【完結】Z[zi:] END OF THE WORLD(エンド・オブ・ザ・ワールド)

るさんちまん

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第一部 脱出篇

13 屋上にて

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(どうしてこんなことになったのだろう……?)
 幾ら考えても美鈴にはさっぱり理解できなかった。自分としては智哉の機嫌を損ねないよう精一杯努力を重ねてきたつもりである。それが、いつの間にかセクシュアルな行いを約束させられていて、しかも自分から提案するという屈辱まで味わう羽目になった。全ては智哉に見捨てられないための苦肉の策ではあったが、本当にそうするより外に手がなかったのかと考えてしまう。智哉にしても、ああは言ってみたものの、本気だったわけではなくて、美鈴の自覚を促すのが狙いだったとは言えないだろうか。それを自分が勝手に誤解したためにこんな事態に陥った。だが、どう思い返してみてもそんなはずはなかった。智哉が言外に要求したのは紛ごうことなく性的な奉仕であり、勘違いしようのないやり取りだった。あるいはもしかしたらだが、本当に智哉が言うようなギブアンドテイクの取引ができれば、要求に応じなくて済んだのかも知れない。とはいえ、今の自分に智哉の命懸けの行動に見合う交換条件など用意できるはずもなく、それを見越した上での要求だったことは疑いようがない。唯一、美鈴ができた交渉といえば最後の一線を守り抜くことくらいだった。それも智哉が約束を守ると仮定しての話だ。結婚するまでは清い身体でいたい、などという古臭い貞操観念は美鈴も持ち合わせていないが、セックスは好きな人と、という思いは当然ある。ましてや初めてともなれば尚更と言えよう。これまではそうしても良いと思える相手に恵まれなかっただけで、殊更セックスを遠ざけてきたわけではない。時にその相手を弘樹と夢想しなくもなかったが、何となくそうなる機会を逸してしまっていた。こんなことになるならもっと気軽に付き合っておけば良かったと後悔するが、今となっては後の祭りだ。そうはいっても実際の経験がないだけで、美鈴も一応は現役高校生の端くれである。それなりの知識は蓄えていた。今はもうとっくに下火になって身近には殆どいなくなったが、同級生や先輩の中には最後までいく援助交際をしたことがあるという者も何人かいて、そこまでいかなくてもセックスに興味のない女子高生はいない。ただ、経験の多寡が真面目さに結びつくわけではないことを美鈴達は知っている。例えばクラス一の優等生が男関係の面でも優秀だったり、素行の悪さで知られる不良少女が実は誰とも付き合ったことのない初心であったりというのは決して珍しいことではないからだ。余程セックスに潔癖でもない限り、そういうことは純然たるタイミングの問題に過ぎないのである。従って、バージンであるかどうかについても美鈴達の間では特別な意味など持たないのが普通だ。叶うならこの先も自分にとってはそうであって欲しいと美鈴は心底願っている。その思いは今や智哉の胸一つで如何様にも左右されるものになっていた。

 自宅マンションに戻った智哉は、シャワーを浴びると下着を含めて全て真新しい服に着替えた。待ち合わせの時間にはまだ充分な猶予があったので、それまでの時間潰しにと冷蔵庫から出した冷えた缶ビールを片手にベランダに出てみた。さすがに部屋着だけでは肌寒かったためジャンパーを上から着込んでいる。凡そ一ヶ月前と比べて随分減ったとはいえ、眼下には未だに文明社会が完全に潰えたわけではないことを示す光点が幾つか垣間見られた。それは即ち発電所や変電所が現在も誰かによって護られ維持されていることを意味する。そのことには素直に感嘆を禁じ得ないが、ひと月も経つというのにそれらしき者達の姿を皆目見かけないのは不可解だった。航空機やヘリなら遠くを飛んで行くのを目にするが、それも極たまにだ。地上ならともかく空までゾンビに占拠されたとは考えにくいので、単にこの辺りが飛行ルートから外れているだけと思わなくもないが、飛ばす余力自体が既に残されていないのかも知れない。それと同様に施設を防衛する連中にも持ち場を離れられない何かしらの事情があるのだろう。
