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白いポピーに包まれて12
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「冷めただろ。紅茶、入れるから待ってて。」
凛太朗は、天音の前に置いていたカップを持って行くと、キッチンに立ち電気ケトルでお湯を沸かし始める。待つ間に、棚から紅茶の茶葉の箱を取り出している。
「凜ちゃん、手際いいね。カフェの店員さんみたい。」
「そうか。男の独り暮らしってこんなもんじゃないの?」
「どうなんだろう?私の偏見もあるけど、昴とか水道水出してきそうだもん。」
「それ、偏見が過ぎるだろ。」
「ごめん、言いすぎだよね。昴には内緒にしてて。」
「どうしようかな。」
「意地悪。」
そんなやり取りをしているとお湯が沸いた合図の電子音が鳴る。凛太朗は、ティーカップにお湯を注ぎ温めてから、茶葉を入れる。フルーツのような香りが漂う。
「いい香りだね。」
そう言うと、凛太朗は、紅茶の茶葉が入っていた箱のパッケージを私に見せる。
「これ、けっこう気に入ってんだ。珈琲も飲むけど、紅茶も好きだから。この紅茶は、ストレートがオススメ。」
「そう言えば、学校の帰りによくコンビニ寄って飲み物を買ったよね。懐かしいなぁ。」
ティーカップを2つカウンターに置くと、凛太朗は、私の横に座る。
「そうだな。一時期、パッケージのデザインが可愛いからって、天音さん、ずっといちごミルク飲んでたよな。単純で可愛いなって思ってた。」
凛太朗は、さらりと本音を言ったことに少し動揺する。
「単純って、失礼だなぁ。それに可愛いって、そんなこと思ってたんだ……」
「うん、今も昔も変わらず可愛いよ。って、散々言ったつもりだけど。」
「え、そんなこと言われたことないよ。」
「そうだっけ。今も昔も変わらず、そんな天音さんがずっと好きだよ。……こじらせすぎだよな。」
「私も好きだよ。だから、一緒じゃん。」
私も凛太朗のことは、きっとずっと好きだった。横にいるのが当たり前で“好き”という言葉について考えたことはなかったし、同級生にも姉弟みたいと言われ続け、家族が1人増えたような感覚だった。他人には、恋人同士に間違えられることもあったが、そこまで意識することはなかった。それは、男女が歩いていれば必ず勘違いされるとわかりきっていたからだ。実際に凛太朗とだけでなく、昴や翼、弟の天詠と歩いているだけでもそんな目で見られたことがあったからだ。笑って受け流すことも常になっていた。
「数年超しになってごめん。学生の時に言いたかった。」
「言えなかったもんね。私の親が心配性だから。」
「天音さん、知ってたんだ。」
「うん、お兄ちゃんがちょっと忠告してきたのもあって。」
海外にいる兄から電話が来たのは、急だった。
『天音、スイス行かないんだってな。大丈夫か、離れて住むの。んで、言っとくけど、淋しいからって彼氏作んなよ。彼氏なんてできたら発狂されるぞ。お前がついてこないって言ったのにもヒヤヒヤしてんのに、その上彼氏でもできたってなったらなぁ。しかも、1人にはしておけないからって、親戚の家に預けて、その家にもヤンチャな兄弟って。親は大変だよ。ってことだ。俺の忠告無駄にすんなよ。お前は、俺にとっても大事な家族なんだからな。』
『うん。わかってる。心配はさせない。約束する。』
『流石、利口だな。治安の悪い公立に行ってどうなるかと思ったけど、俺よりまともだよ。』
『天翔君の生き方もカッコいいよ。』
『真似すんなよ。ま、何かあったら連絡しろよ。凛太朗に意味わかんねぇこと言われたら、教えろ。俺がぶん殴ってやる。』
『大丈夫だよ。凜ちゃん、優しいし。じゃあね。』
「お兄さんから連絡あったんだ。僕も似たようなこと電話で言われたよ。」
「え、連絡取ってたの?」
「うん。学生の頃、お兄さん帰国したときに、たまたま道で会って、連絡先聞かれた。天音の彼氏なのかって聞かれたけど、まだ違うって言ったら、図に乗んなって殴られた。」
「えー、何で教えてくれなかったの。ありえない。殴るなんて。」
「僕も、こいつやばい奴だと思ったよ。でも、お兄さんの気持ちもわかるし、何も言えなかったけど。それから定期的に連絡が来るようになって、って感じかな。」
凛太朗が話したことに衝撃を受けた。まさか私の兄が密かに凛太朗と連絡をとり、会った時に暴力を振るっていたなんて。電話をしても私の近況を聞くだけだった。もし、兄が凛太朗を殴ったなんて言えば、それこそ私が激昂して大変なことになるとわかりきっていたのだろう。兄も凛太朗が私に言うことを想定していなかったのだろうか。
「ごめんね、痛かったよね。」
「覚えてないけど、痛かったと思う。でも、僕は代償だと思ってたよ。」
「代償?」
「うん。だって、それで天音さんの近くにいることを許されるんだよ。安いよ。」
「そうなの?」
「そうだよ。」
そう言って、凛太朗は、私の頬に触れるだけの口づけをする。
「送ってく。忘れ物、してもまた来るからいいだろ。」
イスから立ち上がり、平然と言う凛太朗に、小さい声で「うん。」としか言えなかった。
凛太朗は、ずるい。いつも平気な顔をして、弱いところを見せようとしないのだから。でも、彼はそれでも色々抱えているのだと、私はちゃんと知っていた。それでいいのだ、彼らしく彼なりに生きているのだから。
