」
〈ん? 翡翠級に白銀級? みんな同じ等級じゃないのか?〉
「そうなると私も翡翠級ですからがさつということになりますね」
二人の会話を微笑ましく見守っていたナゼル氏が、ここで口を挟んだ。
「いや、今の無し。ナゼルさんは別だから」
フィオナ嬢が自分の失言に気付いて慌てて取り消す。どうやら本気でひがんでいるわけではなく、単なる軽口だったみたいだ。
「皆さん、冒険者の等級はバラバラなんですね?」
フィオナ嬢に隔意は無いとわかったので、俺は気軽に訊ねた。
「ええ、そうよ。私とヴァレリーが白銀級、フィオナとナゼルさんが翡翠級ね」
イングリッド嬢が教えてくれる。
〈誰も黄金級じゃないのか……〉
リーダーのヴァレリー青年ならもしやと思ったが、やはりセレスは別格のようだ。
「言っておくけど、翡翠級だって簡単にはなれないんだぞ。実績を上げるだけじゃなくて、ギルドのいやらしーい昇級審査を通らなきゃならないんだからな」
「そういえばあなた、翡翠の審査に三回も落ちていたわね」
「おい、嫌なことを思い出させるなよ。それに実績は充分だったんだからな」
〈それって人格的に問題があったってことじゃ……〉
思ったものの、口にするのは自重した。代わりに、
「それって普通なんですか?」
と訊いてみる。
「同じパーティー内で等級が違うってこと? 珍しくはないわね。そもそも同時に冒険者になったわけじゃないもの。経歴が違えば等級に差が出るのは当然でしょ? さすがに冒険者に成り立ての青磁や黒曜級が白銀や黄金と組むことはまずないけど」
「何故なんでしょう?」
冒険者のランクによって受けられる依頼内容がまったく異なるからだ、とイングリッド嬢は説明した。
「依頼主から冒険者のランクが指名される場合もあるし、無くてもギルドが達成の困難さに応じて格付けをするわ。自分の等級以上の依頼は受けられないってわけ。基本的にはパーティー内に該当するランクの者が一名でもいれば受けられるけど、白銀級や黄金級の依頼にルーキーを連れて行っても足手まといにしかならないもの。下手をしたら死んでしまうしね」
「かといって、あたしらがそいつらのために依頼のランクを落とすって言うのもな」
フィオナ嬢のその言葉に、どういうことなのか? と訊ねると、一つは若手の育成の機会を奪うことになる、という返事だった。
「ベテラン冒険者がルーキーを指導することはあるけど、最後はやっぱり自分達だけで依頼をこなさないと、本当の意味での実力は身に付かないからな。あたしらがいたらどうしても頼ることになるだろ。それじゃあ、意味がない。その過程で大怪我したり死んだりする奴は、可哀想だけど向いていなかったってことさ。みんなそうやって一人前になっていくんだ」
手取り足取り教えられるわけじゃないのか。脱落しても止むを得ないなんて自分の新人時代と比べると、なかなかにシビアな世界だ。
「それに採算も合いませんしね」
と、これはナゼル氏の発言。彼によれば冒険者の能力は、単に個人の力量のみならず、身に着ける装備や消耗品の充実ぶりを含めた総合的なものだと言う。つまり、上位冒険者としての実行力を維持するには相応の出費が必要で、それに見合った報酬が得られなければ仕事としてやっていけないとのこと。
「だから上位冒険者としての活動をしたければ、相応のリスクを背負って魔物討伐なんかの困難な依頼を受ける必要があるのよ。それを嫌って実力はありながら敢えて等級を上げないという冒険者もいるわ。考え方は人それぞれだから否定はできないわね」
「じゃあ、今日の依頼というのも相当に危険だったのでは?」
俺は軽い口調で訊ねたが、実はちょっと気になっていた。魔物の討伐が朝出かけて行って、夕方には戻って来られるほど短時間で済むとは思えなかったからだ。
案の定、フィオナ嬢とイングリッド嬢が顔を見合わせ、言い澱む。
「今日のは討伐依頼じゃないよ」
二人に代わってそう答えたのは、それまでずっと黙っていたヴァレリー青年だ。どうやら彼には色々と思うところがありそうだ。
ヴァレリー青年の発言を聞いて、まあ、いいか、という感じでフィオナ嬢が肩を竦め、それに合わせてイングリッド嬢が再び口を開く。
「ええ、その通りなの。魔物の討伐なら最低でも二、三日は帰って来られないから予想は付いていたでしょうけど。今日の依頼は単なる周辺調査よ。本来なら駆け出しの青磁や黒曜が受けるようなね。顰蹙は覚悟の上だったけど、さすがに周囲の視線は冷たかったわね」
「だから討伐依頼にしときゃ良かったんだよ。ランクだけ落としてさ」
それはダメだ、とヴァレリー青年が強めの語気で否定した。
「そうよ、フィオナ。みんなで話し合って決めたことでしょ」
「わかってるよ。ちょっと愚痴ってみただけだって」
俺が話の内容についていけなくて、不思議そうな顔をしていたせいだろう。イングリッド嬢が補足する形で説明してくれた。
「あなたを助けたセレスは元々私達のパーティーの一員だったの。ある理由があって抜けたんだけど……それまでは彼女を中心に戦術を組み立てていたから、全面的に戦い方の見直しが必要になって。慣れるまでは危険だからって討伐依頼は受けないことにしたのよ。弱い魔物と言っても隙が生じればパーティーが全滅することも珍しくはないからね」
「ヴァレリーが許さないんだよ。見かけによらず頑固だからな、こいつは」
フィオナ嬢が呆れ半分、称賛半分といった感じで付け加えた。
目先の利益よりも仲間の安全が第一か。彼はきっと良いリーダーなのだろう。
「ただなぁ、あたしやイングリッドはそもそもが根無し草だから収入が減っても何とかなるけど、ナゼルさんには奥さんと二人の娘がいるし、ヴァレリーだってお母さんの病気のことがあるだろ。このまま安い依頼だけ受け続けるってわけにいかなくないか」
「私の心配なら要りませんよ。幸いセレスさんと組んだおかげで本来の等級以上の依頼をこなせていましたから多少の蓄えならありますし、妻も無理はするなと言ってくれていますしね」
ナゼル氏がそんな風に言ってやんわりと気遣いを打ち消す。
「うちだって同じだ。大体、怪我でもして依頼が受けられなくなる方が大損じゃないか」
ヴァレリー青年の方はやや向きになった言い方をした。それが気恥ずかしかったのか、再度横を向き黙ってしまう。
彼を見ていると、何となくへそ曲がりな弟を相手にしている気分だよ。もしかしたら酔っているのかな?
宴はさらに続く。
この店の常連らしくイングリッド嬢が給仕の娘を呼んで、次々に注文を行う。飲み物にはイングリッド嬢がミードを、他の三人はエールを頼んだ。
〈こんなことなら俺も飲めば良かったかな?〉
アルコールはそれほど強い方じゃないけど、付き合いで飲みに行くのは嫌いじゃない。異世界の酒というのも興味はあったが、他人の身体で勝手なことをするのはやはり慎むべきだろう。
ひと通りの注文が終わって、給仕の娘がオーダーを厨房に届けに行くと、お決まりの自己紹介が始まった。
俺は以前に領軍のファビオ隊長にもしたカヴァー・ストーリーを話す。遠国の出で商隊に同行してこの国にやって来たというやつだ。
何をしに来たとか、どうして国を出たのかとか、普通なら問われそうだけど、冒険者なんて職業に就く者は過去に色々とある人間が多いのだろう。相手が口にしないことは詮索しないという不文律でもあるのか、特に不信がられることはなかった。
彼らについては大体が想像した通りだった。
大剣使いでリーダーのヴァレリー青年を筆頭に、斥候役で弩使いのフィオナ嬢、大盾持ちで壁役であるナゼル氏、後方から魔法で支援を行うイングリッド嬢というのが現在のパーティーの構成だそうだ。
イングリッド嬢は魔法使いの中でも回復専門の治癒術師というカテゴリーに属するらしい。
魔法使いってどんな魔法でも使えるわけではないのだろうか? 気になるので訊いてみよう。
「失礼ですけど、魔法って決まった系統のものしか使えないんですか?」
「んー、そんなことはないけど、魔法の修練には膨大な時間が掛かるものなのよ。あれこれ手を出しても中途半端な能力が増えるだけでしょ? 魔法研究者ならそれでも良いかも知れないけど、私達冒険者はねぇ、実戦で役に立たなければ意味がないもの。だから普通は何か一つの系統をある程度極めてから他に手を拡げるの。私もそうするつもりよ。もっともその頃にはおばさんになっているだろうけどね」