(想像するに都市全域をカヴァーするのは難しいと見て、重要拠点だけに的を絞って防御する方針なんだろうな。だから街中には現れないわけだ)
 確かにそうでもしないことには防ぎようがないと思われる。おかげで市内はゾンビだらけだが、ライフラインさえ確保できていれば少なくとも屋内に避難している者は生き永らえられるとの判断に違いない。
 どの途、俺には関係ないことだが、と智哉は缶ビールを開けて、ひと息に四分の一ほどを飲み干しながら思った。さらにイシハラの部屋からくすねてきたマリファナのジョイントにも火を点けて胸一杯に煙を吸い込む。改めて周囲の様子を見渡すと、灯りは正常だった頃の二割ほどに留まり、景色の大半は闇の中に沈んでいることに気付かされる。しかも灯りが燈っているからといって、その下に生きた人間がいるとは限らないのだ。避難の際に消し忘れただけかも知れないし、タイマーで作動しているとも考えられる。同じく眼前の大通りもひと月前までの喧騒が嘘だったかのように静まり返っていた。昼夜を問わず行き交っていた車の流れも次第に本当だったのか信じられなくなりつつある。実際、この一ヶ月の間に智哉が走行している車を見たのは最初の事故を起こした例を含めてたったの四度しかない。さらにその中で無事に智哉の視界から走り去ったのは僅か一台だけだ。他は全て事故を起こすか立ち往生するかして、乗っていた者は全員がゾンビの餌食になっている。その一部始終を智哉は少し離れた場所から観察していた。幾ら智哉といえどもゾンビに取り囲まれた状況から救出するのは不可能だった。どうにもならなかったとはいえ、それを冷静に見ていられた自分はやはりどこか狂っているのだろう。犠牲になった者の中には優馬よりさらに年下の幼子や、美鈴とさほど年齢の変わらない娘もいたのである。自分が生き延びることを言い訳にするにはあまりに鈍感であり過ぎた。それに比べたら、と智哉は思う。これから自分が美鈴にしようとしていることなど些末な一事に過ぎない。確かに美鈴にとっては残酷な仕打ちかも知れないが、それで三人の安全が保障されるなら進んで身を投げ出すくらいの覚悟は示すべきだ。そうでなくてどうして助ける気になれよう。最後に残った迷いを短くなったジョイントと共に揉み消すと、智哉は今夜美鈴に遭ってからのことを夢想し始めた。

 約束の十分前に智哉は屋上に到着した。車は予めこうなることを見越した上で用意しておいたミニバンタイプの車種に乗り換えてある。座席を全て倒せばフルフラットのベッド代わりになるが、今宵はそこまでする必要はないだろうと、シートは通常の配列のままだ。目印のハザードランプを点滅させて、美鈴が現れるのを待った。十時きっかりに美鈴が屋上に姿を見せ、すぐにこちらに気付いて近付いて来る。智哉が後部座席を指し示すと、無言で車内に乗り込んだ。ゆったりとしたスウェットの上下にピンクのカーディガンを羽織っただけの簡素なスタイルは、お前のためにわざわざ着飾るつもりはないという言外の意思の表れに見える。化粧気のない顔と後頭部でしっかりとまとめられた黒髪がまだ湿っていることを考えると、風呂から上がって間もないようだ。後れ毛から微かに漂うシャンプーの香りが智哉の鼻腔を甘くくすぐる。
「時間通りだな。妹達は寝たのか?」
 美鈴はそれには答えない。智哉も無理に会話をしようとは思わなかったので、気にせず運転席を降りて後部座席に回り込み、美鈴の隣に移った。今更、覚悟は良いか、と訊くのはそれこそ野暮の極みだろう。そうでなければここには来ていないはずなのだから。それに、美鈴からはもはや口も利きたくないという態度がひしひしと感じられた。
(随分と嫌われたな。それも当然か。別段、好かれようとも思っていなかったが)
 智哉とすれば美鈴が己の生理的欲求を満足させられたら充分だった。
