15 / 51
過去への誘い2
しおりを挟む
私が、昴と会うことになったのは、再開から2日後の日曜日だった。
あの日の夜、昴から次はいつ会えるのか聞かれた。昴は、凛太朗に天音を任せ、自身は仕事があり、ゆっくり話せなかったのが気にかかっていたようだ。土曜も日曜も予定はなかったが、昴の都合がよかったのは、日曜日だった。
昴が指定した待ち合わせ場所である私の家の最寄り駅まで行くと、まだ彼の姿はなかった。彼に念のため、どこで待っているか連絡を入れる。彼に現地集合で良いと言っても、家まで迎えに行くと言って聞かなかったが、「最寄り駅じゃないと行かない。」と言い、合意させるのは、至難の業だった。約束をした時間まであと10分あったが、ホームで電車の出入りがあったので、そろそろ彼が改札から出て、この中央改札前の階段を降りてくるのではないかと、改札の方を向いて待っていると、後方から、「天音。」と呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、涼しい顔をした昴が立っていた。
「どっちの改札から降りてきたの?全然、気付かなかった。」
道に迷っていたのだろうか、一番わかりやすい中央改札前で待っていたため、彼を見逃すことはないだろうと思っていた。
「いや、俺、車なんだけど。ま、乗れよ。」
予想外に彼はそんなことを言う。彼が車で来る予定だったのなら、家まで行くと言った理由も合点がいった。彼が身振りで一時停車させている車に乗るよう促す。車は、グレーのアウトドア向きのスポーツタイプの車に乗っていた。
「車で来るなら言ってよ。」
そう少し膨れて言うと、彼は、「言わなかったっけ。」と本気で言っているようだった。
「大事なこと言わないの、変わってないね。」
「いや、それお前に言われたくねぇよ。」
笑いながら、昴は慣れた手つきでシフトレバーを操作し、車を発進させる。彼の車の香りは、森林のような、落ち着く香りがしていた。ずっと前に身近にあった、すごく懐かしい香りだった。高校生の頃の記憶が自然とよみがえる。
「ねぇ、昴、この車の香りって……」
言いかけると、彼が言葉をかぶせる。
「お前の影響だよ。覚えてるか。」
もちろん、覚えていた。私が、彼の家に預けられしばらくしての頃、久しぶりに再会した小学生以来の友人とハーブ園に遊びに行った。その時に選んだ彼へのお土産が“白檀びゃくだん”のルームスプレーだった。どうして彼にこのお土産を渡したかと言うと、彼がいつも甘ったるい香りを身に纏まとい、常にイライラして、寝不足であろう印に目の下に隈を作っていることが多かったからだった。3つ年上の昴だったが、幼い頃から何度も会う機会があったため、私は、物怖じすることなく話しかけることが多かった。拒む彼に押し付けた白檀の香りは、心を静め、不安を解消する効果が謳われていた。そんなことで彼は変わるとは思わなかったが、昴が家にいない隙に部屋中にこの香りを充満させていると、しばらくすると彼の性格は、丸くなったように感じた。そんなこともあり、あながち効果は嘘ではなかったと思ったものだ。
「昴、落ち着いたよね。」
「そりゃ、あの頃と比べたらな……でも。」
昴が何かを言いかけて口を噤つぐみ、自身の髪を少しいじった後、耳にかける。瞬時に、仕事のことを言っているんじゃないかと思う。夜の仕事をして、派手な身なりをしていれば、あの頃より内面的に落ち着いているようには見えても、世間からは、やはりそうは見えないはずだ。彼はそう言いたいのだろう。
「気にしなくていいよ。自立しているんだし。社会人だしね。」
「ああ、まぁ、そうだけど。……天音には、話したいことがたくさんある。」
そう静かな声で言う昴は、やはり日本を発つ前よりもずっと大人に見えた。
「うん、私も。……ところで、どこに向かってるの?」
景色を見ていると、彼は、高速道路と書かれた看板の方向へ進んでいるところだった。
「内緒。心配すんな、そんな遠くねぇよ。置き去りにもしねぇ。」
「置き去りになんてしたら、私、今後、一生昴と口きかないし、末代まで恨むよ。」
「お前、本当にしそうに見えて、実際は許す甘い奴なんだよ。」
そう言い、ケラケラと笑う。そんな冗談を交えた会話が約1時間が過ぎた。昴とのドライブはあっという間だった。高速を降り、しばらくすると青い景色が広がった。
「昴、あれって。」
「海。冬だからあまり綺麗じゃないけどな。スイスって、海ないんだろ。」
「うん。こんな海岸線を見ることなんてなかった。ちょっと感動してる。」
「ちょっとだけかよ。もうすぐ着くから。」
しばらくして、海岸前にある白い外観のレストランらしき建物に到着する。
「ここで飯食おうぜ。」
人はそこそこいるようだったが、彼は予約してくれていたのか、入店するとすぐに奥の席に通された。海が良く見えるガラス張りのテラス席だった。
「すごく景色がいいお店ね。昴、こんなお店によく来るんだ。」
「よくも来ねぇよ。」
「そうなの。よくファーストフード食べに行ったのが信じらんないね。」
懐かしいな、昴も相槌を打つ。オススメだというシーフードのランチを2人で楽しんだ。
あの日の夜、昴から次はいつ会えるのか聞かれた。昴は、凛太朗に天音を任せ、自身は仕事があり、ゆっくり話せなかったのが気にかかっていたようだ。土曜も日曜も予定はなかったが、昴の都合がよかったのは、日曜日だった。
昴が指定した待ち合わせ場所である私の家の最寄り駅まで行くと、まだ彼の姿はなかった。彼に念のため、どこで待っているか連絡を入れる。彼に現地集合で良いと言っても、家まで迎えに行くと言って聞かなかったが、「最寄り駅じゃないと行かない。」と言い、合意させるのは、至難の業だった。約束をした時間まであと10分あったが、ホームで電車の出入りがあったので、そろそろ彼が改札から出て、この中央改札前の階段を降りてくるのではないかと、改札の方を向いて待っていると、後方から、「天音。」と呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、涼しい顔をした昴が立っていた。