今だっておばさんだろ、という余計なひと言を洩らしたフィオナ嬢がテーブルの下で足を踏まれて、盛大な悲鳴を上げる。だが、元より騒々しい店内では気にする者は誰もいない。
「でも、興味を持ってくれて嬉しいわ。うちの連中はセレスを含めて脳筋ばかりだから、治癒術師なんて歩く水薬くらいにしか思われていないもの」
水薬の方が手を出さないだけマシだ、とまたしてもフィオナ嬢が口にして、今度は脇腹に肘鉄砲を喰らっていた。どうやらこの二人のやり取りは毎度のことらしく、ヴァレリー青年もナゼル氏も特に何の反応も示さない。
〈それはそうとしてセレスを含めてということはやはり彼女はこのパーティーのメンバーだったみたいだな〉
何か事情があってパーティーを抜けたらしいが、訊ねても良いことなのだろうか? 躊躇しているうちに、脇腹のダメージから回復したフィオナ嬢が別の話題を振ってきた。
「ユウキって言ったわよね? 異国風だけど素敵な響きね。ねえ、そう呼んでいい? あたしのこともフィオナで構わないからさ」
「ええ、もちろん。皆さんもそう呼んでください」
別に呼ばれ方に拘りはない。幸いにも自分もこの身体の持ち主も同じ名で、男女どちらでも通じるものだから混乱が少なくて助かる。
「御免なさいね、ユウキ。厚かましくて驚いたでしょ?」
早速、イングリッド嬢が今言ったことを実践する。なかなかに反応が素早い。
「何でよ、自分だってもう呼んでるじゃんか」
「フィオナは遠慮が無さ過ぎなのよ。そんなんだから冒険者はがさつと言われるんでしょ」
「へいへい、どうせあたしはがさつな翡翠級ですよ。お上品な白銀級様とは違いますからね」
〈ん? 翡翠級に白銀級? みんな同じ等級じゃないのか?〉
「そうなると私も翡翠級ですからがさつということになりますね」
二人の会話を微笑ましく見守っていたナゼル氏が、ここで口を挟んだ。
「いや、今の無し。ナゼルさんは別だから」
フィオナ嬢が自分の失言に気付いて慌てて取り消す。どうやら本気でひがんでいるわけではなく、単なる軽口だったみたいだ。
「皆さん、冒険者の等級はバラバラなんですね?」
フィオナ嬢に隔意は無いとわかったので、俺は気軽に訊ねた。
「ええ、そうよ。私とヴァレリーが白銀級、フィオナとナゼルさんが翡翠級ね」
イングリッド嬢が教えてくれる。
〈誰も黄金級じゃないのか……〉
リーダーのヴァレリー青年ならもしやと思ったが、やはりセレスは別格のようだ。
「言っておくけど、翡翠級だって簡単にはなれないんだぞ。実績を上げるだけじゃなくて、ギルドのいやらしーい昇級審査を通らなきゃならないんだからな」
「そういえばあなた、翡翠の審査に三回も落ちていたわね」
「おい、嫌なことを思い出させるなよ。それに実績は充分だったんだからな」
〈それって人格的に問題があったってことじゃ……〉
思ったものの、口にするのは自重した。代わりに、
「それって普通なんですか?」
と訊いてみる。
「同じパーティー内で等級が違うってこと? 珍しくはないわね。そもそも同時に冒険者になったわけじゃないもの。経歴が違えば等級に差が出るのは当然でしょ? さすがに冒険者に成り立ての青磁や黒曜級が白銀や黄金と組むことはまずないけど」
「何故なんでしょう?」
冒険者のランクによって受けられる依頼内容がまったく異なるからだ、とイングリッド嬢は説明した。
「依頼主から冒険者のランクが指名される場合もあるし、無くてもギルドが達成の困難さに応じて格付けをするわ。自分の等級以上の依頼は受けられないってわけ。基本的にはパーティー内に該当するランクの者が一名でもいれば受けられるけど、白銀級や黄金級の依頼にルーキーを連れて行っても足手まといにしかならないもの。下手をしたら死んでしまうしね」
「かといって、あたしらがそいつらのために依頼のランクを落とすって言うのもな」
フィオナ嬢のその言葉に、どういうことなのか? と訊ねると、一つは若手の育成の機会を奪うことになる、という返事だった。