 覚悟はしていたことだが、いざ密室で智哉と二人きりになると、美鈴は緊張から手の震えが収まらなくなっていた。それを意地で悟られまいとして、つい刺々しい態度を取ってしまう。別に愛想良く応じる必要はないが、狼狽した様子で智哉を面白がらせるのも癪なので、頭の中では普段通りに振る舞おうと決めていたのだ。それなのに、こんな目に遭わせた張本人を前にしてはやはり平静ではいられず、沸き立つ感情はどうにも抑え切れそうになかった。自然と怒りや憎しみを含んだ視線を智哉に向けることになる。しかし、できることといえばそこまでだ。幾ら知識はそれなりにあると言っても所詮は雑誌や友達とふざけて観たアダルトビデオで得た程度の付け焼刃で、具体的なやり方にまで精通しているわけではない。一刻も早くこの事態を終わらせるには、内心の苦々しさを押し殺してでも智哉にすがる以外になかった。自分だけでは何をどう始めて良いのか、さっぱりと見当が付かないのだ。
「どうした? 始めて構わないぞ」
「……どうすればいいのか教えてください」
 美鈴はそれだけを絞り出すように口にした。
「経験はないのか?」
 意外な様子で智哉が訊く。ありません、と美鈴は簡潔に答えた。
「まったく? まさかキスしたこともないとは言わないだろうな?」
 呆れるように訊ねる智哉に対して、美鈴は一瞬ムッとしかける。確かに自分でも奥手なことは自覚しているが、何もそこまで驚くようなことではあるまい。酷く馬鹿にされた感じがして反射的に、それくらいあります、と答えそうになり慌てて思い直した。こんなところで見栄を張っても仕方がないと気付いたからだ。代わりに黙って頷いた。
 智哉はこれまでのやり取りから何となく経験は少なそうだと感じてはいたが、よもやキスもしたことがないとは思いも寄らなかった。そうと知っていればもう少し丁重に扱ってやっても良かったと思わなくもない。案外、美人過ぎるというのも手出しし辛いものなのかも知れないな、と思った。
(それにしてもバージンとはまた厄介だな)
 正直、自分から積極的に恋愛を仕掛けるタイプではなかった智哉は、これまでに生娘を相手にしたことはなかった。世の中には自分が初めての相手になることで特別視されると幻想を抱く男もいるが、その手の征服欲とも智哉は無縁だった。処女など面倒なだけという印象しかない。特に今回のように一方的な奉仕を望んでいる場合にはマイナスとしか捉えようがなかった。とはいえ、今更どうにもならないことではあるし、バージンにまったく興味が湧かないわけではなかったので、この際多少のたどたどしさには目を瞑ることにして、智哉は気持ちを切り替えることにした。それと同時に迷っていた扱い方でも自然と方向性が決まる。
(経験次第によっては任せるつもりだったが……これではいきなりハードなことは無理そうだな。ぼちぼち慣らしていくしかないか)
「じゃあ、まずは服の上からでいいから触ってみろ」
 そう言われて美鈴は最初こそ躊躇ったが、既に拒否できないと覚悟を決めているのか、隣からおずおずと手を差し出してジーンズの膨らみに置いた。まるで生まれたての赤ん坊に触れるみたいな慎重な扱いだ。内心で苦笑しつつ、動かしてみろ、と智哉が言うと、痛む患部を探るかのような手付きでゆっくりと擦った。厚手のデニム生地越しでは大した刺激は伝わらないが、これも訓練だと思い、逸る気持ちをぐっと堪える。暫く好きにさせておいて、美鈴があからさまに嫌悪感を示さなくなった頃合を見計らい、ジーンズを脱がすように智哉は命じた。
 そうなることは予期していたようで、美鈴は逆らうことなく素直に応じ、智哉の腰のベルトを外すと、ジッパーを下ろして、ジーンズに手をかけた。智哉も腰を浮かして協力してやりながら、足許までジーンズをずり下ろす。トランクス一枚隔てただけの、それまでとは比べものにならないくらいはっきりとしたペニスの輪郭が露わになると、美鈴は堪らず顔を逸らせた。もう一度思い直してくれないかと最後の望みをかけた表情で智哉を仰ぎ見るが、相手はそれを無視して視線で下着も脱がすように促す。美鈴は完全に諦めた表情で下着の両端を持ち、ゆっくりと下にずらしていった。目の前で、所謂半勃ち状態のペニスを見て、美鈴は目を背けようとするが、最終的には好奇心が勝ったようだ。視線は釘付けとなる。
「それで、この後はどうすればいいんですか……?」
「そうだな。とりあえず好きなように弄ってみろ」
「好きなように、ですか……」
