【完結済】星瀬を遡る

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8.愛の歌(side ロイ)*

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明け方、ふと目を覚ましツリーの方に目をやれば、トップに飾っていたヒトデがまた無くなっていた。
慌てて床の上を探すが、沢山出来た星屑モドキの上にも、それらしきものは落ちていない。

自分でもその理屈は良く分からなかったが、光の願いを叶えるにはどうしてもあのヒトデが必要な気がして仕方なくて。
もう一度あれを作って欲しいと光を揺すって起こせば。

「だから、もういいって」

そんな酷く不機嫌そうな声が返って来た。
本来なら怯むべきところだろうがしかし、光の寝起きの悪さには昔から慣れている。

「何にも良くない! ずっとずっと誰より大切に思っている人がいて、その人を幸せにしたいんだろう?!」

光が頭から被っていた毛布を無理矢理剥がして、しつこくヒトデ、ヒトデと言い続ければ

「うるさいなぁ。そのつもりだったけど、***がそれを拒絶したんだ。フラれた僕に、これ以上出来る事は何もない」

そんな、思いも掛けなかった事を光から突然言われ愕然とした。

フラれた?
こちらの胸が痛む程、ずっと一途に思い続けてきた光が??

「……そんなの、あんまりじゃないか」

思わずそう呟いて、泣きもしない光に代わり突然ボロッと涙を零せば。

「ロイは本当に泣き虫だな」

流石に目が覚めたらしい光もまた、オレに代わるようにそう言って笑った。




「だから、どうやったら泣き止むんだよ」

そう言って。
オレの背を優しく撫でてくれていた光が、また実に人畜無害そうな気のいいお兄さんの顔をして笑った。

むしろ光は何でそんなに平然としてるんだよと、そんな事を小さくしゃくりあげながら言えば。

「じゃあさ、可哀そうに思うなら今度はロイが僕の事を飼ってよ」

頭は悪くないのに人の慰め方という物を壊滅的に知らない光が、一応彼なりに考えた末、またオレが思いもしなかった事を言い出した。

飼う??
飼うって何だ???
余りのセンスのなさにびっくりした余り、思わず涙も引っ込む。

一生懸命だった自分が急速に馬鹿らしくなって、光から奪った毛布を持ったまま自分の寝床に戻ろうとした時だった。

「最期まで捨てずに、ちゃんとお世話してよね」

そう言って、光が酷く気怠げな様子でベッドの上にその肢体を投げ出して見せた。

光が何を言っているのか、相変わらず意味は全く分からなかったけれど。
まるで枷でも何でも、好きにつければいいとでも言いたげに無防備に晒された首筋と、サラリとシーツに広がった光の髪が余りに綺麗で。
まるで羽虫が光に吸い寄せられるように、思わず光に覆いかぶさるようにしてベッドの上に手を付けば。

そんな事を言い出したのは光の癖に、何が気に障ったのだろう。
酷く不愉快そうに光がフイと顔を逸らせて見せた。

それにショボンとなって。
叱られた犬の様にしおしおとベッドから降りようとした、その時だった。

「これ、どうした?」

そう言って、光がシャツの襟もとから覗くオレの痣を指して言った。

「あぁ、これ?」

自分でもシャツを捲り、体をぐるりと一周するソレを晒してみせる。

「これは生まれつき」

まるで鎖が巻き付いた跡のようなそれは、医者からはへその緒が巻き付き出来たものだと言われている。

別に痛むものでもうつるものでも無いから、敢えて人目に晒すような事も、頑なに隠すような事もしてこなかったのだが。
ふと光に気持ち悪がられるのだけは嫌だなと思って、慌ててシャツを降ろそうとした、その時だった。

突然光にグッと腕を引かれたと思った次の瞬間、天地が逆転した。


「***?」

光がまたその名を呼んで、その長い指でシャツの下の痣をなぞる。

「***、***」

甘く、切なく繰り返されるその音の並びに、痣の上に繰り返し落とされる優しい口づけの感触に。
どうしようもなく胸が詰まって、またボロボロと目じりから涙を零せば。
吐息だけで甘く笑った光が、その高い鼻梁で、その長いまつ毛で、オレの頬を擽るように、今度はオレの頬を汚す涙の筋にそっとその唇を押し当てるのが分かった。



光に向かって伸ばした腕が振り解かれる事は、もう無くて。
それでも躊躇いがちに重ねられた唇の間に、自らそっと舌を差し入れれば。
クチュリクチュリと深く舌を絡める甘い水音が耳を犯した。

その大きな掌で優しく体の線をなぞるようにしてシャツを脱がされ、今更恥ずかしくなって思わず向けた背中にも沢山沢山キスを貰い。

伸びっぱなしだった前髪を優しく掻き揚げられ、差し込んで来た朝日を受け金色がかった光の瞳と実に間近で目が合った瞬間だった。
これまで以上に深く深く、その瞳に自分が魅入られていくのが分かった。






「あぁ、ひどいな」

ぐちゃぐちゃになったシーツの上で息も絶え絶えのオレを見降ろしながら、まるで他人事のようなそんな言葉をかける光に、誰のせいでと、恨みがましい目を向ければ。

「先に忠告しただろう? ロイがここにいるのは、いけないことなんだよって」
 
光が捕食者の性をもう隠す素振りも見せない顔をして嗤った。

『いけないこと』

未だ愛し愛される事を、そんな風にしか思えない光が酷く哀しく思われて。
汚れたまま投げ出されたままの光の手に、思わず自らの手を重ねれば。
光はまるで何か熱い物にでも触れたかのように、ビクリとその体を震わせた。

そうして。
光はオレの前で初めてボロッと涙を零すと、オレをその腕の中にきつく抱きしめたまま、愛を歌う代わりにどうしようもなく切ない声で

「***」

と、またその名を呼んだのだった。
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