【完結】Z[zi:] END OF THE WORLD(エンド・オブ・ザ・ワールド)

るさんちまん

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第二部 戦闘篇

5 戦闘開始

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 林の奥から接近して来るゾンビらしき複数の人影を絵梨香はM24対人狙撃銃のピカティニー・レールに装着したスコープ越しに捉えていた。深夜ではあるが、屋上に備え付けられた強力な投光器のおかげで、暗視装置無しでも難なく標的に狙いが付けられる。が、クロスヘア以上に正確な狙撃を保証するミルドット式の照準線に捉えるだけで引き金にはまだ指を掛けていない。一度に確認できたゾンビの数としては監視体勢が整って以来、最多であったが、撃たなくさせているのはそれが理由ではなかった。死体を作って新たなゾンビを招き寄せる原因になることへの逡巡からだが、そんな絵梨香の思慮を嘲るかのように、別の方角を監視する隊員達からも続々とゾンビ発見の報告がもたらされる。
「班長、妙です。あちらこちらから押し寄せて来てますよ。急にゾンビが増えたみたいだ。今までこんなことなかったのに」
 傍らにやって来た木村に言われるまでもなく、絵梨香も異変を感じ取っていた。ただ、現場指揮官としては動揺を見せるわけにいかない。努めて平静さを装いながら全員に待機を言い渡し、自分は内心の緊張が声に現れないことを祈りつつ、小型無線機に向かって呼びかけた。
「屋上監視班より報告。四方から施設に近付くZ多数在り。取り囲まれています。近くにZを誘引している原因がある模様。至急、調査願います。送れ」
 すぐに本部となっている一階の会議室にいる倉橋から返事が届く。
指揮所CP、了解。直ちに調査する。屋上監視班は監視を続行せよ。必要なら現場判断で撃って良し」
「屋上監視班、了」
 通話を終えると絵梨香は素早く部下達に指示を告げて回った。
「南東と裏門からの敵は固定ミニミで対処。西は八九ハチキューで迎え撃て。ただし、命令するまで発砲は禁止する。もう一度言う。許可するまでは撃つな。対象に変化があれば直ちに報告せよ」
 幸いにも数は多いが接近して来るゾンビの歩みは緩やかだ。まだ変電所内にいる人間には気付いていないのだろう。もっとも敷地内に侵入されれば見つかるのは時間の問題と言えた。そうなる前に何とか排除しなければならない。数分した後、再び倉橋の声がヘッドセットに響いた。
指揮所CPより屋上監視班。Zの接近する原因がわかった。北棟二階の倉庫にて自死した職員の遺体を発見。死後三時間以上は経過しているものと推測される」
「クソッ! そいつのせいかよ。よりによってそんな見つかりにくい場所で死にやがって!」
 同時に報告を聞いていた木村が思わず悪態をつく。自殺した職員には悪いが、絵梨香も似たような思いだった。とはいえ絵梨香の場合は、いずれこうした者が出てくるであろうことは予見できていただけに発見の遅れを悔やむ気持ちの方が強い。どちらにしても原因がはっきりした以上、意識は既に現実的な対処の仕方に向かっていた。木村にしてもそれは同じで、ひと言呟いた後はいつもの兵士の横顔に戻っていた。
「上はどう対応しますかね?」
「そりゃ、排除するしかないんじゃないの?」
 その絵梨香の言葉を裏付けるかの如く、冷静沈着と声に書かれたような倉橋の命令が告げられる。
「今から自殺者の死体を処分してももう間に合わん。交戦は避けられないものと判断する。よって、これより接近するZを全員で迎え撃つ。屋上及び各階の監視班は装甲兵員輸送車両APCの起動に合わせて隊員の援護。車両起動後は各班で突撃破砕線FPLを死守せよ。以上」
「聞いたわね。やるわよ」
「俺は西側を見張る連中を指揮します。そっちはお任せしますよ」
 今回は観測手スポッターとして絵梨香を補佐するよりも、一人でも多く射手が欲しい状況だ。それがわかっている木村は自らそう申し出て、広さと角度の関係でミニミ軽機関銃を設置できなかった西の隅に小走りで駆けて行った。残った絵梨香は屋上で最も幅広く敷地内を見渡せる東北東の角に陣取った。射撃の安定性では伏射プローン座射シッティングに劣るが、左右に素早く銃口を向けられる膝射ニーリングで構える。
