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クーベルタン市編Ⅱ 発見の章
5 クーベルタンの戦乙女
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「へぇ、クーベルタンの戦乙女に会ったのかい? それは幸運だったねぇ」
宿屋に帰ると、朝一番に出て行ったきりなかなか帰って来ない俺を心配して顔を覗かせた女将さんに事情を訊かれ、今しがたあったことを説明したところだ。
「クーベルタンの戦乙女?」
俺は鸚鵡返しに訊ねる。
「セレスティーナ様のことさ。会ったんだろ? 彼女はそう呼ばれているんだよ」
所謂二つ名というやつだろう。そんな異名が付くくらいだ。相当に腕利きの冒険者に相違あるまい。
「有名な方なんですか?」
「そりゃそうさ。冒険者になったのは三年程前だったかねぇ。何十年と続けても紅鉄や翡翠止まりって冒険者もいるって中、あっという間に黄金級まで駆け上がっただけじゃなく、去年、王都で開かれた武術大会では並みいる男共を蹴散らして準優勝までしたんだ。これで彼女の昇級を家柄のおかげと評価していなかった連中も認めざるを得なくなったのさ」
いやいや、色々と情報過多過ぎないか、今の話。
一つ一つ、整理して行こう。まずは──。
「黄金級っていうのは冒険者として凄いんですか?」
「そうか。異国から来たんじゃ知らないのも無理はないね。私も聞き齧っただけだからあまり詳しくはないよ」
女将さんの話によると、冒険者のランクは青磁級から始まり、黒曜、紅鉄、翡翠、白銀、黄金、真銀、皇鋼、神金と功績に応じて上がっていくそうだ。そういえば彼女も、そんな大口はせめて紅鉄になってから叩けと言っていたな。
その中でもファンタジー系鉱石の名を冠した上位三ランクが与えられるのは国家的な危機に対処した場合とか、普通は為しえない偉業を達成した場合とか、そういう特別な時だけらしい。普通は為しえない偉業ってどんなことか、と訊ねたら、ちょっと想像が付かないねぇ、だってさ。まあ、庶民の感覚なんてそんなものだろう。
従って黄金級というのは通常の依頼をこなして到達できる最高位ということみたいだ。それにまだ十八歳という若さでなったんだから、女将さんが自分の娘のように自慢したがるのも無理はない。
ああ、十八歳というのはこの国の成人年齢が十五歳だから、そこから冒険者としてのキャリアを足して導いたものだ。たぶん、間違ってはいないと思う。
ちなみにだけど、誕生日を祝う風習は無いようだ。生まれた年をゼロ歳として、新年が訪れる度に一歳ずつ加算していくという、満年齢と数え年を合わせたような歳の取り方をするみたい。
なお、ファンタジー系鉱石の希少価値としては確かに等級の順らしいが、それが必ずしも素材としての優劣を現しているわけではないそうだ。
例えば単純な頑強さで言えば皇鋼が最も硬く優れており、魔力の流しやすさなら真銀が一番で、神金は聖なる力が宿っているのだという。つまり、皇鋼製の武器や防具は誰にとっても有用で、魔力が豊富な者なら真銀製が使いやすく、聖騎士などは好んで神金製を持ちたがるといった具合。
普通はこれらを組み合わせて合金化したものが素材として使われる。作り手によってまさに無限の割合があると言えよう。
もっともそんな高価な武器防具が身に着けられるのはごく一部の人間というのはどこの世界でも変わらないようだ。
「それじゃあ、王都の武術大会って言うのは?」
気になったので先に冒険者の等級を訊いたけど、本来知りたかったのはセレス嬢のことだ。なので、そちらに本題を戻す。
「二年に一度、王国内の腕自慢達が王都に集結して王様の御前で行われる試合のことさ。地方毎の予選を勝ち抜いて本戦に出場するだけでも大変に名誉ってことだよ。仕官も縁談も思いのままってやつさ。特に跡継ぎでもない貴族の子弟はそんなことくらいしか出世の糸口はないからね」
上手くいけば男子のいない貴族家に婿入りして領地持ちになれたり、爵位されて新たな家系を興したりすることも夢ではないらしい。