「ベテラン冒険者がルーキーを指導することはあるけど、最後はやっぱり自分達だけで依頼をこなさないと、本当の意味での実力は身に付かないからな。あたしらがいたらどうしても頼ることになるだろ。それじゃあ、意味がない。その過程で大怪我したり死んだりする奴は、可哀想だけど向いていなかったってことさ。みんなそうやって一人前になっていくんだ」
手取り足取り教えられるわけじゃないのか。脱落しても止むを得ないなんて自分の新人時代と比べると、なかなかにシビアな世界だ。
「それに採算も合いませんしね」
と、これはナゼル氏の発言。彼によれば冒険者の能力は、単に個人の力量のみならず、身に着ける装備や消耗品の充実ぶりを含めた総合的なものだと言う。つまり、上位冒険者としての実行力を維持するには相応の出費が必要で、それに見合った報酬が得られなければ仕事としてやっていけないとのこと。
「だから上位冒険者としての活動をしたければ、相応のリスクを背負って魔物討伐なんかの困難な依頼を受ける必要があるのよ。それを嫌って実力はありながら敢えて等級を上げないという冒険者もいるわ。考え方は人それぞれだから否定はできないわね」
「じゃあ、今日の依頼というのも相当に危険だったのでは?」
俺は軽い口調で訊ねたが、実はちょっと気になっていた。魔物の討伐が朝出かけて行って、夕方には戻って来られるほど短時間で済むとは思えなかったからだ。
案の定、フィオナ嬢とイングリッド嬢が顔を見合わせ、言い澱む。
「今日のは討伐依頼じゃないよ」
二人に代わってそう答えたのは、それまでずっと黙っていたヴァレリー青年だ。どうやら彼には色々と思うところがありそうだ。
ヴァレリー青年の発言を聞いて、まあ、いいか、という感じでフィオナ嬢が肩を竦め、それに合わせてイングリッド嬢が再び口を開く。
「ええ、その通りなの。魔物の討伐なら最低でも二、三日は帰って来られないから予想は付いていたでしょうけど。今日の依頼は単なる周辺調査よ。本来なら駆け出しの青磁や黒曜が受けるようなね。顰蹙は覚悟の上だったけど、さすがに周囲の視線は冷たかったわね」
「だから討伐依頼にしときゃ良かったんだよ。ランクだけ落としてさ」
それはダメだ、とヴァレリー青年が強めの語気で否定した。
「そうよ、フィオナ。みんなで話し合って決めたことでしょ」
「わかってるよ。ちょっと愚痴ってみただけだって」
俺が話の内容についていけなくて、不思議そうな顔をしていたせいだろう。イングリッド嬢が補足する形で説明してくれた。
「あなたを助けたセレスは元々私達のパーティーの一員だったの。ある理由があって抜けたんだけど……それまでは彼女を中心に戦術を組み立てていたから、全面的に戦い方の見直しが必要になって。慣れるまでは危険だからって討伐依頼は受けないことにしたのよ。弱い魔物と言っても隙が生じればパーティーが全滅することも珍しくはないからね」
「ヴァレリーが許さないんだよ。見かけによらず頑固だからな、こいつは」
フィオナ嬢が呆れ半分、称賛半分といった感じで付け加えた。
目先の利益よりも仲間の安全が第一か。彼はきっと良いリーダーなのだろう。
「ただなぁ、あたしやイングリッドはそもそもが根無し草だから収入が減っても何とかなるけど、ナゼルさんには奥さんと二人の娘がいるし、ヴァレリーだってお母さんの病気のことがあるだろ。このまま安い依頼だけ受け続けるってわけにいかなくないか」
「私の心配なら要りませんよ。幸いセレスさんと組んだおかげで本来の等級以上の依頼をこなせていましたから多少の蓄えならありますし、妻も無理はするなと言ってくれていますしね」
ナゼル氏がそんな風に言ってやんわりと気遣いを打ち消す。
「うちだって同じだ。大体、怪我でもして依頼が受けられなくなる方が大損じゃないか」
ヴァレリー青年の方はやや向きになった言い方をした。それが気恥ずかしかったのか、再度横を向き黙ってしまう。
彼を見ていると、何となくへそ曲がりな弟を相手にしている気分だよ。もしかしたら酔っているのかな?
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