「敵を引き付ける必要は無し。敷地内の味方に注意。各自、目標に向けての発砲を許可する」
 そう告げると、無造作とも思える手付きで真っ先に引き金を絞った。これだけの数を相手に正確さを求めていては埒が明かない。大雑把に狙いを定めるのに留め、あとは機械的に撃つことのみに専念する。それでも装填した五発のうち、斃し切れなかったのは一発だけだった。新たに装填し直している間に、他の隊員達も順次射撃を開始する。すぐにミニミ軽機関銃から銃身を焼く独特の匂いが立ち込め始める。ただし、普段の訓練とは違い敵の性質上、制圧射撃のような連射の機会はあまりない。今も隊員達はフルオートの機能しかないミニミを巧みに操って数発ずつ撃ち込む指切り点射を各自がマニュアルで行っている。それでも撃ち続けていれば数十分毎に銃身バレル交換は必須だが、ミニミなら銃身に取り付けられたキャリングハンドルを握ってバレル・ロッキング・レバーを操作するだけなので慣れた者であれば一人でも十秒ほどで簡単に済ませられる。これを忘れると、熱膨張による銃身の歪みで命中率の低下を招くばかりか最悪暴発しかねない(ただし、オープンボルト方式のミニミでは熱で弾薬が自然発火してしまうコックオフ現象は起きない)。一方で八九式小銃には銃本体のセレクターレバーで切り替える単発と連射に加え、一度のトリガー操作で三発の銃弾を発射して撃発を止める三点制限射スリー・ショット・バーストという射撃モードがあり、特別に意識せずとも点射を行うことが可能だ。これは新兵の撃ち過ぎ防止や単発では火力不足な場合を想定した機構で、僅かに銃声が間延びして聞こえるのはそのためである。ちなみにアサルトライフルではグリップを握ったまま右手親指で操作できるよう安全装置を兼ねたセレクターレバーは左側に取り付けられることが多いが、八九式では匍匐前進の際に意図せず切り替わってしまうことを防ぐという自衛隊独自の方針から右側に設けられていた。これにより切り替えには右手を一旦グリップから離す必要があり、この扱いに慣れた絵梨香達にとってはどうということはないものの、海外の軍に長くいた者などには奇異に映るようだ。近年では陸自でもCQBなど市街地戦闘訓練を積極的に取り入れ始めたことで、これらの訓練に参加した部隊からの要望により左セレクターレバーも標準化され始めているが、これは右手親指で操作するためというよりむしろ左手にスイッチングした場合を想定したものとして考えられている。
「フェンスを当てにするな。奴らは平気で乗り越えてくるぞ。無駄弾は撃つなよ。けど、ケチって撃ち洩らすことがないようにしろ」
 離れた位置から木村が若い隊員達に指示を飛ばすのが聞こえた。
「班長。ゾンビの動きが変わりました」
 ミニミ軽機関銃に着いて別方向をカヴァーしていた井上二士から声が上がる。その変化はすぐに絵梨香の視界にも現れた。突然、狙いを付けていたゾンビが前方に駆け出したのだ。そのせいで的がずれて頭ではなく肩の辺りを撃ち抜くことになった。それでは無論、ゾンビは仕留められない。七・六二×五一ミリNATO弾の衝撃で地面に転がるが、すぐさま立ち上がって何事もなかったかのように再度走り始める。
「チッ」
 軽く舌打ちしてボルトハンドルを引き、次弾を薬室内に送り込んでもう一度狙いを定めた。今度は走っていることを考慮に入れて、頭部に当てた。
(これで八体目)
 ゾンビが一斉に走り出したことで、施設内にいる人間の存在に気付かれたことがわかる。ここからはスピードの勝負だ。九体目、十体目、十一体目と頭の中で数えながら次々と撃ち斃していくが、後から後からやって来るゾンビに次第に追いつかなくなってくる。他の隊員達も似たような有様らしかった。一体どこにこれだけの数が潜んでいたのかという疑問が湧き上がる。恐らく、近隣の住宅街から一斉に押し寄せて来たものと思われるが、自分達以外の全市民がゾンビ化したと言われても今なら信じられそうだ。何体かが変電所の敷地内に入ったところで絵梨香はM24狙撃銃から八九式小銃に持ち替えた。もはやボルトアクション式のライフルでは間に合わないと判断したためである。射撃場所も車両が配置された中庭を見下ろしやすい位置に移動し、近付く奴から片っ端に三点射で頭を撃ち抜いていく。