「どっちの改札から降りてきたの?全然、気付かなかった。」
道に迷っていたのだろうか、一番わかりやすい中央改札前で待っていたため、彼を見逃すことはないだろうと思っていた。
「いや、俺、車なんだけど。ま、乗れよ。」
予想外に彼はそんなことを言う。彼が車で来る予定だったのなら、家まで行くと言った理由も合点がいった。彼が身振りで一時停車させている車に乗るよう促す。車は、グレーのアウトドア向きのスポーツタイプの車に乗っていた。
「車で来るなら言ってよ。」
そう少し膨れて言うと、彼は、「言わなかったっけ。」と本気で言っているようだった。
「大事なこと言わないの、変わってないね。」
「いや、それお前に言われたくねぇよ。」
笑いながら、昴は慣れた手つきでシフトレバーを操作し、車を発進させる。彼の車の香りは、森林のような、落ち着く香りがしていた。ずっと前に身近にあった、すごく懐かしい香りだった。高校生の頃の記憶が自然とよみがえる。
「ねぇ、昴、この車の香りって……」
言いかけると、彼が言葉をかぶせる。
「お前の影響だよ。覚えてるか。」
もちろん、覚えていた。私が、彼の家に預けられしばらくしての頃、久しぶりに再会した小学生以来の友人とハーブ園に遊びに行った。その時に選んだ彼へのお土産が“白檀びゃくだん”のルームスプレーだった。どうして彼にこのお土産を渡したかと言うと、彼がいつも甘ったるい香りを身に纏まとい、常にイライラして、寝不足であろう印に目の下に隈を作っていることが多かったからだった。3つ年上の昴だったが、幼い頃から何度も会う機会があったため、私は、物怖じすることなく話しかけることが多かった。拒む彼に押し付けた白檀の香りは、心を静め、不安を解消する効果が謳われていた。そんなことで彼は変わるとは思わなかったが、昴が家にいない隙に部屋中にこの香りを充満させていると、しばらくすると彼の性格は、丸くなったように感じた。そんなこともあり、あながち効果は嘘ではなかったと思ったものだ。
「昴、落ち着いたよね。」
「そりゃ、あの頃と比べたらな……でも。」
昴が何かを言いかけて口を噤つぐみ、自身の髪を少しいじった後、耳にかける。瞬時に、仕事のことを言っているんじゃないかと思う。夜の仕事をして、派手な身なりをしていれば、あの頃より内面的に落ち着いているようには見えても、世間からは、やはりそうは見えないはずだ。彼はそう言いたいのだろう。
「気にしなくていいよ。自立しているんだし。社会人だしね。」
「ああ、まぁ、そうだけど。……天音には、話したいことがたくさんある。」
そう静かな声で言う昴は、やはり日本を発つ前よりもずっと大人に見えた。
「うん、私も。……ところで、どこに向かってるの?」
景色を見ていると、彼は、高速道路と書かれた看板の方向へ進んでいるところだった。
「内緒。心配すんな、そんな遠くねぇよ。置き去りにもしねぇ。」
「置き去りになんてしたら、私、今後、一生昴と口きかないし、末代まで恨むよ。」
「お前、本当にしそうに見えて、実際は許す甘い奴なんだよ。」
そう言い、ケラケラと笑う。そんな冗談を交えた会話が約1時間が過ぎた。昴とのドライブはあっという間だった。高速を降り、しばらくすると青い景色が広がった。
「昴、あれって。」
「海。冬だからあまり綺麗じゃないけどな。スイスって、海ないんだろ。」
「うん。こんな海岸線を見ることなんてなかった。ちょっと感動してる。」
「ちょっとだけかよ。もうすぐ着くから。」
しばらくして、海岸前にある白い外観のレストランらしき建物に到着する。
「ここで飯食おうぜ。」
人はそこそこいるようだったが、彼は予約してくれていたのか、入店するとすぐに奥の席に通された。海が良く見えるガラス張りのテラス席だった。
「すごく景色がいいお店ね。昴、こんなお店によく来るんだ。」
「よくも来ねぇよ。」
「そうなの。よくファーストフード食べに行ったのが信じらんないね。」
懐かしいな、昴も相槌を打つ。オススメだというシーフードのランチを2人で楽しんだ。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。


ヤクザと私と。~養子じゃなく嫁でした
瀬名。
恋愛
大学1年生の冬。母子家庭の私は、母に逃げられました。
家も取り押さえられ、帰る場所もない。
まず、借金返済をしてないから、私も逃げないとやばい。
…そんな時、借金取りにきた私を買ってくれたのは。
ヤクザの若頭でした。
*この話はフィクションです
現実ではあり得ませんが、物語の過程としてむちゃくちゃしてます
ツッコミたくてイラつく人はお帰りください
またこの話を鵜呑みにする読者がいたとしても私は一切の責任を負いませんのでご了承ください*
アダルト漫画家とランジェリー娘
茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。
今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。
☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。
☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。


社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる