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春雷と共に9
しおりを挟む「……ところで、苑様が持ち帰った外套は2着。1着は、爛様のもの。もう1着は、どこで?」
外套。それは、爛が頭からかけてくれた袖の通さない作りをしたものだった。もう1着と言われ、疑問符が浮かんだが、すぐに思い当たった。大樹の下で男が私を抱き上げた時に顔にかけられたものだ。ただの布だと思っていたものは、男が着ていた薄手の外套だったのだ。そういえばあの時、男は、埃っぽいと言っていたが、汗の匂いと香の混ざり合った独特な匂いがした記憶がある。
「実は……。」
言いかけたところで、突然の来訪者によって遮られる。家に仕えている侍女が「失礼します、覇家の方が。」と言うや否や、直ぐに扉が開かれる。
「苑、大丈夫?」
大きな胡蝶蘭の花束を持ったのは、爛だった。ややこしくなりそうだなぁ、と呆れていると桃がムッとした顔をしている。
「爛様。女性の家に突然、訪ねてくるのはどうかと思います。苑様は病み上がりですよ。」
「桃ちゃん、珍しく怒ってんの。でも、昨日の苑を見てたら、来る他ないだろ。花でも見て、元気出してもらおうと思って。」
「……そうですね、昨日の苑様は、らしくなかったですわ。」
「ねぇ、ちょっとそれどういうことよ。」
「そうそう、苑は、こうだよな。」
2人してけらけらと笑う姿は少しばかり納得できない。
「爛様が丁度来たのでお聞きしたいのですけど、この紋章って、もしかすると。」
桃がそう言いながら爛に差し出したのは、昨日出会った男が持っていた外套だった。薄手の軽い生地に紋章が刺繍で描かれている。しかし、桃は紋章と言ったがそれは爛に聞かなくても明らかだった。『王』という文字の書体を独自の設計で図柄に見立ててはいるが、それはその家名そのものを堂々と表すものだった。
「桃、それって。」
「苑様が持っていたものですよ。」
「……そ、そう。私が持っていたの。」
「ねぇ、苑、どういうこと。」
2人は、王家の紋章が描かれたものをどうして私が持っていたのか興味があるというよりは、問い詰めているような雰囲気を醸し出していた。
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