最初の三十連弾倉を使い切るまでに七体以上は斃した。八九式小銃は撃ち尽くすと遊底部が後退位置で固定されるホールドオープンになるので、素早くマガジンキャッチを押して空の弾倉を外し、新しいものに取り替えて、右側のコッキングハンドルを軽く引きボルトをリリースする。再び正面で構えた時、目の前の視界を白く覆うように、突然、眩しい閃光が絵梨香を襲った。爆発かと思ったその光は、右前方の変圧器や遮断器が立ち並ぶ一区画から放たれたものだった。巨大な檻かジャングルジムを連想させるそのエリアは至るところに高圧電線が張り巡らされており、そのどれかに触れたらしいゾンビが激しくスパークしたのだ。一瞬で燃え上がるが、それでも歩みを止める様子はない。そのゾンビ目がけて誰かが発砲した。撃つな、と絵梨香は咄嗟に叫んだ。変電設備に当たることを危惧したのだ。だが、次々に現れるゾンビを前にもはや躊躇している場合ではないかも知れない。あちらこちらで火花を撒き散らしつつ炎に包まれながら突進し続ける様を見て、絵梨香は迷った末に通信端末のスイッチを入れた。
「屋上監視班より指揮所CP。変電設備に向けての発砲を許可願います」
 レシーバー越しにも相手の息を呑む気配が感じられた。当然だろう。変電設備を損壊させるかも知れないということは、この施設を護る意味を失くすということだ。多大な仲間の犠牲を払いながら自分達がこれまでやってきたことを無に帰すと言われて、迷わない者がいようはずがない。それでもゾンビの侵攻を喰い止めるにはそれしかないというのが絵梨香の決断だった。さすがに倉橋でも即断はできなかったようだ。少し待て、という声と共に数秒の間があって、許可する、との返事が返ってきた。上の連中も施設の堅持より人員の安全を優先する道を選択したらしい。そのことを銃声に負けないよう大声を張り上げて隊員達に伝える。聞いた隊員達は漸く待ち望んだ全力が出せる機会とばかりに一斉にそちらに向かって射撃を始めた。絵梨香自身も手にした自動小銃を遠慮無しにぶっ放す。銃弾が設備のどこかに当たるたびに、バチッという何かが弾けたような音がしてストロボのような火花が上がった。しかし、そうした懸命な対応にも関わらず時間が経つに連れ、車列のある中庭まで銃撃を掻い潜って辿り着くゾンビが出始めた。建物から飛び出して車両に向かった隊員達の中にはまだ到達していない者や乗り込むのに手間取る者が何人かいて、彼らが真っ先に狙われた。組み付かれてパニックに陥った隊員達の悲鳴が屋上にも木霊する。もつれ合っていては絵梨香達にも手が出せない。自力で逃れることを祈って他に狙いを移すしかなかった。他方では何とか車両に乗り込めた者が順に車載武器をゾンビに向け始める。まずは九六式装輪装甲車に備えられた自衛隊では十二・七ミリ重機関銃M2と呼ばれるブローニングM2重機関銃、通称キャリバー50が火を吹いた。九六式装甲車では操縦席の真後ろの円蓋キューポラに据えられているこの車載武器は、乗員が車外に身を乗り出して直接操る方法以外に車内からの遠隔操作も可能なため、今は誰も外には出ていない。この重機関銃から放たれる五〇口径(=十二・七ミリ)BMG弾は対物アンチマテリアルライフルにも用いられ、一発でも人体に当たれば手足なら簡単に吹き飛び、頭部なら原型も留めないという凄まじい破壊力を秘めている。それ故、対人使用は極力自粛が求められているほどである。それを一分間に約八百発前後連射するという、凡そ銃と名の付くものとしては考えられる限りにおいて最大級の火力を誇る武器なのだ。当然、ゾンビに対してもその恐るべき効果を発揮し、瞬く間に周囲に群がる対象を肉塊に変えていった。次に八七式偵察警戒車の回転式砲塔に搭載されたエリコンKB二五ミリ機関砲が唸り上げて接近するゾンビに襲いかかった。キャリバー50よりさらに強力な砲にカテゴライズされるこの武器は、二重給弾方式で異なる弾種を即座に撃ち分けられ、現在選択されているはずの榴弾による破壊力は直接目標に当たらなくとも近くに落ちるだけで人としての原型を残すことはほぼ不可能と言える状況をもたらす。ただ本来ならこの武器は装甲車両や対空迎撃に用いられるもので、近付く敵に対しては却って強力過ぎて味方まで巻き込みかねないためだろう、すぐに機関砲と同軸の七四式車載七・六二ミリ機関銃に切り替わった。