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クーベルタン市編Ⅱ 発見の章
2 クーベルタン市
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村を出た翌々日の夕刻近くになって、漸く領都の市門が見えてきた。
夜間は出入りが禁止されるそうで、もう一刻ほど遅ければ入市できなかったとのこと。その際は手前の村に戻って、さらに一泊しなければならなかったらしい。
なお、街に入るには通常入市税を払う必要と身分審査があるそうで、商業ギルド発行の通行証を持ち審査が免除されるというコンラードとは門前で別れた。
ここまで送ってくれたことに感謝を述べ、馬車を降りると、彼の表情がホッとしたように見えたのはたぶん思い過ごしだろう。
俺は入市を待つらしき人の列に並ぶ。ん? 人……?
中には俺が知る人じゃない奴もチラホラと混じっているようだ。
犬や猫っぽい顔だったり、額から角を生やしていたり、鋭い牙を口許から覗かせていたりと獣頭人身の者達。
多くがみすぼらしい身なりをして重そうな荷物を背負っているところを見ると、奴隷や身分の低い人足なのだろうか?
そういえばコンラードに言葉が通じる理由を聞いた時、こんなことを言っていた。
そもそもこの世界には自分達ヒト族以外にも言語を持つ多種多様な種族が暮らしている。
その中で比較的見た目が近い、ファンタジー界ではお馴染みのエルフ族やドワーフ族、ホビット族、ノーム族などをヒト族と共に総称して「人類種」と呼んでいるが、他にも言葉を話す所謂獣人なども居て、それらを含めると一体どれほどの言語が地上に存在するのか皆目見当も付かない。
他種族の言葉を憶えようにも中には身体の構造上、発声が困難なものも多数あり、とても会話は不可能だ。
そこで精霊を介して(と信じられている)意思の疎通を図る手段が、この世界では当たり前になっている。生まれた時からのことなので、誰もそれを不思議とは思わないそうだ。慣れれば二重に聞こえるのも苦にならなくなるという。
ある種のテレパシーのようなものらしいが、翻訳されて伝わるのはあくまで相手が発した言葉だけなので、考えや記憶が読まれる心配はないとのこと。
ただし、翻訳は聞く側の言語が基準となるため、相手に該当する言葉や風習が無かったりすると、正しく伝わらないこともしばしばあるみたいだ。
それでもヒト族の社会では亜人と蔑まれている獣人や蜥蜴人などは言葉が通じるだけまだ良い方で、ある程度社会性がありながら精霊を介しても意思の疎通ができない存在は「魔物」の仲間扱いで討伐の対象となっているらしい。
俗に「魔族」と呼ばれる連中だ。
ゴブリンやオーク、オーガなどもその中に含まれるそうだ。
ちなみに動物と魔物の区別はどう付けているのかと訊いたら、魔素というこの世界独自の資源を体内に取り込んでいるかいないかの違いだと言われた。
聞き齧っただけの不確かな知識と前置きした上でコンラードが語った話を要約すると、魔素は精霊を現世に留める触媒だったり、魔法の源であったりもするようだが、同時に非常に危険なものらしく、自然界では滅多にないことだが濃度が濃くなり過ぎると生物に色んな悪影響を与えるのだそうだ。
この魔素に毒された動物が「魔物」となる。特に魔物の死骸を食べた生き物が魔物化する例が多いらしい。
そうなると人でも動物でも眷属以外は見境なく襲うようになるため、撲滅すべき厄介な存在とされている。
だから魔物を退治した後は、その死体を残さないようにするのが鉄則なのだという。そう言われると、ファビオ隊長達も森林魔狼の死骸を燃やしていたっけ。屍毒を防ぐための措置かと思ったけど、そうじゃなかったみたいだ。
よって魔物の肉は売買どころか所持するだけで、統治体制の違いや政治姿勢に拘わらず大半の国で重罪になるので注意が必要とのことだった。
まるで麻薬並の扱いだ。
皮や骨などは問題なく、加工品の原材料として普通に流通しているそうである。
魔物の素材収集を専門としている冒険者もいるようだ。
そんな多種多様な種族に囲まれ、共に待つこと十数分。ようやく自分の番が回ってきた。
正直言って周囲から注がれる視線が気になって落ち着かなかったから、やれやれという感じだ。
領軍と一緒の時は、制服姿の物珍しさもあってのことだと思っていたけど、今はこの世界の住人とほぼ同じ格好をしている。動きやすさを基準に選んだから、鎧を脱いだ兵士のようなズボンにチュニックという出で立ちではあるが、変わってはいても異様ではないとコンラードのお墨付きを得ている。
なので、やはり異世界人から見ても相当に人目を惹く美貌なのだろう。東洋風の顔立ちや黒髪も珍しいみたいだ。
世の中の綺麗どころと言われる人達の苦労が初めてわかったよ。
審査がどういうものかは不明だったが、いざとなれば魔眼で切り抜けられるだろうと思い、さほど緊張感なく臨めた。
実際は身分を証明するものの提示を求められ(たぶんコンラードが所持していたギルドの通行証のようなものだろう)、それが無いとかなり面倒な手続きになるらしいのだが、ふと思い付いてファビオ隊長から貰った報奨金の証文を見せたらあっさりと通行の許可が下りた。
どうやら彼が気を利かせて、怪しい者ではないという補足事項を書き記してくれていたおかげのようだ。
ファビオ隊長、GJ!