凛太朗は、天音の前に置いていたカップを持って行くと、キッチンに立ち電気ケトルでお湯を沸かし始める。待つ間に、棚から紅茶の茶葉の箱を取り出している。
「凜ちゃん、手際いいね。カフェの店員さんみたい。」
「そうか。男の独り暮らしってこんなもんじゃないの?」
「どうなんだろう?私の偏見もあるけど、昴とか水道水出してきそうだもん。」
「それ、偏見が過ぎるだろ。」
「ごめん、言いすぎだよね。昴には内緒にしてて。」
「どうしようかな。」
「意地悪。」
そんなやり取りをしているとお湯が沸いた合図の電子音が鳴る。凛太朗は、ティーカップにお湯を注ぎ温めてから、茶葉を入れる。フルーツのような香りが漂う。
「いい香りだね。」
そう言うと、凛太朗は、紅茶の茶葉が入っていた箱のパッケージを私に見せる。
「これ、けっこう気に入ってんだ。珈琲も飲むけど、紅茶も好きだから。この紅茶は、ストレートがオススメ。」
「そう言えば、学校の帰りによくコンビニ寄って飲み物を買ったよね。懐かしいなぁ。」
ティーカップを2つカウンターに置くと、凛太朗は、私の横に座る。
「そうだな。一時期、パッケージのデザインが可愛いからって、天音さん、ずっといちごミルク飲んでたよな。単純で可愛いなって思ってた。」
凛太朗は、さらりと本音を言ったことに少し動揺する。
「単純って、失礼だなぁ。それに可愛いって、そんなこと思ってたんだ……」
「うん、今も昔も変わらず可愛いよ。って、散々言ったつもりだけど。」
「え、そんなこと言われたことないよ。」
「そうだっけ。今も昔も変わらず、そんな天音さんがずっと好きだよ。……こじらせすぎだよな。」
「私も好きだよ。だから、一緒じゃん。」
私も凛太朗のことは、きっとずっと好きだった。横にいるのが当たり前で“好き”という言葉について考えたことはなかったし、同級生にも姉弟みたいと言われ続け、家族が1人増えたような感覚だった。他人には、恋人同士に間違えられることもあったが、そこまで意識することはなかった。それは、男女が歩いていれば必ず勘違いされるとわかりきっていたからだ。実際に凛太朗とだけでなく、昴や翼、弟の天詠と歩いているだけでもそんな目で見られたことがあったからだ。笑って受け流すことも常になっていた。
「数年超しになってごめん。学生の時に言いたかった。」
「言えなかったもんね。私の親が心配性だから。」
「天音さん、知ってたんだ。」
「うん、お兄ちゃんがちょっと忠告してきたのもあって。」
海外にいる兄から電話が来たのは、急だった。
『天音、スイス行かないんだってな。大丈夫か、離れて住むの。んで、言っとくけど、淋しいからって彼氏作んなよ。彼氏なんてできたら発狂されるぞ。お前がついてこないって言ったのにもヒヤヒヤしてんのに、その上彼氏でもできたってなったらなぁ。しかも、1人にはしておけないからって、親戚の家に預けて、その家にもヤンチャな兄弟って。親は大変だよ。ってことだ。俺の忠告無駄にすんなよ。お前は、俺にとっても大事な家族なんだからな。』
『うん。わかってる。心配はさせない。約束する。』
『流石、利口だな。治安の悪い公立に行ってどうなるかと思ったけど、俺よりまともだよ。』
『天翔君の生き方もカッコいいよ。』
『真似すんなよ。ま、何かあったら連絡しろよ。凛太朗に意味わかんねぇこと言われたら、教えろ。俺がぶん殴ってやる。』
『大丈夫だよ。凜ちゃん、優しいし。じゃあね。』
「お兄さんから連絡あったんだ。僕も似たようなこと電話で言われたよ。」
「え、連絡取ってたの?」
「うん。学生の頃、お兄さん帰国したときに、たまたま道で会って、連絡先聞かれた。天音の彼氏なのかって聞かれたけど、まだ違うって言ったら、図に乗んなって殴られた。」
「えー、何で教えてくれなかったの。ありえない。殴るなんて。」
「僕も、こいつやばい奴だと思ったよ。でも、お兄さんの気持ちもわかるし、何も言えなかったけど。それから定期的に連絡が来るようになって、って感じかな。」
凛太朗が話したことに衝撃を受けた。まさか私の兄が密かに凛太朗と連絡をとり、会った時に暴力を振るっていたなんて。電話をしても私の近況を聞くだけだった。もし、兄が凛太朗を殴ったなんて言えば、それこそ私が激昂して大変なことになるとわかりきっていたのだろう。兄も凛太朗が私に言うことを想定していなかったのだろうか。
「ごめんね、痛かったよね。」
「覚えてないけど、痛かったと思う。でも、僕は代償だと思ってたよ。」
「代償?」
「うん。だって、それで天音さんの近くにいることを許されるんだよ。安いよ。」
「そうなの?」
「そうだよ。」
そう言って、凛太朗は、私の頬に触れるだけの口づけをする。
「送ってく。忘れ物、してもまた来るからいいだろ。」
イスから立ち上がり、平然と言う凛太朗に、小さい声で「うん。」としか言えなかった。
凛太朗は、ずるい。いつも平気な顔をして、弱いところを見せようとしないのだから。でも、彼はそれでも色々抱えているのだと、私はちゃんと知っていた。それでいいのだ、彼らしく彼なりに生きているのだから。
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