それでも充分な威力であることは言うまでもない。さらにそこに一〇式戦車から同種の車載機関銃による銃撃が加わる。軽装甲機動車ライトアーマーや八二式指揮通信車の車載武装は車外に身を晒さなければならないため、ここでの使用は控えられる模様だ。だが、自分達が優位に運んだのはそこまでだった。それほど猛烈な火線であったにも関わらず圧倒的な数で押し寄せて来られるうちに徐々に車両に取りつくゾンビが増していく。接近を許した時点で火力はほぼ封じられたに等しい。群がるゾンビに視界を塞がれ、狙いも定まらなくなる。そうした中、最初に異常をきたしたのは自慢の一二〇ミリ主砲が接近戦で役に立たず、殆ど固定陣地トーチカと化していた一〇式戦車の動きだった。唐突に射撃を中断したかと思うと、ゆっくりと前方に向かって進み出す。命令はその場に留まり防衛線を敷くことだったので、この行動は明らかに異常だ。そのまま正面の柵を薙ぎ倒し、道路に出ても尚止まらず、向かい側の建物の壁にめり込んで漸くストップした。無線による呼びかけにも応じなくなる。ゾンビが戦車を破壊できるはずもないので、そうなったには別の理由があるはずだ。それを絵梨香は屋上から見て取り悟っていた。車長である的場二曹が乗り込む直前にゾンビと揉み合っているのを目撃したのである。即座に振り解いたためその場ではわからなかったが、既に噛まれていたに相違ない。あまりに呆気ない守備隊最強戦力の沈黙に絵梨香を始め隊員達の多くは言葉も出なかった。それをきっかけとしたように次第に砲火は弱まっていく。恐らくは車載武器の死角に入られたり弾薬切れになったりしたことによるものと思われた。その頃には建物内にも侵入されたことが無線を通じて絵梨香の下にも届いていた。そうなっては戦線を維持することも困難だ。遂には全体指揮官である伊藤三等陸佐から全隊員に向けて撤退の命令が下された。
「現時点を持って当該施設を放棄する。既に救援要請を行った。二十分後に迎えのヘリが到着する。ヘリ到着後は施設職員を擁護しつつ、脱出を図る」
 続いて小隊系チャンネルを使い、建物内のどこかにいるはずの富沢の声がレシーバーから流れた。
「撤退に際して倉橋隊は殿しんがりを務める。別命があるまで現状維持に努めよ」
 これにより絵梨香達は最後まで居残ることになった。その分、無事に脱出することは難しくなるが、元より命令であれば致し方がない。誰かがやらなければならないことであり、自衛官である限りは避けられない宿命だからだ。そのことを熟知している班員達は何も言わない。命令に背けば当然ながら重い処罰が下るが、それよりも何よりも今、自衛隊という職務や仲間達と離れたら何を拠り処とすれば良いのかわからなくなるという思いの方が強いのではないか。少なくとも自身の場合はそうである。そうした不安を無理矢理に頭の片隅に押し込めて絵梨香は隊員達に向けて怒鳴った。
「聞いての通りよ。部隊の脱出に備える。退去の手順は頭に入っているわね? 固定のものは置いていく。各自、装備の点検を怠るな」
 絵梨香の指示で機関銃座に着いていた隊員達も交代で自分の個人携行装備品をチェックし出す。必要最小限の武器と弾薬だ。そうしている間にも続々とゾンビが敷地内に集まって来ていた。逐一無線に飛び込んでくる内容から辛うじて二階への侵入は防いでいる状況が伝わる。やがて、遠くからヘリの爆音が聞こえ始めた。

 仄かな月明かりに照らされて夜空を駆ける五機のヘリコプターの編隊があった。先頭に立つのはAH─1Sコブラ。世界初の純然たる武装攻撃ヘリとして生まれたこの回転翼機は被弾率を下げる目的から正面面積を極力減らしたことにより、ひと目でそれとわかる独特の縦長な形状をしていた。だが、その細身な外見には似つかわしくない凶暴な牙と爪を併せ持つ。機首下部のユニバーサルターレットに装着された二〇ミリM197三砲身ガトリング砲はベルトリンク式の給弾で毎分六百から七百発前後の連射速度を任意に切り替えることができ、銃口はヘルメットに連動して向きを変えるため、射撃手ガンナーは標的を視界に収めるだけで良い。通常は軽装甲車両の破壊を目的としているだけに当然、非装甲車両や人体に対してはオーバーキルの圧倒的な殺傷力を生み出す。