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春雷と共に4

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 「で、僕に用があるんだろう。」

 人の気配がない足場の悪い小道を歩き始め、しばらくすると爛は話し始める。

 「苑が桃を置いて僕に付いてくるなんて、よっぽどだと思うけどな。……例えば、僕に気があるとか。」

 「……ないと思うけど。気があるっていうのじゃなくて、私は、爛には、気兼ねなく話せるの。」

 「ふぅん。じゃ、苑にとって僕は、相手としては最適ってことだよね。嬉しいなぁ。」

 にやにやと怪しげな笑みを浮かべる爛は、本心からそう言っているようには思えなかった。彼にとって女性に好かれるということは、それだけ選択肢が増える、ただそれだけのことなのだ。

 「あぁ、そうね、こういう関係が一番、理想的で、今思えば最適なのかもしれない。でも、私はやっぱり夢見がちだから。知ってるでしょう。散々文にも書いたけど、運命的で、偶然の出会いが私は求めてるの。爛とは、文で話すことが多いからつい感傷的に伝えちゃったりもしたけど。」

 「……知ってるよ。苑、文と実際話すのとでは、印象全然違うからね。」

 「やっぱり……勢いあまって何度か出したことあるから、どう思っただろうって思ってた。」

 「あぁあ、苑がもっと別の方向に感傷的になってたらな。」

 「別の方向って?」

 「狂信的っていうかさ、言い表すのが難しいんだけど。で、ここまで来ると、右軍、左軍の両方の主役が見えるけど。目当ての人物いた?」

 彼に連れてこられたのは、小高い山の中腹だろうか。少し視線を下げるとその先には、両軍の中心人物と思しき者が馬に乗り、駆けている姿がよく見えた。各軍の主将は、大判の布を馬の臀部付近に着用させている。右軍は赤、左軍は青で色分けしている。各自、腕などに属する軍の色をした布を着けている。私の目当ての人物は、赤。王家と覇家の合同であるため、主将がどちらの家の者かわからないが、きっと中心人物であるのだから馬には乗っているだろう。そう思って目を凝らすも誰もが勇ましく、人の本質を知ることはできない。群を抜いて一際目立っているというと、そんな人物はいない。父や兄が言うには、武道に優れているとのことだが、私には全く見抜くことができない。

 「今日の主将は、兄貴だ。あぁあ、つまらない。凌雅ならもっと見ごたえあったのにな。」

 爛の言った名前、凌雅は、私の探している男だった。

 「その人って……。」

 「王家の1人息子。苑も知ってるだろ。僕とは正反対の堅物で面白くない程、出来上がってる奴。ま、僕みたいに浮いた話は聞かないけど、兄貴が主将するよりは面白い戦いが見れたのになぁ。」

 「そんな人なんだ。」

 爛からの情報は貴重だ。兄に聞いても、武に関することばかり話で、肝心な性格などの人柄について知ることはできなかったのだ。

 「興味ある?」

 「それなりに……」

 「教えるのは簡単。でも、実際に話してみないと、人によって感じ方違うからね。けっこう他人に冷たいところもある男だから。」

 「そう……まぁ、話すことなんてないわ。」

 「あぁあ、苑は、そんなだから未だにいい男捕まえらんないんだよ。」

 「そうね、私がこんなだからね。」

 彼の言うことは一理あった。出会いを求める割に、寄ってくる男に一度苦手意識を感じれば、自ら突っぱねるような態度をとる。飽きもせず、私に寄ってくるのは、世間知らずか、物好きだけだ、爛のように。

 「気にしてるの?らしくないなぁ。いよいよ焦ってるって感じ。大丈夫だって。あ、そろそろ終盤に差し掛かってきたね。騎馬の数も減って、外野の声が大きくなってる。そろそろ戻ろう。」

 促され、元来た道を引き返えし始めると、急に大粒の雨が激しく降り始め、それはすぐに雹に変わる。

 「苑、危ない。木の陰に移動しよう。」

 そう言い、爛は、身に着けていた外套を私の頭に被せ、近くの大木の下まで私の腕を引く。

 「怪我してない?すぐに止むかもしれないけど、どうだろうね。こんなに降られるなら、馬車も持ってこれば良かった。苑、少しここで待ってて。すぐに戻る。」

 爛は、雹が降っているにも関わらず、木陰から離れようとする。

 「ちょっとどこ行くのよ。」

 「2人でここにいても仕方ない。あっちは朔君や憂榮がどうにかしているはずだから、すぐに人を呼んでくる。待つとそれだけ苑の身体に障るだろう。この一瞬でかなり濡れた上に、この気温だ。その外套、着て待ってて。」

 そう言い、爛は走り出す。泥道を力強く踏むため、彼には似合わず、足元は酷く汚れていたのが見えたが、やがて雨と薄く張った霧の中に消えてしまう。1人になり、急に孤独感が押し寄せ、寒さが身に染みるようになる。気を紛らわせるために、木の周りをぐるりと一周する。大きいと言っても、大人2人の横幅を合わせたくらいの気だったので、すぐに元の位置に戻ってしまう。今行ったばかりの爛が恋しくてたまらなかった。こんな時じゃなければ決して求めない人物ではあったが、藁にもすがる思いとはこういうことだったのかと改めて身に染みる。

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