中身がアラフォーのおっさんじゃなきゃ、惚れてしまいそうだよ。
それにしてもあんな僅かな間、一緒にいただけで信用して良いのだろうか? まあ、審査は形式的なものに過ぎないのかも知れない。
もちろん、報奨金も恙なく受け取れた。銀貨五枚が多いのか少ないのかはよくわからないけど。
ついでに銅貨一枚の入市税は免除された。どうやら収入源というよりは、これも最低限の金は持っているかという審査の一部のようだ。
そうしていよいよクーベルタン市に足を踏み入れる。
異世界とは言っても石畳にレンガ造りの建物が並んでいたりして、基本はヨーロッパの古い街並を目にするのと変わらない。普通に観光旅行に来た気分だ。
道行く人をテーマパークのキャストのように感じてしまうのは、現代社会の弊害だろう。
まだ実感が湧かないだけかも知れないが。
当座の生活費は手に入れたので、とりあえずコンラードに聞いたオススメの宿屋に行ってみる。
素泊まりで一泊銅貨三枚は彼の言っていた相場からすると、上等な部類に入るのだろう。
右も左もわからない異世界なので、下手に安宿に泊まるよりは安心に違いない、そう思い、即決する。今の時期は満室になることも滅多にないそうで、連泊の予約を入れなくても好きな日数分だけ居られるというのも有り難かった。
女一人での宿泊は不審がられるかもと思ったけど、単独でする旅が異常なだけだったらしく、泊まる分にはさほど珍しくはないみたいだ。
案内は無かったので、教えられた通り二階に上がって一番奥の部屋に入る。
ベッドと備え付けのワードローブがあるだけの簡素な部屋だが、掃除は行き届いており、寝具も清潔そうなので、文句は無い。
ひと先ずベッドに腰を下ろし、これまでにわかったことを頭の中で整理する。
まずはここが異世界──少なくとも自分がこれまで知らなかった世界であることはもはや疑いようがない。
例えば地球の中世ヨーロッパ時代にタイムスリップしたとかではあり得まい。
精霊や魔素、魔物に亜人種族、どれを取っても想像の産物でしかなかったものが存在していることが何よりの証だ。
文化レベルは現状見た限りでは産業革命以前な感じ。石油資源を使った動力源どころか、石炭や蒸気機関も見かけない。まあ、この辺りに無いだけかも知れないけどさ。
政治体制は王国と言うからには王による君主制であると思われる。その下に貴族階級が位置し、各領地を任されているといったところか。
そう、この国には厳然たる階級制度が存在する。他の国も同様かは不明だが、身分の違いに慣れない身としては目上の人に非礼を働かないよう注意が必要だろう。
奴隷階級もあるみたいだが、今のところ自分は平民ということで良さそうだ。
今後のために、奴隷身分に落とされるのはどのような場合かは調べておいた方が良いかも知れない。
なお、平民に姓がないのはやはり確かだった。一部の富裕層には伝統的に受け継がれるファミリーネームもあるそうだが、領主の許可無しに名乗ると貴族を僭称したことになって処罰の対象となるらしい。
他にも生活習慣や異世界独自の仕組み、そして何より女としての過ごし方など考えることは山程ありそうだったが、さすがに疲れが溜まっていたようで、この日はいつの間にかそのまま眠ってしまった。
もちろん、戸締りはしっかりしてあったよ。
夜間は出入りが禁止されるそうで、もう一刻ほど遅ければ入市できなかったとのこと。その際は手前の村に戻って、さらに一泊しなければならなかったらしい。
なお、街に入るには通常入市税を払う必要と身分審査があるそうで、商業ギルド発行の通行証を持ち審査が免除されるというコンラードとは門前で別れた。
ここまで送ってくれたことに感謝を述べ、馬車を降りると、彼の表情がホッとしたように見えたのはたぶん思い過ごしだろう。
俺は入市を待つらしき人の列に並ぶ。ん? 人……?