また機体側面のスタブウイングには最大七百キロまでの兵装が可能な四ヶ所のパイロンを持ち、ガンポッドやロケット弾ポッドの他、TOW対戦車ミサイルも搭載できる。現在はTOW対戦車ミサイルとロケット弾ポッドが左右にそれぞれ一ヶ所ずつ取り付けられていた。ベトナム戦争当時から運用が始まった古い機種ではあるが、後継となるはずだったAH─64Dアパッチ・ロングボウがライセンス料の高騰や現地部品の生産中止などにより僅か十三機(内一機は二〇一八年、事故により損失)しか調達されなかったことから未だに陸上自衛隊では攻撃ヘリの主力であり続けている。この僚機にやや遅れてその両翼を固めるのが二機の多目的ヘリであるUH─60JAブラックホークだ。兵員の輸送からガンシップまでマルチにこなすこの機には今回、上空支援のための十二・七ミリ重機関銃M2がドアガンとして片側のキャビンドアに搭載されていた。兵員輸送時の搭乗可能人員は米軍の標準的な分隊単位に倣って十一名。本来は追加兵装で対戦車ミサイルやロケット弾ポッドなどが装備可能だが、陸上自衛隊では採用されていない。この三機に囲まれる形で、二機の大型輸送ヘリCH─47チヌークが追従している。特長的なタンデムローターを持つこの機は五十名以上の人員が搭乗でき、今回の救援要請の中心的役割を担うものである。些か特異な編成ではあるが、現在の稼動できる戦力を考えると、救援に赴けるのはこれで精一杯というのが正直なところだった。
 その飛行編隊の先頭を行くAH─1Sのコックピット内では夜間の飛行に合わせて様々な計測器が目まぐるしく働いていた。GPS(=Global Positioning System、全地球測位システム)やINS(=Inertial Navigation System、慣性航法装置)は言うに及ばず、FLIR(=Forward Looking Infra─Red、前方監視型赤外線装置)による監視映像が夜とは思えない鮮やかさで前方のモニタ画面に映し出されている。さらに幅一メートルにも満たない細長い胴体を維持するため、前後に射撃手ガンナー操縦士パイロットを置く座席配置の関係上、後方で機を操ることになる機長で救援部隊の飛行隊長でもある一等陸尉の文字通り眼前にはヘルメットにマウントされた双眼式のNVG(=Night Vision Goggles、暗視装置)があたかも精密加工を行う技師であるかのように張り付いていた。その彼がデジタル暗号化された無線を操作して地上に呼びかけた。
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 僅かな空白の後、無線交信独特の籠った声が彼に届いた。
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「地上部隊、了解。連絡があり次第、北東の正門を出て合流地点ランデブー・ポイントに向かう。以上」
「レイダー1、了解。幸運を祈る。交信終わり」
 続いて左右と後方を飛ぶ僚機を呼び出した彼は指示を与える。
「レイダー1より全機。今、聞いた通りだ。敷地内への攻撃には細心の注意を払え。ダイバー1は西側から近付く敵を排除。ダイバー2は東側の敵を攻撃せよ。レスキュー1、レスキュー2は上空で待機。送れ」
 コールサイン、ダイバー1並びにダイバー2である二機のブラックホークは、了解ラジャー、の掛け声と共にそれぞれが左右に散開していく。一方、レスキュー1、レスキュー2と呼ばれたチヌークはやや速度を落として距離を取り始めた。その様子を暗視装置越しに確認した彼は前席に坐る部下であり若い相棒でもある三等陸尉に声をかける。
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「ポイント上空に到達。レイダー1、これより攻撃を開始する」
 そうした内心の思いとは裏腹に十五年近く自衛官を勤めてきたプロらしく極めて抑制の利いた口調で彼はそう告げた。高度を下げて目標の敷地を視界に捉える。こうして今宵の宴は空から舞い降りた新たな一団によって第二幕が切って落とされようとしていた。
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