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番外編 ひと匙の砂糖
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「ごめん、翼、時間かかっちゃった」
駆け寄る声の主は、天音だった。清々しい風が吹き抜ける初夏のある日、2人は、買い物に出掛けていた。そんな時間を過ごせるなど当の本人たちは、数年前まで思っても見なかった。風化を止めることができたのは奇跡としか言いようがない。
「いいねわね、それ。すごく似合ってる。でも、別に今すぐ着替えなくたって……」
「ダメよ。翼が選んでくれたとっておき、やっぱり見せたいから」
「凛太郎に、ねぇ」
不敵な笑みを浮かべ、翼ことウイが天音の表情を見下ろす。
「翼だって、素敵な姿とか、誰か見せたい人いないの?」
辿々しく言葉を紡ぐ天音は、明らかに照れ隠しのように翼に言葉をかける。翼というと、少し考えた後、真剣な眼差しで、天音を見つめる。
「私の大切な人は、あなた達だけ。親しい人にだけこの姿を見てもらえればいいわ。だから、いい?お店に入ったら私のことは、ウイって呼ぶのよ?」
「うん。任せて。楽しみだなぁ、moonlight」
「そう?」
「だって、私、そういうお店行ったことないし。ホストクラブもちょっと行きたいけど」
「そんなこと言ったら、凛太郎に監禁されるわよ?」
「えぇ、凛ちゃんそんなことしないよ、ムッてするだけ」
「どうだかねぇ」
***********
ウイと天音は、2人で談笑しながら歩いていると、目的の場所には、あっという間に到着した。そして、その目的の店内に一歩踏み入れると、黒服と呼ばれるスーツを着た男性が恭しく礼をする。
「いらっしゃいませ」
そう言って、まず、ウイの隣に立つ天音の目を見る。天音は、緊張しているのか、ぎこちない笑みを浮かべる。
「もう着いてるでしょ?」
ウイは、一瞬で仕事の表情に切り替わり、先ほどのような緩んだ雰囲気はなくなっていた。
「お疲れ様です。着いています。今日は、お客様、と?」
「ええ、大切な子よ。奥に案内してちょうだい」
「はい。かしこまりました。では、こちらに」
手をかざした黒服の数歩後ろをついて歩く。ウイは、反対方向にあるバックヤードらしき場所に入っていく。
「こちらです」
そう言って扉をノックし、扉を開ける黒服の後ろに天音は隠れ、中をそっと見る。
「あぁ」
そう言って気怠そうな返事をしたのは、昴だ。昴の両隣には美しく着飾った派手な女性が座り、その向かいに座る凛太郎の隣にも薄桃の可愛らしいドレスをまとった清楚系の美女が座っていた。
「ごめん、早かった?」
「遅ぇよ。お前のせいで女の子気を遣ってくれてんだよ」
「すみません、ほんと」
そういいながら、その場にいる3人の女性に向かって頭を下げる。
「天音ちゃん?」
そう可愛らしい声で名前を呼ばれ、天音はすぐに頭を上げる。その声の主は、凛太郎の隣に座る清楚系の美女だった。
「えっと、はい、私が天音です」
「久しぶり、って言ってもわからないわよね。私、学生時代、昴くんとよく連んでいたの。あなたのこともずっと話に聞いてるし、何度か会ったことあるのよ?……元気そうですよかった」
そう言って、女は、目を潤ませる。
昴は、両隣の女の子に部屋から出るよう合図する。
今にも涙をこぼしそうな女を前に天音は困惑する。一体目の前で何が起こっているのかわからなかった。
「ねぇ、どういうこと?」
天音はちらりと昴の方を見る。そして、昴が、何か話そうとしたとき、それを遮るように女が続ける。
「天音ちゃん、高校生のとき、男に付きまとわれたでしょ?あれ、私が原因なの。」
天音は、ハッとする。あの男さえいなければ、もしかしたら私たちのそれぞれの未来は大きく変わっていたかもしれない、何度あの時間を呪ったことかわからない。過去を思い返すと自然と表情が暗くなる。
「わりぃ、お前にそんな顔させるつもりじゃなかった」
昴がバツが悪そうに言う。凛太郎は、会話を黙って聞いている。
「本当に何度悔やんでも、償えない」
「どういうことですか?」
天音の言葉に割って入るように次は昴が話す。
「男は、元々はこいつのストーカーだったんだよ。でも、こいつが振り向かないからって次は、こいつの憧れのお前を狙うようになった。当時のこいつは物怖じなく考えなしに言う性格だったから、啖呵を切って余計なこと話しちまったんだよ」
「本当にごめんなさい」
女の目から涙が流れていた。
天音は、女に近づき、ハンカチを差し出す。
「顔あげてください。あの、もしかして、あなたは、麗さんですか?」
そう天音がいうと、女は顔を上げる。
「どうして?」
「だって、よく昴が話してましたもん。バイト先一緒でしたよね?あの頃の昴、いっぱい遅刻してごめんなさい。私のことも気にかけてくれてありがとうございます。覚えてます。昴からあなたからのプレゼントだって、私が買えないくらい高価で、可愛い青いワンピース貰って、すごく嬉しかったんです。いつかお礼言わなきゃって思ってて、でも、会えないままスイス行っちゃって。あの頃、本当にありがとうございます。」
女は泣きじゃくる。彼女の名前は、麗。麗しいを一文字で「うらら」と読む。可憐で印象的な名前だったからか、天音の記憶に刻みついていた。
「麗がずっと天音に会いたいって言ってたんだ。でも、堂々と会うには虫が良すぎるって。あんなの黙ってたらわかんねぇのに」
「ありがとう。2人とも、今日、集まれて本当に良かったよ」
