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クーベルタン市編Ⅰ 転生の章

5 領軍

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「誰かいるのはわかっている。返答無き場合は、然るべき手段を取らせて貰う」
 その声に、俺は咄嗟に盗賊達の生き残りかと身構えた。
 けど、それは妙だ。まず盗賊なら来る方向が違っている。
 それに俺を追って来たなら、誰だ、と訊く必要はないし、この暗がりの中を女一人のためにそこまでするとも思えない。
 ならばどんな相手かと問われても皆目見当は付かないが、助かる千載一遇のチャンスかも知れない。
 俺は急ぎ頭の中で組み上げたでっち上げの話カヴァー・ストーリーに沿って返事をする。
「私は遠国から来た旅の者です。追われてここまで逃げて来ました。焚き火近くの木の上にいます。助けてください。でも気を付けて。足許には狼みたいな獣の群れがいます」
 狼という名称が通用するかと心配だったが、どうやら問題なかったみたいだ。
「わかった。話はあとで聞かせて貰う。そこを動くな」
 そう言うなり暗がりから幾人もの人影が飛び出て来る。
 盗賊達とは違って多くの者は甲冑姿だが、中には鎖帷子チェーンメイルや革鎧を着た人間もいる。
 いかにも中世の軍隊といった出で立ち。重装備をした者は前衛らしく盾持ちや槍を携えた兵士が多い。
 比較的軽装な者は後衛だろう。弓ではなく、弩を使うようだ。
 中には短杖を構えた者もいて、あれは魔法使いだろうか。だとしたら不謹慎ではあるが心が躍るね。
 男ばかりでなく、特に後衛陣には女性の姿もチラホラと見受けられる。
 総勢で五十名ほどの部隊。けど、数の有利に奢ることなく、獣一頭に対して必ず複数人の前衛が対処して、一人か二人の後衛がそのフォローをしている。素人目に見ても実によく訓練されていることがわかる統制の取れた立ち回りだ。
 特に群れのボス相手には、他の獣の倍以上の数で当たっていた。
 その甲斐あってか手傷を負う者は何人かいたが、大怪我に至ることはなく、瞬く間に獣達を血祭りにあげていく。魔法使いらしき軽装兵は回復役専門のようだ。派手な魔法攻撃が見られるかと期待していたから、ちょっぴり残念。
 最後に残った群れのボスも指揮官らしい重装鎧の兵士に切られて、断末魔の叫びを上げると息絶えた。

「どうやら終わったようだな。アランの分隊は生き残りがいないか周辺を探って来い。他の者は辺りを警戒しつつ負傷者の治療に当たれ。まさか森林魔狼程度で死んだ奴はいないだろうな。死体の事後処理も忘れるな」
 兜を脱ぐと意外に若い、といっても俺より少し下くらいだが、隊長らしき兵士がそう指示を伝える。
 そんな間抜けはサイラス中隊の奴らだけですよ、という声がどこからか上がり、笑いが起きる。ライバル関係の別の隊と言ったところか。
「おい、もういいぞ。下りて来い」
 これは俺に向けられた言葉だろう。そう思い、慎重に大樹を下る。
 半分ほど下りたところで、見上げる隊長さんと目が合ってしまった。すると、何故か唖然とした表情でそっぽを向かれた。
 不思議に思っていたら、他の兵士達も慌てて視線を逸らしたり、真っ赤になっていたり、中には女性兵士から脇腹を小突かれたりする者がいて、それでやっと気付いた。
 どうやらこの世界(というか時代?)の基準からすればかなり短めのスカートがさらに捲れあがっていて、生足が覗いていたらしい。当然、女性でも兵士の中にスカートを履いた者はいない。
 隊長さんに至っては真下から見上げていたのだ。何が見えたかは推して知るべし。
〈どうにもお淑やかな振舞いには慣れそうにないな〉
 よっと、と声を出しながら最後の一メートルばかりを飛び降りると、パンパンと手を叩いて埃を払う。
「助けて頂きありがとうございました」
 まだ横を見たままの隊長さんに、一応そう礼を述べた。
「あー、何だ。色々あったみたいだな。とりあえず、話を聞く前にその恰好を何とかした方が良い」
 そう言うと、ドリス、お前の予備の服を貸してやれ、と小柄な女性兵士に命じ、下履きのズボンを持ってこさせる。どうやら脱げたか脱がされでもしたと勘違いされたみたいだ。
 ここで、これが正規の服装なんだと力んでも面倒なことになりそうだったので、素直にスカートの下にそれを履く。
 下半身がスースーして落ち着かなかったので、かえって助かることに。
 そうして漸く隊長さんと向き合うことができた。
「俺はルタ王国クーベルタン伯爵領軍所属のファビオというものだ。一応、この隊を預からせて貰っている。そっちは?」
 相手が名前しか告げなかったので、こちらもそれに合わせて名乗ることにする。もしかしたらファミリーネームのない文化かも知れないからだ。
「お……私は遠国の名も無き村から来ましたユウキと言います。森の中で道に迷ってしまい、一人で彷徨っていたところ、先程の獣に追われて危うく命を落とすところでした。救ってくださり改めてお礼申し上げます」
 若干苦しい言い訳だが、具体的な地名を出すわけにはいかなかったので、こうするよりない。だが、やはり不自然だったようだ。
「ユウキ……変わった名だな。それより女一人で旅だと? それは本当か?」
 しまった。この世界で若い女が一人で旅をするのは異常なことらしい。
 まあ、あんな獣が普通にいる世界だ。少し考えればわかりそうなことだった。
 俺は急いで言い訳を考える。
「いえ、私一人ではありません。……ちょうど住んでいた村に商隊が通りかかったものですから、それに同行させて貰いました。森の手前で賊に襲われて、はぐれてしまったのです。どうか信じてください・・・・・・・・・・
 最後の言葉はファビオという隊長にしか聞こえない小声で口にした。
「そうか、それは災難だったな。恐らくその賊というのは我々が追っている連中だ。近隣の村々を荒らし回っているというので、領軍に討伐の要請があってな。焚き火の灯りが見えたもので、奴らかと思い、駆け付けたというわけだ」
 そいつらの居所なら大体の心当たりがある、と俺が言うと、疑われもせず、だったら明日の朝一番で案内してくれないか、と頼まれた。
 断る理由もなかったので、俺は引き受けた。
 その後は領軍に囲まれての野営となった。いやぁ、心強いことなんのって。
 美味くはなかったが、中世版のミリメシというやつにも有り付けた。
 途中でファビオ隊長が盛んに首を捻っていたが、見なかったことにしておこう。
 とりあえず波乱万丈な異世界初日の幕はこうして下ろされた。
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