中には俺が知る人じゃない奴もチラホラと混じっているようだ。
犬や猫っぽい顔だったり、額から角を生やしていたり、鋭い牙を口許から覗かせていたりと獣頭人身の者達。
多くがみすぼらしい身なりをして重そうな荷物を背負っているところを見ると、奴隷や身分の低い人足なのだろうか?
そういえばコンラードに言葉が通じる理由を聞いた時、こんなことを言っていた。
そもそもこの世界には自分達ヒト族以外にも言語を持つ多種多様な種族が暮らしている。
その中で比較的見た目が近い、ファンタジー界ではお馴染みのエルフ族やドワーフ族、ホビット族、ノーム族などをヒト族と共に総称して「人類種」と呼んでいるが、他にも言葉を話す所謂獣人なども居て、それらを含めると一体どれほどの言語が地上に存在するのか皆目見当も付かない。
他種族の言葉を憶えようにも中には身体の構造上、発声が困難なものも多数あり、とても会話は不可能だ。
そこで精霊を介して(と信じられている)意思の疎通を図る手段が、この世界では当たり前になっている。生まれた時からのことなので、誰もそれを不思議とは思わないそうだ。慣れれば二重に聞こえるのも苦にならなくなるという。
ある種のテレパシーのようなものらしいが、翻訳されて伝わるのはあくまで相手が発した言葉だけなので、考えや記憶が読まれる心配はないとのこと。
ただし、翻訳は聞く側の言語が基準となるため、相手に該当する言葉や風習が無かったりすると、正しく伝わらないこともしばしばあるみたいだ。
それでもヒト族の社会では亜人と蔑まれている獣人や蜥蜴人などは言葉が通じるだけまだ良い方で、ある程度社会性がありながら精霊を介しても意思の疎通ができない存在は「魔物」の仲間扱いで討伐の対象となっているらしい。
俗に「魔族」と呼ばれる連中だ。
ゴブリンやオーク、オーガなどもその中に含まれるそうだ。
ちなみに動物と魔物の区別はどう付けているのかと訊いたら、魔素というこの世界独自の資源を体内に取り込んでいるかいないかの違いだと言われた。
聞き齧っただけの不確かな知識と前置きした上でコンラードが語った話を要約すると、魔素は精霊を現世に留める触媒だったり、魔法の源であったりもするようだが、同時に非常に危険なものらしく、自然界では滅多にないことだが濃度が濃くなり過ぎると生物に色んな悪影響を与えるのだそうだ。
この魔素に毒された動物が「魔物」となる。特に魔物の死骸を食べた生き物が魔物化する例が多いらしい。
そうなると人でも動物でも眷属以外は見境なく襲うようになるため、撲滅すべき厄介な存在とされている。
だから魔物を退治した後は、その死体を残さないようにするのが鉄則なのだという。そう言われると、ファビオ隊長達も森林魔狼の死骸を燃やしていたっけ。屍毒を防ぐための措置かと思ったけど、そうじゃなかったみたいだ。
よって魔物の肉は売買どころか所持するだけで、統治体制の違いや政治姿勢に拘わらず大半の国で重罪になるので注意が必要とのことだった。
まるで麻薬並の扱いだ。
皮や骨などは問題なく、加工品の原材料として普通に流通しているそうである。
魔物の素材収集を専門としている冒険者もいるようだ。
そんな多種多様な種族に囲まれ、共に待つこと十数分。ようやく自分の番が回ってきた。
正直言って周囲から注がれる視線が気になって落ち着かなかったから、やれやれという感じだ。
領軍と一緒の時は、制服姿の物珍しさもあってのことだと思っていたけど、今はこの世界の住人とほぼ同じ格好をしている。動きやすさを基準に選んだから、鎧を脱いだ兵士のようなズボンにチュニックという出で立ちではあるが、変わってはいても異様ではないとコンラードのお墨付きを得ている。
なので、やはり異世界人から見ても相当に人目を惹く美貌なのだろう。東洋風の顔立ちや黒髪も珍しいみたいだ。
世の中の綺麗どころと言われる人達の苦労が初めてわかったよ。
審査がどういうものかは不明だったが、いざとなれば魔眼で切り抜けられるだろうと思い、さほど緊張感なく臨めた。
実際は身分を証明するものの提示を求められ(たぶんコンラードが所持していたギルドの通行証のようなものだろう)、それが無いとかなり面倒な手続きになるらしいのだが、ふと思い付いてファビオ隊長から貰った報奨金の証文を見せたらあっさりと通行の許可が下りた。
どうやら彼が気を利かせて、怪しい者ではないという補足事項を書き記してくれていたおかげのようだ。
ファビオ隊長、GJ!
中身がアラフォーのおっさんじゃなきゃ、惚れてしまいそうだよ。
それにしてもあんな僅かな間、一緒にいただけで信用して良いのだろうか? まあ、審査は形式的なものに過ぎないのかも知れない。
もちろん、報奨金も恙なく受け取れた。銀貨五枚が多いのか少ないのかはよくわからないけど。
ついでに銅貨一枚の入市税は免除された。どうやら収入源というよりは、これも最低限の金は持っているかという審査の一部のようだ。
そうしていよいよクーベルタン市に足を踏み入れる。
異世界とは言っても石畳にレンガ造りの建物が並んでいたりして、基本はヨーロッパの古い街並を目にするのと変わらない。普通に観光旅行に来た気分だ。
道行く人をテーマパークのキャストのように感じてしまうのは、現代社会の弊害だろう。
まだ実感が湧かないだけかも知れないが。
当座の生活費は手に入れたので、とりあえずコンラードに聞いたオススメの宿屋に行ってみる。
素泊まりで一泊銅貨三枚は彼の言っていた相場からすると、上等な部類に入るのだろう。
右も左もわからない異世界なので、下手に安宿に泊まるよりは安心に違いない、そう思い、即決する。今の時期は満室になることも滅多にないそうで、連泊の予約を入れなくても好きな日数分だけ居られるというのも有り難かった。
女一人での宿泊は不審がられるかもと思ったけど、単独でする旅が異常なだけだったらしく、泊まる分にはさほど珍しくはないみたいだ。
案内は無かったので、教えられた通り二階に上がって一番奥の部屋に入る。
ベッドと備え付けのワードローブがあるだけの簡素な部屋だが、掃除は行き届いており、寝具も清潔そうなので、文句は無い。
ひと先ずベッドに腰を下ろし、これまでにわかったことを頭の中で整理する。
まずはここが異世界──少なくとも自分がこれまで知らなかった世界であることはもはや疑いようがない。
例えば地球の中世ヨーロッパ時代にタイムスリップしたとかではあり得まい。
精霊や魔素、魔物に亜人種族、どれを取っても想像の産物でしかなかったものが存在していることが何よりの証だ。
文化レベルは現状見た限りでは産業革命以前な感じ。石油資源を使った動力源どころか、石炭や蒸気機関も見かけない。まあ、この辺りに無いだけかも知れないけどさ。
政治体制は王国と言うからには王による君主制であると思われる。その下に貴族階級が位置し、各領地を任されているといったところか。
そう、この国には厳然たる階級制度が存在する。他の国も同様かは不明だが、身分の違いに慣れない身としては目上の人に非礼を働かないよう注意が必要だろう。
奴隷階級もあるみたいだが、今のところ自分は平民ということで良さそうだ。
今後のために、奴隷身分に落とされるのはどのような場合かは調べておいた方が良いかも知れない。
なお、平民に姓がないのはやはり確かだった。一部の富裕層には伝統的に受け継がれるファミリーネームもあるそうだが、領主の許可無しに名乗ると貴族を僭称したことになって処罰の対象となるらしい。
他にも生活習慣や異世界独自の仕組み、そして何より女としての過ごし方など考えることは山程ありそうだったが、さすがに疲れが溜まっていたようで、この日はいつの間にかそのまま眠ってしまった。
もちろん、戸締りはしっかりしてあったよ。
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