では、彼女もそのために出場したのだろうか? いずれにしてもそれで準優勝というのはとんでもないことの気がする。そう言うと、
「当たり前じゃないか。王国中どころか、他国にまで名前が知れ渡ったんだからね。クーベルタンの戦乙女という通り名もその時に付いたものだよ。少なくとも領内で彼女に敵う者はいないんじゃないかね。陰で彼女を侮っていた連中にはそれ見たことかって言ってやりたいよ」
そういえば昇級は家柄のおかげと評価しなかった連中がいたって話をしていたな。まてよ、まだ彼女の出自を聞いていなかったぞ。
「あの、家柄ってやっぱり貴族様なんでしょうか?」
「何だい、今更。まさか知らなかったとでも言うのかい? これは驚きだね。彼女はクーベルタン伯爵様の御令嬢さ。失礼なことはしなかっただろうね?」
クーベルタン伯爵? それって領都の名にもなっているこの地を納める領主ということだよな? それなりの身分とは思っていたけど、まさか伯爵令嬢だとは。無礼を働かなくてホント良かったよ。
というか、そんな立場の人が街中を一人でぶらついていて平気なのか? ああ、そうか。下手な護衛よりも彼女の方が強いんだっけ。
「でも、そんな偉い人が冒険者になんてなれるんですか?」
俺は思い付いた素朴な疑問を口にする。
伯爵と言えば貴族階級では中間くらいのはずだ。上から順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵といった感じだったか。これまでの経験上、制度や体系はかなり元の世界の中世時代に近いので、これも似たようなものと思われる。
もっとも一領地一貴族なら平民に爵位の上下は関係ないだろう。
「それはまあ……貴族様と言っても色々だからさ」
何だか、女将さんは言い難そうだ。冒険者の社会的地位がどの程度のものかはわからないが、先刻の元パーティーメンバーらしい冒険者達との会話のこともあるし、これ以上詮索するのはやめておこう。
たぶん、この先関わることもないだろうしね。
どことなくフラグ立て臭い物言いをしてしまったが、これは本心だ。
もっともそう感じたことをすぐに後悔する羽目になるとはさすがに思わなかったけど──。
宿屋に帰ると、朝一番に出て行ったきりなかなか帰って来ない俺を心配して顔を覗かせた女将さんに事情を訊かれ、今しがたあったことを説明したところだ。
「クーベルタンの戦乙女?」
俺は鸚鵡返しに訊ねる。
「セレスティーナ様のことさ。会ったんだろ? 彼女はそう呼ばれているんだよ」
所謂二つ名というやつだろう。そんな異名が付くくらいだ。相当に腕利きの冒険者に相違あるまい。
「有名な方なんですか?」
「そりゃそうさ。冒険者になったのは三年程前だったかねぇ。何十年と続けても紅鉄や翡翠止まりって冒険者もいるって中、あっという間に黄金級まで駆け上がっただけじゃなく、去年、王都で開かれた武術大会では並みいる男共を蹴散らして準優勝までしたんだ。これで彼女の昇級を家柄のおかげと評価していなかった連中も認めざるを得なくなったのさ」
いやいや、色々と情報過多過ぎないか、今の話。
一つ一つ、整理して行こう。まずは──。
「黄金級っていうのは冒険者として凄いんですか?」
「そうか。異国から来たんじゃ知らないのも無理はないね。私も聞き齧っただけだからあまり詳しくはないよ」
女将さんの話によると、冒険者のランクは青磁級から始まり、黒曜、紅鉄、翡翠、白銀、黄金、真銀、皇鋼、神金と功績に応じて上がっていくそうだ。そういえば彼女も、そんな大口はせめて紅鉄になってから叩けと言っていたな。
その中でもファンタジー系鉱石の名を冠した上位三ランクが与えられるのは国家的な危機に対処した場合とか、普通は為しえない偉業を達成した場合とか、そういう特別な時だけらしい。普通は為しえない偉業ってどんなことか、と訊ねたら、ちょっと想像が付かないねぇ、だってさ。まあ、庶民の感覚なんてそんなものだろう。
従って黄金級というのは通常の依頼をこなして到達できる最高位ということみたいだ。それにまだ十八歳という若さでなったんだから、女将さんが自分の娘のように自慢したがるのも無理はない。