 半信半疑な様子で美鈴は呟いた。無理矢理に頭を押さえつけられ咥えさせられるとでも思っていたらしい。レイプ物の見過ぎというものだ。実際の場面でそんなことをしたら本人にそのつもりはなくても歯を立てられるか吐かれるかして、たまったものではない。フェラチオは慣れてきてからおいおい仕込んでいけば充分だろう。尚も不審がる美鈴に智哉は冗談めかして言った。
「別に噛みつきゃしない。少々のことでは痛がったりしないから自由にやってみろ。ちゃんとシャワーも浴びてきた」
 そこまで言われては美鈴もそれ以上、戸惑ってはいられかった。そもそも美鈴の知る男性器は幼い頃に父親のものを見た記憶が薄っすらとある程度で、間近で観察するのも触るのもこれがほぼ初めてだ。自由にと言われてもどう扱って良いのか見当も付かないが、仕方なく恐る恐る手に取ってみる。グニャリとした奇妙な触感と掌に伝わる生温かさがこれも臓器の一種であることを印象付けただけで、何とも形容し難い気分となった。さらに指先で突付いたり、皮を引っ張ったり、睾丸を持ち上げたりしてみるが、これが果たして智哉の望む行為として合っているのかも不明だ。だが、触れているうちに段々とペニスが硬直していくのは見て取れた。それが俗に言う勃起であることは美鈴にもわかった。もっともこれほどまでに硬くなり、あっという間に肥大するものだとは想像していなかった。先程までとは違い、掌に伝わる温度も驚くほど熱くなっている。他と比べるだけの知識も経験もないので、これが普通かどうかはわからないが実に不可思議な色と形に思えた。とはいうものの、実際に経験してみれば触れるだけならどうということのない代物だ。介護の一環とでも捉えれば良い。グロテスクさで言うなら自分のものを鏡で映して見たことしかないが、女性器も大差がないと思えた。
 次第に扱いが大胆になっていくのを無言で眺めながら、智哉は美鈴が意外なほどあっさりと順応していくことにやや拍子抜けしていた。もっと激しく抵抗されることを予想して、脅し文句を一つ、二つ用意していたのだが、それはどうやら無駄になったようだ。経験はないと言ってもそこは現代っ子の一員らしく、ある程度の予備知識はあったと見えて教えてもいないのに、そのうちペニスを握って軽く上下に動かし始めた。無論、奉仕の気持ちが芽生えたのではなく、一刻も早く終わらせたいだけに相違あるまい。もっともそれで最後までいけるかといえばそれには程遠い。単に指先がペニスの表皮をなぞっているというだけの単調な動きだ。それでも久しく忘れていた感触に智哉は暫し目を閉じて身を任せた。暫くしてそれだけでは飽き足らなくなると、一旦美鈴に手を休めさせ、座席の後ろのラゲージスペースから用意していたローションを取り出す。美鈴に両手を拡げさせて、粘着性のある液体をそこに垂らした。
「……何ですか、これ?」
 美鈴が手についた液を不思議そうに見ながら訊ねた。
「ローションだよ。滑りを良くするために使うもんだ。唾を垂らしたいんならそれでも俺は構わないけどな。主成分は確か海藻のぬめりとかで身体に害はないらしいから安心していい」
 そう口にしながらふと、それならいざという時食べられるのだろうかと考えた。当然ながら試す気にはならなかったが。
 海藻なんだ、と美鈴は妙に感心した様子で自分の掌を眺めている。ペニスへの奉仕を再開させるが、今度は色々と注文を付けながらだ。
「もう少し強く握って。左手は玉を下から包み込むように」
「動きはもっと大きくリズミカルに。亀頭のカリを意識しながら擦るんだ」
「両手で包み込むようにしてみてくれ。なるべく掌に密着させながら」
 そういう命令を次々と与えていく。言われるがままに美鈴は淡々とこなした。思ったほど嫌がる素振りはなく、呑み込みも悪くはなかったが、どこか醒めた調子であることに変わりはない。
(フェラチオやセックスするよりはマシだと思っているのかもな。確かにこの程度で済むなら下手に抵抗するよりとっとと終わらせた方が楽だろうが……)
 それでも智哉がこれまで接してきたプロの女達の技量と比べれば、どうしても稚拙さは否めない。暫く思案した挙句、智哉は美鈴の身体を自分の方へと引き寄せると、黙って胸元に手を伸ばした。
(えっ? 何……?)