次は天音の目がうすく潤んでいた。それを知るのは近くにいる凛太郎だけだった。
駆け寄る声の主は、天音だった。清々しい風が吹き抜ける初夏のある日、2人は、買い物に出掛けていた。そんな時間を過ごせるなど当の本人たちは、数年前まで思っても見なかった。風化を止めることができたのは奇跡としか言いようがない。
「いいねわね、それ。すごく似合ってる。でも、別に今すぐ着替えなくたって……」
「ダメよ。翼が選んでくれたとっておき、やっぱり見せたいから」
「凛太郎に、ねぇ」
不敵な笑みを浮かべ、翼ことウイが天音の表情を見下ろす。
「翼だって、素敵な姿とか、誰か見せたい人いないの?」
辿々しく言葉を紡ぐ天音は、明らかに照れ隠しのように翼に言葉をかける。翼というと、少し考えた後、真剣な眼差しで、天音を見つめる。
「私の大切な人は、あなた達だけ。親しい人にだけこの姿を見てもらえればいいわ。だから、いい?お店に入ったら私のことは、ウイって呼ぶのよ?」
「うん。任せて。楽しみだなぁ、moonlight」
「そう?」
「だって、私、そういうお店行ったことないし。ホストクラブもちょっと行きたいけど」
「そんなこと言ったら、凛太郎に監禁されるわよ?」
「えぇ、凛ちゃんそんなことしないよ、ムッてするだけ」
「どうだかねぇ」
***********
ウイと天音は、2人で談笑しながら歩いていると、目的の場所には、あっという間に到着した。そして、その目的の店内に一歩踏み入れると、黒服と呼ばれるスーツを着た男性が恭しく礼をする。
「いらっしゃいませ」
そう言って、まず、ウイの隣に立つ天音の目を見る。天音は、緊張しているのか、ぎこちない笑みを浮かべる。
「もう着いてるでしょ?」
ウイは、一瞬で仕事の表情に切り替わり、先ほどのような緩んだ雰囲気はなくなっていた。
「お疲れ様です。着いています。今日は、お客様、と?」
「ええ、大切な子よ。奥に案内してちょうだい」
「はい。かしこまりました。では、こちらに」
手をかざした黒服の数歩後ろをついて歩く。ウイは、反対方向にあるバックヤードらしき場所に入っていく。
「こちらです」
そう言って扉をノックし、扉を開ける黒服の後ろに天音は隠れ、中をそっと見る。
「あぁ」
そう言って気怠そうな返事をしたのは、昴だ。昴の両隣には美しく着飾った派手な女性が座り、その向かいに座る凛太郎の隣にも薄桃の可愛らしいドレスをまとった清楚系の美女が座っていた。
「ごめん、早かった?」
「遅ぇよ。お前のせいで女の子気を遣ってくれてんだよ」
「すみません、ほんと」
そういいながら、その場にいる3人の女性に向かって頭を下げる。
「天音ちゃん?」
そう可愛らしい声で名前を呼ばれ、天音はすぐに頭を上げる。その声の主は、凛太郎の隣に座る清楚系の美女だった。
「えっと、はい、私が天音です」
「久しぶり、って言ってもわからないわよね。私、学生時代、昴くんとよく連んでいたの。あなたのこともずっと話に聞いてるし、何度か会ったことあるのよ?……元気そうですよかった」
そう言って、女は、目を潤ませる。
昴は、両隣の女の子に部屋から出るよう合図する。
今にも涙をこぼしそうな女を前に天音は困惑する。一体目の前で何が起こっているのかわからなかった。
「ねぇ、どういうこと?」
天音はちらりと昴の方を見る。そして、昴が、何か話そうとしたとき、それを遮るように女が続ける。
「天音ちゃん、高校生のとき、男に付きまとわれたでしょ?あれ、私が原因なの。」
天音は、ハッとする。あの男さえいなければ、もしかしたら私たちのそれぞれの未来は大きく変わっていたかもしれない、何度あの時間を呪ったことかわからない。過去を思い返すと自然と表情が暗くなる。
「わりぃ、お前にそんな顔させるつもりじゃなかった」
昴がバツが悪そうに言う。凛太郎は、会話を黙って聞いている。
「本当に何度悔やんでも、償えない」
「どういうことですか?」
天音の言葉に割って入るように次は昴が話す。
「男は、元々はこいつのストーカーだったんだよ。でも、こいつが振り向かないからって次は、こいつの憧れのお前を狙うようになった。当時のこいつは物怖じなく考えなしに言う性格だったから、啖呵を切って余計なこと話しちまったんだよ」
「本当にごめんなさい」
女の目から涙が流れていた。
天音は、女に近づき、ハンカチを差し出す。
「顔あげてください。あの、もしかして、あなたは、麗さんですか?」
そう天音がいうと、女は顔を上げる。
「どうして?」
「だって、よく昴が話してましたもん。バイト先一緒でしたよね?あの頃の昴、いっぱい遅刻してごめんなさい。私のことも気にかけてくれてありがとうございます。覚えてます。昴からあなたからのプレゼントだって、私が買えないくらい高価で、可愛い青いワンピース貰って、すごく嬉しかったんです。いつかお礼言わなきゃって思ってて、でも、会えないままスイス行っちゃって。あの頃、本当にありがとうございます。」
女は泣きじゃくる。彼女の名前は、麗。麗しいを一文字で「うらら」と読む。可憐で印象的な名前だったからか、天音の記憶に刻みついていた。
「麗がずっと天音に会いたいって言ってたんだ。でも、堂々と会うには虫が良すぎるって。あんなの黙ってたらわかんねぇのに」
「ありがとう。2人とも、今日、集まれて本当に良かったよ」
次は天音の目がうすく潤んでいた。それを知るのは近くにいる凛太郎だけだった。
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