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5.季節外れ
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きっとそれがいけなかったのだろう。
翌日、空港に届いた荷物と共に帰ってきたロイの手には、途中のモールで買ったと思しき寝袋があった。
「光に無理させて、体調崩させちゃ悪いから。今日からこれで床に寝る!」
「だから帰れって」
嬉し気に、というよりむしろ何故か得意気に。
広げた寝袋の上に座り、荷ほどきを始めたロイを前に軽い頭痛を覚えた時だ。
また突然、僕のスマホが鳴った。
「はっ??! そんなのおかしいだろう?! ……それは分かってる。でも! ……あぁ……待ってくれ! まだ話が!! …………」
所属してた研究室からの電話は、僕の混乱を他所に、実に淡々とプロジェクトの中止を短い言葉で告げた後、一方的に切られた。
「光? どうしたの??」
驚いた様子のロイを置き去りに、急いで研究室に向かった僕は、研究室の惨状を見て絶句した。
ブレーカーの落とされた部屋の中は、全ての機器類がコードを切断され床になぎ倒された挙句、その上から大量の液体が撒かれていた。微かに帯びた臭気から察するに、撒かれているのは海水だろう。
『この研究は甚大な倫理的問題を抱えている』
以前より、とある過激派団体からそんな強い抗議を受けていたのは知っていた。
でも、まさかここまでやるなんて。
研究室の惨状を前に、椅子に座り込んだ教授は、ある程度のデータの復旧は一年もあれば可能だが、実験再開に至るまでの資金の提供は、こんなことになった以上もう望めないだろうと言った。
「大丈夫?! 顔が真っ青だ」
帰宅した僕を見て実に心配そうに、そっと僕の手に触れようとしたロイに向かい
「帰ってくれ……」
急に堪え切れなくなって、汚い拒絶の言葉を吐いた。
「帰れよ! 僕が会いたくて会いたくて仕方がないのはルシェなのに。何でここに居るのはお前で、ルシェじゃないんだよ?! ルシェじゃないやつの顔なんて見たくもない! だから帰れよ!! 早く! 帰れ!!!」
叫んでいるのか泣いているのか、最後の方は自分でもよく分からなかった。
大丈夫。
この研究室がダメになっても、すぐにまた誰かが同じ研究を始める。
人間とはそういう業の深い生き物だと、僕は頭では良く分かっていた。
いたのだけれど!!!
懐かしい潮の香を嫌という程嗅いでしまったせいだろう。
僕はもう自分でもどうしようもないくらい、ルシェに会いたくて会いたくて仕方がなかった。
バッテリー切となっていたスマホを充電し、三日ぶりに電源を入れる。
研究室から私物を引き取りにくるようにと繰り返し届いていたメッセージは、全て返信せぬまま消去した。
ペンでもカップでも、何でも好きに捨てればいい。
元より僕には、ルシェの他に大切なものなど何も無いのだから。
……そう、思っていたのに。
不意にボロボロと涙を零すロイの顔を思い出してしまった僕は、胸の奥に鈍く重い痛みを覚えた。
まるで抜け殻のように残されたロイの寝袋を思わずそっと撫でながら、さてこの先どうしたものかと思った時だ。
「光! 遅くなってゴメン!! 時期が違うせいで見つけるのに時間がかかっちゃったけど、でも、やっと見つけたよ!!!」
突然ノックも無く、小さな鉢植えと色画用紙の束を抱えたロイが部屋の中に駆けこんで来た。
「帰ったんじゃなかったのか??」
僕のそんな質問に、ロイは何の事かと不思議そうに首を捻った後で、ようやく先日の僕の暴言を思い出したのだろう。
瞬時に顔を真っ青にすると、
「ごめん、でもオレ……」
小さな声でそう言い淀んだ。
再度突き放し、関係を断つには今しかないと頭では理解していた。
でも、もうそんな駆け引きをする程の気力なんて僕には残っていなくて。
「僕の方こそ、酷い事言ってゴメン」
決してロイの為にはならないと分かった上で、またベッドの脇をポンポンと叩けば。