 美鈴は驚いて手の動きを止める。
「いいから続けろ。これくらいのことをしないと終わりそうにないからな。お前だって嫌だろ。いつまでも続けているのは」
 そう言いながらスウェットの裾を捲し上げる。智哉が用意してやった白いブラジャーが露わになった。その上から乱暴に胸を揉みしだく。突然のことに美鈴は面喰って声も出せない様子だ。身をよじって逃れようとするが、強引に腰を抱かれていては離れることができない。智哉はそんな抵抗を意に介さず、今度は無遠慮にブラジャーの中へ手を入れて、直に乳房の感触を確かめた。経験のない美鈴には知りようもなかったが、恋人にする愛撫とは明らかに異なる不躾な触り方だった。さらに指先で乳首を摘む。
「嫌っ……」
 美鈴は尚も押し退けようとするが、力で男に及ぶはずもなく、虚しい抵抗に過ぎない。それどころか、
「手が止まっているぞ」
 と智哉に言われ、不承不承ながら奉仕を再開せざるを得なかった。
 美鈴が抵抗を諦めたところで、智哉は改めてカーディガンとスウェットの上着を脱がせて、下着姿の上半身を露わにする。運動系の部活に入っているようでこの時期でも灼けた手脚とは対象的に、陽の当たっていない胸元は驚くほど白く境界線がくっきりと浮き出ていた。これが本来の肌の色なのだろう。その肌も今や羞恥心と興奮からか上気して、薄っすらとピンク色に染まりつつある。智哉は背中越しにブラジャーのホックを外して腕から抜き取ると、現れた形の良い乳房をじっくりと眺めた。二つの小高い丘は幾分控え目に思えるが、頂上の突起は健康的な桜色をしており、よく見ると微かに震えていた。そこへ智哉は顔を近付けていき、口に含んで舌の上で転がすようにして弄ぶ。好きでもない男に胸を見られる恥ずかしさと、初めて感じる不快とも愉悦ともつかない刺激に美鈴は必死に耐えようとするが、どうにもならずにパニックを起こしかけ、本能的に混乱を鎮めるため、目の前のペニスを握る手の動きに集中する。その甲斐あってか徐々に智哉の裡に射精の高まりを呼び起こし始める。それを逃さぬよう更なる動きを美鈴に要求した。もちろん、その間も智哉の手は片時も美鈴の胸から離れることはなかった。
「右手はそのまま上下にピストン運動を続けろ。左手は亀頭を包み込んで円を描くように動かせ」
 既に反撥する気力も失われたらしく、美鈴は従順にその指示に従う。あるいは度重なる混乱に思考が追いつかず、自分が何をさせられているのかも満足に理解できなくなっているのかも知れない。夢中でペニスを握り締める美鈴は智哉が乳首を摘んだり甘噛みしたりするたびに僅かに顔を歪め愛撫に不慣れな様子を呈した。それでもずっと弄っていると、ゴムのように柔らかだった感触が次第にしこりのように硬く張り詰めていくのがわかった。その生理的変化には美鈴自身が戸惑った。いつの間にか当初の不快な感覚は薄れて自分で触れるのとは明らかに違った痛みともむず痒さとも言えない不可解な刺激に当惑する。白濁した泡と糸を引く粘液にまみれたペニスを見ながら、美鈴は今までに味わったことのない気分に直面した。着ている服だけではない、自分の内面を覆うものまで脱がされていくような感じがしたのだ。
 智哉は腰の辺りに何か熱いマグマの吹き溜まりのようなものができつつあるのを自覚していた。だが、それはまだほんの兆しに過ぎず、射精に至るには尚も長い助走を必要とする。それまでの手慰みとして、今度は美鈴の下半身に手を伸ばそうとするも、そっちは、と慌てた声に遮られた。
「下を触るのは、その──」
 その言葉に智哉は思い出す。
(そういえば生理中だったな)