ああ、十八歳というのはこの国の成人年齢が十五歳だから、そこから冒険者としてのキャリアを足して導いたものだ。たぶん、間違ってはいないと思う。
ちなみにだけど、誕生日を祝う風習は無いようだ。生まれた年をゼロ歳として、新年が訪れる度に一歳ずつ加算していくという、満年齢と数え年を合わせたような歳の取り方をするみたい。
なお、ファンタジー系鉱石の希少価値としては確かに等級の順らしいが、それが必ずしも素材としての優劣を現しているわけではないそうだ。
例えば単純な頑強さで言えば皇鋼が最も硬く優れており、魔力の流しやすさなら真銀が一番で、神金は聖なる力が宿っているのだという。つまり、皇鋼製の武器や防具は誰にとっても有用で、魔力が豊富な者なら真銀製が使いやすく、聖騎士などは好んで神金製を持ちたがるといった具合。
普通はこれらを組み合わせて合金化したものが素材として使われる。作り手によってまさに無限の割合があると言えよう。
もっともそんな高価な武器防具が身に着けられるのはごく一部の人間というのはどこの世界でも変わらないようだ。
「それじゃあ、王都の武術大会って言うのは?」
気になったので先に冒険者の等級を訊いたけど、本来知りたかったのはセレス嬢のことだ。なので、そちらに本題を戻す。
「二年に一度、王国内の腕自慢達が王都に集結して王様の御前で行われる試合のことさ。地方毎の予選を勝ち抜いて本戦に出場するだけでも大変に名誉ってことだよ。仕官も縁談も思いのままってやつさ。特に跡継ぎでもない貴族の子弟はそんなことくらいしか出世の糸口はないからね」
上手くいけば男子のいない貴族家に婿入りして領地持ちになれたり、爵位されて新たな家系を興したりすることも夢ではないらしい。
では、彼女もそのために出場したのだろうか? いずれにしてもそれで準優勝というのはとんでもないことの気がする。そう言うと、
「当たり前じゃないか。王国中どころか、他国にまで名前が知れ渡ったんだからね。クーベルタンの戦乙女という通り名もその時に付いたものだよ。少なくとも領内で彼女に敵う者はいないんじゃないかね。陰で彼女を侮っていた連中にはそれ見たことかって言ってやりたいよ」
そういえば昇級は家柄のおかげと評価しなかった連中がいたって話をしていたな。まてよ、まだ彼女の出自を聞いていなかったぞ。
「あの、家柄ってやっぱり貴族様なんでしょうか?」
「何だい、今更。まさか知らなかったとでも言うのかい? これは驚きだね。彼女はクーベルタン伯爵様の御令嬢さ。失礼なことはしなかっただろうね?」
クーベルタン伯爵? それって領都の名にもなっているこの地を納める領主ということだよな? それなりの身分とは思っていたけど、まさか伯爵令嬢だとは。無礼を働かなくてホント良かったよ。
というか、そんな立場の人が街中を一人でぶらついていて平気なのか? ああ、そうか。下手な護衛よりも彼女の方が強いんだっけ。
「でも、そんな偉い人が冒険者になんてなれるんですか?」
俺は思い付いた素朴な疑問を口にする。
伯爵と言えば貴族階級では中間くらいのはずだ。上から順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵といった感じだったか。これまでの経験上、制度や体系はかなり元の世界の中世時代に近いので、これも似たようなものと思われる。
もっとも一領地一貴族なら平民に爵位の上下は関係ないだろう。
「それはまあ……貴族様と言っても色々だからさ」
何だか、女将さんは言い難そうだ。冒険者の社会的地位がどの程度のものかはわからないが、先刻の元パーティーメンバーらしい冒険者達との会話のこともあるし、これ以上詮索するのはやめておこう。
たぶん、この先関わることもないだろうしね。
どことなくフラグ立て臭い物言いをしてしまったが、これは本心だ。
もっともそう感じたことをすぐに後悔する羽目になるとはさすがに思わなかったけど──。
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