ホッとした様子のロイはベッドの脇に膝を突くと、僕が座るように勧めたそこに、持っていた鉢植えと色画用紙の束をドサッと置いた。
鉢に植わっていたのは、ミニサイズの針葉樹だった。
「手伝って!」
どこかで聞いたセリフだと思いながらも訳が分からず首を傾げれば、ロイが細く切った画用紙をペンと一緒に押し付けて来る。
「分かるように説明してくれ」
「嵐を起こしたいんでしょ!」
そう言って。
『明日世界が滅びますように!』
ロイがそう書いた細切りの画用紙を僕の眼前に突きつけた。
その瞬間、ロイに初めて会った日、大雨が降って目の前の道路が冠水した事を思い出す。
もしかして、これは
「短冊?」
思わず声に出してそう呟けば、ようやく伝わったとばかりにロイがその瞳をキラキラと輝かせた。
「じゃあコレは」
教室の窓辺に飾られた七夕飾りを妙に鮮明に思い出しながら、鉢植えを指させば
「そう! クリスマスツリー!!」
「いや、何でだよ??!」
ロイが酷く得意そうに予想の斜め上の事を言うから、柄にもなくそんなツッコミを入れてしまった。
「こっちには笹ってどこにも売ってなくて。クリスマスツリーも似たようなもんだと思って探したんだけど、やっぱりシーズンオフだとこっちでも取り扱いがないらしくてさ。隣の州にある、クリスマス用品専門店にまで行ってたら凄い時間かかった」
クリスマスツリーに短冊は飾らないだろうとのツッコミがまた頭を過らないでもなかったが。
ロイの献身にこれ以上水を差すのも憚られ口を噤んだ。
「ちゃんとあの時と同じ様にヒトデも作ってよ!」
だから、そんなもの僕は一度も作った事が無い。
そう思いながら、また黙ってハサミを動かせば
「そうソレ! その気持ち悪いヒトデ!!」
僕が作ったツリーのてっぺんを飾るにふさわしいトップスターを指さして、ロイがまた本当に嬉しそうに笑った。
翌日、空港に届いた荷物と共に帰ってきたロイの手には、途中のモールで買ったと思しき寝袋があった。
「光に無理させて、体調崩させちゃ悪いから。今日からこれで床に寝る!」
「だから帰れって」
嬉し気に、というよりむしろ何故か得意気に。
広げた寝袋の上に座り、荷ほどきを始めたロイを前に軽い頭痛を覚えた時だ。
また突然、僕のスマホが鳴った。
「はっ??! そんなのおかしいだろう?! ……それは分かってる。でも! ……あぁ……待ってくれ! まだ話が!! …………」
所属してた研究室からの電話は、僕の混乱を他所に、実に淡々とプロジェクトの中止を短い言葉で告げた後、一方的に切られた。
「光? どうしたの??」
驚いた様子のロイを置き去りに、急いで研究室に向かった僕は、研究室の惨状を見て絶句した。
ブレーカーの落とされた部屋の中は、全ての機器類がコードを切断され床になぎ倒された挙句、その上から大量の液体が撒かれていた。微かに帯びた臭気から察するに、撒かれているのは海水だろう。
『この研究は甚大な倫理的問題を抱えている』
以前より、とある過激派団体からそんな強い抗議を受けていたのは知っていた。
でも、まさかここまでやるなんて。
研究室の惨状を前に、椅子に座り込んだ教授は、ある程度のデータの復旧は一年もあれば可能だが、実験再開に至るまでの資金の提供は、こんなことになった以上もう望めないだろうと言った。
「大丈夫?! 顔が真っ青だ」
帰宅した僕を見て実に心配そうに、そっと僕の手に触れようとしたロイに向かい
「帰ってくれ……」
急に堪え切れなくなって、汚い拒絶の言葉を吐いた。
「帰れよ! 僕が会いたくて会いたくて仕方がないのはルシェなのに。何でここに居るのはお前で、ルシェじゃないんだよ?! ルシェじゃないやつの顔なんて見たくもない! だから帰れよ!! 早く! 帰れ!!!」
叫んでいるのか泣いているのか、最後の方は自分でもよく分からなかった。
大丈夫。
この研究室がダメになっても、すぐにまた誰かが同じ研究を始める。
人間とはそういう業の深い生き物だと、僕は頭では良く分かっていた。
いたのだけれど!!!