 生理でも気にしないという男もいるが、智哉は基本的に女性の経血を見るのがあまり好きではなかった。羞恥心を煽るという意味でなら面白いかも知れないが、今はその気になれない。素直に諦めて上半身の愛撫に戻る。美鈴からすれば生理を見られるというのは裸とはまた違った意味で耐え難い恥ずかしさなので、一先ずは安心する。もっとも一度は諦めた智哉がまたいつ翻意するとも限らないので内心では気が気ではない。それを避けるには不本意ながらも一刻も早く智哉を満足させることだ。そのため、ペニスを擦る動きにも熱が籠る。もはや体面やプライドを気にする余裕は一切なくなり、そこには男を必死に射精に導こうとするあられもない姿の一人の少女がいるだけだった。技巧としては未熟でもそうした被虐的な様子は内なるサディズムを呼び起こすには充分な刺激であり、更なる辱めを与えようと、智哉はこんな質問を投げかけてみた。
「一人ですることはあるのか? わかっていると思うがもちろん自慰のことだ」
「…………」
「答えないなら下も脱がす。生理中だろうと知ったことか」
 それだけは美鈴が避けたがっていることを智哉は鋭敏に察知していた。これを盾にすれば大抵のことには逆らえないに違いない。その読み通り、たまに、という返答が小声で返ってきた。
「どうやってしているのか詳しく話せ。なるべく具体的にだ」
「……下着の上からあそこを触ったり、軽く胸を揉んだりします」
「上からだけか? 直にクリトリスを触ったりしないのか?」
 「自慰」や「クリトリス」といった刺激的なフレーズを交えて訊くのはむろんわざとだ。
「……時々」
「ヴァギナに指を入れたりは?」
「……しません」
 嘘ではない。普段、余程仲の良い友達同士でもそういう話はまずしないので、他の人がどういうやり方をしているのかは謎だが、美鈴自身はあまり激しくしたことはなかった。そもそもオナニー自体を頻繁にするわけでもない。朝起きて何となくあそこがムズムズする時に軽く触れたりはするが、大抵はそれだけで事は足りる。本格的に始めるのは極稀で、その場合でもやはり指や道具は怖くて入れられないし、そこまで大きな欲求を感じることも少ない。たぶん自分はさほど性欲が強くはないのだろうと美鈴は思っていた。噂には聞くが、オルガズムスの経験ももちろんなかった。実際にセックスをしたら違ってくるのかも知れないが、今のところ、好きな人とは性行為そのものよりも、ただ抱き合ったり相手の体温を感じたり髪の毛を撫でられたりする方が幸せに思える。それが美鈴にとっての性欲に他ならなかった。本当にたまのことだが、友人達との会話が盛り上がってそういう話題になった時、経験がある子から聞くのはセックス自体が好きでしていることは意外に少ないという事実だ。相手に求められるからとか、彼氏に気持ち良くなって欲しいからという理由が多い。彼女達に共通する口癖は、単に自分が気持ち良くなるだけだったらセックスなんて必要ないよね、というものだった。好きな人と抱き合うだけでも満足できるのが女の性欲ではないかと美鈴は考えている。だから、マスターベーションについて訊かれても話せることは殆ど何もないのだ。それに智哉が本気で知りたがっているようにも見えない。美鈴が恥ずかしがるのを見て愉しんでいるだけに違いない。その証拠に美鈴に話すことがなくて、本心から困り始めると、それ以上深くは訊ねてこなくなった。
