【完結済】星瀬を遡る

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4.悪い子

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通信制の高校を出た後、僕が大学で量子物理学の勉強を始め、三年が経った。
出会った時には僕の胸の高さにも満たないのではないかと思われたロイの背もまたグングン伸び、今では僕と頭二つ分程度しか違わない。

「見てよコレ!! 凄いだろう! これで、春からまた光と同じ学校だ!!」

そう言って、僕の部屋に遊びに来る代わりに学校に通う事を両親に約束させられ、今ではすっかり普通の高校生になっていたロイが、僕が通う大学の合格証を僕の目の前で実に誇らしげに広げて見せた。

難関と称される大学の合格だ。
世間一般的に言って、凄いは凄い。がしかし、先に受かった私学に進む事をロイの両親は強く望んでいた筈だし、僕のいる大学にロイが学ぶべき学科は無かったはずだ。
それなのに『同じ学校』とは、一体どういうつもりだとロイを睨めば

「そんなの全部どうでもいい。オレは、光ともっと一緒に居たい」

言葉の無邪気さとは裏腹に、もうその瞳と声に滲む甘さを隠す素振りも見せぬまま、ロイが実に嬉し気に笑った。
そんなロイの姿が、かつて僕に魅了され道を誤ったルシェの姿と一瞬重なった瞬間、まるで大量の水を飲んでしまった時の様に胸が苦しくなる。

こうなる事を恐れ、これまで何度も何度もロイを僕から遠ざけようとしてきたのに。
その度にロイがあの泣き出しそうな顔をして見せるから、僕は嘘でも余り酷い言葉を彼には言えなくなって、終にこんなところにまで来てしまった。

「来年度から、留学するんだ」

ずっと言い出せずにいた予定を、ここが潮時と思い告げれば

「えっ?? ……じゃ、じゃあオレも留学する!」

一瞬狼狽えつつも、ロイはすぐさまそんな事を言ってのけたが。

「ずっとずっと、誰より大切に思っている人がいるんだ。だから、ロイの気持ちには答えられないし、もうこれ以上ロイとは一緒に居られない」

一人、胸に秘め続けていたそんな思いを、ロイの目を真っすぐ見たままハッキリ告げれば。
きっと、僕の強い覚悟が伝わったのだろう。

「……そっか」

ロイは長い事黙った後、短く呟くようにようやくそれだけ言うと、初めて泣く代わりに精一杯強がって笑ってみせた。 

そんなロイの思いに応え。
あからさまにホッとした表情を浮かべてみせるのが、彼を傷つけた僕の務めだと、頭では分かっていた。
でも……。

無理に笑うロイを見ているのは、自分でも驚くくらい酷く苦しいものだったから、それが上手い事出来ていた自信は、僕には無い。




僕がロイと離れアメリカの大学に来て、また短くない時間が流れた。

僕は未だ、あの装置を見つけ出すどころか、あの大陸に帰れてすらいない。
しかし、シンギュラリティによって、この時代の科学技術が飛躍的に進歩したことで、前世ではロストテクノロジーとされたあの装置を作り出す事がもうじき、僕の所属する研究室で可能となる。
僕が何千年もの間眠り続けていた訳は、この時を待っていた為なのかもしれないなと、そんな事を思った時だった。
滅多に鳴る事のない、僕のスマホが鳴った。

画面を見れば、公衆電話からの着信表示がある。

「もしもし(Hello)?」

「…………」

間違い電話か、いたずらか何かだろうと思い、電話を切ろうとした時だった。

「……光」

小さく僕の名を呼ぶ声が聞こえた。

「ロイ??」

驚きの余り、反射的にその名を呼べば。まさか、名前を呼んだだけで言い当てられるとは思ってもいなかったのだろう。
彼が電話口で息を飲むのが分かった。


「ロストバゲージとは付いていなかったな」

流石に黙り続けているのも、いい加減気づまりで。
助手席で何か言い訳したそうな様子で小さくなっているロイにそう水を向ければ。

「突然の嵐で、飛行機の行き先が変更になったせいだ。右も左も分からないところで放り出されてマジで焦った。折角の卒業旅行なのに、本当についてなかったけど……。でも、降ろされた先が、たまたま・・・・光の大学がある街で命拾いした」

ロイは一息にそう言うと、はぁっと大きな安堵のため息を付きながら足を伸ばし、背もたれに深くその身を沈めた。
そんなロイに、ハンドルを握り前を向いたまま

「で? 本当は?」

短く、低い声でその真意を問い直せば。

「……光に……光に会いたくて、我慢できなくて来た」

助手席でまた小さくなったロイが、その耳まで真っ赤にしながら、聞こえるか聞こえないかくらいの大きさの声でそんな事を言った。


想定外の空港で降ろされたというのは、見え透いたロイの作り話だったが。
嵐で本来乗る筈だった便に間に合わず、預けていた荷物が未だ手元に届かないというのは本当とのことで。
シャワー上がりにサイズの大きな僕の服を着たロイは、実際の年齢よりもどこかあどけなく見えた。

「オレ、ソファで寝るから!!」

一応、気を利かせたつもりなのだろう。
ロイがこの期に及んでそんな事を言うから。

「僕の家にそんなものあるわけないだろう」
車椅子を指して見せた後、ベッドの脇をポンポンと叩き、隣に彼を呼び寄せた。

明かりを消した後、ロイに強請られ自身が行ってきた研究について話していた時だ。

「人が入れるサイズの嵐を作るの? 何の為に??」

そう尋ねられ、初めてロイに会った日、七夕の短冊を渡された時と同じ様に答えに詰まった。
以前にも大学で何の研究をしていたのかロイに尋ねられた際に、チラリとその概要について話した事はあったが。
幸せそうに笑うロイに前世を打ち明けることは、悲劇的な最期を遂げたルシェへの裏切りのように思われて仕方なかったから。あんなにも長い事傍にいたのに、結局僕は一度だってロイに前世の話をしたことは無かったのだ。

その為困った僕は、その学術的意義について延々と話す羽目になってしまい……。
気が付いた時には、長旅に付かれたのであろうロイはすっかり規則正しい寝息を立てていた。


狭いベッドで寝がえりをうてば。意図せずとも、まるでその僕より頭二つ小さな体を抱きしめる様な体制になる。

「ロイがここにいるのは、いけないことなんだよ」

警告とも懺悔ともつかない心持で、ルシェと同じ様に僕に見せられてしまったらしい可哀そうなロイに、思わずそう呟けば。寝たふりを続けていたのであろうロイのうなじから耳までが、月明かりの下、真っ赤に染まるのが分かった。

「分かったらもう帰れ」

突き放すようなそんな言葉とは裏腹に、思わずそのウェーブがかった柔らかな髪をそっと撫でれば。
ロイが寝たふりを続けながらも、ブンブンと頭を横に振って見せるから。
冷たく突き放すつもりだったのに、その寝たふりには無理があるだろうと、僕は自分でも嫌になるくらい甘い声で思わず笑ってしまったのだった。
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