懐かしい潮の香を嫌という程嗅いでしまったせいだろう。
僕はもう自分でもどうしようもないくらい、ルシェに会いたくて会いたくて仕方がなかった。
バッテリー切となっていたスマホを充電し、三日ぶりに電源を入れる。
研究室から私物を引き取りにくるようにと繰り返し届いていたメッセージは、全て返信せぬまま消去した。
ペンでもカップでも、何でも好きに捨てればいい。
元より僕には、ルシェの他に大切なものなど何も無いのだから。
……そう、思っていたのに。
不意にボロボロと涙を零すロイの顔を思い出してしまった僕は、胸の奥に鈍く重い痛みを覚えた。
まるで抜け殻のように残されたロイの寝袋を思わずそっと撫でながら、さてこの先どうしたものかと思った時だ。
「光! 遅くなってゴメン!! 時期が違うせいで見つけるのに時間がかかっちゃったけど、でも、やっと見つけたよ!!!」
突然ノックも無く、小さな鉢植えと色画用紙の束を抱えたロイが部屋の中に駆けこんで来た。
「帰ったんじゃなかったのか??」
僕のそんな質問に、ロイは何の事かと不思議そうに首を捻った後で、ようやく先日の僕の暴言を思い出したのだろう。
瞬時に顔を真っ青にすると、
「ごめん、でもオレ……」
小さな声でそう言い淀んだ。
再度突き放し、関係を断つには今しかないと頭では理解していた。
でも、もうそんな駆け引きをする程の気力なんて僕には残っていなくて。
「僕の方こそ、酷い事言ってゴメン」
決してロイの為にはならないと分かった上で、またベッドの脇をポンポンと叩けば。
ホッとした様子のロイはベッドの脇に膝を突くと、僕が座るように勧めたそこに、持っていた鉢植えと色画用紙の束をドサッと置いた。
鉢に植わっていたのは、ミニサイズの針葉樹だった。
「手伝って!」
どこかで聞いたセリフだと思いながらも訳が分からず首を傾げれば、ロイが細く切った画用紙をペンと一緒に押し付けて来る。
「分かるように説明してくれ」
「嵐を起こしたいんでしょ!」
そう言って。
『明日世界が滅びますように!』
ロイがそう書いた細切りの画用紙を僕の眼前に突きつけた。
その瞬間、ロイに初めて会った日、大雨が降って目の前の道路が冠水した事を思い出す。
もしかして、これは
「短冊?」
思わず声に出してそう呟けば、ようやく伝わったとばかりにロイがその瞳をキラキラと輝かせた。
「じゃあコレは」
教室の窓辺に飾られた七夕飾りを妙に鮮明に思い出しながら、鉢植えを指させば
「そう! クリスマスツリー!!」
「いや、何でだよ??!」
ロイが酷く得意そうに予想の斜め上の事を言うから、柄にもなくそんなツッコミを入れてしまった。
「こっちには笹ってどこにも売ってなくて。クリスマスツリーも似たようなもんだと思って探したんだけど、やっぱりシーズンオフだとこっちでも取り扱いがないらしくてさ。隣の州にある、クリスマス用品専門店にまで行ってたら凄い時間かかった」
クリスマスツリーに短冊は飾らないだろうとのツッコミがまた頭を過らないでもなかったが。
ロイの献身にこれ以上水を差すのも憚られ口を噤んだ。
「ちゃんとあの時と同じ様にヒトデも作ってよ!」
だから、そんなもの僕は一度も作った事が無い。
そう思いながら、また黙ってハサミを動かせば
「そうソレ! その気持ち悪いヒトデ!!」
僕が作ったツリーのてっぺんを飾るにふさわしいトップスターを指さして、ロイがまた本当に嬉しそうに笑った。
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