 どうやら本当に自分ですることはあまりないようだ、と智哉は思った。嘘を吐いて胡麻化す余裕は今の美鈴には恐らくないだろう。自分では性欲は強くないと言っているが、智哉から見れば己の身体を知らないだけだと言える。不感症という言葉が不健康な心や肉体の状態を指すように、健全であれば一定の刺激に対して生理的な快楽を覚えるのは自然なことである。それは誰しもがニンフォマニアになるという意味ではない。適切な手順を踏んだ刺激なら、身体はそれに応えるようにできているということだ。要はその隠れたスイッチを見つけ出せるかが鍵となる。美鈴はまだそれが掴めていないだけなのだ。これから智哉が探し出してやるのも面白い。道具など使ったことはないだろうから、それを試すも一興だ。さすがにバージンにバイブレーターは敷居が高いだろうからまずはローター辺りを用意してみようか。そんなことを考えていくと、初めは面倒にしか思わなかった処女でも意外と愉しめるものと思えてきた。約束はセックスをしないことだけなので、いずれは口淫などのテクニックも覚えさせたい。気を付けねばならないのはその際に美鈴の精神状態を見誤らないようにすることだ。強引に事を運び過ぎて、自暴自棄になられては困る。特にこの先、一緒に暮らしていくとなれば、女子供といえども寝首を掻くことくらいはできよう。それを常に警戒し続けるのは現実的とは言えないので、不安材料は少ないに越したことはない。如何に冷静さを保たせたまま、こちらの要求を受け容れさせるかが課題だった。ただ智哉が見たところ、美鈴にはマゾヒスティックな素養が備わっていることは充分に感じ取れた。今も嫌だと言いながら結局は逆らえないことが何よりの証明だ。本人にしたら妹達のためとか生き延びるのにやむを得なかったとか色々と言い繕ってはいるだろうが、本気で受け容れ難いことならたぶん理屈は通用しまい。論理的に考えられている時点で自分でも気付いていない被虐的な面を持ち得ているのだ。それを上手く利用していけばこの先も退屈せずに済みそうだった。
 そうこうするうちに、漸く智哉の気分も昂ぶってくる。いいと言うまで絶対に手を離すな、と命じておいて、両手でペニスを包み込むように握らせる。既に陰茎は美鈴の指と指の間で痛いほど硬く張り詰めていて、今にも弾け跳びそうだった。自分でもはっきりと意識できるくらいに脈打つのが感じられた。もう細かな技巧は不要で、美鈴のぎこちない手付きでも射精の波が感じられる。ペニスを擦る只の上下運動が何か途轍もなく愛おしい行為に思え、気持ち良さを感じる以外のありとあらゆる感覚が薄れゆく中、股間だけが唯一の器官であるかのような錯覚に陥る。やがて全ての射精に至る信号を限界まで受け取ったところで、これ以上我慢できなくなった智哉は美鈴の手の中で思う存分放出した。その迸りは当然美鈴にも伝わったはずだが、彼女は驚きの声を上げることもなく、無表情に動きを止めた自分の両手を見詰めるだけだった。
「……もう手を離していいぞ」
 たっぷりとした余韻に浸かった後、智哉は美鈴にそう告げた。やっと終わったという安堵の溜め息と共に美鈴はペニスから手を離した。
「これで……満足ですか?」
 若干の皮肉混じりとも取れる口調でそう訊かれ、まだまだだな、と智哉は身も蓋もない言葉で返す。初めてにしてはよくやった方と言えなくもないが、元来智哉が望んでいたのは楽に性欲を充たすことである。そういう意味ではとても満足のいく内容ではなかった。今後の成長に期待するしかあるまい。無論、美鈴はその要求を退けることはできない。それが智哉との間に交わした契約だからだ。少なくとも他に助けが現れるまでは言いなりになるしかないが、果たして無事に解放される日などあるのだろうか……? もしずっとこのままだったらと考えると、美鈴は暗澹たる気分にならざるを得ない。今し方の行為に慣れることなどとてもできそうになかった。だが全ては生き残るためだ。自分達の生存競争サバイバルはまだ始まったばかりである。窓の外を眺め、恐らくそこにあるはずの真っ暗な水平線に目をやる。夜明けまでにはまだ相当の時間がかかりそうに美鈴には見えた。

第一部〈脱出篇〉終わり 第二部〈戦闘篇〉へ続く
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